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ブティックへの用事【ルイーザ視点】
しおりを挟むわたくしは知っている。
今日、彼女がガッティーナブティックに訪れることを。
この前のパーティーだけじゃまだまだ物足りないわ。もっと遊んであげるの。
だからイーサンを誘って此処に来た。
「ようこそルイーザ様、イーサン様も。お待ちしておりましたわ」
「ご機嫌ようアルマさん。今日はお友達へのプレゼントを選びに来たの。わたくのものじゃなくって申し訳無いわ」
「それでもうちへ足を運んでくれて光栄ですよ」
イーサンとは一緒に此処へ何度も来ているから、ブティックの皆も知っている。彼がわたくしの新しい恋人だってこと。勿論イーサンが彼女の婚約者だってことも知っているでしょうね。
だって取引先なんですもの。
イーサンの的確なアドバイスを聞きながらわたくしはお友達へのプレゼントを早々に決め、彼が目を離した隙に本来の目的である言葉を口にした。先ずはわたくしの目で確認しなくっちゃね。それから見せつけるのよ。嗚呼なんて面白いのかしら。
「そういえば今日は“卵”が頑張っているのでしょう? どんな様子?」
「ええ! 今まさに仕上げの最中ですわ! 良かったら見学して下さいな!」
「あら良いの?」
「勿論です! ルイーザ様にご挨拶出来るだなんてラウルにとってまたとない機会ですもの! うふふ、でもその前に中を確認してまいりますね。彼女がすっぽんぽんだったら恥ずかしいですもの」
それからものの数秒でバックヤードの扉が開かれた。彼は呑気に店内を見て回っている。
「は! 初めまして! 私は見習いデザイナーとして雇ってもらったラウルと申します……!」
初々しく挨拶する好青年の隣には、モデルの彼女。
ドレス一着分の生地を持ち込み、サンプルを作ってもらう。サンプルにするには勿体無いほどの高級生地。新人は実際の生地で練習が出来て、彼女はドレス代が浮く。そして彼女がそれを着て街を歩けばガッティーナブティック、もといデザイナーの宣伝にもなる。更にはそのサンプルでイメージも湧きやすいので、ブティック側は生地の柄や糸の番手やカラーリングのオーダーも出来る。
なんて画期的で斬新なビジネスアプローチかしら。
ついでに言うと彼女はスタイルが良いからモデルとしても文句無しね。
「ルイーザ様!?」
「あらエミリーさん、ご機嫌よう」
まだ世に出ていないデザインを纏い、驚いた顔の彼女。やっぱりその表情に嘘は無くて。
「エミリア、ルイーザ様と知り合いなの……!?」
「なによラウル、私だってこれでも貴族なのよ?」
「そ、そうだった!」
「ほらほらラウル。手が止まってるわよ。チンタラしてたんじゃ将来コレクションなんて到底間に合わないわよ!」
「はいすみませんっ!」
エミリア。私が与えたあだ名。
ブティックを訪れる貴族から、名前で余計な詮索をされないよう呼ばせていたけど、思ったよりも上手くいったみたい。彼女達の仕事がくだらない貴族の噂話で邪魔されたくはないもの。
そんなとき、わたくしの思う通りのタイミングで、彼は顔を出してきた。
「ルイーザ、何をしているんだい」
「あらイーサン。今は来ない方が良いんじゃないかしら」
「どういう……え、エミリー……!!?」
「イーサン? 貴方なにやってるの? ああ、デート中?」
「え!? いやこれは! いや、その違うんだ……!!」
取り繕うイーサンと、予想とは違い冷静なエミリーさん。
おかしいわね。婚約者が他の女性とデートしているっていうのにその反応なの?
「まあイーサンったらひどいわ。エミリーさんの仰る通りわたくしたちデートしている最中じゃないの」
「ルイーザ!! 違うんだよエミリー……!」
面白いことにブティックの皆は“エミリア”の味方だから、婚約者に対してとっても冷たいのよね。エミリアの婚約者は月に一度の安いレストランで食事してプレゼントのひとつも寄越さないヒドい男だもの。
婚約者、貴方のことよイーサン。ほら、ラウルでさえ無視してエミリアのドレスを仕上げているわ。
「ルイーザ様がそう言っているのだからそうなんじゃないの? それに何をそんなに焦っているのよ。変よ? それと今は、」
「エミリーちょっと待て!! その男は誰だ!!」
「…………は?」
「エミリーの身体にベタベタと……!!」
わたくしは驚いたわ。だってイーサンが突然声を上げたと思ったら意味の分からないことで怒り出すんですもの。
彼のことはもちろんずっと前から知っているけれど、怒った姿なんて見たことない。いつもは、面倒なことから逃げて、のらりくらりと遊び回っている。
「ふんっ。そりゃ触るさ。ろくでなしの婚約者様はあっちへ行ってなよ」
「まぁまぁ、ラウルったら落ち着いて。これでも私より身分の高い御方なんだから」
「な! なななななななんだエミリー……! そんな男を呼び捨てにして……!」
「そりゃあ付き合いが長いもの」
「何だって!!?? 付き合い!!??」
「イーサン……煩いわよ。それに今日はブティックで仕事だって言ったでしょう?」
「仕事だなんて一言も言ってない!! ただ用事があるとしか……!」
「あそう。なら仕事よ。忙しいから話し掛けないで」
「エミリーそんな……!!」
「貴方いまデート中なんでしょ。買い物でもしてきたら?」
しっしっ、と虫を払うように追い出そうとするエミリーさん。
わたくしは、本当の愛が何なのか知りたくて、こうして何人も試していた。意地悪って思われても関係無いわ。だってそれが許される身分だもの。
純朴で頑張り屋、少しのことでも喜んでささやかな食事を目一杯楽しむエミリー·グレイスター。貴族女性と遊び呆けて汚れたイーサンの心には彼女の存在がさぞ眩しかったでしょう。
そんな彼女を自分のせいで傷付けてしまったとしたら?
それでも乗り越えられる愛ってあるの?
今度こそ教えて欲しかったのに。
だけどわたくしとした事がとんでもない勘違いをしていたのね。固定概念とやらに惑わされていたんだわ。
「エミリー!! まだその男が誰か聞いていないぞ……!」
「何なのよ全く……! 彼はデザイナーの卵! 私は生地を持ち込んでドレスを作ってもらっているの!! これで満足!?」
「デザイナー……? ドレス……? 嗚呼、エミリー! そうか、今夜の為にドレスを仕立てていたんだね……!」
「は?」
「俺としたことがそんなことにも気が付かず……。なんて美しいラベンダーカラーのドレスなんだ。そうだ、俺も君の色に染まって行こう! そうすれば二人並ぶだけで其処に花が咲くはずさ」
「はあ?」
片膝をついてエミリーの手にキスを落とすイーサン。まるで忠誠を誓う騎士ね。
でも見てご覧なさいなエミリーさんのあの瞳。虫けらを見下しているようだわ。
あれが愛しい人を見つめる瞳とは到底思えないわね。エミリーさんはそもそも彼のことなんて好きでもなければ愛してもなかったのよ。
あら、ということはイーサン。貴方ずっと片思いだったのね。可哀想。
「ふふっ。いやだ。面白いものを見つけちゃったわ」
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