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第2章
第19話 お礼参り
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翌日、真人が起きると、外が騒がしいことに気づき、家から出ると驚くべき光景が目に入り唖然となった。
ちなみに真人たちは、リンの家の前の広場に魔道具の家を出して寝泊まりしていた。
これは以前真人が作った物で、他にもテントや小屋等もあり、これらは空間収納を付与された魔道具を持ってる者に渡してある。
真人が唖然となったのは、クリスたち7人を筆頭に、100人程の獣人族や亜人たちが頭を垂れて膝まづいていたからだ。
そしてクリスが1人立ち上がると、真人の元へと近づき言った。
「マスター。お礼参り!」
真人は唖然とした状態からハッと我に返り、思わず叫んだ。
「クリス!報復しに行くわけじゃないんだぞ!」
「マスター。何言ってる?日頃感謝の気持ち込めて獣人たちがお礼したいって言うから街作りを手伝いにきてもらった」
そこに獣人たちのまとめ役と思われるエルフの女性が顔を上げて言った。
かつて奴隷から解放される際にヴィアのことを心配し最後まで残っていた者だ。
彼女は獣人ではないが、ヴィアと同じエルフだということ、思慮深く面倒見がいいことを理由にまとめ役になった。
「そうでございます。魔神様。このような私たちを庇護下に置いていただき感謝の念も絶えません。せめてもの恩返しさせていただくためにも我々一同精一杯従事させていただきます」
「クリス。お礼参りの意味がわかってるのか?」
「ゼノに教えてもらったけど?」
「私共もゼノ様やヴィア様に教えていただきました。奴隷で苦しい時、たしかに私共は神様に助けを求めたのです。それが叶い随分経ちますが、神様であらせられる魔神様にようやく恩返しできる機会をいただけたのです。日頃の感謝の気持ちを行動で返そうと思います」
「あ。そっちか。うーん。たしかに願いが叶ったのなら、お礼参りってことで合ってるのか?まぁ、いいか。それでどうやって連れてきたんだ?」
「ん。簡単。ゲート使った」
「ああ。なるほど。手が足りないから助かるのは事実だな。よし!お前たち頼んだぞ!」
「「「「「はっ!」」」」」
獣人たちは元気よく返事をして散らばっていった。
どうやら真人が起きる前にクリスたちが指示していたようだ。
「で、ここに残ったお前たちがメイグウ市までついてくるのか?」
真人の言葉を聞き、全員が立ち上がった。
「マスター。正解!と言いたいところだけど、ディーネとジョイナは言われたことをしてなかったから罰として獣人たちの監督、それと獣人たちが建てた家のあとに治水工事までさせる」
「「えっ!?そんなの聞いてないっ!」」
メイグウ市について行く気満々だった2人は、揃って抗議の声を上げようとするが、クリスとアルの冷ややかな目に怯え肩を落とした。
すると離れたところにいるシロツメとクロツメを見ながらルタが言った。
「ならボクたちも残るよ。人が住むなら農地ができるだろうし、そしたら鍛治場が必要になるよね。そうなるとサラの火も要ることになるからね。今度は転移じゃなくて馬車で行くでしょ?」
それは単にシロツメとクロツメを連れていけと言ってるようだった。
「ん。わかった。どちらにしろ森の位置をズラしたかったからちょうどいい。マスター。馬車で行こう。それとディーネ!さっさと湖を広げるように!ジョイナは獣人たちを手伝って家を建てるように!特に主要施設を先に!」
真人はクリスの指示を聞きながら少し感動していた。
俺がいなくても任せて大丈夫そうだと。
ちなみにリンはまだ寝ており、起きてきた頃には、すでに真人たちの姿はなく、お留守番となったことを悲しむことになった。
それにリンには以前、ダンジョンの管理者であるため、自分の好きなように采配していいと言ってある。
わからなければ補佐につけた先程のエルフの女性が助言してくれることだろう。
それと、倉庫とは別にリンの家の横に小さな小屋を建て、その中にゲートを付与した頑丈な扉を設置し、獣人たちがいつでも家に帰れるようにした。
◇◇◇
真人たちがダンジョンの外に出ると、昨日の雨が嘘のように快晴で、そこらじゅうにある水溜まりにキラキラと日差しが反射していた。
そんな中、シロツメとクロツメを前に真人が顎に手を当てて悩んでいるとアルが声をかけてきた。
「主様?何を悩んでるんですの?もしかして馬車がないんですの?」
「アル。馬車ならある。誰もが驚くすごいのが」
「クリス姉様の言うとおり、あれは王族ですら持ってなさそうですよね」
「そ、そうなんですの?見てみたいですわ。主様」
「いや。なに。4人ならシロツメとクロツメに2人ずつ乗ればと考えていただけだ」
「「「っ!?」」」
3人は真人の言葉を聞いてすぐに顔を近づけ、コソコソと話し始めた。
「こ、これは主様に抱き付くチャンスなのでは・・・?」
「ん。たしかに堂々とくっつける」
「おもいっきりスーハーしていいってことですねっ!」
「「・・・ヴィア。天才っ!」」
「となると、ここは公平にじゃんけんでしょうか?」
「いや。それだと公平に見えて公平じゃない」
「たしかに。3人で交代ずつはどうかしら?」
「「それだっ!」」
「お~い。何やってんだ~?先に行くぞ~」
3人が真人の声がした方を見ると、離れたところにシロツメに乗り、クロツメを並走させてる真人の姿が見えた。
「「えっ!?そんなっ!?」」
「フフッ。じゃあ2人共。お先に」
「「あっ!?ズルッ!」」
アルとヴィアがあたふたしているとクリスは転移を使い真人の背中へと移動した。
しかし、いきなり1人分の体重が加わったシロツメは、びっくりして後ろ足で立ち上がった。
そして、シロツメの予想外の行動で、背中に移動したクリスが落ちまいと真人に抱き付き、真人も予想外の重みが加わったため、クリスとともに落下することとなった。
クリスは真人に抱き付けることに幸せを感じながら落下地点にゲートを出現させ難を逃れ、無事に別の場所へと着地した。
「ふぅ。危なかった。ふふっ。マスターの匂い」
「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」
クリスが真人に抱き付いて満足していると叫び声が聞こえた。
振り向くと、そこにアルとヴィアが悲鳴とともに突っ込んできた。
どうやら追いかけてきたアルとヴィアの進路上に出たようだ。
真人はすぐにクリスとの間に結界を発動させると、クリスはアルとヴィアがぶつかってきたことにより結界へと押され、ムギュッ!と潰れたような声をあげた。
「「「あいたたた・・・」」」
3人が悶絶を打っていると、真人が冷ややかな視線を向けていることに気づいた。
3人が冷や汗が垂らしていると、無言で馬車を出し、真人は馬車を指さしながら言った。
「3人共!ハウスっ!」
「「「は、はいっっっっっ!」」」
クリスとヴィアは渋々と馬車の中へと入り、アルは馬車に視線を奪われながら入っていった。
真人はシロツメを落ち着かせ、白銀の馬具をつけながら声をかけた。
「シロツメ、クロツメすまんな。馬車をひいてくれ」
『主様の頼みとあれば・・・。ですがあの3人は置いていってもよろしいのでは?勝手についてきますよ?』
『そうです。主様。あの3人はほっといて我々に乗って駆けて行きましょう!』
「はははっ。それも楽しそうだな。その時はリンも乗せてやろう。だがそれは次の機会だ。今は馬車を頼む」
『『はっ!仰せのままに!』』
◇◇◇
シロツメとクロツメがゆっくりと進み始める一方、馬車の中では言い争いが起きていた。
「クリス姉様のせいで真人様の匂いが嗅げなかったじゃないですかっ!」
「そうですわよ!クリス!どうしてくれるんですのっ!」
「黙れ。2人共。そんなに言うならこれはいらないってことね」
「な、なんですの?」
「ク、クリス姉様。なんですかそれ?」
クリスは球状の結界を手のひらの上でポンポン跳ねさせていた。
「こんなこともあろうかとマスターの匂いを結界に閉じ込めておいた。フフン」
「「っ!?」」
「今なら特別に2つに分けてもいい」
「ほ、本物ですか?」
「クリス。対価はなんですの?」
「間違いなく本物。しかも取りたて。対価は・・・ん。メイグウ市の用事が終わったら、マスターと2人きりにするなんてどう?」
「くっ!有効なのは今日だけですわよね?」
「くっ!背に腹は変えられません。私はその条件をのみます」
「ヴ、ヴィア?本気ですの?」
「アル様。私は本気です。一生の宝物にしますっ!」
「ほらほら。アルはどうする?」
「わ、わかったわ。条件をのむわ」
「よし。契約完了」
クリスはそう言うと、2人に向けてポイッと結界の球を投げ渡した。
「「わっ!?」」
2人は慌てて受けとると、うっとりとした表情で結界の球を眺めた。
しかし、いきなり馬車が止まり、2人の手から結界の球が地面へと落下してパリンと割れた。
「「「・・・・・」」」
普通の地面ならクリスの結界は割れることはなかっただろう。
しかし、この馬車の地面は真人の魔力で作られているため、クリスの結界でもガラスのように割れてしまったのだ。
クリスは約束を取りつけたことで上機嫌に、アルとヴィアは絶望な表情をしながら扉へと歩いていった。
◇◇◇
3人が言い争いをしている頃、真人は軽快に馬車を走らせていた。
以前走らせた時より比べ物にならない速度だ。
その理由はルタとサラが抉れた跡を綺麗に整地していたからだ。
そのおかげで以前は道が悪かったため、それなりしか出せなかった速度が舗装された道のように出せるようになり、おまけに抉れた跡が真っ直ぐに続いているため、飛ばすにはもってこいの道になっていたのだ。
シロツメとクロツメも久しぶりに真人と一緒に走れることを喜び、どんどん速度を上げていった。
真人が周りを見ながら馬車を走らせていると、そういえばクリスが森の位置をとか言ってたな。もう少しで森があった位置だが・・・。と気づいた。
そしてシロツメとクロツメに指示した。
「シロツメ、クロツメ。止まってくれ!」
シロツメとクロツメは真人の指示を不思議に思いながらも、駆け足を止めた。
しばらくすると馬車の中から、上機嫌な足取りのクリスと、呆然とした足取りのアルとヴィアが現れた。
真人は首を傾げながら3人に近づいていった。
「ん?どうしたんだ?クリス。森があった付近に着いたぞ?」
「ん。そういうことか。マスターありがと。ほら2人共!シャキッとするっ!」
「「で、でも・・・。匂いが・・・」」
「匂い?」
「マスター。なんでもない」
「「・・・・・」」
2人が涙目になっているとクリスがため息をつきながら言った。
「しょうがない。マスター。耳貸して」
「な、なんだ?」
「ゴニョゴニョゴニョ・・・」
「そんなんでいいのか?別に構わんが・・・」
「「?」」
2人が涙目で真人とクリスを見ていると、突然真人が2人に近づいていき頭を撫でた。
「「っ!?」」
そして真人に頭を撫でられた2人は恍惚した表情となった。
真人が撫でるのを止め、2人が余韻に浸っていると、クリスが2人の頭をはたいた。
「2人共!気持ち悪い顔しない!」
「もう!せっかくいいところでしたのに!」
「クリス姉様!ひどいですっ!」
「そんなことより・・・」
クリスは2人を連れて真人から離れ、コソコソと話し始めた。
「なんですの?クリス?」
「ここに森をと思ってたんだけど・・・」
「けど?ここに森をつくればいいんですよね?」
「面白いこと考えついたから・・・ゴニョゴニョ」
アルとヴィアが森を再生させようとしたところで、クリスの案によって待ったがかかり、クリスが道を造ったあとに真人には秘密裏で進めることになった。
アルとヴィアはその案を聞いてニヤリとなりながら了承するのだった。
◇◇◇
後日、3人は真人に内緒でこの場所を訪れ、その案を実行した。
そしてマスターロードは綺麗な姿を取り戻し、以前、野営した場所にあった森は3人に跡形もなく吹き飛ばされたため、ディーネとジョイナに広げられた湖の周りに、かつてより過ごしやすい環境で森を作り、そこにクリスが捕まえたニビウサギの半分を放すことにした。
また、かつてあった森の場所には、クリス、アル、ヴィアの手により豪華な建物が建てられ、その中にある真人の銅像・・・もとい白銀に輝くミスリル像へ祈ると良いことがあると言いふらし、少しずつ真人教なるものを布教していくのだった。
◇◇◇
真人は、また悪巧みを考えてるな。と感じつつも、大人しく馬車へと入っていった3人を眺め、自分も御者席へと座わり手綱を握った。
しばらく馬車を走らせていると遠くにメイグウ市の門が見えてきた。
そこには、長蛇の列・・・というより門付近で騒ぎが起きているようだった。
