7 / 64
本編
2
しおりを挟む日も完全に昇切り、ルーカスは家の外に出ていた。家の外と言っても庭園ではなく、物置や馬小屋など使用人しか立ち入らないような場所だ。
庭園に行けば母親や自分の兄に会う可能性がある。
ルーカスには6つ上の兄エルドと11歳も歳が離れたテオドール、そしてさらに13歳も歳が離れたフローラという姉がいた。
だか、フローラは既に結婚しておりこの家をでて、マルティス侯爵家に住んでいる。テオドールは、フォーサイス学園の寮に暮らしておりこの屋敷にはいない。
残る、エルドはフォーサイス学園の中等部に通っているが寮暮しではなく屋敷から通っている。
エルドとの間には交流は特にない。だが、向こうから一方的に嫌われている。記憶の中で特に喧嘩をしたりしたことはない。
ただ、本当に一方的に嫌われているのだ。
ルーカスは、周囲を気にしながらも馬小屋に足を向ける。馬小屋には馬車引くための馬や乗馬用の馬など何頭もの馬がいる。
ルーカスが馬小屋を訪れると、馬は一斉にルーカスを見る。
ヒヒーンと小さな声を上げながら、1頭の子馬がルーカスに近寄りすりすりと頭を擦り付ける。
「こらっ、フィルやめろ。」
そう言いながらも、ルーカスの声色はいつもより明るい。動物と触れ合う時がルーカスにとって1番心が安らぐ時間なのだ。
「これはこれは、ルーカス坊っちゃま。」
不意に声をかけられたルーカスは、声がした方に顔をむける。そこには馬の世話をしているジョンという中年の男がいた。
「ジョンじぃ··········」
「フィルに餌やりですか?」
「··········」
ジョンの問いかけにルーカスは無言で頷く。人と交流する機会が少ないルーカスはコミュニケーションを取るのが苦手である。
だが、人に悪意があるかないかはある方法をもってルーカスは知ることが出来る。その力を使いルーカスは、自身を守るためにも近づく人間を決めている。
つまり、ジョンは近づいても平気だとルーカスが決めた人間のうちの1人である。
「餌はあちらに置いてありますので、ご自由に。」
「··········」
ジョンはそう言って餌のある方向に指をさす。ルーカスは、それに頷きフィルの餌を与え始める。
フィルはブルルルと声を出しつつ鼻を鳴らし、嬉しそうに餌を食べ始める。
「誰もとらないから·····ゆっくりな?」
ルーカスがフィルにそう呼びかけるとわかったと返事をしたかのようにフィルがブルっと鳴いた。
フィルの餌やりとブラッシングを終えたルーカスは部屋に戻るため屋敷に向かった。
ルーカスの部屋に戻るには庭園の横を少し通らなくてはいけない。屋敷の角からそろっと庭園を覗く。すると、絶対に会いたくない人が庭園のガゼボでお茶をしていた。
(あれは·····オリビア様だ)
オリビアの視界に入る度に、ルーカスは罵声を浴びたり酷い時にはぶたれることもある。
また、オリビアの事を「お母様」と呼んだだけでも酷い目に合う。以前、お母様と呼んだ際はあちこちに傷が出来るまでぶたれた。
二度とそうならないためにも·····いや、こんな仕打ちをしてくるオリビアをルーカスは「母」と呼ぶことは二度とない。
(見つからないようにこっそり行くか·····帰るまで待つか·····)
ルーカスがどう行動するか迷っていると、ワンっと子犬の声が足元から聞こえた。
「タッカー!?なんでこ·····っ!」
本来ならここに居てはいけないタッカーを見てルーカスは声を出してしまった。その瞬間、近くにオリビアがいることを思い出し口を閉じたがすでに遅かった。
「お前がなんでここにいるの?」
「·····」
冷たく発せられたその声にルーカスは体を固まらせた。何か返事をしなくてはと思うが口が上手く動かせない。
「えっ·····いや·····」
「喋っていいとは言ってないでしょ!」
返事をしようとすれば、こう怒鳴られる。突然のことにルーカスの頭の中はパニック状態である。
「まったく、躾がなってない。せっかくいい天気なのに、あんたの顔をみたら気分が最悪よ。どうしてくれるのかしら?」
「すっ·····み·····せん。」
「何を言ってるのかわからないのだけれど?」
オリビアの口調は段々と強くなり、機嫌が悪くなっているのが伺える。オリビア付きのメイドは、我関せずと言ったら様子でオリビアの後ろに控えている。
「はぁー·····さっさと目の前から消えてくれない?お前がいるだけで気分は最悪。本当に使えないやつ。」
