大人になる約束

三木

文字の大きさ
上 下
130 / 149

130

しおりを挟む
 いや、とか、別に、とか、はっきりしない声でもごもごと言って、良は顔を背けてうつむいてしまった。その耳も目許も赤いので、裕司はついそれらを眺めてしまう。
「あー……お前の写真送ってくれって言われてるんだが……」
 裕司が言うと、良は脅かされた動物のような目で裕司を見た。肌の赤みと相まって、それは随分珍しい表情に見えた。きっと困っているのだろう。
「お前がダメっつったら無理だって言ってあるけど、……やっぱ嫌か」
 良の顔の赤みは引く気配がなくて、その顔を覗き込むのは悪い気がして裕司は立ち尽くした。良は日頃己の顔に無頓着だから、こんな反応をするとは思っていなかった。
「な……なんで俺の写真なんか……」
 居心地が悪そうに指を掻いて、良は呟いた。
「なんでって……単純に気に入ったんだろ。嫌なら断って──」
「い、いやじゃないんだけど」
 焦ったように言って、良はようやく顔を上げた。その耳の縁の赤はとても濃くて、触れればさぞ熱いのだろうと思われた。
「でも、あの、彩乃さん……いつか本物の俺見たらがっかりしないかな」
 良の表情からも、声音からも、それは嘘や冗談には聞こえなかった。良がそんなことを恐れるとは思っていなかったし、いつか彩乃に会うつもりがあるのかと思うとなおさら裕司は驚いてしまう。人見知りで、初めて牧に会ったときも終始緊張していたくせに。
 何もかも意外ではあったが、裕司の身内に会うことを厭う気配がないことは純粋に嬉しかった。彩乃もきっと喜ぶだろう。
 何やら小さくなっている良の頭に手を乗せると、手の平に外の熱気の余韻が感じられた。
「わ、なに」
 ぐいぐいと撫でてやれば、良は裕司の腕をつかんできた。見上げてくる目が困っているのが可愛くて、裕司はつい笑ってしまう。
「そんなの、本物の方が可愛いに決まってるだろ」
「ええ……」
「何だその疑った顔は」
「だって、あんたは俺なら何でもいいって感じじゃん」
 言いやがって、と思ったが、否定する余地がないことは自覚していた。どんなにしても自分の目に彼は可愛く映るし、それを彼に伝えてきたのもまた自分だ。
「姉貴だって、お前の写真見るなり可愛い可愛いってすげえうるさかったんだぞ」
 そう言うと、良は不可思議な沈黙を挟んでからこう言った。
「……姉弟で趣味が似てるの……?」
 ばか、と、裕司は思わず良を小突いてしまった。やってから力の加減ができていなかったのではないかと思ってひやりとしたが、良は特に顔色を変えはしなかった。
「……気色悪いこと言うんじゃねえよ。そんなわけあるか」
 だって、と良は唇を尖らせる。その後の言い訳は続かなかったが、彼にしてみればそれぐらいしか褒められる心当たりがないのかもしれなかった。
「お前、きれいな顔してるんだから女ウケがいいのは当然だろ。それに俺や姉貴からしたら若いってだけで可愛いんだよ」
「いつも言うねそれ……」
「お前が自覚しないからだろ」
 つい叱る口調になって、そうすると良もむくれた顔をした。しかし、それはまだ本当に怒っているわけではない。表情が豊かなときの良はむしろ機嫌がいいときだと言ってもよかった。
「で、姉貴にお前の写真送ってもいいのか?」
 改めて本題を持ち出すと、良は気まずそうな顔をして調理台に向かい、さっき転がしたままだった卵を手に取った。
「彩乃さんがほしいって言うなら別にいいけど……どれ送るの?」
「うん、ちょっと待て」
 裕司がスマホをいじり始めると、良はちらちらとこちらを窺ってから夕食作りを始めた。シンクに出されたジャガイモの芽が出かけているのを見て、彼の方が自分より台所の品を把握しているのだと感じる。彼がいなかったらきっとジャガイモの存在など忘れて駄目にしてしまっていただろう。
「……これとか、これどうだ」
 良の前に画面を差し出すと、良はちょっと首を伸ばしてみせて、すぐにはにかんだ顔で手許に目を戻した。
「……あんたと映ってるやつじゃなくていいんだ?」
「そん……、……そんなもん送れるか」
 裏返りそうになった声を抑えて裕司は言ったが、良は納得していない口調で続けた。
「でも彩乃さん知ってるんでしょ? 俺と付き合ってるの。それとも他の人に見られたら困るから?」
「そ……」
 そうだ、とも言い切れなくて、裕司は言葉を探す。良と二人で映っている写真など彩乃には見せてもいない。それは理屈ではなく、ただ恥ずかしくいたたまれないからとしか言えなかった。
「…………身内に彼氏の紹介なんかしたことないんだぞ」
 これでどうにか察してくれ、と祈る気持ちでそう言うと、良は一瞬目を丸くした後、小さく声を立てて笑った。
「何だよ」
「あんたに彼氏って言われるの、変な感じ」
「……」
「あ、俺のことじゃなかった?」
「いや……」
 どう転んでも恥ずかしい、と思いながら、裕司は彩乃のアドレスを開く。いつの間にか催促のメールが届いていた。
「ねえ、俺も彩乃さんの写真見たいって送ってよ。最近のやつ」
 良はてらいのない声で言い、トントンと軽快にジャガイモを切り始めた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

学祭で女装してたら一目惚れされた。

ちろこ
BL
目の前に立っているこの無駄に良い顔のこの男はなんだ?え?俺に惚れた?男の俺に?え?女だと思った?…な、なるほど…え?俺が本当に好き?いや…俺男なんだけど…

ハッピーエンド

藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。 レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。 ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。 それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。 ※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 時々おまけのお話を更新しています。

瞳の代償 〜片目を失ったらイケメンたちと同居生活が始まりました〜

Kei
BL
昨年の春から上京して都内の大学に通い一人暮らしを始めた大学2年生の黒崎水樹(男です)。無事試験が終わり夏休みに突入したばかりの頃、水樹は同じ大学に通う親友の斎藤大貴にバンドの地下ライブに誘われる。熱狂的なライブは無事に終了したかに思えたが、…… 「え!?そんな物までファンサで投げるの!?」 この物語は何処にでもいる(いや、アイドル並みの可愛さの)男子大学生が流れに流されいつのまにかイケメンの男性たちと同居生活を送る話です。 流血表現がありますが苦手な人はご遠慮ください。また、男性同士の恋愛シーンも含まれます。こちらも苦手な方は今すぐにホームボタンを押して逃げてください。 もし、もしかしたらR18が入る、可能性がないこともないかもしれません。 誤字脱字の指摘ありがとうございます

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

平凡くんの憂鬱

BL
浮気ばかりする恋人を振ってから俺の憂鬱は始まった…。 ――――――‥ ――… もう、うんざりしていた。 俺は所謂、"平凡"ってヤツで、付き合っていた恋人はまるで王子様。向こうから告ってきたとは言え、外見上 釣り合わないとは思ってたけど… こうも、 堂々と恋人の前で浮気ばかり繰り返されたら、いい加減 百年の恋も冷めるというもの- 『別れてください』 だから、俺から別れを切り出した。 それから、 俺の憂鬱な日常は始まった――…。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

処理中です...