上 下
7 / 17

私にはまだ分からないこと

しおりを挟む

 そう決心したとき──、まるでヒーロー登場とでもいうかのように部屋の扉が開かれた。

「シャーロット……!? おま、ルーカス……! 何やってるんだ!?」
「ノア兄!?」
「ノア様!」
「これは! 一体、どういう状況だ……?」

 困惑したノア様の姿。
 無理もない。決心したと同時に思い切りぶん殴ってしまった。
 殿下はソファーから崩れ落ち尻餅をついて、私はアッパーを食らわした拳がまるでガッツポーズでも決めているかのように見える。しかも脚を露わにして。
 三人とも起こった状況について行けず固まってしまった。
 暫しの沈黙……。

「ルーカス……お前、さてはシャーロットを無理矢理連れ込んだな……!?」

 少ない情報から状況を把握してくれるなんてさすがノア様。
 乱れたシャツと放り投げられた殿下のジャケット。散らばる書類。恐らく殿下が殿下じゃなかったら誰だって私の言い分を少しは聞いてくれるのだろう。
 殿下が殿下だからいつも私が悪くなる。

「違うよノア兄! シャーロットが誘惑するから……! それなのに俺を殴って……!」
「シャーロット嬢がわざわざ誘惑するわけないだろう。早く身なりを整えて戻れ」

(やっぱり想像通りのことを言うのね……来て下さったのがノア様で助かったわ……)
 ハイハイ、と軽くあしらうノア様の姿に感動しすぎてつい拝んでしまった。

「ッ、でもシャーロットは俺を殴ったんだよ……! 王族を殴るなんてあり得ないでしょう!?」
「それもそうだね」

 その言葉にドキリと心臓が揺れる。
 殴ったのもまた事実。タダでは済まないだろう。謹慎や罰金刑なら受ける覚悟だ。世間の目や噂話なら慣れている。
 被害者ヅラして立ち上がる殿下に、私は心の中で舌打ちをした。

「…………ルーカス。悪いけど、ちょっとこっちを向いてくれる?」
「なに? ノア兄、ッ──!!?」

 一瞬の事だった。
 鈍い音がして、殿下がまた尻餅をついている。
 驚いた。まさかノア様が人を殴るだなんて。

「ッ、え? え……? の、のあ兄……なんで……」
「上書きしてやったんだよ。ルーカス、お前はシャーロット嬢に殴られたんじゃなくて俺に殴られたんだ。その証拠に、ほら、俺の拳にはお前の血がついてる」
「だっ、だけどどうして……! 痛いよ……!」
「俺の好きな人に手を出したから。そもそも! 抵抗してる女性を無理矢理襲うなんて紳士にあるまじき行為だぞ」
「けどシャーロットは元婚約者だし将来は側室に……!」
「はぁー……。ルーカス、俺のものを欲しがるのはもうやめなさい。いい加減自分の好きなものをキチンと守れる男にならないか。お前はミーシア姫のことを愛しているんじゃないのかい?」
「もちろん愛しているよ……!」
「ならばその人だけ見つめなさい。愛している人もまともに瞳に写せないようじゃあ格好悪いぞ?」
「っ……」
「俺はこのを守りたいんだよ。この意味が解るか?」

 尻餅をつく殿下にそっと手を伸ばすノア様。
 問いに、「うん……」と頷いて手を取り再び立ち上がった。

「ははっ……ノア兄はさすがだね……敵わないや。言う通りだよ。シャーロットごめん……」
「えっ……いえ、その。謝罪のお気持ちだけで十分です」
「俺、ミーシアを愛してるから。だから、やっぱりシャーロットのことは愛せない。俺が愛せるのはひとりだ……」
「うん……?」

 もう一度ごめんねと言われ、ノア様に感謝の言葉を伝えると身なりを整えてさっさと出ていってしまった殿下。
 また暫しの沈黙が流れる。

「ルーカスが馬鹿でごめん……」
「い、いえ……お気になさらず」

(私、殿下のことは愛してませんって言いませんでしたっけ……??)と、問い詰めたくなるが、話にならなそうなので放っておくことにする。勘違いしたまま勝手に生きてくれ。

「仕事が終わる頃かなって迎えに行ったんだけど。書類が一枚落ちてたからさ、叱ろうと思ったんだよ。はぁ~……本当に、うちのルーカスがごめんね。今までだって我慢してきたのにね」
「ノア様が謝ることでは……。それに、殿下の謝罪が聞けただけで救われた気分ですから」
「ふふ。さ、俺は書類を拾うから君は乱れた格好を直しなさい」
「っ、は、はい。……あの、助けて頂いて有難うございます」
「どういたしまして」

