12 / 87
いぬまみれ編
お昼寝下がり
しおりを挟む「失礼致します。あの~アオイ様? そろそろもう……」
「へ?」
昼食のお時間ですとコニー。
時計を見ると十一時を過ぎていた。
と言う事は四時間もブラッシングしていた事になる。
「ふわぁああ……もう昼か?」
そりゃあ怜も眠ってしまう筈だ。
入室したコニーは、アオイが隠れて見えなくなる程の塊を見て「まぁ……これは」と目を丸くする。
アオイが頑張ってブラッシングして出来た怜のドッペルゲンガー、ではなく大量の抜け毛。
何度、舞う毛でくしゃみをしたことか。
それだけ柔らかい毛が生えていたのだろう。
辞め時が分からず一心不乱にブラッシングしていたものだから、すっかり汗をかいてしまった。
「昼食が終わったら湯浴みにしましょう」と額の汗を拭うアオイに、コニーはドッペルゲンガーを片付けながら言う。
「そうね、出来ればそうしたいわ!」
「さ、お腹も空いたでしょう。シェフ達もお二人を待っていますよ」
「はーい! 有難うございます!」
シェフ達の美味しい料理を戴いた後、桧の香りが癒やされる大浴場にて汗を流した。
どうやら怜もここぞとばかりに湯に入れられたようで、毛艶がより一層良くなり、もふもふにも磨きがかかりそれに良い匂いだ。
ダブルコートの超絶大型犬を毎日手入れするのは相当骨が折れるだろう。
ましてや犬が犬を手入れするのだから。
「あ! そうだ!」
そんな事を考えている時、突然何かを思い出したアオイは、ぽんと人差し指を立てた。
「なんだ?」
「向日葵畑! 見えるんでしょう? 怜の部屋から!」
「え。あ、あぁ、まぁ……」
(何故知ってるんだ……)
嫌な予感がするなと構える怜とは反対に、お願い見せてと、アオイはお風呂上がりの少し湿った肌で小首を傾げ上目遣い。
好きなものを目の前にした女性は自然と可愛くなる。
男の部屋にそう簡単に入るものじゃないぞと注意するが、自身が犬であるが故に説得力が無い。
そもそも拒否する理由もこれと言って無い怜は、「あぁもう分かったからそんな顔をするな。食べてしまうぞ」と目を逸らして自室の扉を開けた。
恋愛対象は変わらず人間であるから、理性を保つのに必死だ。
一方、怜ならば食べられても痛くないなんて笑うアオイ。
そういう意味の食べるではないのだが、やはりこんな姿では意味が変わるだろう。
(そもそも私は人など食わんぞ……!)
心の中で突っ込みながら「ほら入れ」と部屋に通した。
何年振りだろうか。
女性を部屋に招いたのは。
いや、他人を招く事さえ何年振りなのかも思い出せない。
(あぁ……昔はこんな風に女をよく……)
「ここによく雌犬を連れ込んでいたのね」
「な、なんだと?」
「え? 雌犬を連れ込んでいたんでしょう?」
「め、め、め、雌犬……!?」
「アンが言ってたの。どこぞの雌犬だか知らねぇが連れ込んでた、って」
「なぁッ……!?」
「怜が惹かれる犬ってどれ程美しい犬なんだろう……私もいつか会ってみたいなぁ」
「へ、あ、そう言う……いや、昔の女だからな、会う事はないだろう……」
ビッチ、では無く、本当の犬の雌の方かと勘違いしてしまった怜は、恥ずかしさで耳の先が熱くなる。
熱くなりすぎて毛が燃えているかもしれない、いやもうむしろ燃えているかも。
馬鹿みたいだが心配になって前脚で耳を撫でつけた。
「にしてもアンめ……、余計な事を……」
「へ? 何か言った?」
「いや! 別に、何も」
「そう?」
「ほ、ほら、向日葵畑が見たいのだろう? あそこのバルコニーに出ればよく見えるから……」
「本当!?」
ぱたぱたと走り出すアオイに、ふぅと怜は肩を撫で下ろした。
(別に女を連れ込んでいた事を知られた所で別に、どうってこともないのだが……)
あくまで昔の話だ。
それも大層昔のこと。
こちらの気持ちもつゆ知らず、バルコニーの観音扉を勢いよく開けたアオイは、蒸し暑い空気とジリジリの日差しに「頭では分かってるけどやっぱり暑い!」と叫んでいる。
「わ……! 本当、綺麗……! 一面黄色い絨毯ね!」
「ここからは格別だろう?」
「えぇ! そりゃあ女の子に見せたくもなるよ!」
「……まぁ、」
年が経つ毎に増える向日葵。
『これ程までに綺麗な向日葵を見たのは君が初めてさ』
なんて台詞は昔なら簡単に言えただろう。
何時からか甘い言葉さえも囁けなくなった。
いつからだったか。
(あぁ、そうだ。私を愛していた女は皆、私というステータスを愛していたのだと気付いた時からだったか……)
甘い言葉を吐いたところで意味もない。
結局は皆、中身なんて愛していないのだから。
綺麗だなぁと未だ向日葵を眺めるアオイにどこか安心感を覚えながら、ベッドに登りくるくると位置を決めながら横になる。
「気が済んだら勝手に出て行ってくれ。私は昼寝の時間だ」
「え、あぁ……」
なる程さすが犬だねぇなんて納得したかと思うと、ベッドが沈んだ。
驚いて目を開けると、何故かアオイもベッドに潜り込んでいる。
「お前! 何を! 男のベッドだぞ……!」
「えぇ? でもわたし犬じゃないから良いでしょう?」
「いやそれはっ、まぁ、そうだが」
確かに(色んな意味で)雌犬ではない。
しかし元は人間。
二度目になるが、恋愛対象は人間なのだ。
(あぁ……この状況をアンに見られたらどうなるか……)
過去の蔑む凍った眼差しを思い出して、尻尾が萎びる。
「ん~……あったかくてふわふわでいいにおい……」
またしてもつゆ知らず。
巨犬の腹を枕にし、心地良い眠りに誘われているアオイ。
誰かのこんな安心した顔を見るのは何時振りだろうか。
愛しさと切なさが心臓を締め付ける。
どうせ彼女にとっては犬だから。
見られたって構わないと言い聞かせ、ふたり一緒に昼寝をしたのだった。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
羅刹を冠する鬼と狐
井上 滋瑛
キャラ文芸
帝国華羅に羅刹院という、羅刹士を束ねる特殊組織があった。
帝国公認でありながら干渉を受けず、官民問わない依頼と契約、その遂行を生業とする。
その依頼内容は鳥獣妖魔の討伐から要人警護、更には暗殺まで表裏問わず多岐に渡る。
ある日若手羅刹士の遼経が依頼を終えて拠点に戻ると、かつて妖魔が支配していた都市、煥緞が妖仙の兄弟によって陥落された事を知る。
妖仙の狙いはかつて煥緞に眠っていた古代霊術だった。
一度はその討伐参加を見送り、元担当院士の玉蓮と共に別なる古代霊術の探索に出発する。
かつて古代霊術が眠っている遺跡発掘の警護中に殉職した父。
古代霊術の権威であった大学院の教授の警護中に失踪した恋人。
因果は巡り、自身の出生の真実を知らされ、そして妖仙の兄弟と対峙する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる