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「あっ、ちょっ、やめてよ。返してってば」
良は焦って怒った声を出して、裕司が開いた紙を引ったくった。
「何だよ、恥ずかしがるような成績じゃないだろ」
裕司は笑みに弛む顔を引き締めきれないまま言ったが、良は不機嫌な顔をして、その紙を裕司から隠すように自分の傍らに置いた。
「こんなの見なくていいから。ほんともーやだ。中学の成績とか関係ないじゃん」
良は憤慨した口ぶりでそう言ったが、赤い耳と困った形の眉が怒りよりも恥ずかしさといたたまれなさを示していた。
母親から託された玉石混交の書類の仕分けは、いざ良と二人で取り組んでみると予想を裏切って裕司には楽しいものだった。
中学時代の通知表を隠しながら、良はまだぶつぶつと文句を呟いている。怒りの矛先はよくわからなかったが、これらを裕司に預けた母親に対して怒っているのだとしたら、それはどこにでもある母子の像のように思えた。
「でも、これなんか小学校の書類じゃないのか」
「そんな昔の別にいいよ……あんまり覚えてないし」
「これは?」
「…………職業体験のプリント。ねぇほんとに絶対どうでもいいじゃん、なんでそんなの入ってんの?」
「俺に言うなよ。俺は普段こんなの見る機会ないから面白いけどなぁ」
「俺はヤダ。もープリントとか全部捨てとけばよかった」
そう言って顎を上げる良の姿に、どこにでもいる学生の気配を感じて裕司は微笑む。彼も毎日学校に行って、勉強をしたり友達と遊んだり行事に参加していたのだと実感できるのは嬉しかった。
しかしすぐに、車の中からかつての母校を見つめていた良の横顔が脳裏に浮かんで、裕司はそれを笑みで誤魔化した。
「……お前は自分のもん何にも持ってこなかったから、お前の思い出が形でわかるのは、俺は嬉しいよ」
「…………思い出って言うほどのもんじゃないんだけど……」
「お前が真面目に学校行ってたんだなぁってだけでわりとぐっとくる」
「言っとくけど俺学校では普通だったからね?」
「そんで真面目な方だったろ?」
「まあ……それは、だって、サボったり悪いことして得することないじゃん」
良はつまらなそうな顔で言ったが、それが本音でも言い訳でも、やはり彼はちゃんとした学校生活を送っていたのだろうと思われた。賢くて、人との衝突を好まない彼は、やるべきことを精一杯やっていたのだろう。
それがわかるほどに、彼が最後までその生活を続けられなかったことが残念だった。
一年と少し。大人にとっては大した年月ではないが、高校生にとってはあまりにも長く貴重な時間だ。
「……これ、俺的には大事にしたいやつだから破ったりすんなよ?」
そう言って裕司は、紙の束の間から角が覗いていた二枚の写真を引き出した。それはおそらく良の中学時代のものと、高校時代のものだ。
良はそれを見て、えっ、と声を上げたが、裕司があらかじめ牽制していたためか、手を出すのを諦めたようにテーブルの上に伏せてしまった。
「どこもおかしくないし、ちゃんとしてんじゃねえか。それとも嫌いなやつでも写ってんのか?」
良は顔を上げて、いかにも気が進まないという顔で裕司の差し出した写真を覗いた。そしてはあと溜め息をつく。
「あんたはさぁ、自分の中学時代の写真とか人に見せるの平気なの?」
「ええ……? まあ、ものによるけど、お前の中学時代なんてついこないだだろ。そんな極端に変わったところもねえじゃねえか」
「高校のは何かまだ最近って感じあるけど、中学の自分とか正直もう見たくない」
「なんで」
「なんか……変な感じ。俺こんなんだったんだ? って思う」
そういう感情はわからなくもない、と思いながら、裕司は改めて中学生の良を眺めた。今の彼の面影は濃くて、しかし今はもうない幼さや頼りなさがあった。それが良にとっては欠点を見せつけられているような気になるのかもしれない、と少し思う。
「こっちは? これ高校のときのだろ。何のときの写真なんだ?」
良は気が引けるという目で写真を眺めて、そして顔を背けながら言った。
「それは、写真部のやつがフィルムカメラ持ってて、色々撮りたいって言うから、その辺で撮ってもらったやつ……」
フィルム、という言葉に、裕司は時代の感覚がすぐ追いつかなくて応答が遅れた。良の世代ならデジタルカメラが当たり前で、フィルムカメラは珍しいものだったに違いなかった。
「ああ……へえ、現像してくれたのか」
「よくわかんないけど、ちゃんと撮れてたって言って、それくれたよ」
本当によくわかっていなさそうだ、と思って、裕司は苦笑してしまう。実家にはまだフィルムを挟んだアルバムがたくさんあるはずだったが、裕司も長いこと見ていなかった。
「……お前が持っとくか? これ」
「やだよ。もらっても封印するから」
つんとした声に反抗期のような匂いを感じて、裕司は笑う。そっぽを向く横顔は普段とは明らかに違う顔だった。
「じゃあ俺が持ってていいか」
「いいけど、飾ったりするのやめてよね」
「わかったよ」
応えて、裕司は二枚の写真をテーブルの端に置く。飾らなくても、大切にしようと思ったが、それを口に出すのはやめておいた。
