43 / 97
43
しおりを挟む
良の食べっぷりを見て、中華で腹一杯になってアイスへの興味を失うのではないかと思ったりもしたが、良は店を出るとすぐに裕司を見て言った。
「ここから一番近いコンビニってどこ?」
若いというのはすごいな、と思いながら、裕司は家とは反対の方に歩き出す。
外はすっかり夜になっていて、紺色のシャツを着た良は、少し離れると暗がりに溶けてしまいそうに見えた。裕司はなにげなくその手を握りかけ、やめた。
良がもっと幼かったら、手をつないでもおかしくなかったのに、と考えたが、自分と彼が家族でも親戚でもないことを思い出して、自分の思考に苦笑する。
コンビニに着いてみると、良が自分の少ない所持金でアイスを買うつもりでいたことがわかって、裕司は少なからず戸惑った。てっきり買ってほしくて自分を誘ったものだとばかり思っていたので、裕司は妙に照れくさくなって、良が文句を言うのを無視して全部まとめて会計した。
コンビニを出た後、良はしばらく膨れていたが、いつかバイトでもして返してくれよと言うと、うん、と頷いて機嫌を直したようだった。
いつか、と簡単に口にしてしまった自分に、それはいつのことだろうと自問する心の声があったが、裕司はそれに答えようもなかった。
良と裕司の関係には何の名前もなかったし、最終的な決定権は自分ではなく良にあった。彼が出て行きたいと望んだなら、裕司にはそれを止める権利はない。
自宅に戻ると、何故か良の方からアイスと風呂とどっちが先がいいかと訊かれたので、深く考えずに風呂と答えたが、なんでこんな所帯じみた会話をしているのだろうと思って、風呂場で一人になってから笑った。
「あーアイスうまい、やばい」
特に笑顔になるでもなく、しかしアイスと一緒に溶けそうな顔をしてスプーンを口に運ぶ良を眺めて、こいつはいつからこんなに面白い生き物になったのだろう、と裕司は思う。
日頃十代の若者と親しむ機会などそうないから、良が特別なのかそうでないのか、よくわからなくなっていた。
「なんか……幸せそうだなぁ、お前」
思ったままを口にすると、良は一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐにもとの表情に戻って言った。
「だっておいしいよ、アイス」
「そりゃよかった」
なんとなくつられて幸せな気分になりながら、良に対して幸せそうだなどと思ったのは初めてなのではないかと、遅ればせに気が付いた。
百円か二百円か知らないが、そんなものでこんなに喜ぶなら、もっと早く教えてくれればよかったのに、と思い、一方で今だからこれほどあけすけに喜んでくれているのかもしれない、とも考えて、結局裕司はそれ以上何も言えなかった。
「おいしかったーごちそうさま」
すっかり空になった容器を前に、良は手足を伸ばしていかにも満足そうだった。
ずっとこんなふうに、何の悩みもないような様子でいてくれたらいいのに、と思った矢先に、良は唐突に切り出した。
「ねえ、俺の親の話、ほんとにしていいの?」
裕司は良の顔を見る。特に思いつめた様子も、緊張した様子もなかった。
「……そんなに俺が嫌がりそうな話なのか?」
訊いてみると、良は目を伏せて、やや声の調子を落とした。
「……よくわかんない。なんか、楽しくないし、普通じゃないんだろうなってのは思うけど、そんな、ニュースとかで見るようなひどいことがあったわけじゃないし……」
裕司は、彼の時折見せる、主観と客観の境界で迷子になっているような気配をここでも感じた。自分の問題の置き場がなくて、一人で抱えたままぽつねんと立ち尽くしている、そんなイメージがあった。
「でも、俺に知っててほしいんだろ?」
確かめるように訊くと、はっきりと頷いた。そこに迷いがないことに安心して、裕司は微笑む。
「じゃあ、教えてくれよ。俺も知りたい」
「……でも、どこから話したらいいのかも正直わかんなくて……。……あんたは、俺が家出た理由が知りたかったんだっけ?」
「まあ……そうだなぁ。それはやっぱり気にはなるよ」
会話をしながら、良が平静であることが裕司には感慨深かった。よく寝て、よく食べて、人間らしい暮らしをする空間を失うことを恐れていない。その当たり前の心境を彼が得られたなら、それは裕司にとって喜ばしいことだった。
「理由……うん、そうだね……」
静かな目で、静かな声で、良はかつての暮らしについて語り始めた。
「ここから一番近いコンビニってどこ?」
若いというのはすごいな、と思いながら、裕司は家とは反対の方に歩き出す。
外はすっかり夜になっていて、紺色のシャツを着た良は、少し離れると暗がりに溶けてしまいそうに見えた。裕司はなにげなくその手を握りかけ、やめた。
良がもっと幼かったら、手をつないでもおかしくなかったのに、と考えたが、自分と彼が家族でも親戚でもないことを思い出して、自分の思考に苦笑する。
