14 / 17
ただ面倒見てただけなのに
しおりを挟むいつもの大臣の執務室。そこには似つかわしくない可愛らしい幼女の姿があった。
今日から一週間。親友の両親がお亡くなりになったということで、フレッドさんの奥様はご実家に帰られるそうだ。久し振りに親友に会うので羽根を伸ばして欲しいとフレッドさんが娘の面倒を見るらしい。
まだ幼いからウィルソン大臣にも許可を頂いて職場に連れてきているのだけど……。
「ぱぱぁー。この女のひとだあれー?」
「ミラ。この人はパパのお仕事仲間だよ。ほら、ご挨拶してー?」
「……やだ! パパふりんしてたんだ!」
「え、ええ……? 違うよ~……? 一緒にお仕事してるだけだよ~……?」
「うそだ! ママが居ないところでこっそり会ってたんでしょ!」
「パパはママ一筋だよ!?」
「うそ! だってこのひとママよりきらきらしてるもんっ! あっけなくおとされたんでしょっ!?」
「さっきから一体何処でそんな言葉を覚えたのかなぁ!?」
挨拶しない愛娘に心底困り果てた秘書のフレッドさん。いつもしっかりしているフレッドさんが娘に振り回される姿を見て、思わず笑ってしまった。
「ミラちゃん、こんにちは! これから一週間宜しくね!」
「ふんっ。ミラに気に入られよーとしてもムダだからねっ!」
「ふふ、ママのこと大好きなんだね。でも安心して? 私たち本当にお仕事してるだけだよ? それに私だって結婚を約束した相手が居るんだから」
「だぶるふりんだ……!!」
「ええ……??」
まさかそう来るとは思わずたじたじ。
女の子は心の成長が早いと聞くけど、これは仲良くなるのに時間が掛かりそうだ。お洒落にもしっかり気を遣って、おませさんな女の子。
「ごめんねシャーロットさん……! ホンットに何処でこんな言葉を覚えたんだか……!」
「あはははは! いやぁ~! 誰かさんに似て生意気に育ってるねぇ~!」
「ウィルソンさんまでっ!」
「ミラちゃんはパパそっくりに成長してまちゅね~~!」
「おじちゃん。あたし赤ちゃんじゃないよ」
「ご、ごめん……」
ウィルソン大臣までたじたじとは。なかなかやるなこの子。
午前は執務室でお仕事。午後は会議があるが、出席の機会ならいつでもあるからここは私が面倒見ますよと、ミラちゃんと二人きりになる。これでも年の離れた弟が居るし、子供の相手は慣れているのだが……。
(今のところ好かれてないんだけど大丈夫かしら……)
「ご挨拶も終わったし、パパ達はお仕事するから大人しくしてるんだよ?」
「言われなくても分かってるもん」
プイッとそっぽを向くが、そう言うだけあって仕事の邪魔をせず、一生懸命お母さんに絵手紙を描いている。さすがフレッドさんのお子さん、おませさんだけどしっかりした子だわ。
ただトイレだけは怖くて一人で行けないらしい。意外と可愛いところもあったり。
──それからあっという間に午前の業務が終わり、ランチを終えた父娘と再会。父の陰で睨みを利かすミラちゃんの様子を見る限り、まだ誤解は解けていないみたい。
「シャーロットさん本当にごめんね……!」
「いいえー、いつもお世話になりっぱなしですから!」
「ほらミラ、パパは会議に行ってくるから」
そう言われ、やっぱりパパの仕事は邪魔しないミラちゃん。
素直に私の元へ移動してパパを見送ると、「かんちがいしないでよねっ。あなたにママの代わりができると思ったら大まちがいなんだからっ!」と宣言した。
「もー、ママになろうとなんて思ってないってば! さ、絵手紙出すんだよね! ポストまでお散歩しよっか。抱っこかおてて繋ぐかどっちかしよ?」
「そうやって仲良くなっていずれママになろうとしてるんでしょっ! やだ!」
「だーめっ! 抱っこかおてて繋ぐのはパパがミラちゃんのこと心配だからだよ。私がウッカリして見失っちゃったら悲しむでしょう?」
「……なら、いいけど。あなたが迷子にならないようにおてて繋いでおいてあげる」
「うん! ありがと!」
(ふふっ、何だかんだ言いつつ頭の良い子なのよね)
私の弟より三歳下とは思えない。弟は将来有望なくせにまだまだ甘えん坊さんだから、きっとこんなところ見られたら嫉妬してしまうだろう。
仕方無く差し出された手を握り、ふたり歩き出す。
丁寧に手入れされた宮廷の庭園には美しい花々が咲き誇っている。妖精が住んでいてもおかしくないほど幻想的な世界。
そんな世界に、どうやらミラちゃんも楽しんでいるようで一安心。ママを連れてきたいと事あるごとに言うから、本当に大好きなんだろうな。ママがパパのお仕事を邪魔しないから、ミラちゃんも真似ているのかも。
(それでパパそっくりにママが好きなのね? 父娘揃って、本当にもうっ。微笑ましいわぁーっ!)
