イケメンが好きですか? いいえ、いけわんが好きなのです。

ぱっつんぱつお

文字の大きさ
上 下
52 / 87
いぬぐるい編

とある暇過ぎた一日

しおりを挟む

「て! ゆーか……!! 何で私はわんこになれない!? さっきから頑張ってるのに!」


 今日も何の変哲もない、のんびーりした日。
 そんなある日にアオイは叫んだ。
 念願のわんこになる呪いにかかってくれた怜だが、全くもってもふもふさせてくれない。
 辺境伯としての仕事が忙しいのだろう。
 それにあまり良くない事なのか、怜も警備人の三人もとても疲れた顔をしている。
 一応部外者だからとアオイはあまり深く首を突っ込まないようにしているが、やはりもどかしい。
 出来る事があるならと聞いてみたりもしたが、これと言った確証も無し言えることは何も、と言われてしまったので大人しく見守るしかなかった。
 まぁ知ったところでアオイが出来る事といえば、妖精達にお願いするぐらいしかないのだけれど。

 巨犬をもふもふ出来ないから何度目かも分からない溜息をついて、窓から差し込む光と揺れるカーテンをただただ眺める。
 そう言えば。
 怜には勘違いさせてしまったかもしれないな、なんて、とある日の出来事を思い出した。
 もう過去を振り返るぐらいしかする事がない。
 どこかの阿呆フローラが、アオイの魔法はオーランドのそれとは比べ物にならないぐらい強力、だなんて話を盛ったあの日の事だ。
 ふと思い出しただけだったのだが、勝手な事言いやがってとなんだか腹が立ってきた。

 何故なら、〈風〉を操るのが得意なのは兄の方なのだ。
 風を自在に操り、きっと今も海の上で自由に暮らしていることだろう。
 アオイは父親似だから〈風〉の声を聞いたり、教えてもらったり、〈風の噂〉なんて言葉があるけど正にそんな感じ。
 アオイ自身ある程度の風魔法なら使えるが、〈風の悪戯〉程度だろう。
 因みにアオイの父は相手の心の動きによく気付く人だ。
 それが人でも動物でも。
 言葉にしなくとも分かってくれるから、居心地が良く父の周りにはいつも誰か居る。
(そう……、いっつもお父様ばっかりもふもふに囲まれて! 本っ当に嫉妬しちゃう! でも怜だけは私のもふもふだから! お父様には渡さないんだから!)と、フローラへの怒りが何故か父への嫉妬に変わってしまうほど、とにかく暇なのだ。

 そんなだから気付いてしまった。
(あれ、そういえば私もスキュラの薬を摂取したじゃん……?)と言うことに。
 そして冒頭の叫びに繋がる。


 アオイはわんこ姿のメイドに囲まれながら、「ぐぬぬ……!」と何処から出るかも分からない内なるパワーを引き出していた。


「っん~~~……!! っだはぁっ、はっ、はあっ……」


 だが、いくら犬に変身しようとしても人間のままだ。 
 「ほらー、こんな感じですよ~」とコロコロ変身するシェーンに思わず唇を噛みしめる。


「なんで!? どーして……!? 私もお吸い物飲んだのに!! 怜みたいな美しいわんこになって鏡見ながら惚れ惚れしたいのに……!!」
「アオイ様……、もう無理かと……」
「そうですよ。呪いがかかれば自然とことわりが解るんですもん。変身出来る理が」
「と言うか変身したい理由がおかしいです」


 「はぁーあ」と揃って溜め息をつかれるアオイは、悔しくて堪らない。
 可愛い耳して可愛いマズルで、もう兎に角悔しい。
(怜をもふもふ出来ないのなら、自分で欲求を満たすしかない! 私なら! きっと……! 理想通りのわんこになれるハズっ……なのよっ……!)

 しかし待てど暮らせど姿は変わらず。
 アオイに付き合うのも飽きてきたのかメイド達は自分の尻尾を追ってみたり、丸くなって寝てみたり、自慢するようにポーズをとってみたり。
 益々悔しいアオイは似つかわしくない低い声で唸り、頼りたくないが「ふ、ふろーーらぁ……!?」と生けている花に妖精の名を呼んだ。
 すると瞬く間にぷんぷん漂う甘い花の香り。
 犬のメイド達は鼻をまげ、人間の姿へと戻った。


「はぁ~~~~~~い」
「あ。本当はフローラには聞きたくないけど他に聞く子が居ないから仕方なくフローラに聞くんだけどさ、」
「え、え、え? その前置き要るかしら??」


 アオイのあまりに雑な妖精の扱いに「ぶふっ」と吹き出す三人。
 それに対しフローラは睨みをきかすが、メイド達は知らんぷり。
 何となくフローラの扱い方が分かってきたらしい。


「いや、それでね。前に言ったじゃない? わんこの姿の呪いの話……」
「あぁ、私の呪いのせいで大事なアオイの気が狂ったやつね」
「うん、一言多いけどね? それで言われた通りに海の妖精に会ってそれから、斯々然々かくかくしかじかで、それでこうなってんだけどね? ……なんで??」
「え!? 何でって……!」


 メイド達然り、皆は思っていることだろう。
 そんな説明で何も伝わるか、と。
 斯々然々かくかくしかじかで、何も分からないじゃないかと。


「何でってねぇ……そりゃあその呪いの効果よりアオイのパワーの方が強いからに決まっているじゃない? 精霊とのハーフだもの」


 しかし何故かそれで伝わる。
 妖精達には全てお見通しなのだ。
 正直、伝えようとする気持ちだけで十分だ。


「ぐぅう……、益々悔しい……!」
「そもそもアオイ用に調合した訳じゃないんでしょう? 残念だけど。それよりも暇なら私と遊びましょうよー」
「いや暇じゃないし! ありがとう! 用は済んだからもう帰って良いよ!」
「あ~~~ん! 相変わらず素っ気ないんだからぁ~~! でも何だかんだ頼ってきちゃうそんなところが好きっ!」


 そう言ってフローラは甘い花の香りと綺羅綺羅光る粉を残し、「またいつでも呼んでねっ!」と消えていった。
(あー、やべぇ妖精なんですねぇ……)と言うメイド達の視線には気付かずに。


「はぁ……。と言うわけで私は美しいわんこにはなれないそうです」 
「それは……残念で御座いました」
「まぁ気を落とさずに……」
「え、えぇ……。そうですわ……! ホラ、たまには何処かに御出掛けしてみるのも……、ね!?」


 それは名案ですねと、アオイに長い暇を与えるのは良くないと(色んな意味で)判断したメイド達は、「街にでも行きましょうか……!」と提案したのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

ひきこもり瑞祥妃は黒龍帝の寵愛を受ける

緋村燐
キャラ文芸
天に御座す黄龍帝が創りし中つ国には、白、黒、赤、青の四龍が治める国がある。 中でも特に広く豊かな大地を持つ龍湖国は、白黒対の龍が治める国だ。 龍帝と婚姻し地上に恵みをもたらす瑞祥の娘として生まれた李紅玉は、その力を抑えるためまじないを掛けた状態で入宮する。 だが事情を知らぬ白龍帝は呪われていると言い紅玉を下級妃とした。 それから二年が経ちまじないが消えたが、すっかり白龍帝の皇后になる気を無くしてしまった紅玉は他の方法で使命を果たそうと行動を起こす。 そう、この国には白龍帝の対となる黒龍帝もいるのだ。 黒龍帝の皇后となるため、位を上げるよう奮闘する中で紅玉は自身にまじないを掛けた道士の名を聞く。 道士と龍帝、瑞祥の娘の因果が絡み合う!

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...