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良を美容室に連れて行って、夏物の服を何点か選んで会計を済ませる頃には日が沈んでいた。
いつもなら見た目よりも値段を気にしがちな良が、牧に見られることを意識して真面目な顔で服を吟味している姿は新鮮で、やはりもっと外に出してやらねばならないな、と思う。
「複雑だなぁ」
切ってすいて軽くなった良の髪に触れて呟くと、良はきょとんとした目で裕司を見返してきた。
「オシャレしろっつったのは俺だけど、お前が本気出したら俺の冴えなさが際立つだろ」
良はまじまじと裕司を見つめ、そして呆れたような声を出した。
「何言ってんの、あんた」
「冷たいな」
「だって、俺が見た目だけちゃんとしたってそんなの見た目だけじゃん。あんたの方がかっこいいのに、比べてどうすんの」
裕司は口を開けて、良の拗ねた顔を眺めた。良の言葉が足りなかったり不器用だったりするのは今に始まったことではないが、今度ばかりはどこから返してやればいいのかわからなくて、聞かなかったふりをしたいとすら思ってしまう。
「……お前……それは……」
「なに」
「…………いや、いいよ。俺以外に言わないならいい」
「なにそれ」
良は納得のいかない顔をして裕司の服をつかんできた。納得がいかないのはこっちだと言ってやりたかったが、そうすると余計に会話がややこしくなりそうで、裕司は言葉を探り出す。
「あー……たぶんだけどな、お前のかっこいいの基準があんまり世間一般じゃねえと思うんだよな……」
「……うん?」
「その、まあ、無えと思うけど、よそで俺のことそんなふうに言うなよ」
「かっこいいって?」
何度も言われるのが気恥ずかしくて、それを堪えつつ頷くと、良はいっそうわけがわからないという顔をしてみせた。
「あんた人前で褒められるの嫌いなの?」
「いや……褒めるっていうか……。……その言い方だとハードル上がんだろうが」
良の周りに疑問符が飛んでいるのが見えるようで、これは往来の立ち話で済む問題ではないと裕司は悟る。良が裕司を評価してくれるのは嬉しかったし、仮にも恋人に──しかもこんなに年下の青年に──褒められて舞い上がる気持ちは確かにあったが、それ以上にいたたまれなさがあった。
──刷り込みみたいなもんじゃねえかな……。
良の人生で自分が特別な意味を持っている自覚はあったし、それをいいことに良を独り占めにしているという自覚もあった。そのことについて良に客観視を促すことは、裕司にとって墓穴を掘ることにもなり得たが、そうすることが己の責任だと囁く心の声もあって、裕司は額を押さえた。
「よくわかんないけど、色々気にしすぎじゃない?」
お前が言うか、と思ってその顔を見ると、良は真顔で裕司を見ていた。
「あんたのことかっこよくないって思う人もいるのかもしれないけど、俺そんな人どうでもいいよ。あんたの何がいけないのかわかんないもん」
話に飽きたとばかりの素っ気ない声でそう言うと、良は息をついて首を巡らせた。
「それより俺お腹空いた。今日食べて帰るんだよね?」
口説かれたのかすげなくされたのか、良の態度をうまく受け止められなくて裕司はその横顔を見つめた。襟足も前髪もさっぱりとして、引き締まった輪郭が映えて若く瑞々しい中に精悍さすら感じられた。
自分のことには自信を持てないくせに、裕司のことは迷いも恐れもなく肯定する。それを照れくさいとすら思っていない様子なのが、いつも不思議で眩しかった。
「裕司さん?」
「ああ……うん、何食べたい?」
「何でもいいんだけど、家で食べれないやつがいいな」
それなりに注文をつけてきたな、と思って裕司は顔を綻ばせる。食は良の欲求が一番素直に出る部分で、食欲には抗えないのかと思うと可愛かったし、たくさん食べてくれると安心できるものがあった。
ときに頼りなく儚い気配を醸す彼が生命力を見せてくれる瞬間でもあり、彼の血肉になるものだと思うと大いに振る舞ってやりたかった。
「そういやお前と焼き肉行ったことなかったな。この時間だとちょっと待つかもしんねえけど……」
「えっ」
ついさっきまで凛々しい顔をしていたくせに、良はとたんに目を輝かせて裕司を見た。
「……焼き肉でいいか?」
「いいかっていいの? 俺すごい食うよ?」
「知ってるよ」
期待に満ちた目を向けられて裕司は笑う。こんなに簡単に機嫌をよくされてしまっては、ご馳走してやるほかになくなってしまうというものだ。
「肉食って酒飲んで冷麺かな。おら行くぞ」
「あんたすぐお酒じゃん。もしかして若い頃のがひどい生活してたんじゃない?」
「どういうことだよ」
「だってデスクワークでジム行ってなくてお酒好きで煙草吸ってたんでしょ? 健康的な要素いっこもないよ」
嫌なところに気付いたな、と、裕司は苦笑いする。確かに30を過ぎてから、若さに甘えていたことを反省して、一時期に比べるとずいぶんましな生活をするようになった。そういう意味でも良が来たのがこのタイミングでよかったと思う。
「……幸い持病は無えから勘弁してくれ」
「お酒好きなのはいいけど、身体に悪いほど飲まないでよね」
わかったよ、と言って裕司は頭を掻く。こんな説教をされるのはいつぶりだろう。しかも良に言われては突っぱねるわけにもいかなかった。
生活をともにしているのだから、裕司が健康を害せば必ず良に影響が及ぶ。これが責任というものかと考えて、そして少し良の若さが羨ましくなった。
