大人になる約束

三木

文字の大きさ
上 下
40 / 149

40

しおりを挟む
 髪を整えて、おろしたての服を着て、少し緊張した硬さのある表情で街を歩く良を横目に、裕司は自分だけが目を楽しませてもらっているような気持ちだった。
 良と出かけるのはそれが近所のスーパーでも、泊まりがけの旅行でも、いつだって楽しかったけれど、こんなふうに見た目を気にしてそわそわとしている彼を見ることはめったになかった。いちいち身嗜みを整えて会う関係ではないということを不満には思っていないはずだったのに、いざ良が髪や服を気にしている姿を見ると彼の魅力が際立つのが嬉しかったし、もっと見てみたいとも思ってしまう。
 ──どんどん贅沢になるなぁ。
 彼がそばにいて心と身体を許してくれるだけで、充分すぎるほどの幸せを感じるのに、それで欲が消えるわけではないのだということが、いかにも己の度し難さを感じさせた。
 そんな裕司の心情を知る由もない良は、真新しい半袖の襟を気にしながら言った。
「首焼けそう。帰りはちょっとは涼しいのかな」
 うなじにかかっていた髪がなくなった分、日射しがこたえるのだろうと思って裕司は笑う。
「どうかな。ゆうべも暑かったしなぁ」
「あんたは今日中には帰らない感じ?」
 平然と訊かれて、裕司は戸惑う。これまで良を一人にして外泊したことなどないのに、さっぱり気にしていない様子だった。
「いやいや……一応電車で帰るつもりなんだぞ?」
「でも終電逃すかもみたいなこと言ってなかった?」
「それはそういうのもあり得るってだけで……」
 良は真顔で、じいと裕司を見つめて、ごく真面目な声を出した。
「あんたいっつも俺のこと気にしてるからさ、たまには普通に遊んだ方がいいよ」
 どう考えても言う立場が逆だ、と思ったが、理性がこれはよい変化なのだと囁いてきた。目に見えて、触れるところに裕司がいないと心の安定が保てないのは、良の精神が自立から程遠い状態だった証拠だ。
 それを頭ではわかっているのに、まるで親離れされてしまったような寂しさが胸から剥がれなかった。仮に本当の親子だったとしても、良はもう親元を離れておかしくない歳だというのに、裕司はもっと自分に甘えて執着してほしいという己の気持ちを無視できなかった。もっと寂しがってほしいと願っている自分がいて、我ながら情けなくて良にはとても見せられないと思う。
「……帰りは一人で大丈夫なんだよな?」
 往生際の悪さが声に出ていないことを祈りつつ言うと、良は頷きながらこう答えた。
「鍵ちゃんと持ったし何かあったら連絡するから、心配しなくていいよ。気になるなら一緒に帰ってもいいけど」
 その妥協案は想定外で、裕司は思わず目を丸くする。それを見て良は不思議そうな顔をした。
「どっか遅くまでやってるとこあるでしょ、ファミレスとか。終電くらいまでなら待ってるよ」
「いやでも……暇だろ、一人じゃ」
「適当に本でも買って読んどくし」
 そんなことは苦にならない、といった口ぶりだった。正直良の申し出は有り難くて、飛びついてしまいたかったが、そうしてもいいものか判断に迷う。
「あんたが時間までに来なかったら勝手に帰るから、別に気にしなくていいよ。家着いてから連絡すればあんたも心配しなくて済むでしょ?」
 良の気の回りように、裕司は舌を巻く。考えてみれば、良は何ヶ月も保護者のいない状態で居場所を転々としていたのだ。それに比べれば帰る家があり、当座の金の心配もなく、いざとなれば裕司を頼ることのできる現状で、一晩程度の時間を潰すことなどどうということもないに違いなかった。
 ──ちょっと舐めすぎてたな……。
 良がいつも弱いところを見せてくれるから、繊細でか弱い生き物のように誤解しかけていたことに気付いて、裕司は反省する。過酷な環境をくぐり抜けるだけの強さが彼にはあって、裕司の前で弱さを見せてくれるのは、彼がそれだけ気を許してくれているというだけのことであるのを、忘れてしまいそうになっていた。
 家の中で孤立しても絶望せず、危険から自力で逃げ出したことは彼の強さの証明であり、彼の傷や疲弊は必ずしも彼の弱さのせいではない。
 年齢とは不釣り合いなほど成熟した精神を持っていて、裕司と対等になって向かい合えるからこそ、こうして共に暮らしているのだということを見失いかけていた己がいかにも愚かしかった。
「……なんかお前の方が保護者みたいだなぁ」
 呟くと、良は怪訝そうに首を傾けた。
「俺が遊びに行くのの付き添いみたいなもんだろ」
 自嘲気味に笑ってみせると、良は口を曲げて裕司の腕を突いてきた。
「あんたはそれぐらいの気軽さかもしんないけど、俺牧さんとご飯食べるのほんと緊張してるんだからね。あんたが決めたんだからちょっとはフォローしてよ」
 厳しい顔をして堂々と頼ってくる良はいっそしたたかに思えて、わかってるよ、と裕司は応える。
 良は裕司がいないと何もできないような無力さにはきっと程遠くて、自ら裕司といる生き方を選んでくれたに過ぎないのだ。
 それはとても幸運で光栄なことだと心から思えて、彼にふさわしい人間になりたいと初めて強く意識した。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どのみちヤられるならイケメン騎士がいい!

