大人になる約束

三木

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 ぐ、と返答に詰まって、裕司は迷った手でグラスを置いた。
 良はもっと正当に評価されるべきだ、と常々思っていたが、いざ第三者から格別の賛辞を表されると、どう反応すべきなのかわからなくなった。社会人としてすっかり身についたよそいきの顔と、世間体より何より良を優先したいという自我が、どちらも道を譲り合って喉につかえていた。
「……それは……俺だって、あいつには将来性があると思ってるよ」
「もー、今さらそんな謙遜しなくってもいいですよ。十代の頃の俺なんて、ほとんど勘で生きてましたからね。違うなっていうのは、すごくわかるんですよ」
「違う?」
「良くん賢いでしょう。真面目で、何て言うんですかね、ちゃんと生きてきたんだなって思います。おうちは色々あったんでしょうけど、毒されなかったんだなって。……俺からすると正直、住む世界が違うタイプに見えますよ」
「……」
 裕司の視線に気付くと、あ、と牧は呟いて、困ったように笑った。
「すみません、ちょっと気が抜けてますね。おかしなこと言っちゃったな、ごめんなさい」
「いや……いいよ。良を見て色々考えてくれたんだろう。聞かせてくれ」
 裕司の言葉に、牧は微笑みを浮かべたまま、複雑そうに首を傾けた。
「……俺は、自分を良くも悪くも水商売の人間だと思ってるんですよ。今はこんな店も持ててますけど、ずっとこの生活が続くとは思ってないです。とんでもなく落ちぶれるかもしれないし、驚くほど成功するかもしれない。何事も終わりがあるんだから、今やりたいことややれることをやっておかないと損だなっていうのがあるんですよね。わりとギャンブル精神で生きてるんです」
 うん、と裕司は頷く。驚く要素はさしてなかった。牧の言葉は質量を持ちつつ、裕司の胸にすとんと入ってきた。
「良くんはたぶん逆ですよね。色んなデータから予測して最適解を出して、リスクの少ない堅実なスタイルをとるのが彼の本来なんじゃないかなって思います。そうじゃなかったら、高認の勉強なんかやめちゃってるでしょう。調理師になるなら中卒でいいんですから」
「うん……。……自信がないってのもひとつあるかもしれないけど、調理師の道がうまくいかなかったときのことも考えてるんだと思うよ」
「それ、裕司さんが彼にそう言ったわけじゃないんでしょう? あの歳でそんなに慎重になれて、かつ実行できるなんて、優秀過ぎます。裕司さん、本当言うと俺は、ちゃんとした大人だったら、良くんを説得しなきゃいけなかったって、その、罪悪感をね、感じてるんです」
 いくらか緊張が混じり、またそれを誤魔化すように芝居がかった声色に、裕司は瞬いた。牧は悲しいような弱ったような、何とも言えない笑みを浮かべていた。
「あー言っちゃった。あの、やっぱり良くんをうちに任せられないってなったら、穏便にいきましょうね。俺、それらしい理由作って解雇するぐらいのことはしますんで」
「ああ……いや、それは……大丈夫だと思うが……。どうした牧さん、良が何か言ったか?」
「いえいえ、良くんは……さっきも言いましたけど、嘘のない子ですから。そういうのじゃなくて、……もっとちゃんとした道があるって言わなきゃいけなかったなぁって」
「……」
「それっぽいことは言ったんですけどね。でも、説得まではできませんでした。あんなキラキラした目で、俺の仕事が見たいって言われたら、もうね、俺が口説かれました。頭では、彼にこんなとこでバイトさせるなんてもったいないってわかってたんです。いや、人生経験としてはアリだと思ってますよ。そこまで卑下はしません。でも……裕司さんは思いませんか、あんなに堅実で賢い子なら、同じ調理師になるにしても、ちゃんとした学校に行ってちゃんとした勉強をして、何なら四大で栄養学とか生化学とかやったっていいと思うんです。大卒の資格を取れば就職の間口だって広がるし、待遇だって違います。調理師になるにしてもならないにしても、絶対不利にならないでしょう。…………って、そこまでわかってて、言えなかったんですよ。駄目な大人だと思いませんか」
 牧は息を吐きながら、カウンターの上に肘をついた。その垂れた前髪を眺めているうちに、裕司は次第に何だか可笑しくなってしまった。
「……牧さん、言っちゃ何だが……俺はあんたをもっと汚い人間だと思ってたよ」
 笑い出してしまいそうなのをこらえて言うと、牧は目を瞬かせながら顔を上げた。
「良みたいなガキのことは、もっと上から見てるもんだと思ってた……。いやすまん、普通に失礼だな」
「いえ……別にいいですけど……。え? もしかして今ので俺の評価上がりました?」
 上がった上がった、と言って、裕司は氷で薄くなったカクテルに口をつけた。
「うん……俺も似たようなことは考えるよ。でも、良は、それもわかってて、今は牧さんの仕事を知りたいって言ってんじゃねえかなぁ。あいつ、真面目過ぎて、これまでしたいことをあんまりできてなかったみたいだから……色々迷惑かけるだろうけど、あいつがやりたいこと、いっぺんやらせてやってくれ」

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