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良の不調は睡眠に顕著に表れる傾向があった。
寝付きが悪かったり、朝起きられなかったり、おかしな時間に強い睡魔に襲われたり、そういう様子が見られるときは、大体何かに疲れていたりひどく思い悩んでいるときだった。
それは良もある程度自覚しているようで、昔からそうなのかと訊くと、子どもの頃はこうではなかったという返答が返ってきた。ほんのこの間まで子どもだったくせに、と思いつつ、よくよく聞いてみると、もともと睡眠のサイクルが不規則になりがちな生活をしていて、実家を出てからはそれがいっそうひどくなり、裕司の家に来てとたんに規則正しくなってしまったという経緯があるらしかった。
そんなふうだから、以前とは比較しにくいのだと、良は申し訳なさそうに言った。
それは何もお前のせいじゃない、と思ったが、言葉にすると説教くさくなりそうで、代わりに、あまり我慢せずに眠いときは寝ろよと言った。
──最近は毎朝起きれてたのになぁ。
久しぶりに一人で朝食を取りながら、裕司はぼんやりとニュースを眺める。決して多弁ではない良が隣にいないだけで、部屋がやけに静かに感じられた。
目覚ましのアラームに無反応だった良を起こそうとはしてみたものの、朦朧として受け答えも怪しい様子だったので、仕方なくまだ寝室で寝かせている。もしかすると夜中に目が覚めて眠れなかったのかもしれないし、単純に疲れているのかもしれなかった。
いずれにせよ、その原因と思われるものがあまりにも明確すぎて、裕司はそのことについて考えずにはいられなかった。
来週の土曜、良の地元のファミレスで、良の母親と会うことになった。
それを良に伝えたのが昨日のことで、今朝はまだ良とは会話らしい会話はできていない。昼までに起きてくれば御の字だと、そんなことを思う。
良が実家に対して抱えている感情は、重くてどろどろとして大きくて、裕司には到底見通せなかったし、良自身把握し切れていないような気がした。そんなものがきっかけを得ると吹き出して、良を疲弊させるのだと思うと、一種の病魔のように思われた。
どうしてやるのがいいのかわからない、と、もう何度考えたか知れないことを裕司はまた考える。最適解など存在しないのかもしれないと思いながら、それでも考えることをやめられなかった。
気が付くと朝食の皿は空になっていて、食べた気がしないと思いながらそれらを片付け、そして寝室が静かなことにもの寂しくなった。
思えば近頃は良に家事を任せすぎていたという反省も手伝って、洗濯機を回しながら資源ごみをまとめ、掃除をした。良が起きても働かせなくてもいいように、と考えている自分はどこか滑稽に思えて、早く良の顔が見たいと思う。
毎日顔を突き合わせていて、今だって同じ家の中にいるのに、おかしなことを考えるものだと自嘲したが、落ち着かない気持ちを誤魔化すことができなかった。
裕司の仕事部屋だけは良もせいぜい掃除機をかける程度であまり触れようとしないので、結果的に家の中で最も散らかりやすい空間になっていた。いらなくなったメモを捨てて、OAクリーナーで埃を拭き取ると、それだけでゴミ箱がいっぱいになってしまって日頃の不精が実感された。
外はもう日が高くて、窓際は暑かった。その窓際の背の高い棚に、長いこと使っていない金属製の灰皿がある。側面の赤い塗料にもわずかに焦げ跡のついたそれは、この部屋に越してくる前に使っていた記憶があったが、いつからここに置いていたのかさっぱり思い出せなかった。なんなら自分で買ったのかもらったのかも思い出せない。
棚板の上ですっかり風景の一部になって、灰皿という認識すらなくなっていたこれを見て、良は多少なり裕司の過去に思いを巡らせ、そして沈黙していたのだろう。そのことを思うと、自分はずいぶんと能天気だったようだと思われた。
長くほったらかされていたせいでざらついたそれを手に取ると存外軽く、そしてやはりいつどこから来たものかも思い出せなかった。捨ててしまっても決して困らないと思いながら、何となく躊躇われて、結局またもとの場所に置いた。
そういえば煙草を吸い始めたのは学生時代の恋愛がきっかけだった、と、余計なことだけ記憶に蘇って裕司は息をつく。大昔の恋は己の若さが苦々しくて恥ずかしかった。
いつの間にか自分は若くなくなって、煙草は値上がりして、喫煙できる場所は日に日に減りつつあった。寂しくもあったが、昔の思い出とともに縁を切るいい機会だとも思う。
使う予定のない窓際の灰皿だけが、時に取り残されていた。
良が起きてきたのは、そろそろ昼食の支度をしようかという頃だった。寝癖をつけて、まだ頭のはっきりしていないような顔をした彼は、裕司の顔を見ると、ごめんと言ってからおはようと言った。
「おはようさん。具合悪いとかじゃないんだな?」
訊いてみると、良は頷いて、お腹空いた、と弱い声を出した。
「今から飯作るから、カフェオレでも飲んどくか?」
「ん……」
良は曖昧に頷きながら、おもむろに裕司の肩に頭を乗せて抱きついてきた。
「……良?」
「お腹空いたけど……ちょっとこうさせて……」
