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__人魚と鱗粉2

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 品よく淑やか、華奢で守りたくなるような可愛らしい女性が、まさかこんな恐ろしい質問をするのかと周囲の人間はゾッとした。

 周りの空気に違和感を覚えるも、クリスティーヌは崩れない。書類上ではエマの方が立場が上なのだ。此処で逃げてしまっては『侯爵家の妻』の座は奪えないから。

 それにそんな格好をしてきて気を引こうとでも言うのか?
 どれだけ格好に気を使っても“技術テクニック”が無ければすぐに飽きられるっていうのに。
 知識すらも無いのに同じ舞台に立たないでほしい。所詮は潮風の強い辺境で育った田舎娘でしょう。

 学園で二学年上の先輩だったジョセフ。色々な男を見極めて、女の争いを避けて、やっと一年前に手に入れたのだ。こんなところで逃げてたまるもんか。
 イイ男を手に入れる女こそがいいオンナなんだから。

 誰と参加したのかというクリスティーヌの質問に、エマは「いいえ誰とも」と首を振る。

「一人で来ましたよ? お義姉さまに会いに来ただけなので」

 そう、堂々と言ってのけた。
 別にパートナーが居らずとも勿論パーティーには参加出来るのだが、年頃の貴族にパートナーが居ないだなんて『なんと淋しい奴だ』と馬鹿にされるのだ。だって一緒に参加する友達すらも居ないのだから。

「まあ、そうなのですかぁ……。さぞ心細かったでしょう? 故郷とは違って人が多いですものね」
「あはは、そりゃ確かにクリスティーヌ様よりは若いかもしれませんが、さすがに一人で行動できないほど子供ではありませんよ」
「ッ、わ、若いといっても4つしか変わらないではありませんか……!?」
「あそうなんですか? てっきり1、2コぐらいかと……。すみません、年齢までは存じ上げなくて、だとしたら私けっこー馴れ馴れしかったですよね」
「なッ!? っ……いえ、そんなことは……、」
 ──「プッ」

 何処かで誰かの嘲笑が聴こえる。
 BBAと言われたことに苛立つクリスティーヌだったが、どうやら墓穴を掘ったらしい。年齢を気にしているんだと自ら公言したようなものだ。

 いい歳していつまでそんなブランド着ているのかしらなんて年下に陰で言われていたことを知っていたから、つい反応してしまった。そもそもエマからは実年齢より若く見られていたのに。

 いけない。田舎娘が無駄に着飾るから調子が狂っているのだ。一旦落ち着くためには離れたほうが良さそうだ。このまま此処にいてもきっとまた墓穴を掘るだけ。

「エマさま、折角のご機会ですのにわたし疲れてしまったみたいで……、すこし休憩させていただいても宜しいでしょうか?」
「あら、それはもちろんですよ。どうぞ休憩なさってください」
「ジョセフ、悪いんだけど風に当たりたいの。庭園へ行かない?」
「えっ……?」
「お友達との楽しい時間に水を指してしまって悪いと思ってるわ」
「いやそれは……別に……」

 構わないけれど、この状況で?
 と誰もが思う。
 さて不倫男はどう出るか。今しがたのやり取りを知らないクリスティーヌと共に素知らぬ顔で庭園へ消えるのか、はたまた『夫』らしく此処でクリスティーヌとの関係を終わらすのか。

 周りにいる誰もが、嘘でも『夫』らしく振る舞う姿を望んでいた。
 周りの皆が知っているジョセフは紳士で頭が良くて慎重な男だからだ。
 学園のときだって、恋人が少しでも他人へのマウントや、度を超える嫉妬を見せようものなら関係を切っていた。自身へ飛び火する前に、終わらす男。

 狡猾な男という印象だが、実際には恋人の偽りの姿に幻滅しただけ。そして相手の女性は一度別れれば『性格が悪いオンナ』とレッテルを貼られてしまう。まぁこればかりは否定しようもない身から出た錆なのだが。


 そして気分が悪そうにジョセフの胸に頭をもたれるクリスティーヌ。
 ジョセフ自身、どう答えれば良いか迷っていた。愛しているのはクリスティーヌのはずなんだ。エマとの間に子が出来れば理由をつけて離婚して、クリスティーヌと晴れて結ばれる予定なんだ。答えなんて決まっているはずなのに。
 だが、ジョセフも、ジョセフの友人も、周りにいた野次馬も、引き攣る顔でエマの様子を窺ってしまう。

「は? 何で見てんの?」

 目が合ったジョセフに、エマが言う。

「別に用は無いですよ。貴男に会いに来たわけじゃないんで」
「え゙。エマ、」
「それにまだ料理だって食べてないしお酒だって飲んでないのに、構ってる暇ないです」
「エマあの、」
「てゆーかまたお義姉さまがどっか行っちゃったわ。んもーー、折角見つけたのにくっだらないことで足止めしやがってよォ~。ったく勘弁してくれってやんでい。じゃ、そゆことで」

 片手チョップの挨拶をお見舞いし、鱗を燦めかせ颯爽と立ち去るエマ。広い広い会場をスイスイと泳いでいく。
 大海原で育ったエマは、こんな狭いコミュニティで止まってなんていられない。

 周りで見ていただけの淑女も驚いた。自分だったら泣いて逃げ出すか、もしくは怒って声を荒げるだろうに。
 不服そうにジョセフを庭へ連れて行くクリスティーヌが、なんだかちっぽけに見えたのだ。
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