迷宮転生記

こなぴ

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第2章

第18話 リンの冒険

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 翌日、精霊王のアル、ディーネ、ルタ、サラとヴィア、ジョイナは朝食を食べ終え、湖の前に集まっていた。
 そしてアルがみんなに声をかけた。

「各自、昨日のうちに場所と内容は把握したわね?問題がありそうな場所はあったかしら?それとヴィアとジョイナは村の住人に声をかけたわね?」

「はい。アル様。村長と住人たちには、大規模な開拓を行うと伝えてあります」

「アル。ちょっといいかな?」

「なんですの?ルタ」

「昨日、ボクとサラで確認したんだけど、抉れた跡は問題ないけど、村の入口付近に門と壁が途中まで出来てたんだけどあれは?」

「あっ!それはクリス姉様が作ってる途中です。続きは領地がどこまでか確認してからになると思います」

「そういうこと。じゃあやっぱりあの道もクリスが作ったってことだね」

「えっ?道?道なんてありましたか?」

「ルタ。それがどうかしましたの?」

「いや。門と壁は別に良かったんだけど、その道も途中で抉れて破壊されてるんだよね」

「作り直せばいいのではなくて?」

「ボクが言いたいのは、その道が多分魔物化してるってことなんだ。なんか、ウーウー苦しんでるっぽい声が聞こえるんだよね」

「はぁ?道が魔物化?聞き間違いじゃないんですの?」

「いや。俺も一緒に確認したから間違いない」

「そう。それならみんなで確認しといた方がよさそうね」

 6人は村の入口へと移動すると、門と壁を見たジョイナが真っ先に声をあげた。

「さすがクリスお姉様!メイグウ市より立派!ミスリルをこんなに使ってるのなんて他の国にもない!」

「でもこれだと、住宅もそこそこ贅沢にしないといけなくなるよね?アル?」

「うーん。そうね。ルタ。街の顔である門も重要だけど、ここまでとなれば住宅もそれなりの外観が必要になってくるわね」

「アル様。いっそのこと全部ミスリルで作りますか!?白銀の街!」

「白銀の街!?なにそれ!かっこいい!ルタ様!ミスリルがたくさんいりますよ!」

「そんな眩しくて目も開けられないような街にするわけないでしょう!」

 ルタとアルが真面目な話しをしていると、ヴィアとジョイナが非常識なことを言い、一瞬でアルに却下された2人は肩を落としていた。
 そして話しをしながら、門を押したり、引いたり、魔力を込めてみても開かなかったため、壁の脇を通り抜け、道を確認するとルタとサラ以外は絶句した。

「あっ!?あーっ!?」

 いや、違った。
 ディーネだけは驚きのあまり、歩きながら食べていたロックワームの1本串(ジョイナにもらった)を落として叫んでいた。
 その声にアルがハッと我に返り声をあげた。

「ルタ!この道はもしかしてミスリルで出来てるのではなくて!?」

「うん。多分コンクリートとミスリルを混ぜたんだと思う。こんなの出来るのご主人様かクリスぐらい。しかもクリスの聖属性の魔力のせいか、ちょっとずつ修復してるんだよね。ほら抉れた先が少し輝いてるでしょ?」