真人が遠見の魔法を使い確認すると、門兵たちが入門しようとしている商人や旅人を止めているようだ。
冒険者たちと思われる者が出てくることから入門することだけできないようだ。
真人が不思議に思いながら門に近づいていくと、ベガレットを見つけ、そちらに向かうことにした。
しかし、豪華できらびやかな馬車が登場したことにより一斉に注目を浴び、誰もが口を閉ざし、シーンとなった。
真人が顔をひきつらせていると、馬車に気づいたベガレットが近づいてきた。
「失礼します!私はこの街の門の兵長をしているベガレットと申します!そちらの馬車には・・・あれっ?真人殿!?」
ベガレットは、見慣れない豪華絢爛な馬車にまさか王族でも乗っているのか。と問いかけたかったのか、御者席に真人が乗っていることに気づき唖然となった。
「よう。兵長。この騒ぎは一体なんなんだ?」
ベガレットは真人の言葉にハッとなると、顔を歪めながら叫んだ。
「これは真人殿のせいなんだ!昨日、魔道具も水晶も壊してくれただろう!身分証を持たない商人なんかが入れなくて困ってるんだ!」
ベガレットの物言いに商人たちは目付きを変えた。
しかし、馬車や真人の身なりを見て、自分たちより階級が上だと判断したのか、食って掛かることはなかった。
「ああ。そのことか。出向いて正解だったな。とりあえず・・・ローニャはきているだろ?ローニャ!」
「はい。ここに!」
魔道具のことならローニャが来ているだろうとベガレットに問いかけると、ベガレットの後ろからローニャが現れた。
ベガレットは驚いて跳び跳ねた。
「うわっ!びっくりした。いつの間にきてたんだ!?」
「最初からいましたよ。私たちメイグウ商会にとって真人様は絶対の神様なのですから。真人様も私がいることをわかってましたよ?ね?真人様?」
「ま、まぁ。そうだな。ローニャ。これを設置してくれ」
真人はポイッと魔力認証の魔道具をローニャへと投げ渡した。
「かしこまりました」
「兵長!たしか水晶の効果は犯罪歴の把握だったか?」
「あ、ああ。そうだが・・・。なんでそんなこと聞くんだ?」
すると真人は創造魔法を使い魔力をこめると、手のひらが一瞬輝き、そこには水晶が現れていた。
そして、ベガレットが口をパクパクさせているところに水晶を投げ渡した。
「おっ!?おおっ!?おっと!あぶねぇっ!真人殿!こんな貴重な物投げないでくれ!それにしても・・・本物なのか・・・?」
「ああ。それは俺が保証しよう。ところでルファード殿のところに行きたいんだが、貴族用の門を通っていいか?」
「あ、ああ。向こうは商人たちでまだかかるだろうからな。真人殿なら問題ないだろう。しかしその大きさの馬車が通れる・・・か?」
「大丈夫だ。調整する」
真人が魔力をこめると、シロツメ、クロツメ、馬車が輝くと、サイズが一回りほど小さくなった。
真人が作り出したため、サイズの調整もお手のものだ。
「な、なにが起きた!?百歩譲って馬が小さくなるのはわかる!希に魔物の血を引いてるのがいるからな。しかし馬車が小さくなるのはおかしいだろう!?」
「そうか?普通だと思うぞ?じゃあな。兵長。魔道具はローニャにつけてもらってくれ」
真人は後ろ手を振りながら門をくぐり、街に馬車を進ませていると、シロツメとクロツメが歩きにくいと文句を言ってきたため、サイズを戻し、注目されながら街を進み貴族街へとやってきた。
貴族街の入口には門兵が立っており、ルファードの屋敷の場所を聞くと、見慣れない馬車を不審に思いながらも素直に教えてくれた。
真人は、それでいいのか?と思いつつも門兵に礼を言い、貴族街をしばらく進むと、ルファードの屋敷と思われる建物に到着した。
屋敷の門に馬車を横付けし、さて、どうしようか。と迷っていると、慌てた様子のベネットが走ってきた。
ベネットは門に近寄り、ようやく真人の姿を確認できたのか目を見開いた。
「な、なんて見事な馬車・・・。あ、あなたは昨日の・・・」
「馬車の上から失礼する。ルファード殿はご在宅だろうか?」
「し、少々お待ち下さいませっ!」
ベネットは気品あふれる真人の姿に少し怯えた様子で屋敷の方へと走っていった。
すると馬車の窓からアルが顔を出して言った。
「主様?着きましたの?」
「ああ。着いたぞ。まだ少し時間がかかりそうだが・・・」
「わかりましたわ。では私たちも準備致しますわ」
「準備?何の準備だ・・・?」
「それは見てからのお楽しみですわ」
真人がしばらく暇をもて余していると、ベネットが走ってくるのが見えた。
同時に馬車の扉が開き、コツコツと階段を降りてくる音が聞こえた。
真人は普段聞き慣れない足音を聞いて訝しみながら扉の方へと振り向くと、そこには・・・
美しいドレスを着た3人の姿があった。
クリスは白銀、アルは白銀に近い薄緑、ヴィアは白銀に近い薄紫で、2人はスレンダーラインのドレス、クリスは何故かミニタイプのドレスだ。
ちなみに今日の真人はこの世界にないスーツのような服を着ている。
真人が3人に見とれて呆然としていると、クリスが右手を頭に左手を腰に当てポーズを決めながら言った。おまけにウィンク付きだ。
「マスター。どう?」
「あ、ああ。似合ってるんじゃないか・・・?」
真人がわけもわからず軽い返事を返すと、アルとヴィアが詰め寄った。
「主様!私はどうかしら!?」
「真人様!私はっ!?私はっ!?」
「あ、ああ。いいんじゃないか?それにしてもどうしてそんな格好を?なんでクリスだけ違うんだ?」
「ん。足元にあんなヒラヒラしたのあったら邪魔!」
「もちろん主様の隣にふさわしい格好だからですわ」
「真人様に褒めてもらうためですっ!」
三者三様の意見だったが、なんとなく言いたいことを真人は理解した。
「だが、社交界でもなんでもないんだぞ?もっとパーティーとかで着た方がよかったんじゃないのか?」
「ん。そんなの興味ない。マスターに見てもらえればそれでいい」
「そ、そうか」
すると4人の様子を窺っていたベネットが恐る恐る声をかけてきた。
「あ、あの・・・?よろしいでしょうか?旦那様からお通しするように許可がおりたのですが・・・」
「ああ。すまんな。少し待っててくれ」
ベネットが鉄製のアーチ型の門をゆっくり開けて、馬車と門を交互に見比べた。
「あ、あれ?馬車が大きくて通らない・・・かも?」
門を見上げてオロオロしていると、4人が近づいてきた。
「どうしたんだ?」
「えっ?あっ。申し訳ありません。どうやら馬車の方が通らななそう・・・あれっ!?馬車はどこに!?それに馬もいない!?」
真人はベネットが門を見上げてるうちに馬車を空間収納に入れ、シロツメとクロツメはダンジョンへと戻らせていた。
さらに、歩きにくそうなヒールと、ドレスが汚れてしまわないように、3人を結界に乗せ、地上から少し浮かせて運ぶという配慮までしていた。
4人は呆然としているベネットを横目に門をくぐり歩いていると、ベネットが慌てて門を閉めて追いついてきた。
そのまま屋敷の入口に着くと、ベネットが振り返り丁寧にお辞儀をして言った。
「ようこそおいでくださいました。案内とお世話を仰せつかっておりますメイドのベネットと申します。どうぞお見知りおきを」
「丁寧にどうも。俺は真人だ。こっちの3人は・・・」
「私はクリス!マスターのお世話は私がするからしなくていい!」
「アルですわ。案内だけでよろしいですわ」
「ヴィアです。私が真人様の夜のご奉仕までするので大丈夫です!」
「「・・・・・」」
真人とベネットが顔をひきつらせながら3人を見ていると、勘違いしたのか頬を赤く染めた。
「マ、マスター。そんな見つめられると照れる」
「あ、主様。まだ明るいですわ・・・」
「真人様!防音の魔道具持ってきてますよ!それともここに家でも出しますか!?」
すると真人は無言で闇魔法を使い、3人の目元を黒い靄で覆った。
これがのちに眼鏡の魔道具に付与され、色付き眼鏡の魔道具になるとは誰も知らない。
アルとヴィアは突然目の前が暗くなったことに困惑した。
「「ま、前が見えないっ!」」
そしてクリスは靄を消そうと必死になった。
だが、闇魔法の弱点である光魔法やクリスの聖魔法でも消すことはできなかった。
「うぐぐっ!消えない~見えない~」
「3人共。大人しくしてろ!ベネット。悪かった。気にしないでくれ」
「・・・仲がよろしいのですね。そういえば真人様自身が御者をなされておりましたが・・・」
「こいつらに任すと、ろくでもないことしでかすからな」
真人が3人に厳しい視線を送ると、何かを感じとったのか、見えてないはずの3人は一斉にそっぽを向いた。
ベネットはその様子を見て苦笑すると、どうぞ。こちらへ。と案内を始めた。
4人のやり取りを見て、最初のような怯えは消えたようだ。
真人が3人を乗せたまま結界を操り連れて行くと、ベネットは一番奥の大きな扉の前で止まりノックした。
すると中から、入りたまえ。と声が聞こえ、ベネットは扉を開けると真人たちを中に入るよう促した。
案内された部屋は応接室のようで、ルファードがソファーに座っていた。
ルファードは真人たちが部屋に入ってくると立ち上がって言った。
「ようこそ。改めて、私はルファード・トルアンだ。歓迎しよう。遠慮しないでくつろいでくれ」
「俺は真人だ。こっちの3人は・・・いや、気にしないでくれ」
真人は結界を壁際へと動かした。
3人は壁に向かって一生懸命自己紹介することとなった。
ルファードは目を細めながら、あれでいいのか?と問うも、真人は頷くだけだった。
お互いの自己紹介も終わり、2人がソファーに腰掛けると、ベネットが台車を押して入ってきた。
真人は、あの台車はメイグウ商会のか?と思いつつ見ていると、ベネットは壁際に立たされている3人に気づき、ギョッ!となりつつ給仕し始めた。
その間もチラチラと3人の方へ視線が向かっていた。
男2人で向かい合っていると、真人が先に口を開いた。
「先日はリンを保護してもらい助かった。ルファード殿。ありがとう」
「いや。私もベネットも楽しい時をすごせた。よければまたリンを連れてきてくれ」
「それはかまわないが・・・。失礼だが貴殿は妻子はいないのか?貴族ならその辺も責務のうちだと思うが・・・」
「私は元々王都に住んでいたんだが、妻とリンと同じぐらいの娘を盗賊に襲われて亡くしたんだ。それ以来、王都の孤児院や教会に寄付を行っていてな。しかし、王都では貴族たちが懐に金を入れようと必死で、子供たちに回る前に汚い大人たちの手によって搾取されることも多々あった。そのことに我慢できなかった私はメイグウ市には孤児が存在しない素晴らしい街だと噂を聞き、最近この街に越してきたんだ」
「そうか。すまないことを聞いた」
「いや。いいんだ。気にしないでくれ。うっ!?」
真人はルファードの話しを聞きながら思うことがあったが抑えた。
しかし、壁際で聞き耳を立てていた3人からは、貴族が搾取していると話しを聞き、魔力という殺気が漏れていた。
「3人共。落ち着け」
真人は3人に声をかけて落ち着かせ、闇魔法を解いた。
すると3人はいきなり壁が現れたことに驚き叫んだ。
「マスター!なんでこんな所に!」
「主様!まさか私たちは壁に向かって話したんですの!?」
「真人様!ひどいですっ!目隠しするからてっきり襲ってくると期待してたのに!」
「大人しくできないなら帰らすぞ?」
真人の言葉に3人はビクッとなり、借りてきた猫のように静かになった。
「ははっ。元気があっていいじゃないか!しかし、真人殿の周りには見目麗しい女性がたくさんいるな!」
「いや。子供みたいなもんだ」
3人は無言でムッと真人を睨んだ。
真人は3人の睨みを、シッシッと手の甲で振り払う仕草をして返した。
「そういえば名前を窺っても?先程はちゃんと聞き取れなくてな」
「ん。私はクリス!マスターの正妻!」
「私はヴィアです!真人様の側室ですっ!」
「私はアルですわ。えっ?わ、私はえーっと・・・」
「ははっ。仲がいいのはいいことだ。それで真人殿一つ聞きたいことがあるのだが」
「なんだ?」
ルファードは真剣な顔になり、真人へと顔を近づけて言った。
「リンは魔族なのだろう?私も最初、リンの角は飾りだと思ってたんだがな。ベネットが着替えを手伝った時に気づいて報告してきたんだ」
「魔族だったらどうするんだ?」
真人は目を細めてルファードに問いかけた。
「どうこうするつもりはないさ。ただ不便してないか気になってな。リンは相手を思いやれる優しい心を持ってるみたいだからな」
ルファードの言葉に真人はホッとなった。
「リンは魔族ではない。俺の眷属だからな」
「マスター。それを言ったら私たちみんなも眷属」
「まぁ。そうだな。俺たちは魔力で繋がっているし家族のようなもんだしな」
「ま、真人殿?眷属とは?貴殿は一体何者なのだ?そういえば昨日姿がいきなり消えたあれはなんだったんだ?」
「それを知ってしまったらこっちのことを手伝ってもらうことになるぞ?ラルゴ村は人手不足だからな」
