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食事中だというのに通知音がうるさくて、音を切るためにスマホに手を伸ばしたところで、良が明るい声でこう訊いてきた。
「彩乃さん? 何て?」
好奇心にきらきらとした目を見れば、画面を開かないわけにはいかなくて、裕司は仕方なしに通知のポップアップをタップした。
「……ああ、向こうの写真送ってきたぞ」
「えっ見たい見たい!」
良は言いながら膝立ちになろうとして、裕司はそれを制しつつ良の前にスマホを置いてやった。画面の中では、笑顔の彩乃が両脇に二人の娘を抱き寄せていた。
「えっこれ彩乃さん? 全然若いじゃん。ほんとにあんたのお姉さん?」
「嘘ついてどうすんだよ」
「だってこの人のことおばさんなんて呼ぶのおかしいじゃん。あんたはおじさんかもしれないけど」
「本人に言ってやれよ。喜ぶから」
投げやりな返答はあっさりと無視され、良は画面を見ながら楽しそうな声で言った。
「姪っ子さん可愛いね。前見た写真より全然おっきい」
「このくらいの子はすぐ伸びるよなぁ」
ふふふ、と良は何だか幸せそうな笑い声を漏らして、スマホの画面に触れた。
「この二人は名前何ていうの?」
「あー……こっちの大きい方が愛以で、妹の方が瑠以」
「へー」
良は目を細めて、頬の丸いあどけない顔をした姉妹を眺めた。彼を子ども好きだと感じる機会は特になかったが、彼が兄弟や姉妹に憧れを持っているのはよく知っていた。裕司が姉と弟の間で育ったことを、彼は特別なことだと捉えているようで、しばしば当時の生活について質問を受けた。
「この子達は仲いいの?」
「いいみたいだぞ、年も近いし。姉貴も二人産んでよかったって言ってたな。二人で楽しそうだから気が楽だって」
「ふーん」
そう言いながら、良はあまりピンときていないようだった。兄弟姉妹への憧れがあるとはいっても、良は自分が一人っ子であることを寂しいと思っているわけではないらしかった。ただ、自分と年の近い家族がいる暮らしはどんなふうであるのか、いつも知りたがってみせる。
「……彩乃さんは旦那さんとも仲いいんだよね?」
それはどこか遠慮を感じさせる声だった。かち、と、スプーンがオムライスの皿に当たる音がした。
「俺が知る限りは問題なさそうだが……。この写真撮ったのも旦那だろ」
良はまた画面を見つめて、微笑んだ。その表情に、裕司は食べる手を止める。
「なんか、あんたの家族が幸せなの、いいね。安心する」
良はそう言うと、自分で作ったオムライスをすくって頬張った。
──お前の家族は?
心に浮かびはしたが、声に出すわけにはいかなくて、裕司は、そうか、とだけ言って温かいスープに口をつけた。底の方でいちょう切りのジャガイモが揺れて、スパイスの粒が緩やかに舞う。
「お前、働いて帰ってきたとこだったのに、飯作らせて何か悪いな」
こんなことを言っても良は喜ばないとわかっていたが、何だか言わずにはおれなかった。オムライスも美味しい。中のライスの味付けがしっかりしていて、裕司の好みだった。
「俺が作るって言ったんじゃん。あんただって仕事してて食べそこねたんでしょ?」
そんな大層なものではない、と思いながら、裕司は曖昧に笑う。こんなにしてくれているのに、彼はその上裕司の家族のことまで気にかけてくれるのかと思うと、与えられるものが腕に余るような思いがした。
「ねえ、彩乃さんからまた何か来たよ」
良に言われて、裕司はスマホを手に取る。良の写真を送ってからこっち、もう何件通知が来たかわからない。
今度は何だ、と開いてから、裕司はつい渋い顔をした。
「何、どしたの」
「いや……」
「何なのさ、見せてよ」
伸びてきた良の手をとっさに避けてから、良が頬を膨らませるのを見て、裕司は嘆息した。
「お前に訊いてくれってよ……」
諦めの心境で、画面を開いたまま良に差し出す。それを見た良は、一読する間を置いてから目を丸くした。
「……えっ、えっどういうこと?」
良はわずかに腰を浮かせてそう言って、それから何か誤魔化すような笑い方をしてみせた。
「どういうことも何も、そのまんまだろ」
裕司はもう一度ため息をつく。良が隣にいることをわかっているかのようなメッセージには、良に裕司のどこがいいのか訊いてほしい、何なら直接聞きたいという内容が、くだけた言葉で綴られていた。
「うそ、それ何て返事するの?」
良は戸惑いつつも、顔が勝手に笑ってしまうとばかりの調子で言った。どうせ彩乃も今頃笑っているのだろう。苦い顔をしているのは裕司だけだ。
「返事したくねぇなあ……」
正直に言うと、良はなんでと言って裕司の脚を叩いてきた。
「だっておかしいだろ、俺が俺のことを聞いて姉貴に送るって」
「えー! じゃあ俺が打つから! せっかく訊いてくれてんのに!」
「いや、これは面白がってるだけだろ」
「面白がってくれてるならいーじゃん、俺男で、まだ18だよ? それでも嫌な顔しないでくれるの、ありがたいってあんたも言ってたじゃん」
良の強い口調と言葉に押し負けて、裕司はしぶしぶ良にスマホを渡した。