「・・・輝いてるわね。信じられない光景だけどクリスが作ったのならあり得るのかしら?」

「それに声も聞こえるでしょ?」

「たしかに聞こえるわね。私にはクーンクーンと聞こえるわ。寂しそうな感じね」

「えっ?ボクにはウーウーって聞こえるけど?やっぱり魔物だから意思があるってことかな?まぁどっちにしろクリスにしか出来ないね」

 そこにヴィアが不思議そうな声を出した。

「ルタ様。あの棒はもしかして・・・街灯ですか?」

「多分ね。クリスたちの魔法で上半分溶けちゃってるけど、等間隔で街灯があったんだと思う。それに街灯の根元には魔物避けが付与された魔石がついてるよ」

「街灯はいい案だと思うわ。でもこの道が魔物だとしたらクリスは何をしようと考えてるのかしら?」

「クリス姉様のことですから、盗賊なんかを取り込むようにしてるんじゃないですか?」

「それは・・・ありえるわね。むしろその方がいいわね。私たちも負けずにやりましょう」

 6人は顔を見合せ頷きつつ、各々の作業へとりかかるのだった。

 ◇◇◇
 その頃、真人は悩んでいた。

「うーん。核もできたしダンジョンマスターにもなった。あとは何階層にするかだな。核の部屋は最下層だとして、やはりジョイナが言うように生産工場として利用するか?リンには核を守ってもらうことになるだろうし。それにしても俺自身が核にならなくてよかった。またダンジョンにこもりっきりになるとこだった」

 真人は1階層、2階層、3階層、4階層と階層を追加した。
 これは当初からだが、どれだけレベルやランクが上がろうが、1回の階層追加で出来上がる階層は3キロ四方だ。
 その3キロをベースに魔力を多く込めればもっと広大になるし、魔力を込める量を減らせば小さくなる仕組みだ。
 真人は作業しながら懐かしい気持ちになり、悩んだあげくやはり生産工場にすることにした。
 そして、1階層は住人たちが育てる予定の薬草や野菜類、それにポーションを生産する工場。
 2階層は広大な牧場を作り家畜を育てることにした。
 もちろんこの世界にはいない牛、豚、鶏で、こっちはゴブリンキングたちに管理を任せる予定で、長屋の方も2階層に移した。
 ちなみに、クリスが捕まえたのとは別のニビウサギの姿もある。
 クリスが捕まえたニビウサギは、群れのボスとするために、メイグウダンジョンの方で育てることになった。
 1階層、2階層は3キロ四方はあるが、村の住人とゴブリンキングたちを合わせてても60人程度しかいないので、今のところ入口から500メートル付近だけ利用することにした。
 人が増えたら規模を大きくすればいいだけだ。
 3階層はリンの居住階層で、ここは300メートル四方しかなく、奥側にクリスの家を小さくした日本家屋がある。
 家の他に倉庫が数棟あり、ここにポーションの在庫や野菜を保管できるようにしてある。
 4階層は入口に頑丈な扉をつけ、核の部屋とした。
 扉には魔力認証の魔道具がついており、部屋に入れるのは真人とクリス、リンだけだ。
 真人は顎に手を当て、とりあえずこれでいいか。と呟くと、ダンジョンの入口に転移した。
 外に出て上を見上げると青空が広がり、気持ちのよい天気に思わず伸びをした。
 澄み渡った空気を感じながら遠くを見渡すと、リンが走ってる姿があり、さらにその先に視線をやると湖の近くで水をかけ合ってるディーネとジョイナがいた。
 何やってんだあいつらは。と呆れてため息をつき、魔力を圧縮させて土魔法のストーンバレットを2人の近くに打ち込んだ。
 遠くからの水を叩きつける音と叫び声を聞きながら山の麓に降り、振り返ると険しい山の斜面の中腹にダンジョンの入口が見えた。

「ふむ。これを登るのは住人たちにはきついか」

 真人は1人ごちると、地面に手を当て魔力を流した。
 すると、ゴゴゴッ!と激しい音と地響きが起きた。
 さらに魔力をこめると、視界を遮るほどの砂ぼこりに見舞われた。
 真人が風魔法のウィンドで砂ぼこりを散らすと、そこに現れたのは、険しい山の姿ではなく、見上げるほど高い神殿のような作りをした真っ白な建物だった。
 山一体を利用したため、左右どちらに目をやっても装飾が入った壁が遥か先まで続いている。
 中央のぽっかりと開いた幅2メートル、高さ5メートルの内側が見透せない黒い場所が入口になっており、これを通過すると転移部屋となる。
 さらに入口には魔力認証が付与してあり、ここに登録されてある者以外は立ち入ることはできないようにしてある。
 ここから各階層に設置してある転移魔法陣へと跳べるわけだ。
 ちなみに建物というのは外観だけで、壁に神殿のような装飾が施してあると言った方が正しい。
 しかし、見るからに神聖な気配を漂わせており、常人ならば思わず祈りを捧げてしまいそうな雰囲気だ。
 真人はその様子に満足しながらダンジョンの中へと再び戻っていくのだった。
 のちにこの建物が、この世界で初めての病院となるのはまた別のお話。