いつもなら見た目よりも値段を気にしがちな良が、牧に見られることを意識して真面目な顔で服を吟味している姿は新鮮で、やはりもっと外に出してやらねばならないな、と思う。
「複雑だなぁ」
切ってすいて軽くなった良の髪に触れて呟くと、良はきょとんとした目で裕司を見返してきた。
「オシャレしろっつったのは俺だけど、お前が本気出したら俺の冴えなさが際立つだろ」
良はまじまじと裕司を見つめ、そして呆れたような声を出した。
「何言ってんの、あんた」
「冷たいな」
「だって、俺が見た目だけちゃんとしたってそんなの見た目だけじゃん。あんたの方がかっこいいのに、比べてどうすんの」
裕司は口を開けて、良の拗ねた顔を眺めた。良の言葉が足りなかったり不器用だったりするのは今に始まったことではないが、今度ばかりはどこから返してやればいいのかわからなくて、聞かなかったふりをしたいとすら思ってしまう。
「……お前……それは……」
「なに」
「…………いや、いいよ。俺以外に言わないならいい」
「なにそれ」
良は納得のいかない顔をして裕司の服をつかんできた。納得がいかないのはこっちだと言ってやりたかったが、そうすると余計に会話がややこしくなりそうで、裕司は言葉を探り出す。
「あー……たぶんだけどな、お前のかっこいいの基準があんまり世間一般じゃねえと思うんだよな……」
「……うん?」
「その、まあ、無えと思うけど、よそで俺のことそんなふうに言うなよ」
「かっこいいって?」
何度も言われるのが気恥ずかしくて、それを堪えつつ頷くと、良はいっそうわけがわからないという顔をしてみせた。
「あんた人前で褒められるの嫌いなの?」
「いや……褒めるっていうか……。……その言い方だとハードル上がんだろうが」
良の周りに疑問符が飛んでいるのが見えるようで、これは往来の立ち話で済む問題ではないと裕司は悟る。良が裕司を評価してくれるのは嬉しかったし、仮にも恋人に──しかもこんなに年下の青年に──褒められて舞い上がる気持ちは確かにあったが、それ以上にいたたまれなさがあった。
──刷り込みみたいなもんじゃねえかな……。
良の人生で自分が特別な意味を持っている自覚はあったし、それをいいことに良を独り占めにしているという自覚もあった。そのことについて良に客観視を促すことは、裕司にとって墓穴を掘ることにもなり得たが、そうすることが己の責任だと囁く心の声もあって、裕司は額を押さえた。
「よくわかんないけど、色々気にしすぎじゃない?」
お前が言うか、と思ってその顔を見ると、良は真顔で裕司を見ていた。
「あんたのことかっこよくないって思う人もいるのかもしれないけど、俺そんな人どうでもいいよ。あんたの何がいけないのかわかんないもん」
話に飽きたとばかりの素っ気ない声でそう言うと、良は息をついて首を巡らせた。
「それより俺お腹空いた。今日食べて帰るんだよね?」
口説かれたのかすげなくされたのか、良の態度をうまく受け止められなくて裕司はその横顔を見つめた。襟足も前髪もさっぱりとして、引き締まった輪郭が映えて若く瑞々しい中に精悍さすら感じられた。
自分のことには自信を持てないくせに、裕司のことは迷いも恐れもなく肯定する。それを照れくさいとすら思っていない様子なのが、いつも不思議で眩しかった。
「裕司さん?」
「ああ……うん、何食べたい?」
「何でもいいんだけど、家で食べれないやつがいいな」
それなりに注文をつけてきたな、と思って裕司は顔を綻ばせる。食は良の欲求が一番素直に出る部分で、食欲には抗えないのかと思うと可愛かったし、たくさん食べてくれると安心できるものがあった。
ときに頼りなく儚い気配を醸す彼が生命力を見せてくれる瞬間でもあり、彼の血肉になるものだと思うと大いに振る舞ってやりたかった。
「そういやお前と焼き肉行ったことなかったな。この時間だとちょっと待つかもしんねえけど……」
「えっ」
ついさっきまで凛々しい顔をしていたくせに、良はとたんに目を輝かせて裕司を見た。
「……焼き肉でいいか?」
「いいかっていいの? 俺すごい食うよ?」
「知ってるよ」
期待に満ちた目を向けられて裕司は笑う。こんなに簡単に機嫌をよくされてしまっては、ご馳走してやるほかになくなってしまうというものだ。
「肉食って酒飲んで冷麺かな。おら行くぞ」
「あんたすぐお酒じゃん。もしかして若い頃のがひどい生活してたんじゃない?」
「どういうことだよ」
「だってデスクワークでジム行ってなくてお酒好きで煙草吸ってたんでしょ? 健康的な要素いっこもないよ」
嫌なところに気付いたな、と、裕司は苦笑いする。確かに30を過ぎてから、若さに甘えていたことを反省して、一時期に比べるとずいぶんましな生活をするようになった。そういう意味でも良が来たのがこのタイミングでよかったと思う。
「……幸い持病は無えから勘弁してくれ」
「お酒好きなのはいいけど、身体に悪いほど飲まないでよね」
わかったよ、と言って裕司は頭を掻く。こんな説教をされるのはいつぶりだろう。しかも良に言われては突っぱねるわけにもいかなかった。
生活をともにしているのだから、裕司が健康を害せば必ず良に影響が及ぶ。これが責任というものかと考えて、そして少し良の若さが羨ましくなった。
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