寝起きの温かい身体を押し付けられて、否と言う理由などなく、裕司も同じようにしてその身体を抱き返した。
寝付きが悪かったり、朝起きられなかったり、おかしな時間に強い睡魔に襲われたり、そういう様子が見られるときは、大体何かに疲れていたりひどく思い悩んでいるときだった。
それは良もある程度自覚しているようで、昔からそうなのかと訊くと、子どもの頃はこうではなかったという返答が返ってきた。ほんのこの間まで子どもだったくせに、と思いつつ、よくよく聞いてみると、もともと睡眠のサイクルが不規則になりがちな生活をしていて、実家を出てからはそれがいっそうひどくなり、裕司の家に来てとたんに規則正しくなってしまったという経緯があるらしかった。
そんなふうだから、以前とは比較しにくいのだと、良は申し訳なさそうに言った。
それは何もお前のせいじゃない、と思ったが、言葉にすると説教くさくなりそうで、代わりに、あまり我慢せずに眠いときは寝ろよと言った。
──最近は毎朝起きれてたのになぁ。
久しぶりに一人で朝食を取りながら、裕司はぼんやりとニュースを眺める。決して多弁ではない良が隣にいないだけで、部屋がやけに静かに感じられた。
目覚ましのアラームに無反応だった良を起こそうとはしてみたものの、朦朧として受け答えも怪しい様子だったので、仕方なくまだ寝室で寝かせている。もしかすると夜中に目が覚めて眠れなかったのかもしれないし、単純に疲れているのかもしれなかった。
いずれにせよ、その原因と思われるものがあまりにも明確すぎて、裕司はそのことについて考えずにはいられなかった。
来週の土曜、良の地元のファミレスで、良の母親と会うことになった。
それを良に伝えたのが昨日のことで、今朝はまだ良とは会話らしい会話はできていない。昼までに起きてくれば御の字だと、そんなことを思う。
良が実家に対して抱えている感情は、重くてどろどろとして大きくて、裕司には到底見通せなかったし、良自身把握し切れていないような気がした。そんなものがきっかけを得ると吹き出して、良を疲弊させるのだと思うと、一種の病魔のように思われた。
どうしてやるのがいいのかわからない、と、もう何度考えたか知れないことを裕司はまた考える。最適解など存在しないのかもしれないと思いながら、それでも考えることをやめられなかった。
気が付くと朝食の皿は空になっていて、食べた気がしないと思いながらそれらを片付け、そして寝室が静かなことにもの寂しくなった。
思えば近頃は良に家事を任せすぎていたという反省も手伝って、洗濯機を回しながら資源ごみをまとめ、掃除をした。良が起きても働かせなくてもいいように、と考えている自分はどこか滑稽に思えて、早く良の顔が見たいと思う。
毎日顔を突き合わせていて、今だって同じ家の中にいるのに、おかしなことを考えるものだと自嘲したが、落ち着かない気持ちを誤魔化すことができなかった。
裕司の仕事部屋だけは良もせいぜい掃除機をかける程度であまり触れようとしないので、結果的に家の中で最も散らかりやすい空間になっていた。いらなくなったメモを捨てて、OAクリーナーで埃を拭き取ると、それだけでゴミ箱がいっぱいになってしまって日頃の不精が実感された。
外はもう日が高くて、窓際は暑かった。その窓際の背の高い棚に、長いこと使っていない金属製の灰皿がある。側面の赤い塗料にもわずかに焦げ跡のついたそれは、この部屋に越してくる前に使っていた記憶があったが、いつからここに置いていたのかさっぱり思い出せなかった。なんなら自分で買ったのかもらったのかも思い出せない。
棚板の上ですっかり風景の一部になって、灰皿という認識すらなくなっていたこれを見て、良は多少なり裕司の過去に思いを巡らせ、そして沈黙していたのだろう。そのことを思うと、自分はずいぶんと能天気だったようだと思われた。
長くほったらかされていたせいでざらついたそれを手に取ると存外軽く、そしてやはりいつどこから来たものかも思い出せなかった。捨ててしまっても決して困らないと思いながら、何となく躊躇われて、結局またもとの場所に置いた。
そういえば煙草を吸い始めたのは学生時代の恋愛がきっかけだった、と、余計なことだけ記憶に蘇って裕司は息をつく。大昔の恋は己の若さが苦々しくて恥ずかしかった。
いつの間にか自分は若くなくなって、煙草は値上がりして、喫煙できる場所は日に日に減りつつあった。寂しくもあったが、昔の思い出とともに縁を切るいい機会だとも思う。
使う予定のない窓際の灰皿だけが、時に取り残されていた。
良が起きてきたのは、そろそろ昼食の支度をしようかという頃だった。寝癖をつけて、まだ頭のはっきりしていないような顔をした彼は、裕司の顔を見ると、ごめんと言ってからおはようと言った。
「おはようさん。具合悪いとかじゃないんだな?」
訊いてみると、良は頷いて、お腹空いた、と弱い声を出した。
「今から飯作るから、カフェオレでも飲んどくか?」
「ん……」
良は曖昧に頷きながら、おもむろに裕司の肩に頭を乗せて抱きついてきた。
「……良?」
「お腹空いたけど……ちょっとこうさせて……」
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