それは醜いアヒルの子だった

ぱっつんぱつお

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月が綺麗ですね

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 それから一ヶ月後、同じく満月の夜のこと──。 

 泉の中心から少しずれた所に岩がある。
 岩なのに温もりがあって、まるで何かが寄り添ってくれているかのように感じる。丁度良く腰を掛けれるので、いつもそこで満月を眺めていた。

 今夜の満月もそう。
 しかし岩に辿り着いて、ものの数秒で「君なのか……!?」と少し離れた場所から聞き覚えのある声。
 顔面から血の気が引いて、心臓が大きく鼓動する。
 ──ああ、待ち伏せをされていたのか。
 恐る恐る顔を向けると、一ヶ月前のあの日のように、煌々と輝いていた。

「お願いだ。もっと顔を見せておくれ」
「…………私は、貴方様に、お願いされる身分では御座いません」

 月明かりではよく見えなかったであろう私の顔。岸の方まですーっと泳いでいくと、その貴族様の御存顔も伺える。
 とても綺麗な顔立ちだ。
 私の生きてきた中で見たこと無いほど美しい男性。それに近くで見れば見るほど高そうな服。

「君は、誰なんだ……?」

 近付く私の顔をまじまじと見ながら貴族様は問う。
 想像していた程、怒ってはいないようで少し安心した。

「誰、と言われましても……。誰でもない、貴方様からしてみれば取るに足らない人間です」
「人間……? 聖霊や、はたまた人魚かと……」
「いいえ、ただの人間で御座います。…………それで、私は、捕まるのでしょうか?」
「捕まる……。いいや、それよりも知りたいことが山ほどある。上がってこれるかい?」

 美しい御手を差し伸べられた。
 その手を、取ってよいものか。

「私の手は汚いですが……」
「何を言う、そんな事はないよ。さあ、」

 どうぞお手を、とまるで天使のような優しい微笑み。
 貴族様の優しさを無下にするのも、きっと良くない事だろう。
 だから私はその手を取った。
 今まで、こんな風に差し伸べられた事など無い。握った手は心強くて、グイと泉から引き上げられる。つるつると泉の水滴が肌を転がる。

「ッ……!? っ申し訳無い、水浴びをしているのだから服を着ていなくて当然だった……」

 貴族様は目を瞑り、顔を背ける。
 驚いた。
 私の身体なんて価値も無く貴族様にとっては空気と同じだろう。それなのに、私を気遣い、差し伸べた手も離さず、紳士に対応する。

「私の上着を」
「い、いえ、その様な高価なもの、汚すわけには……」
「君の身体の方が大事だろう」

 あぁこういう御方が、きちんと教育をされた方なのだ。女性をちゃんと女性として扱う、生きる世界が違う御方。

「っ、では、御言葉に甘えて……ありがとう御座います」

 優しく離された手。貴族様の温もりが残るその上着を、重々しく羽織る。これが服と呼ぶものか。初めて知れた。

 貴族様の、伏せる睫毛、鼻筋に、唇。何もかも絵画のよう。
 実際、絵画自体、町のお店の窓の外からしか見たことはない。
 あぁ夜で良かったと、月を見上げ思う。
 だって夜でないと私の汚さがより見えてしまうだろうから。この様な美しい人の前で、恥ずかしくて立っていられないだろう。
 恥ずかしい、だなんて、そんな事を思うのも烏滸がましい。
 ふ、と聴こえぬよう笑った。

「もう、目を開けても良いかな」
「え、あ……はい」

 心地良い声に溺れ、夜空を見上げると、なんと月が雲に隠れようとしているではないか。
 あぁさようなら。
 瞬間的に、そう思った。

 貴族様が、ゆっくりと瞳を開ける。
 その蒼く美しい瞳を見つめる前に、月は隠れ、私はまた、独り──。
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