 ◇◇◇
 時は少し遡り、村の入口方面からトボトボと歩いて湖近くに姿を現したのはディーネとジョイナだ。
 ディーネたちは昨日、湖をぐるっと一週回って下見を終わらせていた。

「昨日確認したけど、ここの湖は湧き水なんだよね~。山から流れこんでる川もないし」

「湧き出た水はどこにいってるのでしょう?」

「それは地下を通っていろんな場所に出てるよ。今のところは4箇所あるかな。一つは村の近くに出てるよ」

「いつの間に。どうやって見つけたんですか?」

「チッチッチッ!ジョイナ君。私はこれでも水の精霊王なのだよ!フフン!」

「あっ。そうでしたね。忘れてました」

 ジョイナは興味がなさそうに適当な口調で言った。

「ちょっ!ジョイナ!ひどくないっ!?もっと褒め称えてもいいんだよ!?」

「いえ。クリスお姉様にディーネ様を調子に乗らせるなと言われましたので」

「ぐぬぬ!クリスめ!あとで文句言ってやる!」

「ディーネ様も懲りませんね。クリスお姉様に軽くあしらわれて終わりなのに・・・」

「ジョイナ!なにか言った!?」

「いいえ。何も言ってませんよ。それよりクリスお姉様は山沿いに広げろと言ってましたがどうしますか?」

「うーん。とりあえずメイグウ市付近まで広げて、あとはメイグウダンジョンの精霊湖と繋げればいいかな。湖には魔力も大量に含まれてるからリルとギンも来れるだろうし。どれどれ。冷たいかな?」

 ディーネは袖を捲りあげて腕を湖に浸けると、ブルッと身震いした。

「ふあぁぁぁぁっ!?冷たいっ!」

「ひゃぁっ!ディーネ様!なんでこっちに飛ばすんですか!冷たいですよ!」

 水を浴びたジョイナは仕返しに手のひらで水を掬うすくうとディーネに向かって放った。

「ちょっ!?ジョイナ!それは反則!」

 ディーネも負けじと水を掬いジョイナに飛ばした。
 そこから水の掛け合いが始まった。
 しばらく水の掛け合いをしていると、ずぶ濡れの2人の近くで、ドボーンッ!と激しい音がした。
 何事か!と思い、音がした方を勢いよく見ると、2人は驚愕で目を見開き、そして叫んだ。

「な、なんですかっ!?ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ・・・」

「なにっ!?わぁぁぁぁぁぁぁぉぁぁぁぁぁっ・・・」

 2人は湖から溢れた急流のような流れに足を取られ流されていった・・・。

 ◇◇◇
 ルタとサラはというと、抉れた跡を土魔法で整地していた。

「うーん。魔法で整地するから早いけど、範囲が広過ぎる!移動する方が時間かかるよ!」

「ふむ。なら俺が背負って、歩きながら進むとしよう」

「それだっ!サラ。それでいこうっ!」

 サラはルタを背負うと早歩き程度の速さで歩いた。
 それにより格段に整地する速度が上がった2人は、メイグウ市まで半分程度の所まで進むと、シロツメに乗ったヴィアとクロツメに乗ったアルを発見した。
 ルタはヴィアとアルに向かって手を振りながら叫んだ。

「おーい!2人共!こんな所で何してるの?」

「あら。ルタ。サラ。もうこんな所まできたのね。私たちはこの辺りに森を作る予定よ。その前にルタたちに整地をお願いしようと思ってたからちょうどよかったわ」

「ほんとはもっと時間がかかると思ってたんだけど、サラに背負ってもらったからね」

「ルタ様。サラ様。シロツメとクロツメに乗ればよかったんじゃないですか?」

 すると2人は顔を青くしながら言った。

「い、いや。ボクは遠慮しておくよ・・・」

「お、俺もだ・・・」

「お二人共。まさか怖いんですか?」

「「怖くないっ!」」

 2人が声を重ねて叫んだ。
 ヴィアは訝しみながら2人の顔を見ると、2人は小さな声で呟いた。

「ちょっと高いところは・・・」

「俺は酔いそうで・・・」

 そこに笑いを堪えるように、口に手を当てたアルが言った。

「ならちょうどいいわね。クロツメは小さくなれるし、シロツメは回復魔法が使えるから酔うことは・・・あっ!?」

 2人は余程嫌だったのか、アルが言いきる前に走って逃げ出した。

「まぁあの2人の様子なら、今日中に整地も終わることでしょう」

「そうですね。それにしても、精霊王様にも苦手なことがあるんですね。意外です」

「あら。ヴィア。精霊王だからこそよ?人の感性を持てば、好き嫌いや出来る出来ないがあるのは当たり前のことだわ。ディーネが一番いい例ね」

「あ~。確かにディーネ様は・・・ちょっとアレですね・・・」

 アルとヴィアがディーネのことを思い出していると、どこからかディーネとジョイナの叫び声が聞こえた気がしたのだった。

 ◇◇◇
 真人に送り出されたリンは、1人で不安な気持ちと、外の景色を見れることに嬉しさを感じながら走り出した。
 少し進んでからダンジョンの方に振り返ると、真人が手を振っていたのでリンも大きく振り返した。

「フンフーン♪ちょっと不安だけど楽しみだなぁ~」

 元気よく走り、時々止まって腕輪を眺めてニヤニヤして、また走るを3回ほど繰り返すと不思議な場所が目に入った。
 リンにとってはどんなことでも新鮮に見えるようで気分は冒険者だ。

「わぁ~。水で道がなくなってる。何があったんだろう?べちゃべちゃだ。このまま進んだらクリスお姉ちゃんにもらった靴が汚れちゃうし・・・そうだっ!練習したやつ使ってみよう!」

 リンは水から20メートル程離れると、今朝の準備運動で使っていた、足に魔力を込めて跳躍することにした。
 ジョイナとの模擬戦で見たのを、見よう見まねで使ってなんとなく出来るようになったのだ。
 リンは知らなかったがそれは身体強化の魔法だった。
 誰にも教わることなく見ただけで使えるようになるとは中々の才能だろう。
 そうとは知らないリンは、助走する態勢に入って気合いを入れた。

「よ~し!いっくぞぉ~!」

 そして、ポフッ。ポフッ。となんとも気の抜ける足音をさせながら走り、水の手前で、ヤッ!という声と同時に地面を力強く踏み切った。

「やった!跳べた!わっ!おっ、おっととっ!ふぅ。危なかったぁ~」

 水は飛び越えられたが、魔力の調整がうまくいってなかったため、着地で倒れそうになるがなんとか堪えた。
 無事に飛び越えられたことに安堵し、先に進もうと足を動かそうとした。
 しかし、リンは不思議そうに首を傾げて言った。

「ん~。そういえば、ディーネ様とジョイナお姉ちゃんはどこにいるんだろう?湖の近くにいるはずなんだけど・・・まぁいっか!次は、えーっと。アル様とヴィア様のとこかな?2人に聞けばわかるかな!」

