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策士、此処にいます
しおりを挟む「美味しいねー?」
「ねー?」
「これはお姉さまのすきなやつだねー?」
「さっすがミゲルはよく覚えてるねー?」
──「あなたたち一体何やってるのよ」
姉弟水入らずでパーティーを楽しんでいたところに突然茶々が入る。聞き覚えのある声に振り返るとそこにはミラちゃんの姿があった。
隣にはパパのフレッドさんと、手を繋いでいる女性は恐らくママ。少し困ったように笑っているけど、とても優しそうな雰囲気。
「ミラちゃん!? と、フレッドさん! と、ママさん?」
「こんばんはシャーロットさん。妻のイザベラです」
「初めましてイザベラと申します。ミラからよくお話は伺っております」
「あら、そうなんですか? 私もミラちゃんから沢山聞いてますよ! お会いできて嬉しいです」
互いに挨拶を済ませると何故か自慢げに胸を張るミラちゃん。その姿が可愛くって笑っていたら、都会ではまだまだ人見知りな弟は私の後ろへと隠れていく。これでも一応伯爵家の長男だからパーティーの場には慣れていかなきゃならない。
ま、だけどなんてったって顔が良いから黙ってても周りが寄ってきそうだけどね。
「ほーら、挨拶してー?」
「んぐっ……あ、あの、ぼく、は、アンダーソン伯爵家長男の、ミゲルと申します。いつも姉がお世話になっております……!」
「良くできました!」
「やっぱりシャーロットさんの弟さんか! よく似てるもんね。お姉さんと一緒に働いてる秘書のフレッドです、こちらこそ宜しくお願いします」
「ふふふ、ご姉弟二人の周りだけすごくキラキラして一際目を引いていましたよ」
「あらまぁ……イザベラさんから見ても目立っていましたか……」
「ええ、遠くからでもすぐに分かりましたわ。ほらミラもご挨拶」
「……ミラです。よろしく」
ミゲルとは違いクールに挨拶を済ませるミラちゃん。彼女の真っ直ぐ見つめるピンクサファイアの瞳にミゲルもたじたじ。
外ハネブロンドヘアにホワイトリボンのカチューシャ、アイスブルーのドレス。うん、やっぱり彼女はお洒落さんね。貴族令嬢顔負けのファッションセンスだわ。
「ねぇ、あなたの弟って、ほんとうに弟?」
「うん? そうだよ。正真正銘私の弟、血を分けた姉弟!」
「……ふーん、そう……」
そう言って頭の天辺から爪先までミゲルを眺めている。その様子に両親も私も不思議に首を傾げていると、突然ミラちゃんは「じゃあこれからよろしくね、シャーロットおねーさま」と言った。成人が三人揃いも揃ってより首を傾げる。
(うん? おねーさま??)
「なっ……! お姉さまは僕のお姉さまだよ!?」
「でもあなたとミラが結婚したらミラのおねーさまにもなるわ」
「……どういうこと!? おっ、お姉さま今のはどういう意味ですか!?」
「えっ!? いや……、えっ!?」
「ねっ、シャーロットお義姉さま?」
「えっ、え……!?」
問い詰められる姉。だけどそんなこと聞かれたって私、わたしにも分からない。ミラちゃんったら一体何を言ってるのかしら? お義姉さま??
まさか両親がまた勝手に許可したとか。それともただ子供のドリーミーな発言か、それともホントに弟に一目惚れしちゃったのかな。もしそうだとしたら断るのも可哀想だしそりゃいつかは弟だって結婚する日が来るだろうけどミゲルには自分で相手を選んで欲しいし、いやだからと言ってミラちゃんが駄目とかじゃないし。
それに肯定したら貴族派から高貴な血筋を穢すなとどやされ、否定したらしたで革命派から差別だの何だのと炎上しそうだわ。別にどっちにもなりたくないし今以上に目立ちたくないんだけど。
なんて答えるのが正解かしら。
何も答えられずにただ吃っている私とは反対に「ミラったら何言ってんのよもう!」ってやんわり叱るご両親の声。加えて「解るかい。相手は貴族なんだから。立場が違うの! ねぇシャーロットさん、シャーロットさんからも言ってやって下さいよ!」ってフレッドさんが言ってくる。
どうしましょう。今一番難しい質問を投げかけられた。すっごくみんな見てるし目立ってるのに。
「ママ? パパ? いーい? 愛にミブンはカンケーないのよ? お義姉さまもそう思うでしょ?」
「お姉さま!? 僕このコと結婚するの!?」
「えッ!?」
そして更に可愛い追い打ちとは。
逃げたと思われるかもしれないけどここは取り敢えず濁しておこうかな。
