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翌朝良は、裕司が朝食を食べている最中に起き出して裕司を驚かせた。
お前の分の飯も用意しようか、と言う裕司に、良は、自分でやるからいい、と寝起きの声で言って、あくびをしながら洗面所に消えていった。
明らかにいつも目覚める時間より早かったので、また無理をしていやしないだろうかと心配する裕司をよそに、良は裕司の分の洗い物も引き受けてくれて、家事よりもさっさと仕事をしろと言わんばかりだった。
もちろん良が家事をやってくれるのは助かるし、仕事に協力的であるのも有り難かったが、また昼間に寝落ちてしまうのではなかろうかと気になった。
それが昼時になると、良は何も言わずに昼食を用意してくれていて、自然二人で食卓を囲む流れになった。
「……お前、なんていうかよく働くな……」
裕司がついそんなことを言うと、良は目を丸くして裕司を見た。
「……は?」
何を言われているのかわからない、と目が言っていて、裕司は戸惑う。
「いや、起きてからお前、飯自分で作って洗濯物干して昼飯まで作ってくれたじゃねえか」
「……お風呂も洗っておいたけど」
「ああ……サンキュ。……いやだから働きすぎじゃねえのか」
良は眉を寄せて、あまり見たことのない顔をした。裕司の言っている意味がわからないが、何とかして会話を成立させようとしているような、何とも言えない噛み合わなさが感じられた。
「……俺学校も行ってないし仕事もしてないんだから普通じゃない……?」
今度は裕司が返答に窮した。それはその通りだったが、時間の制約も労働の要請も何もない環境で、18の子どもがこんなに家事をするものだろうか。
「あー……お前はその……あれか? 実家にいたときも家事はよくやってたのか?」
良は口の中のものを咀嚼して嚥下してから、うん、と言った。
「2、3日親が家にいないとかあったし、大体やってたよ」
まるで普通のことのように良は言ったが、裕司は思わず箸が止まった。
良の家庭環境は聞く限り恵まれていなくて、家の居心地は良くなかったのだろうとは思っていたが、片親だろうと、そうでなかろうと、子どもを一人残して親が二日以上家を空けるというのは、よくあることとは思えなかった。
裕司が何と言えばいいのかわからずにいると、良は裕司を見て少し笑った。
「……また何か俺のことかわいそうって思ってる」
その声はいたずらを仕掛ける子どものようで、悲哀はどこにも見られなかった。それが意外で、裕司はやはり何も言えずにただ良を見返した。
「気にしなくていいのに、あんたほんとに俺のことばっかり考えるよね」
「……いや、だって……」
「あんたが俺のこと考えてくれるの、俺は嬉しいからいいんだけど」
あんたは疲れない? と訊かれて、裕司は真顔になった。
それは何故かとても不思議な質問に思えて、しかし当たり前すぎる質問だということもわかった。
ここのところ、裕司はずっと良のことばかり考えている。仕事をしていても、ずっと良を待たせてしまっているだとか、これが終わったら良と飯を食おうだとか、頭の中にいつも彼が住んでいるようだった。
心配なことも不安なこともたくさんあったし、何もしてやれないと感じることも多くて歯痒かった。それでも、裕司は良を疎ましく思わなかったし、まして良から解放されたいとは露ほども思っていなかった。
「……そういえば疲れないな」
思ったままの本音を漏らすと、良は裕司を見つめてから、小さく吹き出した。
「ほんと、変な人だね」
良は事あるごとに裕司をそう形容してきたが、最近では何だかそれは褒め言葉に近い意味で使われているように思われた。
「俺、普通に暇だし、家事するの別に嫌いじゃないから、気にしなくていいよ」
「……おお」
「玄関さ、けっこう砂とか入ってたから掃除しようかと思ったんだけど、ちりとりとかある?」
「あるけど、別に、普通に掃除機で吸ってくれて構わねえぞ」
「そう? じゃあそうする」
平然とそう応えて、良はまた食事の続きを噛み始めた。
怯えた野良猫のような様子でやってきた彼が、どんどん人の姿になっていくようだと、裕司は思う。悪い魔法が解けていくような、そんな空想めいたたとえをしたくなるほど、彼は違う生き物になろうとしていた。
「……お前の飯、けっこう美味いよな」
「失敗しなかったらね」