 リンは再び走り始め、遠くにシロツメとクロツメを引き連れて歩いているアルとヴィアの姿を見つけた。

「ほっほっほっと!着いたっ!アル様!ヴィア様!」

「あら。リン。ご苦労様。少し休憩していきなさい。何か飲むかしら?」

「はいっ!リーンのジュースが飲みたいですっ」

 アルは微笑みながら春風の空間収納からリーンのジュースが入ったカップを取り出してリンに差し出した。

「ふふっ。はい。どうぞ」

「わぁ~。ありがとうございますっ!ふぁ~。生き返る~」

 リンはカップを受けとると、一気に飲み干した。
 するとヴィアが呆れた表情で言った。

「・・・リン。ディーネ様みたいにおじさんくさいこと言わない」

「おじさん?ヴィア様。おじさんってなに?」

「ヴィア。リンにとっては全部新鮮なことだわ。今は感じたことを好きにやらせときなさい。リン。気にしなくてもいいわ。それより次はどこに行くのかしら?」

 ヴィアは渋々といった表情で頷き、リンに目をやった。

「次はルタ様とサラ様のとこですっ!あと主様から渡して欲しいって言われたのがありますっ!う~ん。どれかな?あっ!あった!これだ!はい。アル様。ヴィア様」

 リンは真人にもらった腕輪の空間収納から、見事な装飾が施されてある薄い布に包まれた2つの箱を2人に渡した。

「いい匂い・・・。こ、これは・・・?もしかしてお弁当?ま、まさか真人様の手作り?」

「え、ええ。ヴィア。どうやらそのようね・・・」

 2人は弁当を手に持ちながらゴクリと喉を鳴らした。

「リン。もう少ししたらお昼だわ。一緒に食べていかないかしら?」

「ん~。でもルタ様とサラ様にも渡さないといけないからあとにする!主様にもみんなに渡し終わったらって約束したし。そういえばディーネ様とジョイナお姉ちゃんを見なかったですか?湖の近くを通ったけど見当たらなくて」

 アルとヴィアは顔を見合せて答えた。

「ディーネとジョイナは見てないわね。あの2人は湖にでも落ちたんじゃないかしら?」

「否定出来ないのが悲しいですね。ルタ様とサラ様はこの綺麗になった地面を辿っていけば会えるよ」

「わかりましたっ!ルタ様とサラ様のとこに向かいますっ!」

「リン。待ちなさい。お腹が空くでしょう。チョコをあげるわ。暑いと溶けてしまうから今のうちに食べなさい」

「はぁ~い。わぁ。いい匂い。美味しそ~。いただきまぁ~す」

 リンはパクッとチョコを食べ、目を見開いた。

「ふぁっ!?あまぁ~い。美味しい」

「ふふっ。リンは可愛いわね」

「わ、私も。えーっと、たしかロックワームの1本串が・・・」

 アルはヴィアの言葉に白い目を向けたが、ヴィアはその目に気づいていなかった。
 あの見た目の悪いヤツを出すのか。と思いながらヴィアを見ていると、案の定リンは顔をしかめた。

「えっ?なんか気持ち悪いからいらない・・・」

 ヴィアはがっくりと肩を落とすのだった。

 ◇◇◇
 リンがアルとジョイナの元を出発した頃、逃げ出したルタとサラはというと。
 シロツメとクロツメが追いかけてこないことに安堵し、再びサラの背中に乗り作業していた。
 ルタが後方をチラチラと気にしながら作業していると、誰かが走って近づいてきてることに気づいた。
 それはリンだった。
 しかし、白い髪をしたリンが走ってきたことにより、シロツメが追いかけてきたと勘違いしたルタは焦った。

「サ、サラ!シロツメが追いかけてきた!早く走って!早く!」

「な、なにっ!?わかった!」

 2人は、整地するのを途中で投げ出し、すごい勢いでどこかへ走り去って行った。
 リンは、綺麗に整地された跡と、抉れた跡の境目に着くなり首を傾げた。

「あれ~?いないなぁ~。この辺にいるはずなんだけどなぁ?ここまでは綺麗になってるもんね!ルタ様もサラ様もすごいっ!」

 回りをキョロキョロと見渡すが、やはり2人の姿はなく、抉れた跡を追いかけると遠くに壁のような物が見えた。

「ん~?壁?あっちの方にいるのかな?」

 どうやらルタとサラはメイグウ市付近まで作業を進めていたらしく、リンは壁付近に2人がいるのではないかと判断したようだ。
 リンが壁の方に向かって走って行くと不思議な光景が目に入った。

