もう目立ちたくありません!

ぱっつんぱつお

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これは脳が創り出したものである

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「ノア様! ノア様!? あの、ノアさまっ……!」

 何度も彼の名を呼んだ。
 大きな手にセンスの良いスーツ。相変わらずシルクオーガンジーはひらひらと舞って、離されぬ手に此方も必死になる。

「あのッ! もう……! 誰も見てないです……! だからっ……!」
「だから?」
「だから、そのっ、あの……無理して……こんな風に演技していただかなくても……!」
「演技……ね」
「そう、ですよね……?」

 とある部屋の前で足を止め、ちらりと私を見ると意地悪そうに笑った。
 他国の要人や王家の血筋しか宿泊出来ない部屋だ。随分と古くて立派な鍵で、見た目通りの音を響かせながら扉が開かれる。そこはもちろん私なんかが踏み入れてはいけない場所。

「え!? ちょ、本当にもう大丈夫ですので! 私はひとりでも大丈夫ですので!」
「大丈夫とか、そういうんじゃなくってさ。君はあの伯爵家の男とこういうコトするつもりだったんでしょ?」

 扉の中へ引き込まれて先程よりも強く腰を引き寄せられて、ちゅ、と鼓膜にリップ音が響く。
 思わず「んぁっ」と声が漏れてしまった。

「かわいい」
「っ、冗談はほどほどにして下さい……!」
「なんで冗談だと思うの。全部本気なんだけどな」
「そんなっ、わけ……! んっ!」

 身体は密着して顔も身体も熱いし、鼓膜には厭らしい音が響いている。
 これは一体どういう状況なのか。私は少し、ほんの少し羽目を外したかっただけなのに。
 相手は王弟の息子だしそれに研究所の先輩だ。挨拶ぐらいしか交わさないが、羽目を外す相手ではないことは確かである。

「ん、っぁ……!」
「別に、相手なら俺でも、いいでしょ」

 確かであるのだが、ぞくぞく耳に響く声が私の理性を奪っていく。アルコールのせいで判断がままならない。このまま身を任せたい。いや、もとより任せるつもりだったんだ。

「俺でも、良いでしょう?」
「っ、はっ……。ん、」
「……ちゃんと聞いたからね。あとで後悔したってもう遅いから」

 頷いてしまった。
 戻れない道を選択してしまったような気もするが、今はそんな事どうだっていい。このまま身を任せたいの。だって私はいま自由なんだから。婚約破棄までされてもう頑張らなくったって良いんだから。

「シャーロット、」

 そっと頬に添えられたノア・プラトンの手を、私は受け入れた。
 クイと顎を持ち上げられ、私の淡い紫の髪が肩から滑り落ちる。
 柔らかな唇が重なると、はむ、はむ、とついばんで、とろんとした瞳で見つめれば辛そうに眉を歪ませている。

「ッ、シャーロット」
「ぅあ……!」
「ごめん。我慢出来ない」

 そう言って彼は私の身体を抱えると、ベッドに降ろした。
 荒々しくジャケットを脱ぐ姿に私もアクセサリーを外したりして、そこからはあまり細かく覚えていない。
 首筋に、ドレスの肩紐をずらし鎖骨へ、そして胸元へとキスが落とされ、いつの間にか脱がされて快感に身を委ねていた。
 今まで起こったことなんてどうでも良いという風に。ただ互いが互いを求めあっている。
 そうして、何度目かの絶頂を味わい、欲求のままに眠りに落ちた。




 ──はた、と目が覚めたら日も昇っていない朝方だった。

(あ、あれ……!? わたし、わたし……!? やってしまった!!?)
 隣を見るとベッドの中に黒髪の男性が居る。
 いやまさか。嘘だ。いや冷静になれ。
 昨日、最後にダンスを踊った伯爵家の男性も黒髪だったような気もしなくもない。今となっては顔の造りなんて覚えてもいないが、きっと己が甘い夢を味わうために脳内修正でもかけたのだろう。そうだ。きっとそうだろう?

「ぅう~……ん、シャーロット……」
「!!?」

 寝返りを打った男性は、寝言を呟いた。整った顔立ちに聞き覚えのある声。
 ドッドッドッ、とドラムのような心臓が自身の焦りを助長させている。
 もう目立ちたくない。静かにひっそり家庭を持ちたい。他人に興味も持たれない相手がいいのに。
(いいえ……! まだそうと決まったわけじゃないわ!!)
 瞳の色だって確認出来ていないしそれに聞き覚えのある声だといっても挨拶を交わす程度なのだ。そして何より薄暗い。

(顔を洗えば目も覚めるわよ! 脳内修正が強すぎるんだわ……!)
 やけに豪華な室内の装飾には目を瞑り、夢から醒めるため洗面所へ向かう。
 バシャバシャと洗い流して質の良いリネンで拭っていると、「シャーロット、」と直ぐ側で声が聴こえた。
 一度は落ち着いた心臓がまた五月蝿い。
 恐る恐る顔を上げると──、黒い髪にアメジストの瞳、眉目秀麗なノア・プラトンが、其処に突っ立っていたのだ。

「ッぎゃぁあああーー……!!!」
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