少年が気持ちよくなる方法

三木

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 良の食べっぷりを見て、中華で腹一杯になってアイスへの興味を失うのではないかと思ったりもしたが、良は店を出るとすぐに裕司を見て言った。
「ここから一番近いコンビニってどこ?」
 若いというのはすごいな、と思いながら、裕司は家とは反対の方に歩き出す。
 外はすっかり夜になっていて、紺色のシャツを着た良は、少し離れると暗がりに溶けてしまいそうに見えた。裕司はなにげなくその手を握りかけ、やめた。
 良がもっと幼かったら、手をつないでもおかしくなかったのに、と考えたが、自分と彼が家族でも親戚でもないことを思い出して、自分の思考に苦笑する。
 コンビニに着いてみると、良が自分の少ない所持金でアイスを買うつもりでいたことがわかって、裕司は少なからず戸惑った。てっきり買ってほしくて自分を誘ったものだとばかり思っていたので、裕司は妙に照れくさくなって、良が文句を言うのを無視して全部まとめて会計した。
 コンビニを出た後、良はしばらく膨れていたが、いつかバイトでもして返してくれよと言うと、うん、と頷いて機嫌を直したようだった。
 いつか、と簡単に口にしてしまった自分に、それはいつのことだろうと自問する心の声があったが、裕司はそれに答えようもなかった。
 良と裕司の関係には何の名前もなかったし、最終的な決定権は自分ではなく良にあった。彼が出て行きたいと望んだなら、裕司にはそれを止める権利はない。
 自宅に戻ると、何故か良の方からアイスと風呂とどっちが先がいいかと訊かれたので、深く考えずに風呂と答えたが、なんでこんな所帯じみた会話をしているのだろうと思って、風呂場で一人になってから笑った。

「あーアイスうまい、やばい」
 特に笑顔になるでもなく、しかしアイスと一緒に溶けそうな顔をしてスプーンを口に運ぶ良を眺めて、こいつはいつからこんなに面白い生き物になったのだろう、と裕司は思う。
 日頃十代の若者と親しむ機会などそうないから、良が特別なのかそうでないのか、よくわからなくなっていた。
「なんか……幸せそうだなぁ、お前」
 思ったままを口にすると、良は一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐにもとの表情に戻って言った。
「だっておいしいよ、アイス」
「そりゃよかった」
 なんとなくつられて幸せな気分になりながら、良に対して幸せそうだなどと思ったのは初めてなのではないかと、遅ればせに気が付いた。
 百円か二百円か知らないが、そんなものでこんなに喜ぶなら、もっと早く教えてくれればよかったのに、と思い、一方で今だからこれほどあけすけに喜んでくれているのかもしれない、とも考えて、結局裕司はそれ以上何も言えなかった。
「おいしかったーごちそうさま」
 すっかり空になった容器を前に、良は手足を伸ばしていかにも満足そうだった。
 ずっとこんなふうに、何の悩みもないような様子でいてくれたらいいのに、と思った矢先に、良は唐突に切り出した。
「ねえ、俺の親の話、ほんとにしていいの?」
 裕司は良の顔を見る。特に思いつめた様子も、緊張した様子もなかった。
「……そんなに俺が嫌がりそうな話なのか?」
 訊いてみると、良は目を伏せて、やや声の調子を落とした。
「……よくわかんない。なんか、楽しくないし、普通じゃないんだろうなってのは思うけど、そんな、ニュースとかで見るようなひどいことがあったわけじゃないし……」
 裕司は、彼の時折見せる、主観と客観の境界で迷子になっているような気配をここでも感じた。自分の問題の置き場がなくて、一人で抱えたままぽつねんと立ち尽くしている、そんなイメージがあった。
「でも、俺に知っててほしいんだろ?」
 確かめるように訊くと、はっきりと頷いた。そこに迷いがないことに安心して、裕司は微笑む。
「じゃあ、教えてくれよ。俺も知りたい」
「……でも、どこから話したらいいのかも正直わかんなくて……。……あんたは、俺が家出た理由が知りたかったんだっけ?」
「まあ……そうだなぁ。それはやっぱり気にはなるよ」
 会話をしながら、良が平静であることが裕司には感慨深かった。よく寝て、よく食べて、人間らしい暮らしをする空間を失うことを恐れていない。その当たり前の心境を彼が得られたなら、それは裕司にとって喜ばしいことだった。
「理由……うん、そうだね……」
 静かな目で、静かな声で、良はかつての暮らしについて語り始めた。

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