「あれ?人がいっぱい並んでる?シロツメとクロツメに似たのもいっぱいいる。でもルタ様とサラ様は・・・いない。」

 リンはキョロキョロしながら列に並ぶことなく、トコトコと歩いて門に近づいていった。
 並んでいた商人や旅人、冒険者たちは1人で現れた子供に奇異の視線を向けていた。
 その視線に気づくことなく門の前までたどり着いたリンは、上を見上げながら感嘆な声を出した。

「おぉ~。おっきい扉。中に何があるんだろう?」

 そこに門兵が声をかけてきた。

「ん?お嬢ちゃん1人なのか?親とはぐれたのかい?」

 門兵はリンの品のいい服装を見て、どこぞのお穣様と判断したようだ。
 リンは知らない人間に声をかけられ、さらに周囲からの視線にも気付き固まってしまった。
 リンが呆けていた場所は、あいにく貴族用の門の前であった。
 そこに街に入ろうとしていた1台の豪華な馬車が停まった。
 停まったことに異変を感じたのか、1人の青年が馬車の扉から身を乗り出した。

「ん?子供?迷子か?」

「えっ?いや。まだわかりま・・・」

 門兵が少女の素性がはっきりしてないことを告げようとするが、青年は門兵の言葉に重ねるように言った。

「どれ。私が連れてってやろう。これだけ身なりがいいんだ。貴族の息女だろう。ん?その額の角は飾りか?随分可愛らしいな」

「えっ?あっ・・・」

 リンが困惑していると、青年は有無を言わせずリンを馬車に乗せてしまった。
 馬車に乗せられたリンは、きらびやかな内装に目を奪われながら声をあげた。

「わぁ~。きれ~」

「ははっ!そうだろうそうだろう!む?しかし変だな。貴族ならこの程度の馬車なら乗ったことあるだろうに。まぁいいか」

 リンは始めて乗る馬車に感動して、駆け足で流れていく外の景色を食い入るように見つめていた。
 青年もその様子を微笑ましく見ていた。
 青年の馬車は貴族街に入り、しばらくして屋敷につくとメイドの女性を呼び、リンを下ろさせ身なりを整えるように指示した。
 リンは緊張しながら女性のあとをキョロキョロと周りを気にしながらついていった。
 いくら貴族と言えど、毎日のように風呂にはいれるわけではなく、リンはクリーンの魔法をかけられると、服を脱がされメイドの女性が持ってきた服を着せられた。
 その際、メイドの女性が涙ぐんでいたため、リンが不思議な顔をしていると、理由を話し始めた。
 青年は妻とリンと同じぐらいの娘を盗賊に襲われ亡くし、王都の孤児院や教会に寄付を行っていた。
 その時にメイグウ市の噂を聞き、メイグウ市に孤児院のような施設はなく、孤児が存在しないことに感銘を受け、最近この街に越してきたばかりだと言う。
 この服も亡くなった娘の物だそうだ。
 リンは涙ぐみながらも、気丈に振る舞った。
 そうして着替えを終え、メイドの女性に連れられた場所は、青年の執務室と思われる場所だった。
 部屋に入ったリンに青年が目を向けると、少し感動した様子で声をあげた。

「おおっ!似合っているではないか!そちらにかけなさい」

 リンは近くにあったソファーに腰かけた。

「それで君の名前は?家はどのへんかわかるかな?」

「私はリンって言うの。この辺に家はないよ?私わね。えっとね。ラルゴ村?ってとこからきたの」

「ラルゴ村だと!?ここから馬車で3日はかかる場所じゃないか!ああ。親ときたのか。となると村長の娘になるのか?それにしては身なりが良すぎる気がしたが・・・」

「そうだっ!私、主様のところに帰らなきゃ・・・」

「主様?下働きってことか?まてまて!外はもうじき日が落ちる。今日は泊まっていきなさい。明日私も一緒に親を探してやろう」

「でも・・・」

「どちらにせよ、1人じゃ道がわからないだろう?」

 その時リンのお腹からグーッと音が鳴った。
 リンはアルにもらったチョコしか食べてないことを思い出すと、またグーッと鳴りお腹を押さえた。

「もう少ししたら料理ができる頃だろう。それまで我慢してくれ」

 リンはコクりと頷くと、先程案内されたメイドの女性に連れられ部屋を出た。
 そして満足するまで料理を食べ、与えられた部屋に戻るとベッドに横たわった。
 ラルゴ村から走り、慣れない人や慣れない場所にと緊張して疲れているはずのリンだが、中々寝ることができずに夜は更けていった。

 ◇◇◇
 日が落ちようとしてる時刻に、真人がダンジョン入口前の階段に両手をついて座っていると、焦った様子のクリスが現れた。

「マ、マスター!」

「どうした?クリス?そんなに慌てて」

「リンがこっちにきてない!?」

 「いや。きてないが・・・。戻ってきてないのか?」

「うん。まだ戻ってきてないみたい。みんなにも探してもらってるんだけど・・・」

 そこにアル、ディーネ、ルタ、サラ、ヴィア、ジョイナの6人が戻ってきてアルが言った。

「クリス。ダメですわ。見つかりませんわ。シロツメとクロツメは夜目が効くから少し遠くまで探しに行きましたわ」

「そう・・・」

 これに焦っていたのはルタとサラだ。
 2人は逃げ出したあとに遠回りしてアルとヴィアの元を訪れていた。
 アルとヴィアがお弁当を食べていることに気づいた2人は、どうしたの?そのお弁当。と聞くとアルとヴィアは声を揃えて、真人様の手作りの弁当!と自慢気に言い、さらに2人は、私たちの分は!?とアルとヴィアに詰め寄った。
 アルとヴィアは顔を見合せ、リンが届けに向かったはずだけど?と言うと2人は思い至ることがあったのか顔を青ざめさせた。
 遠回りしてアルとヴィアのところにきたが、シロツメとクロツメはここにいるのだ。
 その時は不思議に思わなかったが、今思えばシロツメ1匹で行動することはほとんどないし、シロツメなら気配を感じさせず近づくことができるだろう。
 ルタはよく確認しなかったが、もしかしてあれはリンだったのではないかと今さらながら気づき、もしあそこで会えていればと責任を感じているようだ。
 そしてさらに血の気が引いたような顔をしていると真人がボソッと呟いた。

「リンに何かあったら・・・。そうだな・・・。俺は自分を許さないだろうな。あの時リンを送り出したのは俺だからな」

 それは小さく呟いたはずなのに全員の耳に届き、叫び声よりもはるかに大きく聞こえた。
 その時、真人から可視できる程の神気のオーラが這い出てユラリと揺れた。
 クリス以外の6人は顔を上げることができずに俯かせ、ガクガクと立っているだけで精一杯だった。
 クリスですらブルブルと体を震わせていた。
 真人が神気をおさえ、探知を使い探すも、リンの魔力を感じることができなかった。
 正確には冒険者程度の魔力しか感じることしかできず膨大な数が反応し、居場所がわからなかったということだ。
 しかし、真人は言うほど心配していなかった。
 いや、心配はしているのだが、真人が渡した腕輪には物理防御、魔法防御が付与してあるため怪我などは負うことはまずないのだ。
 それに、ある程度の食料や金銭、衣類等、必要な物は入れてあるので、その辺もリンならうまいことやるだろうとも思っていた。
 そして何も成果がでることなく朝を迎えたのだった。

 ◇◇◇
 翌日、なんとか夜明け前に寝たリンが目を覚ますと、メイグウ市一帯は、まるで真人たちの心情を表したかのように雷雨が降り注いでいた。
 リンは寝ぼけ眼をこすりながら興味津々に窓に張り付いて空を見上げた。