棘のあるオリビアの言葉は容赦なくルーカスの心に突き刺さるが、心が麻痺しているルーカスには少しもダメージが無い。
(仕方ない。俺が··········生まれてきたのが悪い。)
早くオリビアの前から姿を消そうとしたその時だった。
「あっ、価値がないアンタでも役にある方法があるわ。」
オリビアはいい事を思いついたと笑顔を見せた。
「お前、こっちに来なさい。」
「はっ·····はい。」
オリビアにとっていい事は、ルーカスにとっては悪い事である。今までの経験上分かりきっていることである。
このまま逃げたい気持ちもあるが、手がつけられなくなるほどオリビアを怒らせると使用人にも被害が及ぶ可能性がある。仕方ないと、ルーカスは腹を括りオリビアに近付く。
「あっ、それ以上は近づかないで。」
そうオリビアに言われ、ルーカスはオリビアから5、6歩離れたところに止まる。
止まった瞬間、サァーっと風が吹き、左目を隠していた前髪がふわっと浮いた。
(しまった·····っ!!)
寄りにもよってオリビアが1番嫌う金緑石色の瞳を近くで見せることになってしまった。
次の瞬間、パシャっと熱いお湯がルーカスを襲った。
「ただでさえ、気分が最悪なのにさらに悪くなったわ。」
目の前を見ると、ティーカップを片手に持ったオリビアが機嫌が悪そうにこちらを見ていた。
「何よ、その反抗的な目は。」
「申し訳··········ありません。」
反抗的でも何でもない。無感情の顔でオリビアを見ただけなのに難癖を付けられる。
どうしたものかと思い、ルーカスは地面を見つめる。
すると、ガタッと立ち上がる音が聞こえ顔をあげた瞬間、パンッという音と同時にルーカスは左頬に鋭い痛みと熱さを感じた。
「あーぁ、濡れてしまったわ。」
オリビアはルーカスの頬を叩き、紅茶で濡れたレースの手袋を手から外し、そばに控えていたメイドに渡す。
「疲れたし、部屋に帰るわ。」
オリビアが庭園を後にしても、ルーカスはその場を離れることが出来なかった。
ジンジンと痛むはずの頬を気にせずルーカスはしばらくその場に立ち尽くした。
「俺が··········何を··········したって言うんだ·····」
154
お気に入りに追加
5,963
あなたにおすすめの小説
いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。
えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな?
そして今日も何故かオレの服が脱げそうです?
そんなある日、義弟の親友と出会って…。
ある日、人気俳優の弟になりました。
雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。
「俺の命は、君のものだよ」
初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……?
平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
兄弟がイケメンな件について。
どらやき
BL
平凡な俺とは違い、周りからの視線を集めまくる兄弟達。
「関わりたくないな」なんて、俺が一方的に思っても"一緒に居る"という選択肢しかない。
イケメン兄弟達に俺は今日も翻弄されます。
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています
【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます
猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」
「いや、するわけないだろ!」
相川優也(25)
主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。
碧スバル(21)
指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。
「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」
「スバル、お前なにいってんの……?」
冗談? 本気? 二人の結末は?
美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる