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泣きそうな子どもの、その体温も確かな重みも洗ったばかりの髪の匂いも、何もかも裕司にとっては幸福と形容していいもののように思われた。
良は裕司が何も得をしていないように言うが、それはむしろ逆だった。良がこうして腕の中にいてくれることで、裕司がどれだけ満たされているのか、彼は知らないのだろう。
裕司の彼に向ける想いが、親愛や慈愛や労りだけではないことを知っていてもなお、良は裕司を警戒するどころか、自ら触れられたいとすら言ってくる。そのことの意味の大きさを、きっと彼は理解していないのだ。
しがみついてくる大きな子どもの髪に顔を寄せても、首を撫でても、拒もうという気配は毛ほどもなくて、つくづく無防備だと思いながら裕司はその露わなうなじに唇を当てた。
それにはさすがに反応があって、良の少しばかり濡れた瞳が間近に裕司を見たので、そんな目をするなら素直に泣けばいいのにと思って笑うと、甘えるように首に腕を回された。その意味がわかってしまって、裕司は何も言わずに良の薄い唇に口づける。はじめはかさついていた唇も、いつの間にかずいぶんとなめらかに柔らかくなっていた。
ひとしきり唇と舌の感触を堪能してから、裕司は呟く。
「……お前、キス好きだなぁ」
良は言葉では答えずに、黙って唇を押し付けてきた。思わず笑うと、不服そうな目が間近に裕司を見つめてくる。
「そんな顔すんなって……俺もお前とキスするの好きだし……お前が嫌がらないの、すごく嬉しいよ」
そう言うと、良は少しばかりばつの悪そうな顔をして、ぼそりと言った。
「だったらもっとたくさんしてよ」
「足りないのか?」
「全然。……あんた口ばっかりでちっとも手ぇ出してくれないし」
裕司は苦笑する。何故彼は人を誘惑することにかけては遠慮がないのだろうと思った。
「……俺はノンケにも男と経験ないやつにも手ぇ出したことないんだよ」
「……じゃあ、俺で試してみたらいいじゃん」
「試すって……お前な」
いくらか呆れて呟くと、思いの外強い瞳が裕司を見つめてきた。
「俺はずっと言ってるよ、あんたに触ってほしいって。あんたが俺のことそういう目で見てるくせに我慢してるのは、もう俺のためじゃないでしょ」
彼の聡さも若さも眩しくて、裕司はすぐに声が出なかった。
彼の言う通り、裕司はただ一線を越えることに躊躇しているだけで、もはやそこに大層な理由などなかった。何なら、一線を越えるだろうことを知っていながら躊躇っている。なじられても仕方がない程度の、つまらない二の足だった。
「…………こういうのは初めてなんだよ」
若い頃は遊んだこともあったし、夢中になるような恋もした。将来を考えるような真剣な付き合いもあった。しかし、良への想いも良との関係も、そのいずれとも重なることはなくて、裕司は常に手探りだった。
「俺だって初めてだよ……」
不満げな声が呟いた。当たり前の、もとから知っていたはずのことを改めて言われて、何故かそれは裕司の胸にストンと落ちた。
互いに何も知らず、何もわからず、何もかもが初めてで、そしてそれは二人だけの問題だった。それを自覚したとたん、裕司の迷いは良と共有しうるものになった気がした。
「ああ……はは、そうだな」
笑って言うと、良は怪訝そうな顔をした。その頬を撫でて、つまんでやると、良は昼寝を邪魔された猫のように首を振る。
「もう、何」
いくらか機嫌を損ねたらしい声も、良が感情を表すことに躊躇していないのだと思うと愛しさしかなかった。
「お前が、どんなふうに触られるのが好きなのか、知りたくなったんだよ」
良は戸惑った顔をして、そしてまた唇を尖らせた。
「顔つままれるのは好きじゃないよ」
裕司は笑う。そうだよな、と言って、両手で包むように良の顔に触れると、それは嫌がらずに、そうだよ、と言われた。
良との関係は何もかも一から築いてきたのだということを忘れかけていた自分が愚かしくておかしかったし、良が裕司しか見ていないことをもっと素直に喜びたくなって、裕司は良の瞳を覗き込む。
「何もかんも初めてで……俺もわからないことばっかりだから、触って確かめてもいいか?」
良は一瞬驚いたように目を丸くし、また窺うように裕司を見た。
「……俺がほんとに嫌がらないかどうか?」
「それもあるけど、お前が気持ちいいところがどこなのか」
良は種火のような熱を含んだ瞳で裕司を見て、裕司の首に抱きついてきた。
