少年が気持ちよくなる方法

三木

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 良は裕司の手を握って、その感触を確かめるように触ってから、口を開いた。
「その……あんまり覚えてないし、そんなに気にしてたつもりじゃないから、大げさに取らないでほしいんだけどさ……」
 裕司が頷くと、良は薄く微笑んでみせた。
「うちの父親……交通事故で死んだからさ、……朝普通に出かけて、それでもう帰ってこなくて、……事故の後一度も意識戻らなかったんだって。だから、……ちょっとだけ、そういえばそうだったなって、思い出しただけ」
 だから、大丈夫だよ、と良は言って、裕司の手を撫でた。
 裕司は良の静かな目を見ながら、言葉を見失う。彼の言葉や、声色や、表情で、その過去が彼をひどく苛んでいるわけではないということは理解できたが、それにしても彼はあまりにも多くを失いすぎていると思った。
 人の死が突然であることと、それが人の意思でどうこうできるものでないことは承知していたつもりだったが、幼い時分にそうして肉親を失った彼の喪失感や無力感は想像しがたかった。
「……いつもの3倍気を付けて行ってくるよ」
 裕司はそう言って、やっと笑うことができた。良は少し目を丸くして、くす、と笑った。
「うん。あんたが俺に心配かけないようにしてくれてんのわかるから、大丈夫」
 その言葉に、裕司は少なからず慰められた。良の心に届くものを彼との間に築けたことが嬉しかった。

 その晩は、ゆうべ夜更かししたせいか良が早い時間から眠そうにし始めて、裕司がベッドに入るまではがんばって起きていたようだったが、横になって頭を撫でてやると、すとんと落ちるように眠ってしまった。
 その寝顔を眺めながら、できるならずっとそばにいてやりたいなと、不可能なことを裕司は思う。良もきっとそこまでは望んでいないと思ったが、物理的に離れることが彼の不安を喚起しうるなら、その不安を除いてやりたかった。
 彼の心が不安定で、まだ癒えぬ傷がたくさんあって、多くの優しさと休養を要することを、裕司は自分でも不思議なほど受け入れていた。言ってしまえば手間のかかる、面倒な子どもという捉え方もできるはずだったが、裕司の心の中にはそんな感情はどこを探しても見当たらなかった。むしろ良が裕司の優しさを優しさとして受け止めてくれることが嬉しかったし、その傷の痛みを少しずつ分けてくれることが有り難かった。穏やかに眠っている良を見ると安心したし、そのために自分の生活に変化が起こることは新鮮で面白くすらあった。
 良がもっと笑って幸せになればいいのに、と思う気持ちは日に日に大きくなって、自分のことはどんどん二の次になっていた。
 ──何なんだろうな、これは。
 良との関係はわからないことばかりで、ただ彼のことを愛しいと感じることだけが確かだった。

 翌朝、裕司が身支度を整えて、家を出る時間が近付いても、案の定良はすうすうと穏やかな寝息を立てていた。
 仕方なく、裕司は良を揺り起こした。まだ半分夢を見ているような、ぼんやりとした黒い瞳が見上げてきた。
「俺もう出るけど……一人で大丈夫か?」
 大丈夫じゃない、と言われたら、予定を変えることもやぶさかではない、と考えている自分を馬鹿だなと思いながら、裕司は良の返答を待つ。
 良はぼんやりしたまま裕司の頭から腰の辺りまで視線を動かして、寝ぼけた聞き取りにくい声で呟いた。
「……スーツとかじゃないんだ……」
 余裕じゃねえか、と裕司はおかしくなって、良の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「テーブルに充電したタブレット置いてあるから、使い方大丈夫だよな? 行ってくるぞ?」
 むう、と良は頭をかき回されたことに不満げな声を漏らしたが、幾度か瞬きして、裕司の腕を引いてきた。
 引かれるままに身を屈めると、良は少しばかり身を起こして、ちゅ、と音を立てて裕司の唇にキスをした。
「……行ってらっしゃい……」
 言うと、良は気が済んだようにまた横になった。裕司は何か言ってやりたかったが、何も思い浮かばなくて、結局、行ってきます、とだけ言って良の頭を撫でてやった。
 つくづくあいつに弱いな、と思いながら、一人でマンションを出てみると、外の喧騒は賑やかで日差しも熱いほどだったのに、何故だか寂しいほどに心細い心地になって、しいて大人の顔を取り繕って歩き出した。

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