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己のことは棚に上げ、
しおりを挟む(こんなドレス……久し振りに着たわ……)
今夜もまた宮殿で舞踏会が開催される。
真珠舞踏会と言って、先日開催された仮面舞踏会と対になる舞踏会だ。
これは大昔──、互いに素顔を仮面で隠し一夜だけ愛し合った男女が、全く別の舞踏会で仮面の相手だと知らぬまま再び惹かれ合い、そして結婚したという実話になぞらえ、毎年開催される。
因みにマーガレットの花言葉は“真実の愛”、白いマーガレットの由来が“真珠”であることから、舞踏会はいつからかそう呼ばれるようになった。
仮面舞踏会に参加した者には一輪のマーガレットが配られ、三日後に開催される真珠舞踏会で身体の何処かに飾る。そうすれば仮面舞踏会に参加していたと一目で判断できるのだ。
この二つの舞踏会は何代も前の粋な王様が始めたことで、今や王家主催の一大イベントとなった。
国中の貴族と、招待状を送られた者ならば誰でも参加できる。
なんでもある時、国民栄誉賞を授けられた庶民の男が仮面舞踏会で姫と恋に落ちて、そのまま婿入りしたなんて話も残っている。
前代未聞であるが、国民栄誉賞を授けられるほど真面目で優しく正義感が強い男だったので、一部の反対を押し切り、その結婚は許された。
家の為に結婚する貴族達の間では互いに求め愛し合い結婚することを夢に見て、庶民の間では贅沢な食事や綺羅びやかな夢を見せてくれる、そんな舞踏会なのだ。
そんな舞踏会に私、アイビー・メリーウェザーは居る。
オフショルダーにAライン、ダイアモンドのジュエリーと、ヘッドドレスは太い黒のリボンという至ってシンプルな装いであるが、オーキッドパープルのドレスが(自分で言うのも何だけど)ターコイズグリーンの瞳によく似合っていた。
むしろこの瞳を輝かせているのではないか。
ジャンとデートに行った際、彼が選んでくれたドレスだ。代金は勿論自分で払った。
なぜ今回の舞踏会に私も参加しているのかというと、アイザック様からの提案である。
もう二度と裏切ってほしくないからといって証拠を叩きつけても、彼と向き合う姿勢、話し合うチャンスを作らなければ、己の立場が不利になるのではないか、というアドバイスをもらったのだ。
確かにアイザック様の言う通りである。
婚約して父の教えを守り、一ヶ月毎にジャンの元へ訪れていたときは他の女なんて抱いていなかった。
だからジャンには近々で申し訳無いのだけれど、「明日なにか予定はある?」と誘ってみたのだ。
案の定、目を泳がして断られたけど。
(いーのよいーのよ別に!! 代わりにアイザック様がエスコートして下さるみたいだから!! 地方貴族の私なんかをエスコートして下さってホンット申し訳ないわ!!)
けれどアイザック様は、王族主催であるこの舞踏会も補佐として関わっているため、途中からの合流になる。
取り敢えず私は久し振りに顔を出した社交界で、他の貴族達が身に着けているものや出された料理等を観察しようとフロアを回る。
きらびやかな世界に憧れる庶民も多い。
高級ブティックの視察だけでも十分だが、特に注目度の高い夫人や殿方はとても参考になるのだ。
──「やあ! もしかしてアイビーかい?」
「! ええ。貴方様は……ロズワール伯爵様の分家の……ウェルナン子爵ですね。お久しぶりで御座います」
「久し振りだねアイビー、覚えていてくれたかい。随分と大きくなった」
「いやはや少し危うかったです、なんて。はい、私ももう二十歳ですからね、どうですか? 事業の方は」
「いやぁ~~……あははは……恥ずかしながら火の車でね。毎日必死だよ」
「まぁ、それは大変ですね……」
(あ、自分の首締めたかも。これ父がウンザリしてたやつだわ……)
メリーウェザーが社交界に顔を出すと必ず一度は言われるのだ。
何かアドバイスをくれないか、と。
「アドバイスですか。うぅ~ん……うちで働きながらでしたら、教えられますけど……」
