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第20話 鍋奉行には108の煩悩がある
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明日は日本国でいうところの【大晦日】という日らしい。
108の煩悩とやらを消し去り、綺麗な心で新しい年を迎えるというものなのだとか。
私、ボスは最近のトラブル続きに頭を悩ませているのだが、この【大晦日】を上手く利用して団結を計りたいと考えている。
そこで、夕食会で提案を行ってみた。
「明日の日本は大晦日といって、1年最後の年になるのだそうだ。そこで我々もパーティのようなものを行って節目としたいと思うのだが、どうだろうか」
「オヤジ、それいいな!私は酒が飲めれば大歓迎だぜ」
早速、サクラが食いついてきた。
うん、私は特に君の煩悩を全て消し去りたいのだよ。今年一番のトラブルメーカーだったよね?
「ボス氏、俺に提案があります」
さっと手を上げて名乗り出たのはイチロー君だ。
若干不安ではあるが、とりあえず聞いてみるとしようか。
「日本流の鍋パーティを行うのはどうでしょうか。皆で同じ鍋を囲みながら今年の反省や来年の抱負を語り合うんです」
なんと!イチロー君が珍しくまともな事を言っている……。
しかも、まさに私が求めているものではないか。
「それはいいアイディアだね。イチロー君に全ての仕切りを任せてもいいのかな?」
「もちろんです。俺に任せてください!皆に美味しい鍋をご馳走するので楽しみにしていてください」
そう言って、楽しそうに食堂を去っていくイチロー君。珍しく頼もしいじゃないか!
明日は良い夕食になりそうだ。
――
翌日、食堂に入るとイチロー君が準備をしていた。
鍋は2つ置かれていて、その脇に肉や野菜などの具材が置かれている。
席は鍋Aがサクラ、ハカセ、ナカマツ、鍋Bはカトー、エディ、そして私と分かれて用意されている。大食いのサクラに少食のハカセとナカマツを組ませるあたり、なかなか考えている。
イチロー君は間に座って、両方の鍋を監視するつもりなのだそう。
仲間が次々と食堂にやってきて、ようやく全員揃った頃にイチロー君が挨拶を始めた。
「え~皆さん。今日は俺が鍋奉行を勤めます。美味しい鍋をご馳走しますので楽しんでいってください!」
拍手がイチロー君を包み込む。
嬉しそうな笑顔を浮かべながら、さらに挨拶は続く。
「今年1年お疲れ様でした!来年もいい年になれるよう頑張りましょう。カンパーイ!」
『カンパーイ!』
「よし、じゃあそろそろ食べようぜ~」
そう言って、サクラ君が鍋の蓋に手をかけた……。
「サクラ!ちょっと待て!」
食堂は沈黙に包まれた。
あの温和なイチロー君がサクラ君を大声で怒鳴りつけたからだ。
普段だとありえない光景に理解が全く追いつかない。
「え?」
固まるサクラ君。
彼女は普段から乱暴な言葉づかいなのだが、自分が言われる事には慣れていないようだ。
「鍋の穴から湯気が出るまでは蓋は取ったらダメだ!今じっくりと出汁をとっているところなんだよ!」
イチロー君の勢いに圧倒され、何も言えずに鍋の穴を注目する私達。
楽しいはずの鍋パーティーはまさかの展開で始まってしまった。
「よし、もう大丈夫だ。蓋を取って、出汁用昆布を回収だ!」
「え?これは食べないの?というか、出汁って何よ?」
サクラ君が立て続けに質問をする。
うん、私も全く分からないな。
「食べようと思えば食べることはできるけど、このまま煮ると『えぐ味』が出てしまうんだ。だから沸騰したら回収する。出汁ってのは旨味の元となるアミノ酸で、この昆布からはグルタミン酸がよくとれるんだ。他にも肉類からはイノシン酸、しいたけからはグアニル酸、貝類からはコハク酸などがとれる。これらは単体でも美味しいんだけど、複数合わさると相乗効果で旨味が強くなるんだよ。つまり……鍋はアミノ酸の宝石箱なのさ!」
得意げに解説をするイチロー君だが、皆お腹が減っているのでどうでもいいという感じで聞き流していた。
唯一ハカセだけが喜んでメモを取っていた。さすが科学マニアだ。
「つまり、この鍋は単なるごった煮ではなく、最高の美味しさになるように計算されているということかしら?」
「さすがハカセ。そういうことだ。今日は鍋奉行の俺が完璧に仕切って、最高の鍋を作るんだ!」
「あのさ~、その鍋奉行って一体なんなのよ?早く食べたいんだけど……」
「最高の鍋を作るために、具材を入れる順番から食べる順番まで指示する役割のことさ。他にも灰汁を掬う【灰汁代官】というのもあるぞ」
あ、これ何か言われるやつだな……。
「ぎゃはは、【灰汁代官】!ボスがやるしかないだろ~悪人顔なんだし!」
ほら、やっぱり言いやがった!