「そ、そうか。少し考えさせてくれ」
「ああ。十分考えてくれ。何かあればメイグウ商会のローニャに言うといい」
「やはりメイグウ商会とも付き合いがあるのか・・・」
「それよりルファード殿は魔族を見たことあるのか?」
「いや。私は王都にある図書館の文献で見ただけだ。といっても角が生えてたり、獣の耳が生えてたりと獣人や亜人も含まれていて曖昧な存在となっていたがな」
「そうなのか。実は俺も魔族というのを見たことないんだ。王都に行ったら図書館で調べてみよう」
「ああ。あそこにはこの国の成り立ちから本当かわからんことが書いてある様々な本まで入り交じって中々面白いぞ。是非行ってみてくれ」
「そうしよう。それはそうと、今日の本題に入ろう。俺たちはリンの件でお礼を渡しにきたんだ。さて何が欲しい?見たところ金には困ってないようだが・・・」
「いきなり言われても特に思いつかんのだが・・・」
「たしかにそうだな。ふむ。エリクサーなんかはどうだ?貴殿も助かる命を前にしたことがあるんじゃないか?」
「っ!?」
「マスター!エリクサーは止めといた方が・・・」
「クリスいいんだ。それだけリンの事には恩義を感じているし、ルファード殿なら使い方を誤ることはないだろう」
「エ、エリクサー?あの伝説の・・・?」
「そうだ。だが死者を生き返らせることはできないし、不死になるわけでもないぞ?」
ルファードはゴクリと喉を鳴らし考えこんだ。
しばらくしてルファードは口を開いた。
「では2ついいだろうか?」
「ん?エリクサーをか?」
「いや。エリクサーなど必要ない。私が欲しいのは目がよくなる魔道具と手を保護する魔道具が欲しい。もちろんあればの話しだが」
「だ、旦那様・・・。それは・・・」
「それならエリクサーでもいいんじゃないか?目もよくなるだろうし手の怪我もよくなるぞ?」
ルファードは立ち上がるとベネットの後ろへと回り両手で肩を掴んだ。
「エリクサーだとその時は治っても、次またなったら同じだろう?ベネットはな、私のために野菜や庭園の世話をしてるんだが、中には毒性の物が混じったりすることがあってな。飛沫やらが飛んできて今はボンヤリとしか見えないそうなんだ。手も土をいじってたらこの通り傷だらけで見てられないんだ。まぁ私はこの手を誇りに感じているし、私自身も土をいじることが嫌いではないからな」
ルファードはベネットの手を取ると微笑みながら大事そうに包んだ。
「ううっ。だ、旦那様・・・」
「うっ。マスター。早く出してあげて」
「主様。私からもお願いしますわ。ぐすっ」
「まびどさまぁ~。おねがいじますぅ~」
「ふむ。確かに作れないこともない」
「そ、それでは!?作ってもらえるのか!?」
「いや。それだと根本的な解決とはならないだろう」
「そうか・・・。そうだな・・・」
ルファードは真人の言葉にガックシと肩を落とした。
「まぁそう気落ちするな。ルファード殿。それよりもいい解決方法があるぞ?」
「本当かっ!?」
「ああ。先程話したラルゴ村は薬草の産地でな。そこの土は魔力を豊富に含んでいておまけに柔らかいから怪我することもないし、毒性の野草は生えることもない。やり方次第で野菜も植えることができるだろう。それにポーションを生産していけば家庭でも常飲できるようになる。もし移住する気があるならそこに屋敷を建ててやろう。もちろんリンにも会えると思うぞ?」
「移住・・・。屋敷を建てる・・・。ちなみに断ればどうなる?」
「その時は、目を治して目を保護する魔道具と手を保護する魔道具を作ろう」
「そうか・・・。大変魅力的な話しだが・・・。私も貴族だからな、簡単に移住などできないんだ。領主様に話しを通さなければならん。仮に許可が出ても相当な時間がかかるだろう」
「ふむ。その辺はなんとかしてやれると思うぞ。俺が領主に申し出よう。あとはガイレンとローニャも巻き込むか。ラルゴ村は今から街へと発展する規模になってくる。どちらにせよ代官が必要だ。だから政務を任せたいんだ」
「なに?ラルゴ村が・・・?ベネット。どうする?」
「旦那様のしたいようにすればよろしいかと・・・。ただ私はこの方たちについて行った方がいいと思います」
「ふむ。なぜだ?」
「勘ですかね。あとエルフ様の名前はヴィア様とおっしゃいました。髪も白銀ということは、以前王都でも噂が流れた御方なのでしょう。その方たちを従えている真人様は間違いなくそれ以上の実力の持ち主なのだと思われます」
「噂・・・?白銀の戦乙女かっ!」
ルファードがヴィアの顔を見ようとすると、ヴィアは真人の背中にサッと隠れた。
ルファードは顎に手を当て少し考える素振りを見せてから口を開いた。
「よし。私もベネットも移住したいと思う。真人殿どうか協力していただけないだろうか?」
「わかった。ルファード殿。こちらも助かるよ。アルとヴィアはガイレン殿とローニャを連れてきてくれ。俺の名前を出していい」
「「わかりました!」」
「マスター。私は?」
「クリスは・・・。そうだな。ダンジョンからリンを連れてきてくれ」
「ん。わかった」
アルとヴィアがベネットの案内で退出すると、クリスはすぐに転移を使いダンジョンへと向かった。
その様子をルファードはポカーンと口を開けて見ていた。
10分程経つと、リンを連れてクリスが戻ってきた。
リンは一瞬で見知らぬ建物に移動してきて、わけがわからないようで、目を何度もパチパチとさせていた。
そこに真人が声をかけた。
「リン。大丈夫か?」
リンは真人の言葉にハッとなった。
「あ、あれ?なんで主様がこんなところに?ここはどこでしょうか?クリスお姉ちゃんにいきなり手を繋がれて・・・」
真人がジト目でクリスを見ると、クリスはそっぽを向いた。
リンが状況についていけず、ボーッとしながら回りを見渡すと、ルファードと目が合った。
「あれっ?昨日の人?ここは昨日きた家?」
「ああ。そうだ。ここは昨日リンがきた私の屋敷だ。よくきたね」
「さっきまでダンジョンにいたのにクリスお姉ちゃんすごいっ!」
「フフン。私はマスターの次にすごいからね」
クリスが自慢気に胸を張っているのをリンがキラキラとした目で見ていた。
その様子を真人とルファードは微笑みながら見ていると、ノックが聞こえルファードが、入れ。と言い、ベネットが入室してきて言った。
「旦那様。アル様とヴィア様が冒険者ギルドのギルドマスター、ガイレン様とメイグウ商会の商会長、ローニャ様を連れて戻られました。現在、門の前で待機してもらっております。いかがいたしましょう?」
「なにっ!?もうか!?早すぎじゃないか!?」
「はい。私も驚きましたが、事実です」
「ルファード殿。外に行こう。そのまま領主の屋敷へ行く」
「なっ!?真人殿!さすがに一報もなしとは早急すぎないか!?」
「いや。思いたったが吉日。善は急げだ。行くぞ!クリス!リン!」
「ん」
「はいっ!」
リンはなぜ自分が連れてこられのかわかっていなかったが、真人に名前を呼ばれたことが嬉しくて元気よく返事をした。
そしてルファードとベネットは困惑しながら真人たちが退出していったあとを追いかけた。
真人たちが外に出ると、アル、ヴィア、ガイレン、ローニャが門の前に立っていた。
真人の姿に気づいたアルとヴィアは嬉しそうな顔を、ローニャは丁寧なお辞儀を、ガイレンはしかめた顔をした。
アルとヴィアがガイレンの嫌そうな顔に気づくと、殺気のこもった魔力をぶつけガイレンは顔を青ざめさせた。
そして恐る恐る声を出した。
「ま、真人殿?俺たちはなぜ呼ばれたんだ?俺も結構忙しい身なんだが・・・。なぁ?ローニャ?」
ローニャはいつもとは違い、目の色を変えてガイレンを睨むように答えた。
「は?何を言ってるのですか?真人様の呼び出しは絶対なのです。何をしてても優先すべき事案なのですよ?忙しいというのは理由になりません」
女性3人に睨まれたガイレンは震えながら真人を見た。
すると真人は苦笑いしながら言った。
「ガイレン殿。すまんな。少し付き合って欲しい所があってな」
「ど、どこに行くんだ?それにルファード様も?」
「ガイレン殿。わざわざすまないね」
「ん?2人は知り合いなのか?」
「知り合いとまではないが、街の外に出る時には、冒険者の護衛をつけるからな。依頼を頼んだりするんだ」
「そういうことか。では向かうとしよう」
真人は門の外に出ると、空間収納から馬車を取り出し、ゲートを発動させシロツメとクロツメを呼んだ。
ルファード、ベネット、ガイレンが唖然としている中、ローニャは当然という顔をしており、クリス、アル、ヴィアは険しい顔をして拳を握った。
真人はリンの脇に手を差し込んで持ち上げると御者席に座らせ、自身も乗り込もうとすると誰1人動いていないことに気づいた。
そして、クリスたち3人は案の定ジャンケンをし始め、見かねた真人はローニャたち4人を手招きで呼び寄せ、馬車の後ろへと回り、階段を出現させて乗るように言った。
ルファード、ベネット、ガイレンは今だに唖然としておりローニャは目を輝かせて颯爽とした足取りで馬車の中へと入っていった。
真人が御者席のリンの隣に座ると3人を置いてシロツメとクロツメは出発した。
リンはチラチラと3人のことを気にしていたが、多くの人通りや街並みに気をとられ次第に忘れていった。
◇◇◇
一方、馬車の中へと足を踏み入れた4人は、目を何度もこすりながら周りを確認していた。
そこには何度見ても広大な草原で、奥の方には家と思われる建物が建っているのだ。
そしていち早く我に返ったルファードが声を出した。
「ガ、ガイレン殿。これは馬車の中なのか・・・?」
「ルファード様。馬車の中のはずですが・・・。ローニャ。これは魔道具なのか・・・?」
「いえ。これは魔道具ではありません。メイグウ商会でも馬車は取り扱っておりますが、これは王族でも持っていないでしょう」
「ローニャ殿。メイグウ商会でも扱っていない馬車で、魔道具でもないとすればこれはなんなのだ?」
「ルファード様。そんなの決まっております。神器ですよ」
「「「神器っっっ!?」」」
3人が驚いていると、入口付近が輝き始め、焦った様子のクリスたちが現れた。
どうやら先に進んだ馬車に気づき、転移してきたようだ。
「ふぅ。また置いていかれるとこだった。2人が早く負けないから」
「今度から早い者勝ちにしましょ」
「それだと絶対ケンカになりますよ。それに転移持ちのクリス姉様が有利です」
「それもそうね。何かいい案がないかしら?あら?ローニャたちはこんなところに突っ立って何をしてるのかしら?」
「い、いえ。アル様たちがいきなり現れたのに驚いて」
他の3人は神器という言葉といきなり現れた3人を見て口をパクパクさせていた。
その様子を見てヴィアが不思議そうに声をあげた。
「ガイレン。なんでそんな驚いてるの?真人様の正体わかってるでしょ?」
「そ、それはそうなんだが・・・」
ルファードはヴィアとガイレンのやりとりをみながらローニャに小声で問い掛けた。
「ローニャ殿。真人殿や彼女らは一体何者なんだ?ただ者ではないことだけはわかるのだが・・・」
「ルファード様。こればっかりは私の口から言えることではありません。ただ、神器を扱えているという時点でお察しできるでしょう」
「・・・・・」
「旦那様。これ以上深入りするのは・・・」
「そうだな。コソコソ嗅ぎ回るのは私の趣味じゃないな。まず信用されるためにはこちらも信用していこう。それから真人殿に聞いてみよう」
「ん。賢い選択」
「そうですわね。あなたたちなら歓迎できそうだわ」
「「っ!?」」
そこに、ヴィアとガイレンをよそに、気配を消して3人のやり取りを聞いていたクリスとアルが突然現れた。
ローニャは驚かなかったが、ルファードとベネットは声も出せず驚いていた。
「そんなに驚かなくていいのに」
「そうね。それよりお茶にしましょ」
クリスは指輪の空間収納からテーブルを取り出し、そこに人数分のカップと筒状の物を置いた。
ちなみに離れたところでは、何故かヴィアとガイレンが模擬戦のようなものを始めており、相手にならないガイレンがヴィアに追いかけ回されていた。
ルファードとベネットはその筒状の物を見て目を見開いた。
そしてその2人よりさらに興奮している人物がいた。
「ク、クリス様!こ、これはもしかして新作の魔道具ですかっ!?」
「そう。すぐ着くから手早く飲めるやつ。でもマスターしか作れないからまだ出すのは先」
「そ、そうですか・・・。でも試作ってことですよねっ!?私たちに見せるってことは販売される可能性があるってことですよねっ!?」
ローニャはキラキラした目でクリスに詰め寄った。
「どうどう。ローニャ。落ち着いて。これはリンがこの2人に見せてしまったからしょうがなくって感じ」
「な、名前は!?名前はなんですかっ!?」
「な、名前?なんだったかな・・・?」