「固いことを言わないでくれよアイビー嬢。ジャンと結婚すれば親戚じゃないか」
「…………。残念ですが私は暇ではないので」
「頼むよ」
「いいえ。タダでは無理です。これはビジネスの、いえ、社会の基本ですよ。どうしても学びたいのならうちへ働きに来て下さい。勿論お給料はお支払い致します」
「なっ、小娘のくせして生意気な……!」
「あらあら。そんな小娘にアドバイスを求めておいて何を仰いますか」
「馬鹿にするのもいい加減にしろ。ジャンの事だってそうやって馬鹿にしているんだろ?」
「まさか! ジャンは私の言う通りに動いてしっかり働いてくれていますよ」
「ハッ! どうだか」
「はぁ……。そもそも何が原因で火の車になっているのか御自身で考えてみてはどうですか」
「この、言わせておけば──!」
静かに言い合っていた私達に周りが気付き始めた頃、時折彼の名前を呼んでいたからか、「えっと。俺のこと呼びましたか……?」なんて心強くも割って入ってきやがった。
と言うか私いまアドバイスしたんですけど。
「ジャン!」
「あ、あぁ。ジャン君……」
「叔父さん? ……に、アイビー!? 何で此処に!?」
(何で此処に!? じゃねぇよボケ。仲良く腕なんか組みやがって! その女とヤッたんだろお前)と言ってやりたいが、いま一度深呼吸。
楽しいお話を有難う御座いました、とジャンの叔父を追い払って、固まるジャンに私は眉尻を下げる。
「それで……そちらのご令嬢は……? まさか今日断ったのって……」
「アアアアイビー! 参加するならそう言ってよ! いつも仕事だから邪魔するかなと思って!」
「私にひと言も無しに別の娘を? いつから決めてたの?」
──「ねーえジャン。この人誰なの?」
「モ、モニカ! こちらはアイビー。俺の婚約者だよ。アイビー! こちらはモニカっ……! えと、友達なんだ!」
──「婚約者? ふぅ~~ん」
(おいコラ男爵令嬢さんよォ。何が“ふぅ~~ん”だコラ。挨拶ぐらい出来ないのかしらねーえ!? つうか伯爵令嬢である私の方にまず紹介しろよ! 順番おかしくないですかァ??)
隣で堂々とジャンと腕を組むモニカさんは、シンプルなドレスの私とは正反対の、柔らかな水色のベルラインドレス。
レースやシフォンの揺れが、彼女の髪と相まってまるで人形のようだ。
「初めましてモニカ様。メリーウェザー伯爵家のアイビーです」
──「初めましてぇ。コート男爵家のモニカですぅ。えー、もしかしてお一人ですかぁ? ごめんなさぁい、私がジャンと来ちゃったからぁ」
(はあ??? こいつぶち殺されてーのかオイ! 嫌味を言うにももっと言い方あんだろォ!? つーか盗っちゃったの間違いではーー??)
あまりにもストレート過ぎる言葉に私のこめかみがピクリと動くが、さんハイ! 深呼吸!
こんなおなご如きの挑発に乗せられてたまるかってやんでい。
「いいえ。ジャンが行けないと仰ったので私も別の方と……。ごめんねジャン。直前に誘ったりなんかして……」
「それは良いけど……!! べ、別の方って誰!? お義父様じゃないもんね!?」
何故お前が焦るのか。
父は床に伏せってますが何か。
舐め回すようなモニカさんの視線と不安げなジャンに苛ついて拳を握れば、後からその拳を包み込まれ、「ごめんねアイビー。お待たせ」と耳元で優しい悪魔の囁き。
「ひゃあ!? アイザック様っ……!? 近いです!」
「ふふ、ごめんね。驚いた?」
背中からくびれに這う指先にぞくりと仰け反った。
私は背後が弱い。己は決して太眉毛の殺し屋では無いが、後ろに立たれるとどうしても敏感になる。
だからジャンはいつもバックから突いてくるのだ。
「リ、リンデンバウム卿!? え、アイビー……えっ??」
「アイザック様からお誘い頂いたのよ」
ジャンの驚いた顔ったら。
(全く。棚に上げて、とは正にこれね)
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