くそう、みんな大爆笑しやがって。
「サクラ!外見いじりはダメだとあれほど言ってるでしょ」
「オヤジ!固いこというなよ~。今日は大晦日なんだからさ、無礼講なんだろ?」
「そんなことより、鍋に具材を入れていくよ。最初は出汁が出るものから入れるのが基本だ。鶏の骨付き肉、しいたけ、ホタテ、長ネギは緑の部分から入れるぞ……」
私とサクラ君のやりとりを【そんなこと】扱いしつつ、テキパキと具材を鍋に投入していくイチロー君。
もう一方の鍋はカトー君が入れていたのだが……。
「カトー!豆腐はまだ早い!しらたきも出汁が出るまでの辛抱だ!」
早速注意されて、大人しくなっている。
そう言えばイチロー君は名前を呼ぶときに【氏】を付けるクセがあるのだが、さっきから呼び捨てになっているな……。
これはもしかして……鍋を前にすると人格が変わるヤツなのか!?
だとすると、私はとんでもない過ちを犯してしまったのではないか?
こうして大晦日の夜は更けてゆく……。
108の煩悩とやらを消し去り、綺麗な心で新しい年を迎えるというものなのだとか。
私、ボスは最近のトラブル続きに頭を悩ませているのだが、この【大晦日】を上手く利用して団結を計りたいと考えている。
そこで、夕食会で提案を行ってみた。
「明日の日本は大晦日といって、1年最後の年になるのだそうだ。そこで我々もパーティのようなものを行って節目としたいと思うのだが、どうだろうか」
「オヤジ、それいいな!私は酒が飲めれば大歓迎だぜ」
早速、サクラが食いついてきた。
うん、私は特に君の煩悩を全て消し去りたいのだよ。今年一番のトラブルメーカーだったよね?
「ボス氏、俺に提案があります」
さっと手を上げて名乗り出たのはイチロー君だ。
若干不安ではあるが、とりあえず聞いてみるとしようか。
「日本流の鍋パーティを行うのはどうでしょうか。皆で同じ鍋を囲みながら今年の反省や来年の抱負を語り合うんです」
なんと!イチロー君が珍しくまともな事を言っている……。
しかも、まさに私が求めているものではないか。
「それはいいアイディアだね。イチロー君に全ての仕切りを任せてもいいのかな?」
「もちろんです。俺に任せてください!皆に美味しい鍋をご馳走するので楽しみにしていてください」
そう言って、楽しそうに食堂を去っていくイチロー君。珍しく頼もしいじゃないか!