「主様は温度調整付水筒?と確かおっしゃってましたわ。言いにくいから水筒でいいとおっしゃってましたわ」
そこに、我を取り戻したルファードが見覚えがある形を見て入ってきた。
「あ、あのアル殿?それはリンが持っていた?」
「ええ。そうよ。主様は過保護だからなんでも持たせてしまうのよね」
「ふんふん。アルは何もいらないと。マスターに言っとこ」
「クリスッ!そんなこと一言も言ってませんわよっ!」
2人は言い争いを始め、結局水筒は飲まれることはなかった。
◇◇◇
真人が馬車を走らせ、リンはキラキラとした目で景色を見ていた。
15分程走らせると遠くに領主の屋敷が見えてきて、リンが額に手を当てながら言った。
「わぁ~。おっきい家。主様?あそこに行くの?」
「そうだぞ。リン。だが、リンのダンジョンの方がもっと大きいんだぞ?」
「ふぁっ?私の家のこと?私の家はちっさいよ?」
「ははっ。そうだな」
真人はグリグリとリンの頭を撫で回した。
「あははっ!主様!くすぐったいよっ!」
リンと話しをしながら馬車を進め、屋敷の前に着くと、真人は門に立っている衛兵を見下ろした。
見知らぬ男と子供にどう接していいか困惑したのか、左右にいる衛兵たちは顔をひきつらせていた。
すると、馬車の後ろの扉が開き、ガイレン、ローニャ、ベネット、ルファード、ヴィア、アル、クリスの順で降りてきた。
これは位が低い者から順に降りてきたからだ。
ベネットだけはルファード付きで例外だが、大抵の者は給仕の服を着ているためそれで判断できる。
これで衛兵たちも大体の身分が把握できるのだ。
しかし、衛兵たちの面識がある人物の中にこの豪華で立派な馬車を持っている者はいないと記憶していた。
それに見たことのない若い女性3人がこの街の貴族であるルファードよりも後から降りてきたことによりさらに困惑することになった。
「ガイレン殿、ローニャ殿、ルファード男爵。ようこそおいでくださいました。来訪のご用件を伺ってもよろしいでしょうか?それとそちらの女性方は・・・」
「ああ。領主様に面会を頼みたい。こちらは、ヴィア殿、アル殿、クリス殿だ」
ルファードは面倒事をさけるために様付けはしなかった。
3人は特に気にすることなく、御者席に座っている真人とリンのなごやかな様子を羨ましそうに見ていた。
そして衛兵たちは挨拶を終えると、他に誰が乗っているのかと不思議に思いながら、一番まずい相手へと声をかけた。
「おい!御者なのか従者なのかは知らんがさっさと降りろ!」
「この馬車は誰の持ち物か!答えろ!」
真人は、目をしばたたかせながら、おいおい。その言い方はまずいだろう。と思いながら馬車を先に降り、リンの脇に手を入れ持ち上げ、優しく降ろした。
この衛兵たちの態度に目の色を変えたのは5人だ。
あの3人は言うまでもなく、さらにローニャにリンまでもが衛兵たちを睨み、魔力という殺気が漏れ始めた。
リンも魔力制御を覚えたおかげか、3人には劣るものの、それなりに魔力は放出できるようになったようだ。
衛兵たちが殺気に当てられ震えていると、真人が言った。
「この馬車は俺のだ。領主と面会をしたいから取り次いでくれ。そうだな・・・。『真人』と言えばわかる」
真人が言霊を使ったその瞬間、クリス、アル、ヴィア、リン、ローニャはバッと片膝をつき、残る3人と衛兵2人は強制的に膝をつかされた。
すると異常を感じたのか、屋敷の方から1人の白髪の老人が歩いてきた。
白髪の老人が門に近づき、真人たちの姿を見ると目を見開き、その様子を見た真人は片手を上げ声を掛けた。
「エバンス。元気だったか?」
「あ、あなた様は・・・」
エバンスは服が汚れるのを気にすることなく地面に片膝をついた。
「お久しぶりでございます。魔神様。お会いでき恐悦至極に存じます」
エバンスは真人に挨拶するとサッと立ち上がり、衛兵以外の8人も立ち上がった。
「それにクリス様。ヴィア様もお元気そうでなによりです。そちらのお二方は・・・?」
「私は風の精霊王アルよ」
「リンですっ」
「せっ!?精霊王様っ!?そうでございましたか。エバンスと申します。アル様。リン様。以後お見知りおきを」
「エバンス殿。お久しぶりです。お忙しいところ申し訳ありません。領主様に面会することはできますか?」
「これはルファード様。お久しぶりでございます。ローニャ殿。ガイレン殿。ベネット殿も。ルファード様。本来なら一報を受けてから日取りが決まるものなのですが・・・」
エバンスは真人の方をチラッと見た。
「それは私も承知の上なのだが・・・」
ルファードが真人の方をチラッと見た。
「エバンス。領主と会うことはできるか?」
「他ならぬ魔神様の頼みであればお断りできるはずありません。どうぞ。こちらに。」
ルファードが絶句していると、エバンスはすぐに門を開け、案内を申し出た。
未だ立ち上がることのできない衛兵たちは、エバンスが膝をつくほどの人物だと知り、顔を青ざめさせて震えていると、それを見たエバンスが言った。
「何か失礼なことがございましたか?といってもあの者たちが膝をつかされてる時点で明白なのですが・・・」
「ん?いや何もなかったぞ?」
「・・・相変わらず魔神様はお優しいですね。寛大な処置恐れ入ります」
「ほんとになんもなかったんだが・・・。まぁいい。それより領主は元気か?」
「はい。ガーネット様はあれから見違えるように元気になりました。これも魔神様方のおかげです」
「そうか。それはなによりだ」
真人たちがゾロゾロとエバンスの案内に従い、屋敷の中へ入ると一室に通された。
「魔神様。すぐにガーネット様に話しを通してきますので、こちらの部屋でお待ち下さい」
しばらく待機していると、エバンスが呼びにきた。
呼ばれたのは、真人、クリス、アル、ヴィアだ。
呼ばれなかったリンは、離れまいと真人の足にしがみついた。
真人は苦笑しながらリンを抱き上げ、エバンスへと声をかけた。
「エバンス。この子も一緒でいいか?」
「魔神様。もしや、そのお方も特別なお方で・・・?」
「ああ。リンは俺の特別な存在だな」
「「「特別な存在っ!?」」」
「額の角は本物ということですか・・・」
すると3人がすり寄ってきた。
「マ、マスター。私も特別な存在だよね?」
「主様っ!もちろん私もですわよねっ?」
「真人様!私はっ?私はっ?」
「ん?ああ。3人共特殊な存在だな」
3人は興奮して真人が違う意味の言葉で言ったのが聞こえていなかった。
◇◇◇
エバンスが真人たちを案内したのは、見た目は質素で飾り気のない重厚な扉の前だった。
「むっ?ここはたしか領主の執務室か・・・。もっときらびやかだった気がするが・・・」
以前来た時に通路にあった装飾品の類いも一切取り払われていた。
「あの頃にあった物は全て処分しました。飾り気もなくお恥ずかしい限りですが、ガーネット様は倹約家といいますか・・・実質剛健といいますか・・・」
「いや。恥じることはないだろう。貴族特有の上部だけ、見た目だけ取り繕うよりこっちの方が断然いい」
エバンスは頷きながら扉をノックし、入ってくれ。と男の声が聞こえると、真人たちに中へと入るよう促した。
真人たちが執務室に入り、エバンスがガーネットの横に並ぶと、2人はいきなり深々と頭をさげてきた。
真人は困惑しつつ声をあげた。
「2人共。頭をあげてくれ」
真人が頭を上げた領主を見ると、金髪、碧眼で以前治療した時より体つきも逞しくなっていた。
すると領主が右手を胸に当て声を出した。
「魔神様。私はメイグウ市の領主、ガーネット・メイグウと申します。以前、私を治療して下さりありがとうございました。今までお礼を伝えることも出来ずに申し訳ありません。また息子の件も解決して下さっと伺いました。本当に感謝の念も絶えません。私に出来ることがあればなんでもおっしゃって下さい」
真人は抱えていたリンを足元に降ろした。
「いや。気にしないでくれ。と言いたいとこだが今日は一つお願いがあってきたんだ。その前に俺は『真人』だ。よろしく頼む。こっちにいるのが・・・」
「ん。クリス」
「風の精霊王アルですわ」
「ハイエルフのヴィアです」
「リン・・・ですっ!」
「そういえば、アルとヴィアはガーネット殿に会ったことがあるんだったな?」
「主様・・・。私が会ったことがあるのは先代の領主ですわ。たしか、ラジアスだったかしら」
「真人様。私も先代に一度だけです。ローニャの母のバーニャに任せきりでしたので」
「父をご存じでしたか。思えば街が急激に発展したのもメイグウ商会が出来てからでしたな。なるほど。バーニャさんの時から付き合いがあるということですね。それでお願いとはなんでしょうか?」
「まずはあの4人を呼んでもらえるか?」
ガーネットはエバンスの方を向き頷くと、エバンスはすぐに部屋を出ていき、しばらくするとルファード、ベネット、ローニャ、ガイレンが入ってきた。
部屋に入りガーネットと対面した4人はすぐに頭を下げた。
そしてガーネットは4人と挨拶を終えると真人と向き合った。
「魔神様・・・いえ、真人様。そちらへおかけください」
真人がソファーに座り、ガーネットも対面座った。
クリス、アル、ヴィアは真人の後ろに立ち、さらにその後ろに、ルファード、ベネット、ローニャ、ガイレンが立った。
リンがどうしようかとオロオロしていると、真人が手招きし、隣に座らせた。
リンが真人の隣に座り上機嫌の中、後ろに立っている3人は不満そうな顔をしていた。
そんなことには気づかずに真人とガーネットは話し始めた。
それは、ラルゴ村にダンジョンがあること、そこを真人の管理下におき、街をおこすこと、メイグウ商会の支部を作るなどを話し、最後にルファードの話しとなった。
真人がルファードの移住の話しをすると、ガーネットはルファードがこの街に越してきた経緯を聞き及んでいたためか、2つ返事で了承し、国王への進言と手続きも速やかにおこなうと約束した。
但し、街と呼ぶにはまだ人口が足りないため、代官ではなく、村長の補佐という形となった。
普通は貴族位の者が村長の下につくなどあり得ないことだが、メイグウ市に住まう貴族は基本的に貴族の権力など知れたものと考えているため、ルファードも特に思うことはなかったようだ。
それに時間的猶予もあり、徐々に引き継いでいけということだろうとルファードは思うことにしたようだ。
そんなこんなですんなりと移住の件が解決していくのを、ルファードは口を挟む余裕もなくポカーンと見ているだけだった。
そんな真人とガーネットの様子をみていたルファードだったが、またあの疑問が再燃していた。
常人には考えつかない魔道具や神器を持ち、領主様と対等、いやそれ以上で話す真人殿は・・・魔神とは一体なんなのかと。
そんなことを考えていると、つい口に出してしまった。
「まさか本当に神様なのか・・・?」
その言葉を聞いた真人以外の全員がルファードへと視線を向けた。
ルファードが、ウッ!とひるんでいると、そばにいたローニャが口を開いた。
「ルファード様。何を今さら。先程も申しあげたように、神器を使えるのは本人か眷属の方のみです。それに精霊王のアル様やハイエルフのヴィア様を従えていることからもあきらかでしょう」
そしてクリスが威圧しながら言った。
「ルファード。マスターは紛れもないこの世界の神。それを疑うなら今回の件はなかったことになる」
真人は腕を組ながらクリスに声をかけた。
「まぁ待て。クリス。俺もまだ正体をあかしてなかったんだ。大目にみてやれ。ルファード。すまなかったな。それにいい機会だ。ちょうどガーネットもいる。改めて名乗ろう。だが他言無用で頼む」
クリス、アル、ヴィア、リン、ローニャ、以外の5人はゴクリと喉を鳴らした。
真人は5人が見える扉の方へと移動した。
「俺はこの世界で神の名を持つ『迷宮魔神』だ。呼ぶ時は真人でいい。メイグウダンジョン・・・いや、魔の森全域は俺の支配下にある。困ったことがあったら言ってくれ。それとラルゴ村のダンジョンは、俺の管理下ではあるが、守護するのはリンだ」
真人が言霊を使った瞬間、神気のオーラが立ち上がり、5人は強制的に膝をつかされた。
次にクリスが真人の右側に並び言った。
「魔神の右腕。クリス」
ヴィアが左側へと並んだ。
「魔神の左腕。ヴィア」
アルはクリスの隣、リンはヴィアの隣へと移動した。
「魔神の眷属。精霊王アルですわ」
「魔神のけんぞく?リンですっ!」
眷属の意味がわからなかったのか最後に首を傾げながら言ったリンのおかげでなんとも和やかなものになったが、ルファードたちは納得し、ガーネットとエバンスは感動のあまり涙を流していた。
なお、ガイレンは口を開けて呆けていたため、ヴィアにギルドマスターなんだからシャキッとしろ!と怒られ、ローニャは仲間になりたそうな目で真人たちを見ていた。
こうして無事?に面会を終え、真人がガーネットと別れ際に握手を交わし、エバンスに案内されて屋敷の外に出た。
