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小さいながらもよく整備のされた駅で降りると、駅前はちょっとした商店街といった様子だった。
ただしそれはあくまでも裕司の感想で、良は駅舎をしげしげと眺め回した後、外に出てしばらくは口を開けたままだった。
きっと良の知る駅前と言えば、どれほど寂れていてもコンビニなりマンションなりが視界に入るものだったのだろう。この町にもコンビニくらいはあるのかもしれなかったが、それが必ずしも良の思うものと一致するかはわからなかった。
何を見ても目を丸くする良は、部屋の隅で膝を抱いていた子どもとは似ても似つかなくて、しかし同一人物なのだと思うと愉快でもあり、深い感慨を感じさせるものでもあった。
まさに見るものすべてが新鮮で、すべてに興味を持つ幼子のようで、その感動を瞳いっぱいに表して裕司に共感を求める様には愛しさが募った。
やがて駅前に送迎バスが停まり、目の細い人の良さそうな運転手に挨拶をして乗り込むと、後から仲睦まじそうな老夫婦が会釈しながら乗ってきた。バスが動き出すと、良はまた窓に張り付くようにして見慣れぬ風景に見入っていた。
裕司にとってはこれといって面白いものでもないと思われる田舎の景色が、良の目には異国のように見えているに違いなかった。
バスは集落を離れ、徐々に景色から民家が消えて、やがて橋の上に差し掛かると、良は小さく声を上げた。はるか眼下には岩だらけの急流があって、遠くには釣り人の姿もあった。良はそわそわと何か言いたそうな様子だったが、運転手や老夫婦を気にしたものか、結局何も言わずに裕司の手を握ってきた。
その手が温かくて、良の黒い瞳に鮮やかな光が差しているのを見て、裕司は微笑む。
道は舗装されていたが、左右は剥き出しの土に緑が繁茂し始めた。木々は道を侵食することを競うように枝を張り、空が緑で覆われているのを見て、良は呟いた。
「……ほんとにこんなふうになるんだ……」
それが何を思い出しての言葉なのか、裕司には知る由もなかったが、きっとアニメーションやCGで描き出された何かだろうと思った。良の心の中に残っていたフィクションの記憶が、現実と交差しているのかと想像すると、彼の世界と裕司の知る世界もまた重なりつつあるような気がした。
育った場所も違い、世代も違う。当たり前だと感じるものが遠く隔たっているのを常々感じていたが、今はその差異が楽しく心地よかった。
裕司が驚かないものに良が驚いてくれるのは新鮮で、良に驚かされることは世界の新しい面を見るようだった。
裕司はもっぱら外の景色を背景に良を見ていて、良は裕司のことなど忘れているように見えて終始力強く手を握ってきた。その手を握り返して、指で撫ぜながら、誰かと旅をするのはこんなに楽しいものだったのかと思う。
同じものを見てもまったく違う感動を見出してくれる良の存在は、一人では絶対に味わえない旅の喜びを与えてくれた。
目的地までの移動手段でしかない列車とバスの旅だけで驚き尽くしたような反応をした良であるから、バスを降りていざ宿の前に立ったときの顔といったら、まるで狐につままれたようだった。裕司はこういう顔を写真に撮っておきたいと思いながら、ただ笑いを噛み殺した。
「ねえ、これ、ほんとに入って大丈夫なの」
裕司の袖を引きながら声を潜めてそんなことを言ってくるので、裕司はとても声が出せなかった。ここで笑ってしまったらしばらく笑いが止まらなくなる自信があって、黙って良の肩を叩いてやる。
喜ぶを通り越して半ば怯えている良を促して、中に入ると、いらっしゃいませ、お疲れ様でございました、と品の良い着物を着こなした女性に頭を下げられて、良はすっかり固まっていた。
人見知りの幼児の世話を焼くような気持ちで良を連れながら受付を済ませると、お部屋にご案内いたしますねと先程の女性に朗らかに微笑まれて、良はまるで想定外に人間に出くわした野良猫のような固まりようだった。
早く部屋に入って思い切り笑いたいなと思いながら、お世話になりますと愛想笑いをして、裕司は艶のある板張りの廊下を歩く。中庭に面したガラス窓は造りが古めかしくて、天井の黒ずんだ木材も歴史を感じさせた。
「こちら夕映の間でございます」
先に良を部屋に上がらせて、裕司は仲居の説明を一通り聞き、礼を言った。
