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ぱっつんぱつお

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番外編 執事、セバスチャンの涙

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 ミア様がこの屋敷へ来られてからマクロン侯爵家は随分と変わりました。

 ミア様自身の大変に割り切った性格にも驚きましたが、それよりなにより、どんな女性にも興味を示さなかったウォルター様がまさかあそこまで惹かれるとは。それも一瞬で。
 夢中になっていびる母娘おやこは騙せても、この爺の目は誤魔化せません。長年マクロン侯爵様に仕えていましたから。
 ウォルター様はお父様にそっくりで御座います。
 こうして幸せな結婚をなさったこと、爺は嬉しく思いますよ。

 ついでに我儘を申し上げますと生きているうちにリリアナ様の晴れ姿も見れたならなんと嬉しいことか。しかし皇太子妃になるのは決して簡単ではありませんからまだ先になるでしょうかねぇ。
 ふふ。けれどミア様にキツく言われたときのことを思い出すと、今のリリアナ様ならばもしかしたら。
 この目に純白のドレスを纏っているお姿を映せるかもしれませんね。

 ──「全く! そうやって醜い言葉と感情で人を罵っているから顔も醜くなっているのよ! え? 気付いていないの? わぁ可哀想に。瞳が濁っているから鏡を見ても分からないのね。優しく微笑み他人を赦せる人にならないと大好きな人に嫌われちゃうわよ?」

 そう言われてからというもの、随分と鏡を見て気にされておりました。そして人を赦せるようにもなりました。
 メイド達も「ミア様のお陰だ」と喜んでおります。
 美しさが自慢だったリリアナ様にとっては衝撃だったのでしょうな。
 皆、心の中では思っていてもなかなか口には出来ません。身分や立場に臆することなく真正面から言ってのけるミア様は本当に強い御方だ。
 相手を陥れよう等という感情は持ち合わせておらず、相手を想っているからこそ。
 本当に素敵な女性と結婚されました。
 今日もまたこうして頼られるのです。


「ミアさまーっ! 大奥様が部屋に籠もってしまい食事を摂られないのです……!」
「んもーー。またぁ? 仕方ないわねぇ」

 時刻は昼の一時だというのに使用人の一人も部屋に入れようとしない大奥様。
 リリアナ様が妃教育のため登城なさって、ウォルター様が結婚されミア様が『奥様』となった。
 ウォルター様は元々ヒステリーを起こす大奥様が面倒だからと、あまり寄り添うことはされませんでした。上辺だけは優しいのですがね。如何せん心が無い。
 なのにミア様に執心なさるウォルター様を見て、大奥様は自分の居場所が無くなったと思い込み、よりヒステリーは増してゆく一方でした。
 まぁフェリシア様とご結婚なされても多少はヒステリーを起こしていたでしょうが、貴族のお嬢様ではこうはいかない。屋敷の主と私しか使用を許されていないマスターキーを堂々と使い、ズカズカと大奥様の部屋へ入っていくのだから。
 最初こそ「さすがに失礼ですから」と使用人一同止めましたが、相手はもう普通ではない。これ位が丁度良いのかもと思ってしまったのです。侯爵家の執事として失格ですね。
 けれど、大奥様のことをキチンと見て、言葉にして、接してくれる人が必要だった。

「──お義母さん! ちゃんと食べないと体壊しますよ!?」
「なんでアンタはいつもいつも勝手に入ってくるのよ……!! わたくしを誰だと思ってるの! 侯爵夫人よ!? その忌々しい口でお義母さんと呼ばないで頂戴……!!」
「お義母さんでも夫人でも何方でもいいですけど。ご飯はちゃんと食べて下さい! お腹空いてるんでしょ? 意地張ってないでダイニングに来たらどうです? 私と一緒に食事を楽しみましょうよ」
「誰が平民の卑しい女なんかと……!」
「はいはい、全く。はぁ~~、身なりも整えないで。もう! また一日中ここに居るつもりですか? 綺麗な顔した子供を二人も産んだ綺麗なお母さんなんだから籠もってばかりなんて勿体無いですよ!?」

 幾つもある枕を投げつける大奥様。その一つ一つを華麗に避け、はたまた優しく受け止め、ずんずんと大奥様の元へ近付いていくミア様。
 さすがです。私共では貴族に仕える際の色々なマナーが頭を過ぎってそんなこと出来ません。

「あっ、そうだ。私、漢方薬買ってきたんですよ。食後に飲んでくださいね、お義母さんホルモンバランスが乱れてるから心も乱れちゃうんですよ」
「!? なんですって!? 貴女……! そうやって言ってわたくしを殺す気なんでしょう……!!」
「はぁ?? まぁーーた、何言ってんですかぁ!」
「いいえ!! そうに決まってるわ!! セバスチャン! この女がわたくしの事を殺そうとしているわ!! 早く追い出して!!」
「いいえ大奥様、ミア様は本当に大奥様のことを想って……!」
「セバスチャンまでこの女の味方をするの!?」

 いいから早くなんとかして頂戴、と叫び散らすが、相変わらずミア様は動じない。ハイハイと軽く受け流して暴れる掌を優しく包み込む。
 自分の夫が愛した女の娘。その娘が息子の心まで奪ったのだ。心が狂うのも無理はない。
 私達、使用人一同、痛いぐらいに気持ちを理解しています。ただ度が過ぎれば……。

「あのねぇお義母さん。私のことをどう思おうが、なんと言おうが別にいいですけどね。自分の体ぐらい大事にしてもらわなきゃ。これでも家族なんですよ? 心配するのは当たり前じゃないですか。ほら、こうやってみんな心配してるから私を呼ぶんでしょう?」

 ──家族。
 なんと温かい響きでしょう。
 長年仕えてきたこの屋敷でこんな気持ちになれるとは。
 大奥様にはこんなに温かな家族が居る。大奥様がずっと望んでいたもの。
 年老いた私の瞳でさえ潤むのに、大奥様が我慢出来るはずがなかった。瞳からは涙が溢れて止まらない。

「もう、そんなに泣かなくたっていいでしょうに。……あ。それと。私が本当にお義母さんを殺す気ならこんな薬なんか使わずサクッとっちゃいますね」
「ッ、なによ……!」
「で? ご飯はちゃんと食べるんですか? 食べるまでここで見張ってましょうか?」
「言われなくても食べるわよっ……!」
「薬もちゃんと飲んでくださいね」
「っ……分かってるわよ……飲めば、いいんでしょ……!?」
「そうです! ……今日のディナー、ウォルターと待ってますからね」


 にこりと微笑み部屋を後にするミア様。誠に、良い奥様を見付けましたな。
 それから『家族』が出来上がるまで、そう時間は掛からなかったのです──。
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