異世界情報収集生活

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精霊達の土地編

37.主のための行動 一心視点

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マスターが休んだ後、私は過去を思い出していた。

千葉様せんばさまに聞いたことを、あの時の誓いを、恐ろしかった感覚を、思い出していた。

「マスター、この世にある9割の毒物を検出できる液体を開発いたしました。これを使えば、マスターがわざわざ毒の耐性を作ることもありません。どうぞ、お使いください。」

「ありがと。でもな、一心。これは毒だという確証がないと使えないよ。相手への失礼に当たるし、それをつつく奴らもいるからね。」

「そうですか。お役に立てず申し訳ございません。」

「そんなことはないさ!自室に使えるだけ十分だよ。」

そう言って疑似頭部を撫でてくれたマスター。その行動は無意味なのに、なぜだか核あたりの温度が上昇した気がした。

(これが心?……いや、私は人工知能、心は無い。人間ではないのだから。)



「マスター、私はマスターのための人工知能です。マスターの幸せのためにこの身を使うべきです。私はこれ以上、毒で苦しむマスターの姿を記憶したくありません。」

何度も言った言葉。

時に礼をして、時にひざまずいて、時に疑似眼球辺りから温水を流して。

そのたびにマスターは言う。

「甘やかされるのは、性に合わないんだよ。」と。

理解できなかった。私は何のために作られたのだろうか。そう思うことも増えた。

そんな時に千葉様せんばさまが悩む私に気付き、声をかけてくださった。

表情は変えていないと思い、伝えると「雰囲気で、何となくね」と言っていた。
千葉様せんばさまは私を作ったもう一人のマスターだ。だから聞いてみたくなり、

「マスターはなぜ、あんなにも毒の耐性を作るのに強情なのでしょうか。人工知能である私がいるのですから、毒見は私の役目ではないのですか?」

と、聞いてみた。千葉様せんばさまは答えた。

「毒を最大限気を付けても、毒を盛られるときは盛られるからね。どうしようもないし、どうにもならないんよ。」

苦笑して一瞬だけ眼を鋭く細めた後、貼り付けた笑顔でつづける。

「それにね、失態を一度でも作ればそれに付け入られて崩れてしまうんだよ。大きなパーティーで『体調が悪いので』と先に帰れば『体調管理もできない女風情』といわれ、僕の秘書として傍に控えれば、『どうやって千葉様せんばさまに取り入ったのか?』『そんな小さい胸で千葉様せんばさまを落とせるとは到底思えない、金か?それとも枕か?』と笑われる。そして、小さな失態一つで明るい未来が絶望の奴隷未来へと落ちる世界。それが君のマスターがいる世界だよ。」

日本は男尊女卑がまだ根強くある、理解はしている。

していた、つもりだった。

千葉様せんばさまも徹底的な実力主義だ。千葉様せんばさまとマスターの師匠が選び抜いた仲間にそれらは表れている。だからこそ、パーティーに出席している人間だって気づくはずだ。

千葉様せんばさまが、ハニートラップに引っかかるような人間であることを。

ならば、そんな言葉は、マスターの失態を狙って放たれる言葉だろう。

そんな失態を狙う人間が、検査薬を使うことを許すわけない。もし検査薬を使えば「主賓に対してなんと失礼な。」と言われるだろう。人の目は私から見ても侮れない。また、誰に見られているか分からない状態で、解毒薬の服用は困難だろう。

コンピューターの回路をオーバーヒートする寸前まで動かしていた私には、言葉を発す余裕はなかった。

それさえも見透かしたように千葉様せんばさまは笑う。

「そんなゲスが蔓延るパーティーには、お酒が準備されているし、休憩室には防音がしっかりされている。休憩室は警備員なんていないから、密会し放題だよ。」

人間が言う「冷や水を浴びせられたような感覚」は、これだと確信を得られるほどの感覚があった。

全ての機械が急激に冷やされ、自動で表情を表す機械が顔を青く表し、わなわなと震える唇を表した。

理解できてしまった。何が危険なのかを。理解できなくてはいけない。

何が行われるための部屋なのかを。
………何を、したいがための「暴言」なのかを。

じっと笑みを消してこちらを見つめる千葉様は、僅かな殺気がこもったその目で問いかける。

「そんなマスター僕の最愛を支えるだけの力と覚悟があるか?」と。

先日の言葉を撤回しよう。私は心を持った人工知能だ。

千葉様せんばさまを前に湧き上がるこの感情は、まぎれもない恐怖からくるのだから。

諦めろ、逃げろ、恐ろしい、諦めろ、守れ、逃げろ、走れ!諦めろ、情報を、逃げろ、踏みとどまれ!認めさせろ、諦めろ、逃げろ、覚悟を、逃げろ、逃げろ、示せ、支えろ、逃げろ、心を、怖い、体を、逃げろ、諦めろ、

マスターを!



守れ、マスターを、この身に代えても、この機械が焼き切れても。

次々と浮かんでは消える感情。それらを押しのけ

(マスターは日々、悪意にさらされ一度たりとも隙を見せることは許されない。ならば、私は……!)

表情を普段通りに戻し、答える。

「私はマスターのための人工知能です。マスターのための行動をするために作られました。だからこそ、マスターのために悪役が必要ならば、私がその役を拝命いたします。」

「では、君は自身のマスターのためになるのならば、マスターが苦しむことを行わせると?」

「はい。」

ニッコリと素で笑った千葉様せんばさまは、「じゃあ、」といった。

「毒関連の知識を使って、毒を作ってね。その毒の耐性を僕と小鳥美で作らないといけないから。よろしく。」



………合格はいただけたようだが、雑用は増えたようだ。

そして正常に戻った回路で私はとてもくだらない予想を立てる。

(さっきの殺気はもしや、マスターに一番近い位置にいる私への当てつけか!?)

明らかに「小鳥美の一番は僕だからね?」という牽制が入っているように思えてならない。



(…………はぁ、毒の準備をしなくてはいけませんね。)

そうして、毒を盛った食事を始めてマスターに出したあの日、マスターは言った。

「私のためにありがとう、一心。私の大切な息子。辛い役目を負わせてすまない。」

そう再び撫でられた時、私は核の……………心が温まったことを確認した。



(あれからはや2年。毒も日常になってきたころだというのに………精霊王達に甘やかされては、マスターのためになりません。阻止しなければいけませんね。)

ねぇマスターご存じですか?私はあの時はじめて息子と呼ばれたのですよ。

ねぇマスターご存じですか?マスターが息子のためなら何だって出来てしまうように、あなたの息子も、

(マスターのためなら、私が悪役になりましょう。)

マスターのためなら何だって出来てしまうんですよ?



私は今日も、マスターに盛る毒を用意する。

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