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ライミリ精霊信仰国編(ライミリ編)

100.おせぇよ

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「マスター、お時間です。」

やけにゆっくり聞こえたそれは、私と一心の想いを表しているようで。


「………師匠。」

普段通りに呼ぶだけのその言葉は、思った倍以上の時間をかけて喉から出た。

「私はこれで失礼しますね。この後、この世界の公爵との会談があるんです。」

普段通りに伝えたが、携帯の奥で部下たちが息を呑む音がはっきりと聞こえた。
私が師匠以上に優先するものがある事の驚きか、長い別れを察したのかは知らない。それらを見て見ぬふりして、話したいだろう部下を無視して話す。

「………師匠。そこ、千葉せんばがいる部屋ですね。」

妙な確信があった。

私の大事な話は千葉せんばに必ず伝えていた師匠だ。眠り続けることになっても習慣として続けていたそれを、私は知っている。

「スピーカー切って、千葉の耳に携帯当ててもらえます?」

無言で物音がするのは、師匠が言うとおりにしてくれている確かな証拠だろう。
これで、私の声は千葉せんばに届く。師匠の携帯には一心の子機が入っているため、盗聴の危険はない。

パチパチと目を閉じるたびに思い出すのは血だまりと、愛しい者の顔と、主の血肉。
盗聴されなれたこの体は、声を出すことを拒否している。けれども、今、伝えたい。

「………―――。」


極々わずかな大きさで、精一杯の愛を伝える。それだけで震えるこの体の、なんと情けない事だろうか。

「………マスター。」

「大丈夫だ、一心。………師匠。ではまた。」

「おう、またかける。」

「馬鹿ども聞こえるな?隊員は、師匠の手足として動くように。………ドS二人聞こえるね?訓練しない馬鹿、さぼりする馬鹿が居たら好きにしてよし。」

「「よっしゃぁーー!」」

「隊長かんべん!」「ちょ、隊長それは無しっすよ!」「それはむしろご褒美では!?」「これは訓練休むっきゃねぇな!」「お前ら隊長に殺されっぞ?!」

しんみりとしている空気を壊すようにギャアギャア騒ぐ奴らに、少しうれしくなるがいい加減怒りが湧いたので大きく息を吸って、隊長としての声を出す。

「てめぇらうるせえんだよ!蹴り飛ばされてぇのか、あぁ?!」

「「「「「「「すいませんでした!!」」」」」」

「柊ぃ!何してんだてめぇ!副隊長てめぇだろうが!」

「ごめんなさい、隊長。抑えられなくて。」

数秒の沈黙の後、驚愕の顔を浮かべた神様たちに謝罪する。

「すいませんね。うちの隊員、馬鹿でして。」

「それよりも唐突に聞こえた君のドスのきいた声にびっくりだよ。」

「そうですか?」

すっとぼけて神様に「でも」と言った。

「私がこちらの世界で死ねば、これが最後になりますから。」

途端に痛ましい顔をした神様の顔にデコピンをかまし、最高神様に一礼をしてその場を辞す。

「………また掛けることが出来ると思うのかい?」

暗に、それを自分が容認すると思うのかと言われているのだろう。最高神様の許可がいるのかどうかは私に分からないが、どんなにナヨナヨしていても神だ。邪魔することは可能なのだろう。

「ええ。私の師匠に不可能はありません。私は、師匠と一心に絶対の信頼を寄せていますから。」

「そうかい。」

「それに」

表情だけを笑顔に変えて、最高神様に僅かな殺気を当てる。

「こちら側の障害は私が排除できますから。」

邪魔をすれば殺す。

それが伝わってくれることを願って、移動のために影を大きめに広げる。

影に乗って移動するために足を踏み出し、

「…………千利。」

神様に渡した電話に向かうために体を反転させて白い地面を踏みしめた。確かに、確かに聞こえたその声は、愛おしい―――

「千利。」

はっきりと聞こえたその声に応え、あらん限りの感情をのせて名前を呼ぶ。

千葉せんば。」
その声は、震えていたがそんなことはどうでもいい。千葉せんばが、千葉せんばの意識がある。それだけで十分だ。

千葉せんば。」

師匠が、震えた声を出した。私もこんな声だったのだろうか。

「はい。」

「おせぇよ。」

「すいません、師匠。でも、もう少し眠らないといけないみたいなんです。」

「そうか。」

「千利は、別の世界と聞こえていました。」

「ああ、あいつだけ連れて行かれちまった。」

「今、繋がっているんですね?」

「ああ。」

「千利?聞こえているかい?」

師匠の湿っぽい声に何か言うべきなのに、何も言えないまま名前を呼ばれた。

「僕の千利だという事、忘れないようにね。何処にいたって、逃がせないから。」

湿っぽい空気を嫌う私に対しての気遣いなのか、はたまた異世界にいる私の虫よけなのか分からない言葉。
どちらの意味だったとしても嬉しく思ってしまうのは、女の性なのだろう。

「……お前のじゃない。」

絞りだした声は情けないほど震えていた。それでも、いいのだろう。満足げな声が聞こえた。

「知ってる。でも、僕のだよ。」

決して折れることのない両者の考えを現した言葉。何度交わしたかもう覚えていないが、二人とも何一つとして変わらなかったことは覚えている。

「マスター。お時間です。」

先ほどよりも悲痛な声で呟かれた言葉を聞いて、広げた影の方へ移動する。

後ろから付いてきてくれた神様に軽く頭を下げて、千葉せんばに声をかけた。

「じゃあ、また。」

「またね、千利。」

影に飛び込むために軽く跳ね、足にひんやりとしたものを感じた時

「愛してるよ。」

不意打ちで聞こえたその声に驚いて、顔を取り繕えなかった。

影から出た時にはもう顔は普段通りだったが、赤くなった顔を記録した一心は小刻みに震えていて。

「どれもこれも起きなかった千葉せんばが悪い。」

そんなことを呟いた。

ちなみに、抑えきれずに吹き出した息子には鉄拳をお見舞いした。
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