彼女が下がり戸が閉まった音を聞いて振り返ると、良は部屋の真ん中で立ち尽くしていた。
ただしそれはあくまでも裕司の感想で、良は駅舎をしげしげと眺め回した後、外に出てしばらくは口を開けたままだった。
きっと良の知る駅前と言えば、どれほど寂れていてもコンビニなりマンションなりが視界に入るものだったのだろう。この町にもコンビニくらいはあるのかもしれなかったが、それが必ずしも良の思うものと一致するかはわからなかった。
何を見ても目を丸くする良は、部屋の隅で膝を抱いていた子どもとは似ても似つかなくて、しかし同一人物なのだと思うと愉快でもあり、深い感慨を感じさせるものでもあった。
まさに見るものすべてが新鮮で、すべてに興味を持つ幼子のようで、その感動を瞳いっぱいに表して裕司に共感を求める様には愛しさが募った。
やがて駅前に送迎バスが停まり、目の細い人の良さそうな運転手に挨拶をして乗り込むと、後から仲睦まじそうな老夫婦が会釈しながら乗ってきた。バスが動き出すと、良はまた窓に張り付くようにして見慣れぬ風景に見入っていた。
裕司にとってはこれといって面白いものでもないと思われる田舎の景色が、良の目には異国のように見えているに違いなかった。
バスは集落を離れ、徐々に景色から民家が消えて、やがて橋の上に差し掛かると、良は小さく声を上げた。はるか眼下には岩だらけの急流があって、遠くには釣り人の姿もあった。良はそわそわと何か言いたそうな様子だったが、運転手や老夫婦を気にしたものか、結局何も言わずに裕司の手を握ってきた。
その手が温かくて、良の黒い瞳に鮮やかな光が差しているのを見て、裕司は微笑む。
道は舗装されていたが、左右は剥き出しの土に緑が繁茂し始めた。木々は道を侵食することを競うように枝を張り、空が緑で覆われているのを見て、良は呟いた。
「……ほんとにこんなふうになるんだ……」
それが何を思い出しての言葉なのか、裕司には知る由もなかったが、きっとアニメーションやCGで描き出された何かだろうと思った。良の心の中に残っていたフィクションの記憶が、現実と交差しているのかと想像すると、彼の世界と裕司の知る世界もまた重なりつつあるような気がした。
育った場所も違い、世代も違う。当たり前だと感じるものが遠く隔たっているのを常々感じていたが、今はその差異が楽しく心地よかった。
裕司が驚かないものに良が驚いてくれるのは新鮮で、良に驚かされることは世界の新しい面を見るようだった。
裕司はもっぱら外の景色を背景に良を見ていて、良は裕司のことなど忘れているように見えて終始力強く手を握ってきた。その手を握り返して、指で撫ぜながら、誰かと旅をするのはこんなに楽しいものだったのかと思う。
同じものを見てもまったく違う感動を見出してくれる良の存在は、一人では絶対に味わえない旅の喜びを与えてくれた。
目的地までの移動手段でしかない列車とバスの旅だけで驚き尽くしたような反応をした良であるから、バスを降りていざ宿の前に立ったときの顔といったら、まるで狐につままれたようだった。裕司はこういう顔を写真に撮っておきたいと思いながら、ただ笑いを噛み殺した。
「ねえ、これ、ほんとに入って大丈夫なの」
裕司の袖を引きながら声を潜めてそんなことを言ってくるので、裕司はとても声が出せなかった。ここで笑ってしまったらしばらく笑いが止まらなくなる自信があって、黙って良の肩を叩いてやる。
喜ぶを通り越して半ば怯えている良を促して、中に入ると、いらっしゃいませ、お疲れ様でございました、と品の良い着物を着こなした女性に頭を下げられて、良はすっかり固まっていた。
人見知りの幼児の世話を焼くような気持ちで良を連れながら受付を済ませると、お部屋にご案内いたしますねと先程の女性に朗らかに微笑まれて、良はまるで想定外に人間に出くわした野良猫のような固まりようだった。
早く部屋に入って思い切り笑いたいなと思いながら、お世話になりますと愛想笑いをして、裕司は艶のある板張りの廊下を歩く。中庭に面したガラス窓は造りが古めかしくて、天井の黒ずんだ木材も歴史を感じさせた。
「こちら夕映の間でございます」
先に良を部屋に上がらせて、裕司は仲居の説明を一通り聞き、礼を言った。
彼女が下がり戸が閉まった音を聞いて振り返ると、良は部屋の真ん中で立ち尽くしていた。
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