そりゃそうだ、と裕司が笑うと、良はどこか満足そうな顔をしていた。
お前の分の飯も用意しようか、と言う裕司に、良は、自分でやるからいい、と寝起きの声で言って、あくびをしながら洗面所に消えていった。
明らかにいつも目覚める時間より早かったので、また無理をしていやしないだろうかと心配する裕司をよそに、良は裕司の分の洗い物も引き受けてくれて、家事よりもさっさと仕事をしろと言わんばかりだった。
もちろん良が家事をやってくれるのは助かるし、仕事に協力的であるのも有り難かったが、また昼間に寝落ちてしまうのではなかろうかと気になった。
それが昼時になると、良は何も言わずに昼食を用意してくれていて、自然二人で食卓を囲む流れになった。
「……お前、なんていうかよく働くな……」
裕司がついそんなことを言うと、良は目を丸くして裕司を見た。
「……は?」
何を言われているのかわからない、と目が言っていて、裕司は戸惑う。
「いや、起きてからお前、飯自分で作って洗濯物干して昼飯まで作ってくれたじゃねえか」
「……お風呂も洗っておいたけど」
「ああ……サンキュ。……いやだから働きすぎじゃねえのか」
良は眉を寄せて、あまり見たことのない顔をした。裕司の言っている意味がわからないが、何とかして会話を成立させようとしているような、何とも言えない噛み合わなさが感じられた。
「……俺学校も行ってないし仕事もしてないんだから普通じゃない……?」
今度は裕司が返答に窮した。それはその通りだったが、時間の制約も労働の要請も何もない環境で、18の子どもがこんなに家事をするものだろうか。
「あー……お前はその……あれか? 実家にいたときも家事はよくやってたのか?」
良は口の中のものを咀嚼して嚥下してから、うん、と言った。
「2、3日親が家にいないとかあったし、大体やってたよ」
まるで普通のことのように良は言ったが、裕司は思わず箸が止まった。
良の家庭環境は聞く限り恵まれていなくて、家の居心地は良くなかったのだろうとは思っていたが、片親だろうと、そうでなかろうと、子どもを一人残して親が二日以上家を空けるというのは、よくあることとは思えなかった。
裕司が何と言えばいいのかわからずにいると、良は裕司を見て少し笑った。
「……また何か俺のことかわいそうって思ってる」
その声はいたずらを仕掛ける子どものようで、悲哀はどこにも見られなかった。それが意外で、裕司はやはり何も言えずにただ良を見返した。
「気にしなくていいのに、あんたほんとに俺のことばっかり考えるよね」
「……いや、だって……」
「あんたが俺のこと考えてくれるの、俺は嬉しいからいいんだけど」
あんたは疲れない? と訊かれて、裕司は真顔になった。
それは何故かとても不思議な質問に思えて、しかし当たり前すぎる質問だということもわかった。
ここのところ、裕司はずっと良のことばかり考えている。仕事をしていても、ずっと良を待たせてしまっているだとか、これが終わったら良と飯を食おうだとか、頭の中にいつも彼が住んでいるようだった。
心配なことも不安なこともたくさんあったし、何もしてやれないと感じることも多くて歯痒かった。それでも、裕司は良を疎ましく思わなかったし、まして良から解放されたいとは露ほども思っていなかった。
「……そういえば疲れないな」
思ったままの本音を漏らすと、良は裕司を見つめてから、小さく吹き出した。
「ほんと、変な人だね」
良は事あるごとに裕司をそう形容してきたが、最近では何だかそれは褒め言葉に近い意味で使われているように思われた。
「俺、普通に暇だし、家事するの別に嫌いじゃないから、気にしなくていいよ」
「……おお」
「玄関さ、けっこう砂とか入ってたから掃除しようかと思ったんだけど、ちりとりとかある?」
「あるけど、別に、普通に掃除機で吸ってくれて構わねえぞ」
「そう? じゃあそうする」
平然とそう応えて、良はまた食事の続きを噛み始めた。
怯えた野良猫のような様子でやってきた彼が、どんどん人の姿になっていくようだと、裕司は思う。悪い魔法が解けていくような、そんな空想めいたたとえをしたくなるほど、彼は違う生き物になろうとしていた。
「……お前の飯、けっこう美味いよな」
「失敗しなかったらね」
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