「いや、私はミゲルが一番可愛いし大事だからその……つまり……、いま決めることじゃないと思うのよね! ミゲルがいつか大人になってそういうお年頃になったら意見するかもしれないけど私はその時のミゲルの意見を尊重するわ! だって私の可愛いたった一人の弟だもの!」
「お姉さま……! 僕が一番大事なの!? っ~~ぼくもお姉さまが一番大事だよ!!」
「!! ミゲル……!!」
「何やってるのよきょうだいで。恥ずかしいじゃない。でもわかったわ。この子がミラのことを好きになればいいんでしょう? そんなの簡単だわ」
「ならないよ! お姉さまは僕だけのお姉さまなんだから!!」
「ふふん。それはどうかしら」
ミラちゃんに呆れられてしまった。しかしまぁその自信は一体どこから湧いてくるのか。
ともあれこの二人のやり取りが可愛すぎるし“おねーさま”を取り合いされるしでお姉さまはもう既に萌え死にそうなんですが。パパとママはものすごく焦って娘を止めてるけど。
──「シャーロット……。君ってば少し目を離すだけで誰かに囲まれちゃうんだね」
横から呆れ声の男がもう一人。つい先程まで仕事だったというのにこの完璧な装いと立ち姿。さすがノア様、溢れ出るオーラが周りと違いすぎる。ものすごくキラキラしていて……ってまさか私たち姉弟もこう見えていたのかしら……。
(だとしたら物凄く目立っているわね……)
「ノア様! もうお仕事の方は大丈夫なんですか?」
「ああ。完璧に終わらせてきたよ」
さすが。お仕事も完璧なのね。
それで一体なんの騒ぎだいと取り囲む人物を見て言うノア様。そういえば随分と賑やかだった。
殿下と婚約していた頃はこんなに自然体で居られることはなかったもの。影で悪口を言われてると知りつつ、令嬢たちと上辺だけの会話をしていただけだった。というかもう殆ど挨拶だけかも。
フレッドさんの奥さんを紹介し、今までのことを一通り話すと、あぁそれであの会話に繋がるのかと納得。どうせノア様のことだから私が何していたのか気になるんでしょ。いい加減私だって分かってる。彼の独占欲が強いってことぐらい。
「ふん。ミラがこのコとけっこんしたらあなたはお義兄さまになるのね。……悪くないわ」
「あはは……そうね、確かにこのまま結婚するとお義兄様になるわね」
「ふむ。その前に……、良いかい? 幼き娘よ。自身に惚れてもらうのも勿論重要だけど、本当に欲しければ外堀から攻めなければ。逃げられないように、そして自分のところにしか来れないように。でも嘘はダメ。愛は伝えてなんぼだからね」
「そとぼりからうめるってどうするのよ」
「ふふ、君にはまだ少し早いかな。まずはじめに大事なのは彼から見た君の印象だ。決して嫌がることはしてはいけないよ。彼の嫌がることってどんなこと? それを知るためには、まず相手のことを調べなきゃいけないだろう? それが出来たら次を教えよう」
「ノア様なんてこと教えて……!」
「し、ししょー……! いうとおりにします……!」
「ミラちゃん!? こんな人師匠にしちゃだめっ!」
私が必死にミラちゃんを止めている横で、彼女の両親は顔を真赤にし、ただただ謝っているのだった。
──それから暫くして。
仕事終わりのワインを一杯飲み終わると、ノア様は私の手を引き人気のないバルコニーへと連れてゆく。窓一枚飛び出るだけでも喧騒が遠のく。
初夏の夜風が淡紫の髪を撫で、彼は私の身体を抱き耳元でこう囁いた。
「ねぇシャーロット。……ミーシア姫が訪問したのって偶然だと思う?」
「え……?」
「あのルーカスが姫に一目惚れしたと?」
淡色の髪が彼の指で耳に掛けられる。擽ったくて背中を震わす私に、ノア様は悪い顔をしてニヤリと問うてきた。
首を傾げ見つめる瞳が姿がなんともセクシーで、ずるいひと。
「っ……」
「まさか。だってあいつの見た目の好みはシャーロットだもん」
「え、そ、それはつまり……?」
「ふふ、本当に欲しかったから外堀から攻めちゃった」
「ッ、殿下と、ミーシア姫が出逢ったのも……、彼らが交流を重ねたのも? 惹かれ合ったのも? 婚約破棄するのも……ぜ、全部……?」
「そうだよ。全部仕組んだことだけど? 何か悪い事した?」
「の、の、ノア様って……本当にこわい……」
「でも君はもう俺の沼から抜け出せないんだよ。可哀想にねぇ。俺以上に君を愛せる人なんてこの世界に居るのかなぁ」
ふふふと耳の近くで笑う声が子宮に響き、それから腰を撫でられ下唇を吸われ舌を絡められ愛してると囁かれると、そりゃやっぱりこんな沼からはもう抜け出せないんだと悟った私であった。
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