良は焦って怒った声を出して、裕司が開いた紙を引ったくった。
「何だよ、恥ずかしがるような成績じゃないだろ」
裕司は笑みに弛む顔を引き締めきれないまま言ったが、良は不機嫌な顔をして、その紙を裕司から隠すように自分の傍らに置いた。
「こんなの見なくていいから。ほんともーやだ。中学の成績とか関係ないじゃん」
良は憤慨した口ぶりでそう言ったが、赤い耳と困った形の眉が怒りよりも恥ずかしさといたたまれなさを示していた。
母親から託された玉石混交の書類の仕分けは、いざ良と二人で取り組んでみると予想を裏切って裕司には楽しいものだった。
中学時代の通知表を隠しながら、良はまだぶつぶつと文句を呟いている。怒りの矛先はよくわからなかったが、これらを裕司に預けた母親に対して怒っているのだとしたら、それはどこにでもある母子の像のように思えた。
「でも、これなんか小学校の書類じゃないのか」
「そんな昔の別にいいよ……あんまり覚えてないし」
「これは?」
「…………職業体験のプリント。ねぇほんとに絶対どうでもいいじゃん、なんでそんなの入ってんの?」
「俺に言うなよ。俺は普段こんなの見る機会ないから面白いけどなぁ」
「俺はヤダ。もープリントとか全部捨てとけばよかった」
そう言って顎を上げる良の姿に、どこにでもいる学生の気配を感じて裕司は微笑む。彼も毎日学校に行って、勉強をしたり友達と遊んだり行事に参加していたのだと実感できるのは嬉しかった。
しかしすぐに、車の中からかつての母校を見つめていた良の横顔が脳裏に浮かんで、裕司はそれを笑みで誤魔化した。
「……お前は自分のもん何にも持ってこなかったから、お前の思い出が形でわかるのは、俺は嬉しいよ」
「…………思い出って言うほどのもんじゃないんだけど……」
「お前が真面目に学校行ってたんだなぁってだけでわりとぐっとくる」
「言っとくけど俺学校では普通だったからね?」
「そんで真面目な方だったろ?」
「まあ……それは、だって、サボったり悪いことして得することないじゃん」
良はつまらなそうな顔で言ったが、それが本音でも言い訳でも、やはり彼はちゃんとした学校生活を送っていたのだろうと思われた。賢くて、人との衝突を好まない彼は、やるべきことを精一杯やっていたのだろう。
それがわかるほどに、彼が最後までその生活を続けられなかったことが残念だった。
一年と少し。大人にとっては大した年月ではないが、高校生にとってはあまりにも長く貴重な時間だ。
「……これ、俺的には大事にしたいやつだから破ったりすんなよ?」
そう言って裕司は、紙の束の間から角が覗いていた二枚の写真を引き出した。それはおそらく良の中学時代のものと、高校時代のものだ。
良はそれを見て、えっ、と声を上げたが、裕司があらかじめ牽制していたためか、手を出すのを諦めたようにテーブルの上に伏せてしまった。
「どこもおかしくないし、ちゃんとしてんじゃねえか。それとも嫌いなやつでも写ってんのか?」
良は顔を上げて、いかにも気が進まないという顔で裕司の差し出した写真を覗いた。そしてはあと溜め息をつく。
「あんたはさぁ、自分の中学時代の写真とか人に見せるの平気なの?」
「ええ……? まあ、ものによるけど、お前の中学時代なんてついこないだだろ。そんな極端に変わったところもねえじゃねえか」
「高校のは何かまだ最近って感じあるけど、中学の自分とか正直もう見たくない」
「なんで」
「なんか……変な感じ。俺こんなんだったんだ? って思う」
そういう感情はわからなくもない、と思いながら、裕司は改めて中学生の良を眺めた。今の彼の面影は濃くて、しかし今はもうない幼さや頼りなさがあった。それが良にとっては欠点を見せつけられているような気になるのかもしれない、と少し思う。
「こっちは? これ高校のときのだろ。何のときの写真なんだ?」
良は気が引けるという目で写真を眺めて、そして顔を背けながら言った。
「それは、写真部のやつがフィルムカメラ持ってて、色々撮りたいって言うから、その辺で撮ってもらったやつ……」
フィルム、という言葉に、裕司は時代の感覚がすぐ追いつかなくて応答が遅れた。良の世代ならデジタルカメラが当たり前で、フィルムカメラは珍しいものだったに違いなかった。
「ああ……へえ、現像してくれたのか」
「よくわかんないけど、ちゃんと撮れてたって言って、それくれたよ」
本当によくわかっていなさそうだ、と思って、裕司は苦笑してしまう。実家にはまだフィルムを挟んだアルバムがたくさんあるはずだったが、裕司も長いこと見ていなかった。
「……お前が持っとくか? これ」
「やだよ。もらっても封印するから」
つんとした声に反抗期のような匂いを感じて、裕司は笑う。そっぽを向く横顔は普段とは明らかに違う顔だった。
「じゃあ俺が持ってていいか」
「いいけど、飾ったりするのやめてよね」
「わかったよ」
応えて、裕司は二枚の写真をテーブルの端に置く。飾らなくても、大切にしようと思ったが、それを口に出すのはやめておいた。
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