ほとんど冷めたオムライスを噛みながら、何事もいいこと尽くしというわけにはいかない、と考えて、そうして己を慰めた。
「彩乃さん? 何て?」
好奇心にきらきらとした目を見れば、画面を開かないわけにはいかなくて、裕司は仕方なしに通知のポップアップをタップした。
「……ああ、向こうの写真送ってきたぞ」
「えっ見たい見たい!」
良は言いながら膝立ちになろうとして、裕司はそれを制しつつ良の前にスマホを置いてやった。画面の中では、笑顔の彩乃が両脇に二人の娘を抱き寄せていた。
「えっこれ彩乃さん? 全然若いじゃん。ほんとにあんたのお姉さん?」
「嘘ついてどうすんだよ」
「だってこの人のことおばさんなんて呼ぶのおかしいじゃん。あんたはおじさんかもしれないけど」
「本人に言ってやれよ。喜ぶから」
投げやりな返答はあっさりと無視され、良は画面を見ながら楽しそうな声で言った。
「姪っ子さん可愛いね。前見た写真より全然おっきい」
「このくらいの子はすぐ伸びるよなぁ」
ふふふ、と良は何だか幸せそうな笑い声を漏らして、スマホの画面に触れた。
「この二人は名前何ていうの?」
「あー……こっちの大きい方が愛以で、妹の方が瑠以」
「へー」
良は目を細めて、頬の丸いあどけない顔をした姉妹を眺めた。彼を子ども好きだと感じる機会は特になかったが、彼が兄弟や姉妹に憧れを持っているのはよく知っていた。裕司が姉と弟の間で育ったことを、彼は特別なことだと捉えているようで、しばしば当時の生活について質問を受けた。
「この子達は仲いいの?」
「いいみたいだぞ、年も近いし。姉貴も二人産んでよかったって言ってたな。二人で楽しそうだから気が楽だって」
「ふーん」
そう言いながら、良はあまりピンときていないようだった。兄弟姉妹への憧れがあるとはいっても、良は自分が一人っ子であることを寂しいと思っているわけではないらしかった。ただ、自分と年の近い家族がいる暮らしはどんなふうであるのか、いつも知りたがってみせる。
「……彩乃さんは旦那さんとも仲いいんだよね?」
それはどこか遠慮を感じさせる声だった。かち、と、スプーンがオムライスの皿に当たる音がした。
「俺が知る限りは問題なさそうだが……。この写真撮ったのも旦那だろ」
良はまた画面を見つめて、微笑んだ。その表情に、裕司は食べる手を止める。
「なんか、あんたの家族が幸せなの、いいね。安心する」
良はそう言うと、自分で作ったオムライスをすくって頬張った。
──お前の家族は?
心に浮かびはしたが、声に出すわけにはいかなくて、裕司は、そうか、とだけ言って温かいスープに口をつけた。底の方でいちょう切りのジャガイモが揺れて、スパイスの粒が緩やかに舞う。
「お前、働いて帰ってきたとこだったのに、飯作らせて何か悪いな」
こんなことを言っても良は喜ばないとわかっていたが、何だか言わずにはおれなかった。オムライスも美味しい。中のライスの味付けがしっかりしていて、裕司の好みだった。
「俺が作るって言ったんじゃん。あんただって仕事してて食べそこねたんでしょ?」
そんな大層なものではない、と思いながら、裕司は曖昧に笑う。こんなにしてくれているのに、彼はその上裕司の家族のことまで気にかけてくれるのかと思うと、与えられるものが腕に余るような思いがした。
「ねえ、彩乃さんからまた何か来たよ」
良に言われて、裕司はスマホを手に取る。良の写真を送ってからこっち、もう何件通知が来たかわからない。
今度は何だ、と開いてから、裕司はつい渋い顔をした。
「何、どしたの」
「いや……」
「何なのさ、見せてよ」
伸びてきた良の手をとっさに避けてから、良が頬を膨らませるのを見て、裕司は嘆息した。
「お前に訊いてくれってよ……」
諦めの心境で、画面を開いたまま良に差し出す。それを見た良は、一読する間を置いてから目を丸くした。
「……えっ、えっどういうこと?」
良はわずかに腰を浮かせてそう言って、それから何か誤魔化すような笑い方をしてみせた。
「どういうことも何も、そのまんまだろ」
裕司はもう一度ため息をつく。良が隣にいることをわかっているかのようなメッセージには、良に裕司のどこがいいのか訊いてほしい、何なら直接聞きたいという内容が、くだけた言葉で綴られていた。
「うそ、それ何て返事するの?」
良は戸惑いつつも、顔が勝手に笑ってしまうとばかりの調子で言った。どうせ彩乃も今頃笑っているのだろう。苦い顔をしているのは裕司だけだ。
「返事したくねぇなあ……」
正直に言うと、良はなんでと言って裕司の脚を叩いてきた。
「だっておかしいだろ、俺が俺のことを聞いて姉貴に送るって」
「えー! じゃあ俺が打つから! せっかく訊いてくれてんのに!」
「いや、これは面白がってるだけだろ」
「面白がってくれてるならいーじゃん、俺男で、まだ18だよ? それでも嫌な顔しないでくれるの、ありがたいってあんたも言ってたじゃん」
良の強い口調と言葉に押し負けて、裕司はしぶしぶ良にスマホを渡した。
ほとんど冷めたオムライスを噛みながら、何事もいいこと尽くしというわけにはいかない、と考えて、そうして己を慰めた。
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