そうこうしている内に宮廷と研究所の丁度間にあるポストへ到着し、ミラちゃん自らの手で投函した。その際ちょっとだけ背が足りなかったので、僭越ながら持ち上げさせて頂き、無事任務完了。
時計を見るとまだ三十分しか経っていない。
「あらら、まだまだ会議は終わらないわね」
「じゃあミラまだお庭見たい」
「ほんと? じゃ、このまま一周して──」
──「シャーロット……!!」
「ひゃあ!?」
大声で呼ばれるのはデジャヴの気がするが、今日は殿下じゃない。この声は、ノア様の声だ。
気を抜いていたところにあんまりにも大声で呼ばれるから変な声で驚いてしまったではないか。
「なっ! なんですかっ! 驚かさないで下さいよっ!」
「シャーロットが、秘書フレッドの娘と顔合わせして、いずれ母親になるらしいと皆が言うから、」
「はい?」
「……やはり秘書とはそういう関係だったのか?」
「いやちょっと待って下さい、噂が独り歩きするにも程がありますしミラちゃんと出会ってまだ半日なんですが」
ミラちゃんもミラちゃんで「やっぱりそうだったんだ……! 仕事するふりしてだぶるふりんしてたんだ……!」なんて追い討ちをかけるから、ノア様の眼が一層恐い。いや、己の噂に素早く尾鰭が付き纏ってくる方が恐いのか。
取り敢えずノア様にイチからきちんと説明すれば、“一応”納得。
というかまさかそんなくだらないことを確認するためにわざわざ白衣姿で研究所から出てきたわけではあるまいな。
(それに関しては知らない方が良いような気が……。だってノア様も午後の会議に出席しているはずなのに……。うん。やっぱ恐く聞けないわ)
「ええーっと……じゃあ私たち、お散歩の続きしますので……」
「ッ、ちょっと待って」
「えっ?」
「そもそも。何故シャーロットが面倒を見ているの? 家族でもないのに」
「いやぁ……これでも同じ職場で働いていますし……、いつもお世話になってますからね。それに、フレッドさんが会議に出てるので。帰ってくるまでの間だけです」
「…………そう。じゃあなるべく早く終わらせよう」
「はい?」
颯爽と去って行った理由も、最後に言い残していった言葉の意味も、深くは考えないようにしよう。
それがいい。私は本来なら会議に出席しているはずのノア様の姿も見てないし、何にも聞かなかった。うん。見ていないし聞いていない。
「ところであの男のひとは誰なの?」
「うん? あれは私の婚約者。ノア·プラトンって方よ」
「ふーーーん……。いいおとこじゃない」
「う、うん……?」
「ぱぱよりきらきらしてるのね」
「きらきらしてる? そうね、才色兼備って言葉がぴったりな人かもね」
「さいしょくけんび? 天がにぶつをあたえてる人?」
「あはは、そうね。二物と言わず何物も与えられてるかもね」
「ふーーーん……。まぁ、あれぐらいのおとこならミラのパパなんてがんちゅーに無いのもなっとくできるわ。あなたのこと、信じてあげてもいいわっ!」
「へっ?」
まるで何事もなかったかのように繋いだ手を庭園へと引っ張るミラちゃん。彼女にとって見た目がきらきらしている方が上なのかしら。きっと将来は面食いね。
なにはともあれ、ノア様の容姿でミラちゃんの誤解が解けたようだ。
(っと、駄目駄目! 私は何も見ていないし聞いていないんだから……ッ!)
0
お気に入りに追加
44
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!
美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』
そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。
目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。
なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。
元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。
ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。
いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。
なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。
このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。
悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。
ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――
夫の書斎から渡されなかった恋文を見つけた話
束原ミヤコ
恋愛
フリージアはある日、夫であるエルバ公爵クライヴの書斎の机から、渡されなかった恋文を見つけた。
クライヴには想い人がいるという噂があった。
それは、隣国に嫁いだ姫サフィアである。
晩餐会で親し気に話す二人の様子を見たフリージアは、妻でいることが耐えられなくなり離縁してもらうことを決めるが――。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる