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いや、とか、別に、とか、はっきりしない声でもごもごと言って、良は顔を背けてうつむいてしまった。その耳も目許も赤いので、裕司はついそれらを眺めてしまう。
「あー……お前の写真送ってくれって言われてるんだが……」
裕司が言うと、良は脅かされた動物のような目で裕司を見た。肌の赤みと相まって、それは随分珍しい表情に見えた。きっと困っているのだろう。
「お前がダメっつったら無理だって言ってあるけど、……やっぱ嫌か」
良の顔の赤みは引く気配がなくて、その顔を覗き込むのは悪い気がして裕司は立ち尽くした。良は日頃己の顔に無頓着だから、こんな反応をするとは思っていなかった。
「な……なんで俺の写真なんか……」
居心地が悪そうに指を掻いて、良は呟いた。
「なんでって……単純に気に入ったんだろ。嫌なら断って──」
「い、いやじゃないんだけど」
焦ったように言って、良はようやく顔を上げた。その耳の縁の赤はとても濃くて、触れればさぞ熱いのだろうと思われた。
「でも、あの、彩乃さん……いつか本物の俺見たらがっかりしないかな」
良の表情からも、声音からも、それは嘘や冗談には聞こえなかった。良がそんなことを恐れるとは思っていなかったし、いつか彩乃に会うつもりがあるのかと思うとなおさら裕司は驚いてしまう。人見知りで、初めて牧に会ったときも終始緊張していたくせに。
何もかも意外ではあったが、裕司の身内に会うことを厭う気配がないことは純粋に嬉しかった。彩乃もきっと喜ぶだろう。
何やら小さくなっている良の頭に手を乗せると、手の平に外の熱気の余韻が感じられた。
「わ、なに」
ぐいぐいと撫でてやれば、良は裕司の腕をつかんできた。見上げてくる目が困っているのが可愛くて、裕司はつい笑ってしまう。
「そんなの、本物の方が可愛いに決まってるだろ」
「ええ……」
「何だその疑った顔は」
「だって、あんたは俺なら何でもいいって感じじゃん」
言いやがって、と思ったが、否定する余地がないことは自覚していた。どんなにしても自分の目に彼は可愛く映るし、それを彼に伝えてきたのもまた自分だ。
「姉貴だって、お前の写真見るなり可愛い可愛いってすげえうるさかったんだぞ」
そう言うと、良は不可思議な沈黙を挟んでからこう言った。
「……姉弟で趣味が似てるの……?」
ばか、と、裕司は思わず良を小突いてしまった。やってから力の加減ができていなかったのではないかと思ってひやりとしたが、良は特に顔色を変えはしなかった。
「……気色悪いこと言うんじゃねえよ。そんなわけあるか」
だって、と良は唇を尖らせる。その後の言い訳は続かなかったが、彼にしてみればそれぐらいしか褒められる心当たりがないのかもしれなかった。
「お前、きれいな顔してるんだから女ウケがいいのは当然だろ。それに俺や姉貴からしたら若いってだけで可愛いんだよ」
「いつも言うねそれ……」
「お前が自覚しないからだろ」
つい叱る口調になって、そうすると良もむくれた顔をした。しかし、それはまだ本当に怒っているわけではない。表情が豊かなときの良はむしろ機嫌がいいときだと言ってもよかった。
「で、姉貴にお前の写真送ってもいいのか?」
改めて本題を持ち出すと、良は気まずそうな顔をして調理台に向かい、さっき転がしたままだった卵を手に取った。
「彩乃さんがほしいって言うなら別にいいけど……どれ送るの?」
「うん、ちょっと待て」
裕司がスマホをいじり始めると、良はちらちらとこちらを窺ってから夕食作りを始めた。シンクに出されたジャガイモの芽が出かけているのを見て、彼の方が自分より台所の品を把握しているのだと感じる。彼がいなかったらきっとジャガイモの存在など忘れて駄目にしてしまっていただろう。
「……これとか、これどうだ」
良の前に画面を差し出すと、良はちょっと首を伸ばしてみせて、すぐにはにかんだ顔で手許に目を戻した。
「……あんたと映ってるやつじゃなくていいんだ?」
「そん……、……そんなもん送れるか」
裏返りそうになった声を抑えて裕司は言ったが、良は納得していない口調で続けた。
「でも彩乃さん知ってるんでしょ? 俺と付き合ってるの。それとも他の人に見られたら困るから?」
「そ……」
そうだ、とも言い切れなくて、裕司は言葉を探す。良と二人で映っている写真など彩乃には見せてもいない。それは理屈ではなく、ただ恥ずかしくいたたまれないからとしか言えなかった。
「…………身内に彼氏の紹介なんかしたことないんだぞ」
これでどうにか察してくれ、と祈る気持ちでそう言うと、良は一瞬目を丸くした後、小さく声を立てて笑った。
「何だよ」
「あんたに彼氏って言われるの、変な感じ」
「……」
「あ、俺のことじゃなかった?」
「いや……」
どう転んでも恥ずかしい、と思いながら、裕司は彩乃のアドレスを開く。いつの間にか催促のメールが届いていた。
「ねえ、俺も彩乃さんの写真見たいって送ってよ。最近のやつ」
良はてらいのない声で言い、トントンと軽快にジャガイモを切り始めた。
「あー……お前の写真送ってくれって言われてるんだが……」
裕司が言うと、良は脅かされた動物のような目で裕司を見た。肌の赤みと相まって、それは随分珍しい表情に見えた。きっと困っているのだろう。
「お前がダメっつったら無理だって言ってあるけど、……やっぱ嫌か」
良の顔の赤みは引く気配がなくて、その顔を覗き込むのは悪い気がして裕司は立ち尽くした。良は日頃己の顔に無頓着だから、こんな反応をするとは思っていなかった。
「な……なんで俺の写真なんか……」
居心地が悪そうに指を掻いて、良は呟いた。
「なんでって……単純に気に入ったんだろ。嫌なら断って──」
「い、いやじゃないんだけど」
焦ったように言って、良はようやく顔を上げた。その耳の縁の赤はとても濃くて、触れればさぞ熱いのだろうと思われた。
「でも、あの、彩乃さん……いつか本物の俺見たらがっかりしないかな」
良の表情からも、声音からも、それは嘘や冗談には聞こえなかった。良がそんなことを恐れるとは思っていなかったし、いつか彩乃に会うつもりがあるのかと思うとなおさら裕司は驚いてしまう。人見知りで、初めて牧に会ったときも終始緊張していたくせに。
何もかも意外ではあったが、裕司の身内に会うことを厭う気配がないことは純粋に嬉しかった。彩乃もきっと喜ぶだろう。
何やら小さくなっている良の頭に手を乗せると、手の平に外の熱気の余韻が感じられた。
「わ、なに」
ぐいぐいと撫でてやれば、良は裕司の腕をつかんできた。見上げてくる目が困っているのが可愛くて、裕司はつい笑ってしまう。
「そんなの、本物の方が可愛いに決まってるだろ」
「ええ……」
「何だその疑った顔は」
「だって、あんたは俺なら何でもいいって感じじゃん」
言いやがって、と思ったが、否定する余地がないことは自覚していた。どんなにしても自分の目に彼は可愛く映るし、それを彼に伝えてきたのもまた自分だ。
「姉貴だって、お前の写真見るなり可愛い可愛いってすげえうるさかったんだぞ」
そう言うと、良は不可思議な沈黙を挟んでからこう言った。
「……姉弟で趣味が似てるの……?」
ばか、と、裕司は思わず良を小突いてしまった。やってから力の加減ができていなかったのではないかと思ってひやりとしたが、良は特に顔色を変えはしなかった。
「……気色悪いこと言うんじゃねえよ。そんなわけあるか」
だって、と良は唇を尖らせる。その後の言い訳は続かなかったが、彼にしてみればそれぐらいしか褒められる心当たりがないのかもしれなかった。
「お前、きれいな顔してるんだから女ウケがいいのは当然だろ。それに俺や姉貴からしたら若いってだけで可愛いんだよ」
「いつも言うねそれ……」
「お前が自覚しないからだろ」
つい叱る口調になって、そうすると良もむくれた顔をした。しかし、それはまだ本当に怒っているわけではない。表情が豊かなときの良はむしろ機嫌がいいときだと言ってもよかった。
「で、姉貴にお前の写真送ってもいいのか?」
改めて本題を持ち出すと、良は気まずそうな顔をして調理台に向かい、さっき転がしたままだった卵を手に取った。
「彩乃さんがほしいって言うなら別にいいけど……どれ送るの?」
「うん、ちょっと待て」
裕司がスマホをいじり始めると、良はちらちらとこちらを窺ってから夕食作りを始めた。シンクに出されたジャガイモの芽が出かけているのを見て、彼の方が自分より台所の品を把握しているのだと感じる。彼がいなかったらきっとジャガイモの存在など忘れて駄目にしてしまっていただろう。
「……これとか、これどうだ」
良の前に画面を差し出すと、良はちょっと首を伸ばしてみせて、すぐにはにかんだ顔で手許に目を戻した。
「……あんたと映ってるやつじゃなくていいんだ?」
「そん……、……そんなもん送れるか」
裏返りそうになった声を抑えて裕司は言ったが、良は納得していない口調で続けた。
「でも彩乃さん知ってるんでしょ? 俺と付き合ってるの。それとも他の人に見られたら困るから?」
「そ……」
そうだ、とも言い切れなくて、裕司は言葉を探す。良と二人で映っている写真など彩乃には見せてもいない。それは理屈ではなく、ただ恥ずかしくいたたまれないからとしか言えなかった。
「…………身内に彼氏の紹介なんかしたことないんだぞ」
これでどうにか察してくれ、と祈る気持ちでそう言うと、良は一瞬目を丸くした後、小さく声を立てて笑った。
「何だよ」
「あんたに彼氏って言われるの、変な感じ」
「……」
「あ、俺のことじゃなかった?」
「いや……」
どう転んでも恥ずかしい、と思いながら、裕司は彩乃のアドレスを開く。いつの間にか催促のメールが届いていた。
「ねえ、俺も彩乃さんの写真見たいって送ってよ。最近のやつ」
良はてらいのない声で言い、トントンと軽快にジャガイモを切り始めた。
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