明日は良い夕食になりそうだ。
――
翌日、食堂に入るとイチロー君が準備をしていた。
鍋は2つ置かれていて、その脇に肉や野菜などの具材が置かれている。
席は鍋Aがサクラ、ハカセ、ナカマツ、鍋Bはカトー、エディ、そして私と分かれて用意されている。大食いのサクラに少食のハカセとナカマツを組ませるあたり、なかなか考えている。
イチロー君は間に座って、両方の鍋を監視するつもりなのだそう。
仲間が次々と食堂にやってきて、ようやく全員揃った頃にイチロー君が挨拶を始めた。
「え~皆さん。今日は俺が鍋奉行を勤めます。美味しい鍋をご馳走しますので楽しんでいってください!」
拍手がイチロー君を包み込む。
嬉しそうな笑顔を浮かべながら、さらに挨拶は続く。
「今年1年お疲れ様でした!来年もいい年になれるよう頑張りましょう。カンパーイ!」
『カンパーイ!』
「よし、じゃあそろそろ食べようぜ~」
そう言って、サクラ君が鍋の蓋に手をかけた……。
「サクラ!ちょっと待て!」
食堂は沈黙に包まれた。
あの温和なイチロー君がサクラ君を大声で怒鳴りつけたからだ。
普段だとありえない光景に理解が全く追いつかない。
「え?」
固まるサクラ君。
彼女は普段から乱暴な言葉づかいなのだが、自分が言われる事には慣れていないようだ。
「鍋の穴から湯気が出るまでは蓋は取ったらダメだ!今じっくりと出汁をとっているところなんだよ!」
イチロー君の勢いに圧倒され、何も言えずに鍋の穴を注目する私達。
楽しいはずの鍋パーティーはまさかの展開で始まってしまった。
「よし、もう大丈夫だ。蓋を取って、出汁用昆布を回収だ!」
「え?これは食べないの?というか、出汁って何よ?」
サクラ君が立て続けに質問をする。
うん、私も全く分からないな。
「食べようと思えば食べることはできるけど、このまま煮ると『えぐ味』が出てしまうんだ。だから沸騰したら回収する。出汁ってのは旨味の元となるアミノ酸で、この昆布からはグルタミン酸がよくとれるんだ。他にも肉類からはイノシン酸、しいたけからはグアニル酸、貝類からはコハク酸などがとれる。これらは単体でも美味しいんだけど、複数合わさると相乗効果で旨味が強くなるんだよ。つまり……鍋はアミノ酸の宝石箱なのさ!」
得意げに解説をするイチロー君だが、皆お腹が減っているのでどうでもいいという感じで聞き流していた。
唯一ハカセだけが喜んでメモを取っていた。さすが科学マニアだ。
「つまり、この鍋は単なるごった煮ではなく、最高の美味しさになるように計算されているということかしら?」
「さすがハカセ。そういうことだ。今日は鍋奉行の俺が完璧に仕切って、最高の鍋を作るんだ!」
「あのさ~、その鍋奉行って一体なんなのよ?早く食べたいんだけど……」
「最高の鍋を作るために、具材を入れる順番から食べる順番まで指示する役割のことさ。他にも灰汁を掬う【灰汁代官】というのもあるぞ」
あ、これ何か言われるやつだな……。
「ぎゃはは、【灰汁代官】!ボスがやるしかないだろ~悪人顔なんだし!」
ほら、やっぱり言いやがった!
くそう、みんな大爆笑しやがって。
「サクラ!外見いじりはダメだとあれほど言ってるでしょ」
「オヤジ!固いこというなよ~。今日は大晦日なんだからさ、無礼講なんだろ?」
「そんなことより、鍋に具材を入れていくよ。最初は出汁が出るものから入れるのが基本だ。鶏の骨付き肉、しいたけ、ホタテ、長ネギは緑の部分から入れるぞ……」
私とサクラ君のやりとりを【そんなこと】扱いしつつ、テキパキと具材を鍋に投入していくイチロー君。
もう一方の鍋はカトー君が入れていたのだが……。
「カトー!豆腐はまだ早い!しらたきも出汁が出るまでの辛抱だ!」
早速注意されて、大人しくなっている。
そう言えばイチロー君は名前を呼ぶときに【氏】を付けるクセがあるのだが、さっきから呼び捨てになっているな……。
これはもしかして……鍋を前にすると人格が変わるヤツなのか!?
だとすると、私はとんでもない過ちを犯してしまったのではないか?
こうして大晦日の夜は更けてゆく……。
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