ルファードとベネットは詳細を詰めるために少し残ることになり、屋敷の前でローニャとガイレンと別れ、真人たちはラルゴ村へと戻るのであった。
ちなみに真人たちは、リンの家の前の広場に魔道具の家を出して寝泊まりしていた。
これは以前真人が作った物で、他にもテントや小屋等もあり、これらは空間収納を付与された魔道具を持ってる者に渡してある。
真人が唖然となったのは、クリスたち7人を筆頭に、100人程の獣人族や亜人たちが頭を垂れて膝まづいていたからだ。
そしてクリスが1人立ち上がると、真人の元へと近づき言った。
「マスター。お礼参り!」
真人は唖然とした状態からハッと我に返り、思わず叫んだ。
「クリス!報復しに行くわけじゃないんだぞ!」
「マスター。何言ってる?日頃感謝の気持ち込めて獣人たちがお礼したいって言うから街作りを手伝いにきてもらった」
そこに獣人たちのまとめ役と思われるエルフの女性が顔を上げて言った。
かつて奴隷から解放される際にヴィアのことを心配し最後まで残っていた者だ。
彼女は獣人ではないが、ヴィアと同じエルフだということ、思慮深く面倒見がいいことを理由にまとめ役になった。
「そうでございます。魔神様。このような私たちを庇護下に置いていただき感謝の念も絶えません。せめてもの恩返しさせていただくためにも我々一同精一杯従事させていただきます」
「クリス。お礼参りの意味がわかってるのか?」
「ゼノに教えてもらったけど?」
「私共もゼノ様やヴィア様に教えていただきました。奴隷で苦しい時、たしかに私共は神様に助けを求めたのです。それが叶い随分経ちますが、神様であらせられる魔神様にようやく恩返しできる機会をいただけたのです。日頃の感謝の気持ちを行動で返そうと思います」
「あ。そっちか。うーん。たしかに願いが叶ったのなら、お礼参りってことで合ってるのか?まぁ、いいか。それでどうやって連れてきたんだ?」
「ん。簡単。ゲート使った」
「ああ。なるほど。手が足りないから助かるのは事実だな。よし!お前たち頼んだぞ!」
「「「「「はっ!」」」」」
獣人たちは元気よく返事をして散らばっていった。
どうやら真人が起きる前にクリスたちが指示していたようだ。
「で、ここに残ったお前たちがメイグウ市までついてくるのか?」
真人の言葉を聞き、全員が立ち上がった。
「マスター。正解!と言いたいところだけど、ディーネとジョイナは言われたことをしてなかったから罰として獣人たちの監督、それと獣人たちが建てた家のあとに治水工事までさせる」
「「えっ!?そんなの聞いてないっ!」」
メイグウ市について行く気満々だった2人は、揃って抗議の声を上げようとするが、クリスとアルの冷ややかな目に怯え肩を落とした。
すると離れたところにいるシロツメとクロツメを見ながらルタが言った。
「ならボクたちも残るよ。人が住むなら農地ができるだろうし、そしたら鍛治場が必要になるよね。そうなるとサラの火も要ることになるからね。今度は転移じゃなくて馬車で行くでしょ?」
それは単にシロツメとクロツメを連れていけと言ってるようだった。
「ん。わかった。どちらにしろ森の位置をズラしたかったからちょうどいい。マスター。馬車で行こう。それとディーネ!さっさと湖を広げるように!ジョイナは獣人たちを手伝って家を建てるように!特に主要施設を先に!」
真人はクリスの指示を聞きながら少し感動していた。
俺がいなくても任せて大丈夫そうだと。
ちなみにリンはまだ寝ており、起きてきた頃には、すでに真人たちの姿はなく、お留守番となったことを悲しむことになった。
それにリンには以前、ダンジョンの管理者であるため、自分の好きなように采配していいと言ってある。
わからなければ補佐につけた先程のエルフの女性が助言してくれることだろう。
それと、倉庫とは別にリンの家の横に小さな小屋を建て、その中にゲートを付与した頑丈な扉を設置し、獣人たちがいつでも家に帰れるようにした。
◇◇◇
真人たちがダンジョンの外に出ると、昨日の雨が嘘のように快晴で、そこらじゅうにある水溜まりにキラキラと日差しが反射していた。
そんな中、シロツメとクロツメを前に真人が顎に手を当てて悩んでいるとアルが声をかけてきた。
「主様?何を悩んでるんですの?もしかして馬車がないんですの?」
「アル。馬車ならある。誰もが驚くすごいのが」
「クリス姉様の言うとおり、あれは王族ですら持ってなさそうですよね」
「そ、そうなんですの?見てみたいですわ。主様」
「いや。なに。4人ならシロツメとクロツメに2人ずつ乗ればと考えていただけだ」
「「「っ!?」」」
3人は真人の言葉を聞いてすぐに顔を近づけ、コソコソと話し始めた。
「こ、これは主様に抱き付くチャンスなのでは・・・?」
「ん。たしかに堂々とくっつける」
「おもいっきりスーハーしていいってことですねっ!」
「「・・・ヴィア。天才っ!」」
「となると、ここは公平にじゃんけんでしょうか?」
「いや。それだと公平に見えて公平じゃない」
「たしかに。3人で交代ずつはどうかしら?」
「「それだっ!」」
「お~い。何やってんだ~?先に行くぞ~」
3人が真人の声がした方を見ると、離れたところにシロツメに乗り、クロツメを並走させてる真人の姿が見えた。
「「えっ!?そんなっ!?」」
「フフッ。じゃあ2人共。お先に」
「「あっ!?ズルッ!」」
アルとヴィアがあたふたしているとクリスは転移を使い真人の背中へと移動した。
しかし、いきなり1人分の体重が加わったシロツメは、びっくりして後ろ足で立ち上がった。
そして、シロツメの予想外の行動で、背中に移動したクリスが落ちまいと真人に抱き付き、真人も予想外の重みが加わったため、クリスとともに落下することとなった。
クリスは真人に抱き付けることに幸せを感じながら落下地点にゲートを出現させ難を逃れ、無事に別の場所へと着地した。
「ふぅ。危なかった。ふふっ。マスターの匂い」
「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」
クリスが真人に抱き付いて満足していると叫び声が聞こえた。
振り向くと、そこにアルとヴィアが悲鳴とともに突っ込んできた。
どうやら追いかけてきたアルとヴィアの進路上に出たようだ。
真人はすぐにクリスとの間に結界を発動させると、クリスはアルとヴィアがぶつかってきたことにより結界へと押され、ムギュッ!と潰れたような声をあげた。
「「「あいたたた・・・」」」
3人が悶絶を打っていると、真人が冷ややかな視線を向けていることに気づいた。
3人が冷や汗が垂らしていると、無言で馬車を出し、真人は馬車を指さしながら言った。
「3人共!ハウスっ!」
「「「は、はいっっっっっ!」」」
クリスとヴィアは渋々と馬車の中へと入り、アルは馬車に視線を奪われながら入っていった。
真人はシロツメを落ち着かせ、白銀の馬具をつけながら声をかけた。
「シロツメ、クロツメすまんな。馬車をひいてくれ」
『主様の頼みとあれば・・・。ですがあの3人は置いていってもよろしいのでは?勝手についてきますよ?』
『そうです。主様。あの3人はほっといて我々に乗って駆けて行きましょう!』
「はははっ。それも楽しそうだな。その時はリンも乗せてやろう。だがそれは次の機会だ。今は馬車を頼む」
『『はっ!仰せのままに!』』
◇◇◇
シロツメとクロツメがゆっくりと進み始める一方、馬車の中では言い争いが起きていた。
「クリス姉様のせいで真人様の匂いが嗅げなかったじゃないですかっ!」
「そうですわよ!クリス!どうしてくれるんですのっ!」
「黙れ。2人共。そんなに言うならこれはいらないってことね」
「な、なんですの?」
「ク、クリス姉様。なんですかそれ?」
クリスは球状の結界を手のひらの上でポンポン跳ねさせていた。
「こんなこともあろうかとマスターの匂いを結界に閉じ込めておいた。フフン」
「「っ!?」」
「今なら特別に2つに分けてもいい」
「ほ、本物ですか?」
「クリス。対価はなんですの?」
「間違いなく本物。しかも取りたて。対価は・・・ん。メイグウ市の用事が終わったら、マスターと2人きりにするなんてどう?」
「くっ!有効なのは今日だけですわよね?」
「くっ!背に腹は変えられません。私はその条件をのみます」
「ヴ、ヴィア?本気ですの?」
「アル様。私は本気です。一生の宝物にしますっ!」
「ほらほら。アルはどうする?」
「わ、わかったわ。条件をのむわ」
「よし。契約完了」
クリスはそう言うと、2人に向けてポイッと結界の球を投げ渡した。
「「わっ!?」」
2人は慌てて受けとると、うっとりとした表情で結界の球を眺めた。
しかし、いきなり馬車が止まり、2人の手から結界の球が地面へと落下してパリンと割れた。
「「「・・・・・」」」
普通の地面ならクリスの結界は割れることはなかっただろう。
しかし、この馬車の地面は真人の魔力で作られているため、クリスの結界でもガラスのように割れてしまったのだ。
クリスは約束を取りつけたことで上機嫌に、アルとヴィアは絶望な表情をしながら扉へと歩いていった。
◇◇◇
3人が言い争いをしている頃、真人は軽快に馬車を走らせていた。
以前走らせた時より比べ物にならない速度だ。
その理由はルタとサラが抉れた跡を綺麗に整地していたからだ。
そのおかげで以前は道が悪かったため、それなりしか出せなかった速度が舗装された道のように出せるようになり、おまけに抉れた跡が真っ直ぐに続いているため、飛ばすにはもってこいの道になっていたのだ。
シロツメとクロツメも久しぶりに真人と一緒に走れることを喜び、どんどん速度を上げていった。
真人が周りを見ながら馬車を走らせていると、そういえばクリスが森の位置をとか言ってたな。もう少しで森があった位置だが・・・。と気づいた。
そしてシロツメとクロツメに指示した。
「シロツメ、クロツメ。止まってくれ!」
シロツメとクロツメは真人の指示を不思議に思いながらも、駆け足を止めた。
しばらくすると馬車の中から、上機嫌な足取りのクリスと、呆然とした足取りのアルとヴィアが現れた。
真人は首を傾げながら3人に近づいていった。
「ん?どうしたんだ?クリス。森があった付近に着いたぞ?」
「ん。そういうことか。マスターありがと。ほら2人共!シャキッとするっ!」
「「で、でも・・・。匂いが・・・」」
「匂い?」
「マスター。なんでもない」
「「・・・・・」」
2人が涙目になっているとクリスがため息をつきながら言った。
「しょうがない。マスター。耳貸して」
「な、なんだ?」
「ゴニョゴニョゴニョ・・・」
「そんなんでいいのか?別に構わんが・・・」
「「?」」
2人が涙目で真人とクリスを見ていると、突然真人が2人に近づいていき頭を撫でた。
「「っ!?」」
そして真人に頭を撫でられた2人は恍惚した表情となった。
真人が撫でるのを止め、2人が余韻に浸っていると、クリスが2人の頭をはたいた。
「2人共!気持ち悪い顔しない!」
「もう!せっかくいいところでしたのに!」
「クリス姉様!ひどいですっ!」
「そんなことより・・・」
クリスは2人を連れて真人から離れ、コソコソと話し始めた。
「なんですの?クリス?」
「ここに森をと思ってたんだけど・・・」
「けど?ここに森をつくればいいんですよね?」
「面白いこと考えついたから・・・ゴニョゴニョ」
アルとヴィアが森を再生させようとしたところで、クリスの案によって待ったがかかり、クリスが道を造ったあとに真人には秘密裏で進めることになった。
アルとヴィアはその案を聞いてニヤリとなりながら了承するのだった。
◇◇◇
後日、3人は真人に内緒でこの場所を訪れ、その案を実行した。
そしてマスターロードは綺麗な姿を取り戻し、以前、野営した場所にあった森は3人に跡形もなく吹き飛ばされたため、ディーネとジョイナに広げられた湖の周りに、かつてより過ごしやすい環境で森を作り、そこにクリスが捕まえたニビウサギの半分を放すことにした。
また、かつてあった森の場所には、クリス、アル、ヴィアの手により豪華な建物が建てられ、その中にある真人の銅像・・・もとい白銀に輝くミスリル像へ祈ると良いことがあると言いふらし、少しずつ真人教なるものを布教していくのだった。
◇◇◇
真人は、また悪巧みを考えてるな。と感じつつも、大人しく馬車へと入っていった3人を眺め、自分も御者席へと座わり手綱を握った。
しばらく馬車を走らせていると遠くにメイグウ市の門が見えてきた。
そこには、長蛇の列・・・というより門付近で騒ぎが起きているようだった。
真人が遠見の魔法を使い確認すると、門兵たちが入門しようとしている商人や旅人を止めているようだ。
冒険者たちと思われる者が出てくることから入門することだけできないようだ。
真人が不思議に思いながら門に近づいていくと、ベガレットを見つけ、そちらに向かうことにした。
