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翌日リョウは昼まで起きてこなかった。
裕司は朝に一度様子を見に行ったが、穏やかな顔をして静かな寝息を立てていたので、無理に起こす必要もないとそっと部屋を出た。
疲れていたのだろうと思う。
当然だ。その日寝る場所もないという不安が如何ほどのものか、裕司は経験したことがないが、そんな状況で疲れないはずがない。
その上に知らぬ家で知らぬ男と二人きりになって、気疲れもしただろう。
警戒心の強い様子を見て、寝床を与えたところで眠れないのではないかとも思ったが、よく寝入っていたようで安心した。
結局リョウが起きてきたのは、裕司が昼食の支度をしているときだった。
バタバタとやけに慌てた足音が聞こえてきたと思ったら、台所にリョウが顔を出した。
「おお、おはよう。よく寝てたな」
「あ……え……」
リョウは呆気にとられたような顔をして、丸い目で裕司を見ていた。
「腹減ったろ。一緒に食うか? ありあわせだけどな」
「あ……うん……」
リョウは寝癖を撫でながら、頷いた。
食事の間、リョウは心ここにあらずといったふうで、ほとんど何も言わなかった。
それでも食欲はあったようで、出したものは完食した。
「俺はまだ仕事があるから部屋にいるけど、何かあったら呼んでくれ。テレビとかその辺の本とか、好きに見てていいから」
「……うん」
「外に出てもいいが、オートロックだから部屋番号忘れると戻れなくなるからな。できたら出るときは言ってくれ」
「いや……ここにいる」
「……そっか」
じゃあ、と裕司はリビングにリョウを残して部屋に戻った。
少しして洗面台を使う音や、リョウを寝かせた客間の戸の開閉する音がして、久しぶりに人の生活音を聞いたな、と思った。
裕司の地元はたいへんな田舎で、住民はみな顔見知りだった。他人との緊密すぎる距離感が嫌で、一人で都会に出てきてずっと一人で暮らしている。
人が嫌いなわけではない。現に、こうして生活空間の中にリョウが入ってきてもどうということもない。
ただ、不特定多数の人間にプライベートの共有を強いられたり、自分の空間と外との境界線が曖昧なのはひどく居心地が悪かった。
それなら一人でいた方がずっと楽だ。
裕司にとってリョウは異物ではあったが、不快ではなかった。リョウにとって自分がどうなのかはまだわからない。
わからないまま終わるのかもしれないし、そうでないのかもしれない。
そんな思考は、仕事の作業をしているうちにいつの間にか途切れた。
作業がひと段落して部屋を出てみると、リビングでリョウがソファの座面を枕にして寝ていた。
まだ寝足りなかったのか、と思いながら、あまり楽な姿勢ではないように見えたので、肩を揺すって声をかけた。
「おい、寝るならせめて横になって……」
リョウはすぐに目を開けたものの、まだ眠いのか眩しいのか顔をしかめて突っ伏してしまった。
「なあ、おい……リョウ」
うう、と眠い子どもがぐずるような声がくぐもって聞こえたが、おもむろにリョウは顔を上げて目をこすった。
「……仕事終わったの」
「え? ああ、急ぎの分はな」
そう、と呟いて、リョウはあくびをする。
「…………喉渇いた」
言って、立ち上がろうとした足がふらつくのを見て、裕司は先に台所へ向かった。
「座ってろ。水でいいか?」
リョウが頷くのを確かめて、浄水器の水をグラスに注ぐ。介護だか看護だかしているような気分だった。
グラスを渡してやると、リョウはほとんど一気に飲み干して、グラスをテーブルの上に置いた。
「……ありがとう」
裕司は思わず、じっとリョウの顔を見た。
こんなに素直に礼を言うやつだったのか、と驚いている自分に気付き、そしてそれを失礼だとも思って、目を逸らした。
「どういたしまして。もういいのか?」
リョウは黙って頷いた。そうか、と答えたが、次の言葉が続かなかった。
沈黙が流れ、何か言おうとしたことがあったような気がすると思いながら、それが形を成さないことに自分で焦れた。裕司が悩んでいるうちに、リョウの方が先に口を開いた。
「今、時間いいの」
「え?」
「話してもいいのかと思って」
ああ、と裕司は首を縦に振った。そして自分の動きが大げさだったような気がして、勝手に気まずくなった。
リョウはまだどこか眠たげな、はっきりとしない目をして、言った。
「どうして俺とセックスしようと思うの」
裕司は朝に一度様子を見に行ったが、穏やかな顔をして静かな寝息を立てていたので、無理に起こす必要もないとそっと部屋を出た。
疲れていたのだろうと思う。
当然だ。その日寝る場所もないという不安が如何ほどのものか、裕司は経験したことがないが、そんな状況で疲れないはずがない。
その上に知らぬ家で知らぬ男と二人きりになって、気疲れもしただろう。
警戒心の強い様子を見て、寝床を与えたところで眠れないのではないかとも思ったが、よく寝入っていたようで安心した。
結局リョウが起きてきたのは、裕司が昼食の支度をしているときだった。
バタバタとやけに慌てた足音が聞こえてきたと思ったら、台所にリョウが顔を出した。
「おお、おはよう。よく寝てたな」
「あ……え……」
リョウは呆気にとられたような顔をして、丸い目で裕司を見ていた。
「腹減ったろ。一緒に食うか? ありあわせだけどな」
「あ……うん……」
リョウは寝癖を撫でながら、頷いた。
食事の間、リョウは心ここにあらずといったふうで、ほとんど何も言わなかった。
それでも食欲はあったようで、出したものは完食した。
「俺はまだ仕事があるから部屋にいるけど、何かあったら呼んでくれ。テレビとかその辺の本とか、好きに見てていいから」
「……うん」
「外に出てもいいが、オートロックだから部屋番号忘れると戻れなくなるからな。できたら出るときは言ってくれ」
「いや……ここにいる」
「……そっか」
じゃあ、と裕司はリビングにリョウを残して部屋に戻った。
少しして洗面台を使う音や、リョウを寝かせた客間の戸の開閉する音がして、久しぶりに人の生活音を聞いたな、と思った。
裕司の地元はたいへんな田舎で、住民はみな顔見知りだった。他人との緊密すぎる距離感が嫌で、一人で都会に出てきてずっと一人で暮らしている。
人が嫌いなわけではない。現に、こうして生活空間の中にリョウが入ってきてもどうということもない。
ただ、不特定多数の人間にプライベートの共有を強いられたり、自分の空間と外との境界線が曖昧なのはひどく居心地が悪かった。
それなら一人でいた方がずっと楽だ。
裕司にとってリョウは異物ではあったが、不快ではなかった。リョウにとって自分がどうなのかはまだわからない。
わからないまま終わるのかもしれないし、そうでないのかもしれない。
そんな思考は、仕事の作業をしているうちにいつの間にか途切れた。
作業がひと段落して部屋を出てみると、リビングでリョウがソファの座面を枕にして寝ていた。
まだ寝足りなかったのか、と思いながら、あまり楽な姿勢ではないように見えたので、肩を揺すって声をかけた。
「おい、寝るならせめて横になって……」
リョウはすぐに目を開けたものの、まだ眠いのか眩しいのか顔をしかめて突っ伏してしまった。
「なあ、おい……リョウ」
うう、と眠い子どもがぐずるような声がくぐもって聞こえたが、おもむろにリョウは顔を上げて目をこすった。
「……仕事終わったの」
「え? ああ、急ぎの分はな」
そう、と呟いて、リョウはあくびをする。
「…………喉渇いた」
言って、立ち上がろうとした足がふらつくのを見て、裕司は先に台所へ向かった。
「座ってろ。水でいいか?」
リョウが頷くのを確かめて、浄水器の水をグラスに注ぐ。介護だか看護だかしているような気分だった。
グラスを渡してやると、リョウはほとんど一気に飲み干して、グラスをテーブルの上に置いた。
「……ありがとう」
裕司は思わず、じっとリョウの顔を見た。
こんなに素直に礼を言うやつだったのか、と驚いている自分に気付き、そしてそれを失礼だとも思って、目を逸らした。
「どういたしまして。もういいのか?」
リョウは黙って頷いた。そうか、と答えたが、次の言葉が続かなかった。
沈黙が流れ、何か言おうとしたことがあったような気がすると思いながら、それが形を成さないことに自分で焦れた。裕司が悩んでいるうちに、リョウの方が先に口を開いた。
「今、時間いいの」
「え?」
「話してもいいのかと思って」
ああ、と裕司は首を縦に振った。そして自分の動きが大げさだったような気がして、勝手に気まずくなった。
リョウはまだどこか眠たげな、はっきりとしない目をして、言った。
「どうして俺とセックスしようと思うの」
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