あーす。
BL
異世界に美少年になってトリップした元腐女子。 次々ヤられる色々なゲームステージの中、イケメン騎士が必ず登場。 どのみちヤられるんら、やっぱイケメン騎士だよね。 って事で、頑張ってイケメン騎士をオトすべく、奮闘する物語。

弟枠でも一番近くにいられるならまあいいか……なんて思っていた時期もありました

大森deばふ
BL
ユランは、幼馴染みのエイダールが小さい頃から大好き。 保護者気分のエイダール(六歳年上)に彼の恋心は届くのか。 基本は思い込み空回り系コメディ。 他の男にかっ攫われそうになったり、事件に巻き込まれたりしつつ、のろのろと愛を育んで……濃密なあれやこれやは、行間を読むしか。← 魔法ありのゆるゆる異世界、設定も勿論ゆるゆる。 長くなったので短編から長編に表示変更、R18は行方をくらましたのでR15に。

僕と龍神とえぐれたペニス《リアルアルファに囚われて》

桐乃乱😺オメガバース・ラプソディ発売中
BL
※「赤龍神に抱かれて」こちらの作品の三人称改訂版を公開中です。第12回BL大賞に参加しています。 投票、感想をお待ちしてます!! 11月21日、 kindle新刊『オメガバース・ラプソディ1〜運命はハニークロワッサンな香り』発売開始しました。 来月中旬まで感謝価格です。 ◆本作品は、一人称複数視点の群像劇スタイルです。 瑠衣のその後、新婚生活や異父弟の正体は Amazon Kindle(僕と龍神と仲間たち)をご覧下さい。 ◆◆◆◆◆◆ 僕、佐藤瑠衣20歳は東北のゲイだ。 ペニスの先っぽがケガのせいで、すこしえぐれてる。 僕の腰には、赤龍神の刺青がある。 ゲイバレが怖いからゲイ風俗店や出会い系でエッチな事なんて一生できないビビリのネコだけど、自分を幸せにしてくれる大人のおもちゃは欲しい。 だからサイトで見つけた東北一の繁華街にある「淫魔の森」に勇気を出していく事にした。 お店の中はまさに異空間。雰囲気に飲まれ、どれを選んでいいか迷っていると、お客さんが声をかけてきた!  その男性は僕が自慰のオカズにもしちゃう某海外アクション俳優そっくりな人で、ドストライクなイケメン! あれよあれよと言う間に、何故かラブホに二人で行っちゃう事に。 ぼ、僕どうなっちゃうのー!? 暗い過去を持ってるようでも、エロい田舎の主人公が、あれよという間にスパダリヤクザの兄さんに囲われる? お話です。 無断転載、複製、アップロードを禁止いたします。 ◆◆◆◆◆◆◆◆ 僕と龍神と仲間たちシリーズ  改タイトル、改訂版Kindleにて同人誌化しました。 Kindle Unlimited 260万ページ突破のシリーズ!! 僕と龍神と仲間たち①②③ 板前見習いネコ太の恋 足の甲に野獣のキス①② 黒騎士団長の猟犬①② 青龍神の花嫁 足の甲に野獣のキス番外編 ファッションホテルルキアへ行こう! 僕と龍神と仲間たち番外編 ©︎桐乃乱2019   アルファポリス第六回ライト文芸大賞、 奨励賞作品の応援ありがとうございました。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

嫌われ者の僕が学園を去る話

おこげ茶
BL
嫌われ者の男の子が学園を去って生活していく話です。 一旦ものすごく不幸にしたかったのですがあんまなってないかもです…。 最終的にはハピエンの予定です。 Rは書けるかわからなくて入れるか迷っているので今のところなしにしておきます。 ↓↓↓ 微妙なやつのタイトルに※つけておくので苦手な方は自衛お願いします。 設定ガバガバです。なんでも許せる方向け。 不定期更新です。(目標週1) 勝手もわかっていない超初心者が書いた拙い文章ですが、楽しんでいただければ幸いです。 誤字などがありましたらふわふわ言葉で教えて欲しいです。爆速で修正します。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

だからっ俺は平穏に過ごしたい!!

しおぱんだ。
BL
たった一人神器、黙示録を扱える少年は仲間を庇い、絶命した。 そして目を覚ましたら、少年がいた時代から遥か先の時代のエリオット・オズヴェルグに転生していた!? 黒いボサボサの頭に、丸眼鏡という容姿。 お世辞でも顔が整っているとはいえなかったが、術が解けると本来は紅い髪に金色の瞳で整っている顔たちだった。 そんなエリオットはいじめを受け、精神的な理由で絶賛休学中。 学園生活は平穏に過ごしたいが、真正面から返り討ちにすると後々面倒事に巻き込まれる可能性がある。 それならと陰ながら返り討ちしつつ、唯一いじめから庇ってくれていたデュオのフレディと共に学園生活を平穏(?)に過ごしていた。 だが、そんな最中自身のことをゲームのヒロインだという季節外れの転校生アリスティアによって、平穏な学園生活は崩れ去っていく。 生徒会や風紀委員を巻き込むのはいいが、俺だけは巻き込まないでくれ!! この物語は、平穏にのんびりマイペースに過ごしたいエリオットが、問題に巻き込まれながら、生徒会や風紀委員の者達と交流を深めていく微BLチックなお話 ※のんびりマイペースに気が向いた時に投稿していきます。 昔から誤字脱字変換ミスが多い人なので、何かありましたらお伝えいただけれ幸いです。 pixivにもゆっくり投稿しております。 病気療養中で、具合悪いことが多いので度々放置しています。 楽しみにしてくださっている方ごめんなさい💦 R15は流血表現などの保険ですので、性的表現はほぼないです。 あったとしても軽いキスくらいですので、性的表現が苦手な人でも見れる話かと思います。

処理中です...