少年が気持ちよくなる方法

三木

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 リョウは昼過ぎまで寝て、起きたときにはずいぶんすっきりとした顔をしていた。
 朝起きて食事をしたことを覚えているのだろうかと思って訊いてみると、何を当たり前のことをと言わんばかりの顔をされた。裕司はそれに若干の理不尽を感じはしたものの、リョウがしっかりとした目で応答してくれることへの安堵の方が大きかった。
「……なあ、思ったんだけどさ」
 裕司はリョウの隣に腰を下ろして、言った。
「お前、朝起きれないなら、無理に起きなくていいんじゃないか」
 聞いていたリョウの目が、いくらか険しくなったような気がした。裕司はそこに、警戒心に似たものを見る。
 裕司という人間を警戒しているわけではないことは、もう知っていた。それはたぶん、何かへの恐れの裏返しだ。
「……寝てるのが嫌なんじゃなくて、俺が先に起きて出てくのが嫌なんだよな?」
 リョウは視線を落とした。その顔は強情な子どものそれによく似ていた。
「リョウ」
 いつの間にか拳を握っていたリョウの手に触れる。さっきまで寝ていたはずなのに、その手はひやりと冷たかった。
「……何」
「なんか、言いたくねえことがあるんだろうなってのはわかるよ。わけまでは無理に聞かねえから、俺が誤解してないかどうかだけ、教えてくれ」
 裕司の言葉に、リョウはどこか痛むような顔をして、硬い声で言った。
「……俺が、寝てる間に……知らない間に、あんたが起きて……何か……してるのが、嫌だ……」
 その言葉は拙かったけれど、彼が勇気を出して告白してくれた言葉だと感じた。きっと彼は、今、ひどく何かを恐れている。そういう時に、本当のことを言うのは、とても勇気の要ることに違いなかった。
「うん……そっか」
 裕司はリョウの手を握る。少し緩んだ拳からも、戸惑いが感じられた。
「でも、リビングで寝てたときは、俺が仕事したり家事したりしてても、そんなに気にならなかったんじゃないか?」
 リョウは答えなかった。裕司はリョウの顔を覗いてみる。
「な、どうだ? 別にそれがおかしいとか、そんなこと言う気はねえよ。ただ、お前のことで、俺にわからないことは、お前に訊くしかないからさ……教えてくれないか」
 な、ともう一度語りかけて、リョウのまだ温かくならない手の甲を撫でた。
「…………そういうの、めんどくさくないの」
「え?」
 訊き返すと、リョウは裕司の手から逃れるように手を引いてしまった。その顔が今にも泣き出しそうで、裕司は驚く。
「……ごめん、違……違くて……俺……」
 言いながら、リョウは顔を隠してしまう。
「リョウ」
 裕司はリョウの肩に触れる。何かにひどく追い詰められたリョウの様子が痛々しくて、その原因は自分なのかもしれないとも思いながら、それでも放ってはおけなかった。
「ごめんな、俺も訊き方が悪かったな」
「違う…………あんたは、悪くない……」
 両腕に顔を埋めるようにしながら、呻くようにリョウは言った。
 そんなに自分を傷付けるな、と言ってやりたかったが、リョウの傷口に触れるのが怖かった。
 裕司はそっとその肩を抱き寄せる。若者らしい骨ばった感触の肩を包んで、何かに怯えている頭をゆっくりと撫でた。
「……俺は、お前が苦しくないやり方があるんじゃないかって、考えたかっただけだよ……」
 リョウが恐れているのは、リョウの過去の何かだろうと思う。過去のはずなのに、リョウにとってはまだ過去になりきれていない何か。
 そんなものはここにはないと伝えたかったが、そうするための言葉が何も浮かばなかった。
 リョウに寄り添っているうちに、リョウの手が探るように、遠慮がちに裕司の腕に添えられた。それが引き剥がしたいからではなく、すがりたいからだと察して、裕司はリョウを抱く腕に力をこめる。すると、リョウの手もまた強くすがりついてきた。
 やはり彼は怯えた傷だらけの子どもだ。触れ方を間違えると、すぐに痛みを思い出させてしまう。
「……だめだったら、今じゃなくても、今日じゃなくてもいいから、言ってほしいんだけどな、……朝、ちゃんとお前のことも起こすからさ、リビングとか、俺の近くで寝てたらいいんじゃないか。寝る場所移動するぐらいなら、そこまでしんどくないだろ。お前静かだから、仕事部屋でもいいよ。お前が不安じゃないところでさ、ゆっくり寝てろよ」
 提案そのものよりも、リョウを労りたい気持ちが少しでも伝わればいいと思って、裕司はリョウの背中を、肩を、ゆっくりと撫でる。
 ややあって、押し殺した声で、ありがとう、と呟くのが聞こえた。

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