コンビニに着いてみると、良が自分の少ない所持金でアイスを買うつもりでいたことがわかって、裕司は少なからず戸惑った。てっきり買ってほしくて自分を誘ったものだとばかり思っていたので、裕司は妙に照れくさくなって、良が文句を言うのを無視して全部まとめて会計した。
コンビニを出た後、良はしばらく膨れていたが、いつかバイトでもして返してくれよと言うと、うん、と頷いて機嫌を直したようだった。
いつか、と簡単に口にしてしまった自分に、それはいつのことだろうと自問する心の声があったが、裕司はそれに答えようもなかった。
良と裕司の関係には何の名前もなかったし、最終的な決定権は自分ではなく良にあった。彼が出て行きたいと望んだなら、裕司にはそれを止める権利はない。
自宅に戻ると、何故か良の方からアイスと風呂とどっちが先がいいかと訊かれたので、深く考えずに風呂と答えたが、なんでこんな所帯じみた会話をしているのだろうと思って、風呂場で一人になってから笑った。
「あーアイスうまい、やばい」
特に笑顔になるでもなく、しかしアイスと一緒に溶けそうな顔をしてスプーンを口に運ぶ良を眺めて、こいつはいつからこんなに面白い生き物になったのだろう、と裕司は思う。
日頃十代の若者と親しむ機会などそうないから、良が特別なのかそうでないのか、よくわからなくなっていた。
「なんか……幸せそうだなぁ、お前」
思ったままを口にすると、良は一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐにもとの表情に戻って言った。
「だっておいしいよ、アイス」
「そりゃよかった」
なんとなくつられて幸せな気分になりながら、良に対して幸せそうだなどと思ったのは初めてなのではないかと、遅ればせに気が付いた。
百円か二百円か知らないが、そんなものでこんなに喜ぶなら、もっと早く教えてくれればよかったのに、と思い、一方で今だからこれほどあけすけに喜んでくれているのかもしれない、とも考えて、結局裕司はそれ以上何も言えなかった。
「おいしかったーごちそうさま」
すっかり空になった容器を前に、良は手足を伸ばしていかにも満足そうだった。
ずっとこんなふうに、何の悩みもないような様子でいてくれたらいいのに、と思った矢先に、良は唐突に切り出した。
「ねえ、俺の親の話、ほんとにしていいの?」
裕司は良の顔を見る。特に思いつめた様子も、緊張した様子もなかった。
「……そんなに俺が嫌がりそうな話なのか?」
訊いてみると、良は目を伏せて、やや声の調子を落とした。
「……よくわかんない。なんか、楽しくないし、普通じゃないんだろうなってのは思うけど、そんな、ニュースとかで見るようなひどいことがあったわけじゃないし……」
裕司は、彼の時折見せる、主観と客観の境界で迷子になっているような気配をここでも感じた。自分の問題の置き場がなくて、一人で抱えたままぽつねんと立ち尽くしている、そんなイメージがあった。
「でも、俺に知っててほしいんだろ?」
確かめるように訊くと、はっきりと頷いた。そこに迷いがないことに安心して、裕司は微笑む。
「じゃあ、教えてくれよ。俺も知りたい」
「……でも、どこから話したらいいのかも正直わかんなくて……。……あんたは、俺が家出た理由が知りたかったんだっけ?」
「まあ……そうだなぁ。それはやっぱり気にはなるよ」
会話をしながら、良が平静であることが裕司には感慨深かった。よく寝て、よく食べて、人間らしい暮らしをする空間を失うことを恐れていない。その当たり前の心境を彼が得られたなら、それは裕司にとって喜ばしいことだった。
「理由……うん、そうだね……」
静かな目で、静かな声で、良はかつての暮らしについて語り始めた。
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
山本さんのお兄さん〜同級生女子の兄にレ×プされ気に入られてしまうDCの話〜
ルシーアンナ
BL
同級生女子の兄にレイプされ、気に入られてしまう男子中学生の話。
高校生×中学生。
1年ほど前に別名義で書いたのを手直ししたものです。
潜入した僕、専属メイドとしてラブラブセックスしまくる話
ずー子
BL
敵陣にスパイ潜入した美少年がそのままボスに気に入られて女装でラブラブセックスしまくる話です。冒頭とエピローグだけ載せました。
悪のイケオジ×スパイ美少年。魔王×勇者がお好きな方は多分好きだと思います。女装シーン書くのとっても楽しかったです。可愛い男の娘、最強。
本編気になる方はPixivのページをチェックしてみてくださいませ!
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21381209
とろけてなくなる
瀬楽英津子
BL