しかし、豪華できらびやかな馬車が登場したことにより一斉に注目を浴び、誰もが口を閉ざし、シーンとなった。
真人が顔をひきつらせていると、馬車に気づいたベガレットが近づいてきた。
「失礼します!私はこの街の門の兵長をしているベガレットと申します!そちらの馬車には・・・あれっ?真人殿!?」
ベガレットは、見慣れない豪華絢爛な馬車にまさか王族でも乗っているのか。と問いかけたかったのか、御者席に真人が乗っていることに気づき唖然となった。
「よう。兵長。この騒ぎは一体なんなんだ?」
ベガレットは真人の言葉にハッとなると、顔を歪めながら叫んだ。
「これは真人殿のせいなんだ!昨日、魔道具も水晶も壊してくれただろう!身分証を持たない商人なんかが入れなくて困ってるんだ!」
ベガレットの物言いに商人たちは目付きを変えた。
しかし、馬車や真人の身なりを見て、自分たちより階級が上だと判断したのか、食って掛かることはなかった。
「ああ。そのことか。出向いて正解だったな。とりあえず・・・ローニャはきているだろ?ローニャ!」
「はい。ここに!」
魔道具のことならローニャが来ているだろうとベガレットに問いかけると、ベガレットの後ろからローニャが現れた。
ベガレットは驚いて跳び跳ねた。
「うわっ!びっくりした。いつの間にきてたんだ!?」
「最初からいましたよ。私たちメイグウ商会にとって真人様は絶対の神様なのですから。真人様も私がいることをわかってましたよ?ね?真人様?」
「ま、まぁ。そうだな。ローニャ。これを設置してくれ」
真人はポイッと魔力認証の魔道具をローニャへと投げ渡した。
「かしこまりました」
「兵長!たしか水晶の効果は犯罪歴の把握だったか?」
「あ、ああ。そうだが・・・。なんでそんなこと聞くんだ?」
すると真人は創造魔法を使い魔力をこめると、手のひらが一瞬輝き、そこには水晶が現れていた。
そして、ベガレットが口をパクパクさせているところに水晶を投げ渡した。
「おっ!?おおっ!?おっと!あぶねぇっ!真人殿!こんな貴重な物投げないでくれ!それにしても・・・本物なのか・・・?」
「ああ。それは俺が保証しよう。ところでルファード殿のところに行きたいんだが、貴族用の門を通っていいか?」
「あ、ああ。向こうは商人たちでまだかかるだろうからな。真人殿なら問題ないだろう。しかしその大きさの馬車が通れる・・・か?」
「大丈夫だ。調整する」
真人が魔力をこめると、シロツメ、クロツメ、馬車が輝くと、サイズが一回りほど小さくなった。
真人が作り出したため、サイズの調整もお手のものだ。
「な、なにが起きた!?百歩譲って馬が小さくなるのはわかる!希に魔物の血を引いてるのがいるからな。しかし馬車が小さくなるのはおかしいだろう!?」
「そうか?普通だと思うぞ?じゃあな。兵長。魔道具はローニャにつけてもらってくれ」
真人は後ろ手を振りながら門をくぐり、街に馬車を進ませていると、シロツメとクロツメが歩きにくいと文句を言ってきたため、サイズを戻し、注目されながら街を進み貴族街へとやってきた。
貴族街の入口には門兵が立っており、ルファードの屋敷の場所を聞くと、見慣れない馬車を不審に思いながらも素直に教えてくれた。
真人は、それでいいのか?と思いつつも門兵に礼を言い、貴族街をしばらく進むと、ルファードの屋敷と思われる建物に到着した。
屋敷の門に馬車を横付けし、さて、どうしようか。と迷っていると、慌てた様子のベネットが走ってきた。
ベネットは門に近寄り、ようやく真人の姿を確認できたのか目を見開いた。
「な、なんて見事な馬車・・・。あ、あなたは昨日の・・・」
「馬車の上から失礼する。ルファード殿はご在宅だろうか?」
「し、少々お待ち下さいませっ!」
ベネットは気品あふれる真人の姿に少し怯えた様子で屋敷の方へと走っていった。
すると馬車の窓からアルが顔を出して言った。
「主様?着きましたの?」
「ああ。着いたぞ。まだ少し時間がかかりそうだが・・・」
「わかりましたわ。では私たちも準備致しますわ」
「準備?何の準備だ・・・?」
「それは見てからのお楽しみですわ」
真人がしばらく暇をもて余していると、ベネットが走ってくるのが見えた。
同時に馬車の扉が開き、コツコツと階段を降りてくる音が聞こえた。
真人は普段聞き慣れない足音を聞いて訝しみながら扉の方へと振り向くと、そこには・・・
美しいドレスを着た3人の姿があった。
クリスは白銀、アルは白銀に近い薄緑、ヴィアは白銀に近い薄紫で、2人はスレンダーラインのドレス、クリスは何故かミニタイプのドレスだ。
ちなみに今日の真人はこの世界にないスーツのような服を着ている。
真人が3人に見とれて呆然としていると、クリスが右手を頭に左手を腰に当てポーズを決めながら言った。おまけにウィンク付きだ。
「マスター。どう?」
「あ、ああ。似合ってるんじゃないか・・・?」
真人がわけもわからず軽い返事を返すと、アルとヴィアが詰め寄った。
「主様!私はどうかしら!?」
「真人様!私はっ!?私はっ!?」
「あ、ああ。いいんじゃないか?それにしてもどうしてそんな格好を?なんでクリスだけ違うんだ?」
「ん。足元にあんなヒラヒラしたのあったら邪魔!」
「もちろん主様の隣にふさわしい格好だからですわ」
「真人様に褒めてもらうためですっ!」
三者三様の意見だったが、なんとなく言いたいことを真人は理解した。
「だが、社交界でもなんでもないんだぞ?もっとパーティーとかで着た方がよかったんじゃないのか?」
「ん。そんなの興味ない。マスターに見てもらえればそれでいい」
「そ、そうか」
すると4人の様子を窺っていたベネットが恐る恐る声をかけてきた。
「あ、あの・・・?よろしいでしょうか?旦那様からお通しするように許可がおりたのですが・・・」
「ああ。すまんな。少し待っててくれ」
ベネットが鉄製のアーチ型の門をゆっくり開けて、馬車と門を交互に見比べた。
「あ、あれ?馬車が大きくて通らない・・・かも?」
門を見上げてオロオロしていると、4人が近づいてきた。
「どうしたんだ?」
「えっ?あっ。申し訳ありません。どうやら馬車の方が通らななそう・・・あれっ!?馬車はどこに!?それに馬もいない!?」
真人はベネットが門を見上げてるうちに馬車を空間収納に入れ、シロツメとクロツメはダンジョンへと戻らせていた。
さらに、歩きにくそうなヒールと、ドレスが汚れてしまわないように、3人を結界に乗せ、地上から少し浮かせて運ぶという配慮までしていた。
4人は呆然としているベネットを横目に門をくぐり歩いていると、ベネットが慌てて門を閉めて追いついてきた。
そのまま屋敷の入口に着くと、ベネットが振り返り丁寧にお辞儀をして言った。
「ようこそおいでくださいました。案内とお世話を仰せつかっておりますメイドのベネットと申します。どうぞお見知りおきを」
「丁寧にどうも。俺は真人だ。こっちの3人は・・・」
「私はクリス!マスターのお世話は私がするからしなくていい!」
「アルですわ。案内だけでよろしいですわ」
「ヴィアです。私が真人様の夜のご奉仕までするので大丈夫です!」
「「・・・・・」」
真人とベネットが顔をひきつらせながら3人を見ていると、勘違いしたのか頬を赤く染めた。
「マ、マスター。そんな見つめられると照れる」
「あ、主様。まだ明るいですわ・・・」
「真人様!防音の魔道具持ってきてますよ!それともここに家でも出しますか!?」
すると真人は無言で闇魔法を使い、3人の目元を黒い靄で覆った。
これがのちに眼鏡の魔道具に付与され、色付き眼鏡の魔道具になるとは誰も知らない。
アルとヴィアは突然目の前が暗くなったことに困惑した。
「「ま、前が見えないっ!」」
そしてクリスは靄を消そうと必死になった。
だが、闇魔法の弱点である光魔法やクリスの聖魔法でも消すことはできなかった。
「うぐぐっ!消えない~見えない~」
「3人共。大人しくしてろ!ベネット。悪かった。気にしないでくれ」
「・・・仲がよろしいのですね。そういえば真人様自身が御者をなされておりましたが・・・」
「こいつらに任すと、ろくでもないことしでかすからな」
真人が3人に厳しい視線を送ると、何かを感じとったのか、見えてないはずの3人は一斉にそっぽを向いた。
ベネットはその様子を見て苦笑すると、どうぞ。こちらへ。と案内を始めた。
4人のやり取りを見て、最初のような怯えは消えたようだ。
真人が3人を乗せたまま結界を操り連れて行くと、ベネットは一番奥の大きな扉の前で止まりノックした。
すると中から、入りたまえ。と声が聞こえ、ベネットは扉を開けると真人たちを中に入るよう促した。
案内された部屋は応接室のようで、ルファードがソファーに座っていた。
ルファードは真人たちが部屋に入ってくると立ち上がって言った。
「ようこそ。改めて、私はルファード・トルアンだ。歓迎しよう。遠慮しないでくつろいでくれ」
「俺は真人だ。こっちの3人は・・・いや、気にしないでくれ」
真人は結界を壁際へと動かした。
3人は壁に向かって一生懸命自己紹介することとなった。
ルファードは目を細めながら、あれでいいのか?と問うも、真人は頷くだけだった。
お互いの自己紹介も終わり、2人がソファーに腰掛けると、ベネットが台車を押して入ってきた。
真人は、あの台車はメイグウ商会のか?と思いつつ見ていると、ベネットは壁際に立たされている3人に気づき、ギョッ!となりつつ給仕し始めた。
その間もチラチラと3人の方へ視線が向かっていた。
男2人で向かい合っていると、真人が先に口を開いた。
「先日はリンを保護してもらい助かった。ルファード殿。ありがとう」
「いや。私もベネットも楽しい時をすごせた。よければまたリンを連れてきてくれ」
「それはかまわないが・・・。失礼だが貴殿は妻子はいないのか?貴族ならその辺も責務のうちだと思うが・・・」
「私は元々王都に住んでいたんだが、妻とリンと同じぐらいの娘を盗賊に襲われて亡くしたんだ。それ以来、王都の孤児院や教会に寄付を行っていてな。しかし、王都では貴族たちが懐に金を入れようと必死で、子供たちに回る前に汚い大人たちの手によって搾取されることも多々あった。そのことに我慢できなかった私はメイグウ市には孤児が存在しない素晴らしい街だと噂を聞き、最近この街に越してきたんだ」
「そうか。すまないことを聞いた」
「いや。いいんだ。気にしないでくれ。うっ!?」
真人はルファードの話しを聞きながら思うことがあったが抑えた。
しかし、壁際で聞き耳を立てていた3人からは、貴族が搾取していると話しを聞き、魔力という殺気が漏れていた。
「3人共。落ち着け」
真人は3人に声をかけて落ち着かせ、闇魔法を解いた。
すると3人はいきなり壁が現れたことに驚き叫んだ。
「マスター!なんでこんな所に!」
「主様!まさか私たちは壁に向かって話したんですの!?」
「真人様!ひどいですっ!目隠しするからてっきり襲ってくると期待してたのに!」
「大人しくできないなら帰らすぞ?」
真人の言葉に3人はビクッとなり、借りてきた猫のように静かになった。
「ははっ。元気があっていいじゃないか!しかし、真人殿の周りには見目麗しい女性がたくさんいるな!」
「いや。子供みたいなもんだ」
3人は無言でムッと真人を睨んだ。
真人は3人の睨みを、シッシッと手の甲で振り払う仕草をして返した。
「そういえば名前を窺っても?先程はちゃんと聞き取れなくてな」
「ん。私はクリス!マスターの正妻!」
「私はヴィアです!真人様の側室ですっ!」
「私はアルですわ。えっ?わ、私はえーっと・・・」
「ははっ。仲がいいのはいいことだ。それで真人殿一つ聞きたいことがあるのだが」
「なんだ?」
ルファードは真剣な顔になり、真人へと顔を近づけて言った。
「リンは魔族なのだろう?私も最初、リンの角は飾りだと思ってたんだがな。ベネットが着替えを手伝った時に気づいて報告してきたんだ」
「魔族だったらどうするんだ?」
真人は目を細めてルファードに問いかけた。
「どうこうするつもりはないさ。ただ不便してないか気になってな。リンは相手を思いやれる優しい心を持ってるみたいだからな」
ルファードの言葉に真人はホッとなった。
「リンは魔族ではない。俺の眷属だからな」
「マスター。それを言ったら私たちみんなも眷属」
「まぁ。そうだな。俺たちは魔力で繋がっているし家族のようなもんだしな」
「ま、真人殿?眷属とは?貴殿は一体何者なのだ?そういえば昨日姿がいきなり消えたあれはなんだったんだ?」
「それを知ってしまったらこっちのことを手伝ってもらうことになるぞ?ラルゴ村は人手不足だからな」
「そ、そうか。少し考えさせてくれ」
「ああ。十分考えてくれ。何かあればメイグウ商会のローニャに言うといい」
「やはりメイグウ商会とも付き合いがあるのか・・・」
「それよりルファード殿は魔族を見たことあるのか?」
「いや。私は王都にある図書館の文献で見ただけだ。といっても角が生えてたり、獣の耳が生えてたりと獣人や亜人も含まれていて曖昧な存在となっていたがな」
「そうなのか。実は俺も魔族というのを見たことないんだ。王都に行ったら図書館で調べてみよう」
「ああ。あそこにはこの国の成り立ちから本当かわからんことが書いてある様々な本まで入り交じって中々面白いぞ。是非行ってみてくれ」
「そうしよう。それはそうと、今日の本題に入ろう。俺たちはリンの件でお礼を渡しにきたんだ。さて何が欲しい?見たところ金には困ってないようだが・・・」
「いきなり言われても特に思いつかんのだが・・・」
「たしかにそうだな。ふむ。エリクサーなんかはどうだ?貴殿も助かる命を前にしたことがあるんじゃないか?」
「っ!?」
「マスター!エリクサーは止めといた方が・・・」
「クリスいいんだ。それだけリンの事には恩義を感じているし、ルファード殿なら使い方を誤ることはないだろう」
「エ、エリクサー?あの伝説の・・・?」
「そうだ。だが死者を生き返らせることはできないし、不死になるわけでもないぞ?」
ルファードはゴクリと喉を鳴らし考えこんだ。
しばらくしてルファードは口を開いた。
「では2ついいだろうか?」
「ん?エリクサーをか?」
「いや。エリクサーなど必要ない。私が欲しいのは目がよくなる魔道具と手を保護する魔道具が欲しい。もちろんあればの話しだが」
「だ、旦那様・・・。それは・・・」
「それならエリクサーでもいいんじゃないか?目もよくなるだろうし手の怪我もよくなるぞ?」
ルファードは立ち上がるとベネットの後ろへと回り両手で肩を掴んだ。
「エリクサーだとその時は治っても、次またなったら同じだろう?ベネットはな、私のために野菜や庭園の世話をしてるんだが、中には毒性の物が混じったりすることがあってな。飛沫やらが飛んできて今はボンヤリとしか見えないそうなんだ。手も土をいじってたらこの通り傷だらけで見てられないんだ。まぁ私はこの手を誇りに感じているし、私自身も土をいじることが嫌いではないからな」
ルファードはベネットの手を取ると微笑みながら大事そうに包んだ。
「ううっ。だ、旦那様・・・」
「うっ。マスター。早く出してあげて」
「主様。私からもお願いしますわ。ぐすっ」
「まびどさまぁ~。おねがいじますぅ~」
「ふむ。確かに作れないこともない」
「そ、それでは!?作ってもらえるのか!?」
「いや。それだと根本的な解決とはならないだろう」
「そうか・・・。そうだな・・・」
ルファードは真人の言葉にガックシと肩を落とした。
「まぁそう気落ちするな。ルファード殿。それよりもいい解決方法があるぞ?」
「本当かっ!?」
「ああ。先程話したラルゴ村は薬草の産地でな。そこの土は魔力を豊富に含んでいておまけに柔らかいから怪我することもないし、毒性の野草は生えることもない。やり方次第で野菜も植えることができるだろう。それにポーションを生産していけば家庭でも常飲できるようになる。もし移住する気があるならそこに屋敷を建ててやろう。もちろんリンにも会えると思うぞ?」
「移住・・・。屋敷を建てる・・・。ちなみに断ればどうなる?」
「その時は、目を治して目を保護する魔道具と手を保護する魔道具を作ろう」
「そうか・・・。大変魅力的な話しだが・・・。私も貴族だからな、簡単に移住などできないんだ。領主様に話しを通さなければならん。仮に許可が出ても相当な時間がかかるだろう」
「ふむ。その辺はなんとかしてやれると思うぞ。俺が領主に申し出よう。あとはガイレンとローニャも巻き込むか。ラルゴ村は今から街へと発展する規模になってくる。どちらにせよ代官が必要だ。だから政務を任せたいんだ」
「なに?ラルゴ村が・・・?ベネット。どうする?」
「旦那様のしたいようにすればよろしいかと・・・。ただ私はこの方たちについて行った方がいいと思います」
「ふむ。なぜだ?」
「勘ですかね。あとエルフ様の名前はヴィア様とおっしゃいました。髪も白銀ということは、以前王都でも噂が流れた御方なのでしょう。その方たちを従えている真人様は間違いなくそれ以上の実力の持ち主なのだと思われます」
「噂・・・?白銀の戦乙女かっ!」
ルファードがヴィアの顔を見ようとすると、ヴィアは真人の背中にサッと隠れた。
ルファードは顎に手を当て少し考える素振りを見せてから口を開いた。
「よし。私もベネットも移住したいと思う。真人殿どうか協力していただけないだろうか?」
「わかった。ルファード殿。こちらも助かるよ。アルとヴィアはガイレン殿とローニャを連れてきてくれ。俺の名前を出していい」
「「わかりました!」」
「マスター。私は?」
「クリスは・・・。そうだな。ダンジョンからリンを連れてきてくれ」
「ん。わかった」
アルとヴィアがベネットの案内で退出すると、クリスはすぐに転移を使いダンジョンへと向かった。
その様子をルファードはポカーンと口を開けて見ていた。
10分程経つと、リンを連れてクリスが戻ってきた。
リンは一瞬で見知らぬ建物に移動してきて、わけがわからないようで、目を何度もパチパチとさせていた。
そこに真人が声をかけた。
「リン。大丈夫か?」
リンは真人の言葉にハッとなった。
「あ、あれ?なんで主様がこんなところに?ここはどこでしょうか?クリスお姉ちゃんにいきなり手を繋がれて・・・」
真人がジト目でクリスを見ると、クリスはそっぽを向いた。
リンが状況についていけず、ボーッとしながら回りを見渡すと、ルファードと目が合った。
「あれっ?昨日の人?ここは昨日きた家?」
「ああ。そうだ。ここは昨日リンがきた私の屋敷だ。よくきたね」
「さっきまでダンジョンにいたのにクリスお姉ちゃんすごいっ!」
「フフン。私はマスターの次にすごいからね」
クリスが自慢気に胸を張っているのをリンがキラキラとした目で見ていた。
その様子を真人とルファードは微笑みながら見ていると、ノックが聞こえルファードが、入れ。と言い、ベネットが入室してきて言った。
「旦那様。アル様とヴィア様が冒険者ギルドのギルドマスター、ガイレン様とメイグウ商会の商会長、ローニャ様を連れて戻られました。現在、門の前で待機してもらっております。いかがいたしましょう?」
「なにっ!?もうか!?早すぎじゃないか!?」
「はい。私も驚きましたが、事実です」
「ルファード殿。外に行こう。そのまま領主の屋敷へ行く」
「なっ!?真人殿!さすがに一報もなしとは早急すぎないか!?」
「いや。思いたったが吉日。善は急げだ。行くぞ!クリス!リン!」
「ん」
「はいっ!」
リンはなぜ自分が連れてこられのかわかっていなかったが、真人に名前を呼ばれたことが嬉しくて元気よく返事をした。
そしてルファードとベネットは困惑しながら真人たちが退出していったあとを追いかけた。
真人たちが外に出ると、アル、ヴィア、ガイレン、ローニャが門の前に立っていた。
真人の姿に気づいたアルとヴィアは嬉しそうな顔を、ローニャは丁寧なお辞儀を、ガイレンはしかめた顔をした。
アルとヴィアがガイレンの嫌そうな顔に気づくと、殺気のこもった魔力をぶつけガイレンは顔を青ざめさせた。
そして恐る恐る声を出した。
「ま、真人殿?俺たちはなぜ呼ばれたんだ?俺も結構忙しい身なんだが・・・。なぁ?ローニャ?」
ローニャはいつもとは違い、目の色を変えてガイレンを睨むように答えた。
「は?何を言ってるのですか?真人様の呼び出しは絶対なのです。何をしてても優先すべき事案なのですよ?忙しいというのは理由になりません」
女性3人に睨まれたガイレンは震えながら真人を見た。
すると真人は苦笑いしながら言った。
「ガイレン殿。すまんな。少し付き合って欲しい所があってな」
「ど、どこに行くんだ?それにルファード様も?」
「ガイレン殿。わざわざすまないね」
「ん?2人は知り合いなのか?」
「知り合いとまではないが、街の外に出る時には、冒険者の護衛をつけるからな。依頼を頼んだりするんだ」
「そういうことか。では向かうとしよう」
真人は門の外に出ると、空間収納から馬車を取り出し、ゲートを発動させシロツメとクロツメを呼んだ。
ルファード、ベネット、ガイレンが唖然としている中、ローニャは当然という顔をしており、クリス、アル、ヴィアは険しい顔をして拳を握った。
真人はリンの脇に手を差し込んで持ち上げると御者席に座らせ、自身も乗り込もうとすると誰1人動いていないことに気づいた。
そして、クリスたち3人は案の定ジャンケンをし始め、見かねた真人はローニャたち4人を手招きで呼び寄せ、馬車の後ろへと回り、階段を出現させて乗るように言った。
ルファード、ベネット、ガイレンは今だに唖然としておりローニャは目を輝かせて颯爽とした足取りで馬車の中へと入っていった。
真人が御者席のリンの隣に座ると3人を置いてシロツメとクロツメは出発した。
リンはチラチラと3人のことを気にしていたが、多くの人通りや街並みに気をとられ次第に忘れていった。
◇◇◇
一方、馬車の中へと足を踏み入れた4人は、目を何度もこすりながら周りを確認していた。
そこには何度見ても広大な草原で、奥の方には家と思われる建物が建っているのだ。
そしていち早く我に返ったルファードが声を出した。
「ガ、ガイレン殿。これは馬車の中なのか・・・?」
「ルファード様。馬車の中のはずですが・・・。ローニャ。これは魔道具なのか・・・?」
「いえ。これは魔道具ではありません。メイグウ商会でも馬車は取り扱っておりますが、これは王族でも持っていないでしょう」
「ローニャ殿。メイグウ商会でも扱っていない馬車で、魔道具でもないとすればこれはなんなのだ?」
「ルファード様。そんなの決まっております。神器ですよ」
「「「神器っっっ!?」」」
3人が驚いていると、入口付近が輝き始め、焦った様子のクリスたちが現れた。
どうやら先に進んだ馬車に気づき、転移してきたようだ。
「ふぅ。また置いていかれるとこだった。2人が早く負けないから」
「今度から早い者勝ちにしましょ」
「それだと絶対ケンカになりますよ。それに転移持ちのクリス姉様が有利です」
「それもそうね。何かいい案がないかしら?あら?ローニャたちはこんなところに突っ立って何をしてるのかしら?」
「い、いえ。アル様たちがいきなり現れたのに驚いて」
他の3人は神器という言葉といきなり現れた3人を見て口をパクパクさせていた。
その様子を見てヴィアが不思議そうに声をあげた。
「ガイレン。なんでそんな驚いてるの?真人様の正体わかってるでしょ?」
「そ、それはそうなんだが・・・」
ルファードはヴィアとガイレンのやりとりをみながらローニャに小声で問い掛けた。
「ローニャ殿。真人殿や彼女らは一体何者なんだ?ただ者ではないことだけはわかるのだが・・・」
「ルファード様。こればっかりは私の口から言えることではありません。ただ、神器を扱えているという時点でお察しできるでしょう」
「・・・・・」
「旦那様。これ以上深入りするのは・・・」
「そうだな。コソコソ嗅ぎ回るのは私の趣味じゃないな。まず信用されるためにはこちらも信用していこう。それから真人殿に聞いてみよう」
「ん。賢い選択」
「そうですわね。あなたたちなら歓迎できそうだわ」
「「っ!?」」
そこに、ヴィアとガイレンをよそに、気配を消して3人のやり取りを聞いていたクリスとアルが突然現れた。
ローニャは驚かなかったが、ルファードとベネットは声も出せず驚いていた。
「そんなに驚かなくていいのに」
「そうね。それよりお茶にしましょ」
クリスは指輪の空間収納からテーブルを取り出し、そこに人数分のカップと筒状の物を置いた。
ちなみに離れたところでは、何故かヴィアとガイレンが模擬戦のようなものを始めており、相手にならないガイレンがヴィアに追いかけ回されていた。
ルファードとベネットはその筒状の物を見て目を見開いた。
そしてその2人よりさらに興奮している人物がいた。
「ク、クリス様!こ、これはもしかして新作の魔道具ですかっ!?」
「そう。すぐ着くから手早く飲めるやつ。でもマスターしか作れないからまだ出すのは先」
「そ、そうですか・・・。でも試作ってことですよねっ!?私たちに見せるってことは販売される可能性があるってことですよねっ!?」
ローニャはキラキラした目でクリスに詰め寄った。
「どうどう。ローニャ。落ち着いて。これはリンがこの2人に見せてしまったからしょうがなくって感じ」
「な、名前は!?名前はなんですかっ!?」
「な、名前?なんだったかな・・・?」
「主様は温度調整付水筒?と確かおっしゃってましたわ。言いにくいから水筒でいいとおっしゃってましたわ」
そこに、我を取り戻したルファードが見覚えがある形を見て入ってきた。
「あ、あのアル殿?それはリンが持っていた?」
「ええ。そうよ。主様は過保護だからなんでも持たせてしまうのよね」
「ふんふん。アルは何もいらないと。マスターに言っとこ」
「クリスッ!そんなこと一言も言ってませんわよっ!」
2人は言い争いを始め、結局水筒は飲まれることはなかった。
◇◇◇
真人が馬車を走らせ、リンはキラキラとした目で景色を見ていた。
15分程走らせると遠くに領主の屋敷が見えてきて、リンが額に手を当てながら言った。
「わぁ~。おっきい家。主様?あそこに行くの?」
「そうだぞ。リン。だが、リンのダンジョンの方がもっと大きいんだぞ?」
「ふぁっ?私の家のこと?私の家はちっさいよ?」
「ははっ。そうだな」
真人はグリグリとリンの頭を撫で回した。
「あははっ!主様!くすぐったいよっ!」
リンと話しをしながら馬車を進め、屋敷の前に着くと、真人は門に立っている衛兵を見下ろした。
見知らぬ男と子供にどう接していいか困惑したのか、左右にいる衛兵たちは顔をひきつらせていた。
すると、馬車の後ろの扉が開き、ガイレン、ローニャ、ベネット、ルファード、ヴィア、アル、クリスの順で降りてきた。
これは位が低い者から順に降りてきたからだ。
ベネットだけはルファード付きで例外だが、大抵の者は給仕の服を着ているためそれで判断できる。
これで衛兵たちも大体の身分が把握できるのだ。
しかし、衛兵たちの面識がある人物の中にこの豪華で立派な馬車を持っている者はいないと記憶していた。
それに見たことのない若い女性3人がこの街の貴族であるルファードよりも後から降りてきたことによりさらに困惑することになった。
「ガイレン殿、ローニャ殿、ルファード男爵。ようこそおいでくださいました。来訪のご用件を伺ってもよろしいでしょうか?それとそちらの女性方は・・・」
「ああ。領主様に面会を頼みたい。こちらは、ヴィア殿、アル殿、クリス殿だ」
ルファードは面倒事をさけるために様付けはしなかった。
3人は特に気にすることなく、御者席に座っている真人とリンのなごやかな様子を羨ましそうに見ていた。
そして衛兵たちは挨拶を終えると、他に誰が乗っているのかと不思議に思いながら、一番まずい相手へと声をかけた。
「おい!御者なのか従者なのかは知らんがさっさと降りろ!」
「この馬車は誰の持ち物か!答えろ!」
真人は、目をしばたたかせながら、おいおい。その言い方はまずいだろう。と思いながら馬車を先に降り、リンの脇に手を入れ持ち上げ、優しく降ろした。
この衛兵たちの態度に目の色を変えたのは5人だ。
あの3人は言うまでもなく、さらにローニャにリンまでもが衛兵たちを睨み、魔力という殺気が漏れ始めた。
リンも魔力制御を覚えたおかげか、3人には劣るものの、それなりに魔力は放出できるようになったようだ。
衛兵たちが殺気に当てられ震えていると、真人が言った。
「この馬車は俺のだ。領主と面会をしたいから取り次いでくれ。そうだな・・・。『真人』と言えばわかる」
真人が言霊を使ったその瞬間、クリス、アル、ヴィア、リン、ローニャはバッと片膝をつき、残る3人と衛兵2人は強制的に膝をつかされた。
すると異常を感じたのか、屋敷の方から1人の白髪の老人が歩いてきた。
白髪の老人が門に近づき、真人たちの姿を見ると目を見開き、その様子を見た真人は片手を上げ声を掛けた。
「エバンス。元気だったか?」
「あ、あなた様は・・・」
エバンスは服が汚れるのを気にすることなく地面に片膝をついた。
「お久しぶりでございます。魔神様。お会いでき恐悦至極に存じます」
エバンスは真人に挨拶するとサッと立ち上がり、衛兵以外の8人も立ち上がった。
「それにクリス様。ヴィア様もお元気そうでなによりです。そちらのお二方は・・・?」
「私は風の精霊王アルよ」
「リンですっ」
「せっ!?精霊王様っ!?そうでございましたか。エバンスと申します。アル様。リン様。以後お見知りおきを」
「エバンス殿。お久しぶりです。お忙しいところ申し訳ありません。領主様に面会することはできますか?」
「これはルファード様。お久しぶりでございます。ローニャ殿。ガイレン殿。ベネット殿も。ルファード様。本来なら一報を受けてから日取りが決まるものなのですが・・・」
エバンスは真人の方をチラッと見た。
「それは私も承知の上なのだが・・・」
ルファードが真人の方をチラッと見た。
「エバンス。領主と会うことはできるか?」
「他ならぬ魔神様の頼みであればお断りできるはずありません。どうぞ。こちらに。」
ルファードが絶句していると、エバンスはすぐに門を開け、案内を申し出た。
未だ立ち上がることのできない衛兵たちは、エバンスが膝をつくほどの人物だと知り、顔を青ざめさせて震えていると、それを見たエバンスが言った。
「何か失礼なことがございましたか?といってもあの者たちが膝をつかされてる時点で明白なのですが・・・」
「ん?いや何もなかったぞ?」
「・・・相変わらず魔神様はお優しいですね。寛大な処置恐れ入ります」
「ほんとになんもなかったんだが・・・。まぁいい。それより領主は元気か?」
「はい。ガーネット様はあれから見違えるように元気になりました。これも魔神様方のおかげです」
「そうか。それはなによりだ」
真人たちがゾロゾロとエバンスの案内に従い、屋敷の中へ入ると一室に通された。
「魔神様。すぐにガーネット様に話しを通してきますので、こちらの部屋でお待ち下さい」
しばらく待機していると、エバンスが呼びにきた。
呼ばれたのは、真人、クリス、アル、ヴィアだ。
呼ばれなかったリンは、離れまいと真人の足にしがみついた。
真人は苦笑しながらリンを抱き上げ、エバンスへと声をかけた。
「エバンス。この子も一緒でいいか?」
「魔神様。もしや、そのお方も特別なお方で・・・?」
「ああ。リンは俺の特別な存在だな」
「「「特別な存在っ!?」」」
「額の角は本物ということですか・・・」
すると3人がすり寄ってきた。
「マ、マスター。私も特別な存在だよね?」
「主様っ!もちろん私もですわよねっ?」
「真人様!私はっ?私はっ?」
「ん?ああ。3人共特殊な存在だな」
3人は興奮して真人が違う意味の言葉で言ったのが聞こえていなかった。
◇◇◇
エバンスが真人たちを案内したのは、見た目は質素で飾り気のない重厚な扉の前だった。
「むっ?ここはたしか領主の執務室か・・・。もっときらびやかだった気がするが・・・」
以前来た時に通路にあった装飾品の類いも一切取り払われていた。
「あの頃にあった物は全て処分しました。飾り気もなくお恥ずかしい限りですが、ガーネット様は倹約家といいますか・・・実質剛健といいますか・・・」
「いや。恥じることはないだろう。貴族特有の上部だけ、見た目だけ取り繕うよりこっちの方が断然いい」
エバンスは頷きながら扉をノックし、入ってくれ。と男の声が聞こえると、真人たちに中へと入るよう促した。
真人たちが執務室に入り、エバンスがガーネットの横に並ぶと、2人はいきなり深々と頭をさげてきた。
真人は困惑しつつ声をあげた。
「2人共。頭をあげてくれ」
真人が頭を上げた領主を見ると、金髪、碧眼で以前治療した時より体つきも逞しくなっていた。
すると領主が右手を胸に当て声を出した。
「魔神様。私はメイグウ市の領主、ガーネット・メイグウと申します。以前、私を治療して下さりありがとうございました。今までお礼を伝えることも出来ずに申し訳ありません。また息子の件も解決して下さっと伺いました。本当に感謝の念も絶えません。私に出来ることがあればなんでもおっしゃって下さい」
真人は抱えていたリンを足元に降ろした。
「いや。気にしないでくれ。と言いたいとこだが今日は一つお願いがあってきたんだ。その前に俺は『真人』だ。よろしく頼む。こっちにいるのが・・・」
「ん。クリス」
「風の精霊王アルですわ」
「ハイエルフのヴィアです」
「リン・・・ですっ!」
「そういえば、アルとヴィアはガーネット殿に会ったことがあるんだったな?」
「主様・・・。私が会ったことがあるのは先代の領主ですわ。たしか、ラジアスだったかしら」
「真人様。私も先代に一度だけです。ローニャの母のバーニャに任せきりでしたので」
「父をご存じでしたか。思えば街が急激に発展したのもメイグウ商会が出来てからでしたな。なるほど。バーニャさんの時から付き合いがあるということですね。それでお願いとはなんでしょうか?」
「まずはあの4人を呼んでもらえるか?」
ガーネットはエバンスの方を向き頷くと、エバンスはすぐに部屋を出ていき、しばらくするとルファード、ベネット、ローニャ、ガイレンが入ってきた。
部屋に入りガーネットと対面した4人はすぐに頭を下げた。
そしてガーネットは4人と挨拶を終えると真人と向き合った。
「魔神様・・・いえ、真人様。そちらへおかけください」
真人がソファーに座り、ガーネットも対面座った。
クリス、アル、ヴィアは真人の後ろに立ち、さらにその後ろに、ルファード、ベネット、ローニャ、ガイレンが立った。
リンがどうしようかとオロオロしていると、真人が手招きし、隣に座らせた。
リンが真人の隣に座り上機嫌の中、後ろに立っている3人は不満そうな顔をしていた。
そんなことには気づかずに真人とガーネットは話し始めた。
それは、ラルゴ村にダンジョンがあること、そこを真人の管理下におき、街をおこすこと、メイグウ商会の支部を作るなどを話し、最後にルファードの話しとなった。
真人がルファードの移住の話しをすると、ガーネットはルファードがこの街に越してきた経緯を聞き及んでいたためか、2つ返事で了承し、国王への進言と手続きも速やかにおこなうと約束した。
但し、街と呼ぶにはまだ人口が足りないため、代官ではなく、村長の補佐という形となった。
普通は貴族位の者が村長の下につくなどあり得ないことだが、メイグウ市に住まう貴族は基本的に貴族の権力など知れたものと考えているため、ルファードも特に思うことはなかったようだ。
それに時間的猶予もあり、徐々に引き継いでいけということだろうとルファードは思うことにしたようだ。
そんなこんなですんなりと移住の件が解決していくのを、ルファードは口を挟む余裕もなくポカーンと見ているだけだった。
そんな真人とガーネットの様子をみていたルファードだったが、またあの疑問が再燃していた。
常人には考えつかない魔道具や神器を持ち、領主様と対等、いやそれ以上で話す真人殿は・・・魔神とは一体なんなのかと。
そんなことを考えていると、つい口に出してしまった。
「まさか本当に神様なのか・・・?」
その言葉を聞いた真人以外の全員がルファードへと視線を向けた。
ルファードが、ウッ!とひるんでいると、そばにいたローニャが口を開いた。
「ルファード様。何を今さら。先程も申しあげたように、神器を使えるのは本人か眷属の方のみです。それに精霊王のアル様やハイエルフのヴィア様を従えていることからもあきらかでしょう」
そしてクリスが威圧しながら言った。
「ルファード。マスターは紛れもないこの世界の神。それを疑うなら今回の件はなかったことになる」
真人は腕を組ながらクリスに声をかけた。
「まぁ待て。クリス。俺もまだ正体をあかしてなかったんだ。大目にみてやれ。ルファード。すまなかったな。それにいい機会だ。ちょうどガーネットもいる。改めて名乗ろう。だが他言無用で頼む」
クリス、アル、ヴィア、リン、ローニャ、以外の5人はゴクリと喉を鳴らした。
真人は5人が見える扉の方へと移動した。
「俺はこの世界で神の名を持つ『迷宮魔神』だ。呼ぶ時は真人でいい。メイグウダンジョン・・・いや、魔の森全域は俺の支配下にある。困ったことがあったら言ってくれ。それとラルゴ村のダンジョンは、俺の管理下ではあるが、守護するのはリンだ」
真人が言霊を使った瞬間、神気のオーラが立ち上がり、5人は強制的に膝をつかされた。
次にクリスが真人の右側に並び言った。
「魔神の右腕。クリス」
ヴィアが左側へと並んだ。
「魔神の左腕。ヴィア」
アルはクリスの隣、リンはヴィアの隣へと移動した。
「魔神の眷属。精霊王アルですわ」
「魔神のけんぞく?リンですっ!」
眷属の意味がわからなかったのか最後に首を傾げながら言ったリンのおかげでなんとも和やかなものになったが、ルファードたちは納得し、ガーネットとエバンスは感動のあまり涙を流していた。
なお、ガイレンは口を開けて呆けていたため、ヴィアにギルドマスターなんだからシャキッとしろ!と怒られ、ローニャは仲間になりたそうな目で真人たちを見ていた。
こうして無事?に面会を終え、真人がガーネットと別れ際に握手を交わし、エバンスに案内されて屋敷の外に出た。
ルファードとベネットは詳細を詰めるために少し残ることになり、屋敷の前でローニャとガイレンと別れ、真人たちはラルゴ村へと戻るのであった。
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