 殴り飛ばしてじんじんする拳を我慢しながらボタンを留めていく。
 あんなに堂々と言われたら意識してしまうではないか。
(私のこと、守りたいって……)
 つい視線がノア様に向いてしまって目が合った。恥ずかしくてすぐに逸らす。

「……シャーロット。俺は、心から君のことを愛しているんだよ」
「っ~~~……! そっ! そんなこと言われてもわたしっ、どうしたらいいか分かりません……ッ!」
「全く。君を手に入れるのがこんなに難しいとはね。いいさ。君が折れるまで何度でも言うから。ほら、先ずは仕事を終わらそう」
「はははい……!」

 何故恥ずかしげもなくさらりと言えるの?
 私は本当に分からない。どうしたら良いのか。今まで殿下の婚約者だったから。
 他人を愛するとは、どういう気持ちなのだろう。
 私にもいつか分かる日が来るのだろうか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初めての相手が陛下で良かった

ウサギテイマーTK
恋愛
第二王子から婚約破棄された侯爵令嬢アリミアは、王子の新しい婚約者付の女官として出仕することを命令される。新しい婚約者はアリミアの義妹。それどころか、第二王子と義妹の初夜を見届けるお役をも仰せつかる。それはアリミアをはめる罠でもあった。媚薬を盛られたアリミアは、熱くなった体を持て余す。そんなアリミアを助けたのは、彼女の初恋の相手、現国王であった。アリミアは陛下に懇願する。自分を抱いて欲しいと。 ※ダラダラエッチシーンが続きます。苦手な方は無理なさらずに。

王女の朝の身支度

sleepingangel02
恋愛
政略結婚で愛のない夫婦。夫の国王は,何人もの側室がいて,王女はないがしろ。それどころか,王女担当まで用意する始末。さて,その行方は?

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

【R18】婚約破棄に失敗したら王子が夜這いにやってきました

ミチル
恋愛
婚約者である第一王子ルイスとの婚約破棄に晴れて失敗してしまったリリー。しばらく王宮で過ごすことになり夜眠っているリリーは、ふと違和感を覚えた。(なにかしら……何かふわふわしてて気持ちいい……) 次第に浮上する意識に、ベッドの中に誰かがいることに気づいて叫ぼうとしたけれど、口を塞がれてしまった。 リリーのベッドに忍び込んでいたのは婚約破棄しそこなったばかりのルイスだった。そしてルイスはとんでもないこと言い出す。『夜這いに来ただけさ』 R15で連載している『婚約破棄の条件は王子付きの騎士で側から離してもらえません』の【R18】番外になります。3~5話くらいで簡潔予定です。

未亡人メイド、ショタ公爵令息の筆下ろしに選ばれる。ただの性処理係かと思ったら、彼から結婚しようと告白されました。【完結】

高橋冬夏
恋愛
騎士だった夫を魔物討伐の傷が元で失ったエレン。そんな悲しみの中にある彼女に夫との思い出の詰まった家を火事で無くすという更なる悲劇が襲う。 全てを失ったエレンは娼婦になる覚悟で娼館を訪れようとしたときに夫の雇い主と出会い、だたのメイドとしてではなく、幼い子息の筆下ろしを頼まれてしまう。 断ることも出来たが覚悟を決め、子息の性処理を兼ねたメイドとして働き始めるのだった。

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

《R18短編》優しい婚約者の素顔

あみにあ
恋愛
私の婚約者は、ずっと昔からお兄様と慕っていた彼。 優しくて、面白くて、頼りになって、甘えさせてくれるお兄様が好き。 それに文武両道、品行方正、眉目秀麗、令嬢たちのあこがれの存在。 そんなお兄様と婚約出来て、不平不満なんてあるはずない。 そうわかっているはずなのに、結婚が近づくにつれて何だか胸がモヤモヤするの。 そんな暗い気持ちの正体を教えてくれたのは―――――。 ※6000字程度で、サクサクと読める短編小説です。 ※無理矢理な描写がございます、苦手な方はご注意下さい。

義兄様に弄ばれる私は溺愛され、その愛に堕ちる

一ノ瀬 彩音
恋愛
国王である義兄様に弄ばれる悪役令嬢の私は彼に溺れていく。 そして彼から与えられる快楽と愛情で心も身体も満たされていく……。 ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

処理中です...