「そんなの、あんたが触ってくれたら全部気持ちいいよ」
良は裕司が何も得をしていないように言うが、それはむしろ逆だった。良がこうして腕の中にいてくれることで、裕司がどれだけ満たされているのか、彼は知らないのだろう。
裕司の彼に向ける想いが、親愛や慈愛や労りだけではないことを知っていてもなお、良は裕司を警戒するどころか、自ら触れられたいとすら言ってくる。そのことの意味の大きさを、きっと彼は理解していないのだ。
しがみついてくる大きな子どもの髪に顔を寄せても、首を撫でても、拒もうという気配は毛ほどもなくて、つくづく無防備だと思いながら裕司はその露わなうなじに唇を当てた。
それにはさすがに反応があって、良の少しばかり濡れた瞳が間近に裕司を見たので、そんな目をするなら素直に泣けばいいのにと思って笑うと、甘えるように首に腕を回された。その意味がわかってしまって、裕司は何も言わずに良の薄い唇に口づける。はじめはかさついていた唇も、いつの間にかずいぶんとなめらかに柔らかくなっていた。
ひとしきり唇と舌の感触を堪能してから、裕司は呟く。
「……お前、キス好きだなぁ」
良は言葉では答えずに、黙って唇を押し付けてきた。思わず笑うと、不服そうな目が間近に裕司を見つめてくる。
「そんな顔すんなって……俺もお前とキスするの好きだし……お前が嫌がらないの、すごく嬉しいよ」
そう言うと、良は少しばかりばつの悪そうな顔をして、ぼそりと言った。
「だったらもっとたくさんしてよ」
「足りないのか?」
「全然。……あんた口ばっかりでちっとも手ぇ出してくれないし」
裕司は苦笑する。何故彼は人を誘惑することにかけては遠慮がないのだろうと思った。
「……俺はノンケにも男と経験ないやつにも手ぇ出したことないんだよ」
「……じゃあ、俺で試してみたらいいじゃん」
「試すって……お前な」
いくらか呆れて呟くと、思いの外強い瞳が裕司を見つめてきた。
「俺はずっと言ってるよ、あんたに触ってほしいって。あんたが俺のことそういう目で見てるくせに我慢してるのは、もう俺のためじゃないでしょ」
彼の聡さも若さも眩しくて、裕司はすぐに声が出なかった。
彼の言う通り、裕司はただ一線を越えることに躊躇しているだけで、もはやそこに大層な理由などなかった。何なら、一線を越えるだろうことを知っていながら躊躇っている。なじられても仕方がない程度の、つまらない二の足だった。
「…………こういうのは初めてなんだよ」
若い頃は遊んだこともあったし、夢中になるような恋もした。将来を考えるような真剣な付き合いもあった。しかし、良への想いも良との関係も、そのいずれとも重なることはなくて、裕司は常に手探りだった。
「俺だって初めてだよ……」
不満げな声が呟いた。当たり前の、もとから知っていたはずのことを改めて言われて、何故かそれは裕司の胸にストンと落ちた。
互いに何も知らず、何もわからず、何もかもが初めてで、そしてそれは二人だけの問題だった。それを自覚したとたん、裕司の迷いは良と共有しうるものになった気がした。
「ああ……はは、そうだな」
笑って言うと、良は怪訝そうな顔をした。その頬を撫でて、つまんでやると、良は昼寝を邪魔された猫のように首を振る。
「もう、何」
いくらか機嫌を損ねたらしい声も、良が感情を表すことに躊躇していないのだと思うと愛しさしかなかった。
「お前が、どんなふうに触られるのが好きなのか、知りたくなったんだよ」
良は戸惑った顔をして、そしてまた唇を尖らせた。
「顔つままれるのは好きじゃないよ」
裕司は笑う。そうだよな、と言って、両手で包むように良の顔に触れると、それは嫌がらずに、そうだよ、と言われた。
良との関係は何もかも一から築いてきたのだということを忘れかけていた自分が愚かしくておかしかったし、良が裕司しか見ていないことをもっと素直に喜びたくなって、裕司は良の瞳を覗き込む。
「何もかんも初めてで……俺もわからないことばっかりだから、触って確かめてもいいか?」
良は一瞬驚いたように目を丸くし、また窺うように裕司を見た。
「……俺がほんとに嫌がらないかどうか?」
「それもあるけど、お前が気持ちいいところがどこなのか」
良は種火のような熱を含んだ瞳で裕司を見て、裕司の首に抱きついてきた。
「そんなの、あんたが触ってくれたら全部気持ちいいよ」
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