ヤクザの車を傷を付けた櫻井雅(さくらいみやび)十八歳は、多額の借金を背負わされ、ゲイ風俗で働かされることになってしまった。
連れて行かれたのは教育係の逢坂英二(おうさかえいじ)の自宅マンション。
雅はそこで、逢坂英二(おうさかえいじ)に性技を教わることになるが、逢坂英二(おうさかえいじ)は、ガサツで乱暴な男だった。
無骨なヤクザ×ドライな少年。
歳の差。
少年ペット契約
眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。
↑上記作品を知らなくても読めます。
小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。
趣味は布団でゴロゴロする事。
ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。
文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。
文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。
文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。
三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。
文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。
※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。
※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。
出産は一番の快楽
及川雨音
BL
出産するのが快感の出産フェチな両性具有総受け話。
とにかく出産が好きすぎて出産出産言いまくってます。出産がゲシュタルト崩壊気味。
【注意事項】
*受けは出産したいだけなので、相手や産まれた子どもに興味はないです。
*寝取られ(NTR)属性持ち攻め有りの複数ヤンデレ攻め
*倫理観・道徳観・貞操観が皆無、不謹慎注意
*軽く出産シーン有り
*ボテ腹、母乳、アクメ、授乳、女性器、おっぱい描写有り
続編)
*近親相姦・母子相姦要素有り
*奇形発言注意
*カニバリズム発言有り
好色サラリーマンは外国人社長のビックサンを咥えてしゃぶって吸って搾りつくす
ルルオカ
BL
大手との契約が切られそうでピンチな工場。
新しく就任した外国人社長と交渉すべく、なぜか事務員の俺がついれていかれて「ビッチなサラリーマン」として駆け引きを・・・?
BL短編集「好色サラリーマン」のおまけの小説です。R18。
元の小説は電子書籍で販売中。
詳細を知れるブログのリンクは↓にあります。
【完結】塩対応の同室騎士は言葉が足らない
ゆうきぼし/優輝星
BL
騎士団養成の寄宿学校に通うアルベルトは幼いころのトラウマで閉所恐怖症の発作を抱えていた。やっと広い二人部屋に移動になるが同室のサミュエルは塩対応だった。実はサミュエルは継承争いで義母から命を狙われていたのだ。サミュエルは無口で無表情だがアルベルトの優しさにふれ少しづつ二人に変化が訪れる。
元のあらすじは塩彼氏アンソロ(2022年8月)寄稿作品です。公開終了後、大幅改稿+書き下ろし。
無口俺様攻め×美形世話好き
*マークがついた回には性的描写が含まれます。表紙はpome村さま
他サイトも転載してます。
僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした
なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。
「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」
高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。
そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに…
その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。
ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。
かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで…
ハッピーエンドです。
R18の場面には※をつけます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる