異世界情報収集生活

スカーレット

文字の大きさ
上 下
123 / 205
ライミリ精霊信仰国編(ライミリ編)

104.矛盾

しおりを挟む

「………………。」

「いつまで黙る気?」

やれやれと頭を振って、ギリギリ馬車の中に入る片手剣を影から出した。

静まり返ったまま主を睨みつける一心に剣を持たせ、落とさせないように手を上から握る。

「さぁ。」

剣の切っ先に自分の首を当てニコニコと笑っている私と、自分の主を睨みつける一心。

何も言えずに言いかけては口を静かに閉じるウィール様は、どちらの勢力の手を取るのか。
分かり切ってはいたがこうなった状況を、残念に思う自分がいる。

仕方がない。仕方がないのも分かっている。

「………マスターの今は亡き主は、マスターに『他者を自分の様に導いて生きて欲しい』と遺言を遺したと聞いています。主が遺した遺言に、背くのですか?」

「…………痛いところを突くじゃないか、一心。」

本心から声を出す。主の遺言じゃなければ、そんな遺言でなければとっくの昔に後を追ったというのに。

「…………小鳥美、分かっているんじゃないかい?」

黙っていたウィール様が、こちらに同情の視線を向けて話す。

「君の主は君に生きていて欲しいから、遺言でそう言った。だから君は、主を思うのであれば主の命令通りに生きなくてはいけない。」

その通りだ。本来であれば、そうあるべきなのだろう。

しかし、私は、私はこの手で主を殺すに等しい事をしてしまった。

主の血に濡れたこの手で、主以外の他者のために生きる?そんなこと、人形として生きるに等しいことをまだ、続けなくてはいけないのだろうか。

「でも、君は――。」

今なお同情の眼差しでこちらを見るウィール様。ああ、吐き気がする。
全てをささげるほどの強い忠誠心を持って主に仕えていないのに、私に同情?

ふざけるな。

「そこまで。」

その声すら今は聞きたくなくて、睨まないように気を付けながらウィール様を見る。
その同情の目は、何に同情しているのだろう。何を哀れに思っているのだろう。一つ確かなのは、私と同じではない事。
…………同じであってたまるものか。

主。
実力があるのにも、人望があるのにも関わらず、私の部下として動いてくださったあのお方。誰よりも美しいあのお方は、私を尊敬してくださった。

だからこそ、尊敬の対象である私を生かそうとあの遺言を書き残したのだろう。
でも、貴方様の遺言に背いてでも私は……私は!



「……一心。報告を。」

深呼吸して、声色を戻す。

(感情を隠すことを教えてくれた師匠に感謝しかない。)

願いは叶えてもらえないと悟って、剣を影に落として片づけ一心を見る。

今だ睨みつける一心に、肩をすくめておどけて見せる。

「……………。」

「言いたいことがあるならどうぞ?」

普段通りの様子で、少しふざけた声をだして聞く。帰ってきたのは至極真面目な声。

「二度と、言わないでください。」

地獄の獄卒が囚人に向けるような軽蔑とも侮蔑ともとれる、しかし懇願が混じっている目を向ける一心。

自分の中のなにかがギシリと嫌な音を立てて、頭の奥で主が悲しげに呟く。

(「本当は、気付いているんでしょう?」)

(「………」)

(「僕の願いは、知っているはずですよ。」)




(どうか、自称貴方の忠臣が言う唯一の我儘を、お許しください。我が主。)

それらから目を背けて、目の前に光る黒い瞳を見つめかえす。

感情を抑え、表情を取り繕い、何もなかったように、真面目なときの自分の声を出す。

「報告を。」

「………………………分かりました。では、レイピスト=セルバに関する報告をいたします。」

察しがよく、私の気持ちの一部を理解している一心はきっと、報告を促した意味を理解してしまうだろう。

「………気を付けないと。」

私の望みをかなえるために、手段は選んでいられないかもしれない。

そんなことを考えながら、一心の報告を聞いていた。

指摘されることは、なかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スコップ1つで異世界征服

葦元狐雪
ファンタジー
超健康生活を送っているニートの戸賀勇希の元へ、ある日突然赤い手紙が届く。 その中には、誰も知らないゲームが記録されている謎のUSBメモリ。 怪しいと思いながらも、戸賀勇希は夢中でそのゲームをクリアするが、何者かの手によってPCの中に引き込まれてしまい...... ※グロテスクにチェックを入れるのを忘れていました。申し訳ありません。 ※クズな主人公が試行錯誤しながら現状を打開していく成長もののストーリーです。 ※ヒロインが死ぬ? 大丈夫、死にません。 ※矛盾点などがないよう配慮しているつもりですが、もしありましたら申し訳ございません。すぐに修正いたします。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

やさしい異世界転移

みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公 神洞 優斗。 彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった! 元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……? この時の優斗は気付いていなかったのだ。 己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。 この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

健太と美咲

廣瀬純一
ファンタジー
小学生の健太と美咲の体が入れ替わる話

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

ガチャからは99.7%パンが出るけど、世界で一番の素質を持ってるので今日もがんばります

ベルピー
ファンタジー
幼い頃にラッキーは迷子になっている少女を助けた。助けた少女は神様だった。今まで誰にも恩恵を授けなかった少女はラッキーに自分の恩恵を授けるのだが。。。 今まで誰も発現したことの無い素質に、初めは周りから期待されるラッキーだったが、ラッキーの授かった素質は周りに理解される事はなかった。そして、ラッキーの事を受け入れる事ができず冷遇。親はそんなラッキーを追放してしまう。 追放されたラッキーはそんな世の中を見返す為に旅を続けるのだが。。。 ラッキーのざまぁ冒険譚と、それを見守る神様の笑いと苦悩の物語。 恩恵はガチャスキルだが99.7%はパンが出ます!

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...