「わぁ~。これが雨かぁ~。どこから降ってきてるのかな?それに時々ピカッて光るのはなんだろう?」

 そこにノックの音が聞こえ、メイドの女性が入ってきた。
 リンが不思議そうにしていると、服を脱がされて、元々着ていたクリスにもらった服を着せられた。
 どうやら洗濯したらしく、メイドの女性は、素晴らしいお召し物ですね。と言うと、褒められたことがわかったのか、リンは自慢するように胸を張った。
 着替えが終わり、メイドの女性がリンを少し大きめな部屋に案内すると、10人掛けのテーブルに青年が1人座っていた。
 リンが不思議そうにテーブルに近づくと青年が言った。

「今、朝食の準備中だ。座りなさい」

 するとリンはハッと思い付いたように言った。

「私はお弁当があるよ!そっちを食べる!うーん。ルタ様とサラ様の分だけど・・・一緒に食べようっ!」

「弁当・・・?なっ!?どこからっ!?」

 青年がリンの言葉に首を傾げていると、リンが腕輪の空間収納から弁当を3つ取り出した。
 青年は椅子から立ち上がって驚いた。
 するとリンは、小さめの可愛い装飾がされた布に包まれた箱を自分のところに起き、残り2つの落ち着いた色合いの装飾がしてある布で包まれた箱を持って、トコトコと青年の元へ運んび1つを置いた。

「はいっ。どぉーぞ」

「あ、ああ。ありがとう・・・」

 リンはもう1つの箱を持って、青年の後ろに控えていたメイドの女性のところに向かい、笑顔で箱を差し出した。

「はいっ。お姉さんも。一緒に食べよう」

 メイドの女性は目を丸くして驚いた。

「えっ・・・?私にも・・・?」

 メイドの女性は困惑しながら青年を向くと、青年は頷いた。

「ベネット。子供の頼みだ。お前も座りなさい」

「い、いいのでしょうか・・・?」

 メイドの女性・・・ベネットは恐る恐るテーブルへと近づいた。
 すると、リンが椅子に座りながら言った。

「お姉さんはリンの隣ねっ!」

 ベネットは、フフッ。と笑いながらリンに勧められた場所に座った。

「素晴らしいなこの布は。手触りも見た目も高級品に違いない。それに空間収納が付与されてる腕輪なんて初めてみたぞ?こんな国宝級の物を子供に与えるなんて・・・まさか他国の王族でも街に訪れてるのか?しかしリンはラルゴ村からきたと言ったな。うーん。わからん。知ってるとしたら、領主様だが、そんな話しは聞かないしな。あとは冒険者ギルドか・・・それとメイグウ商会だな。あとで行ってみるか」

「だん・・・!だんなさ・・・!旦那様っ!」

「ん?なんだ?」

 青年が箱が包まれていた布を見て一人ごちていると、ベネットが呼んでることに気づき我にかえると、リンが不思議そうな顔をしていた。

「んんっ!ではいただこうではないか」

 青年が咳払いをして誤魔化し、3人が包みを取り箱の蓋を取ると、そこには白いパンに挟まれた卵や野菜、肉などがぎっしり詰め込まれていた。
 リンは箱を開けると目を輝かせて叫んだ。

「やったぁー!サンドイッチだぁ!」

 リンのには、リンゴやオレンジの果物まで入っていた。

「「サンドイッチ?」」

 2人は顔を見合せた。

「リン。これはサンドイッチって言うのかい?」

「うん。そうだよ。この前もみんなで食べたんだぁ。美味しいよ!」

「そうか。では食べるとしよう」

「旦那様。まず私が毒味を」

「いや。いい。こんな純粋な子が毒などしかけるわけなかろう」

 青年はそう言いながらサンドイッチに手を伸ばした。
 するとリンが声をあげた。

「あっ!ダメだよ。食べる前にはちゃんといただきますしないと!」

「「いただきます?」」

「うん。こうやって両手を合わせて作ってくれた人に感謝の気持ちをこめて、いただきます!って言って、食べ終わったらごちそうさまでしたって言うんだよ!」

「ははっ。そうか。感謝の気持ちをこめてか・・・。考えたことなかったな。よし。わかった」

 2人はリンに習って両手を合わせた。

「「「いただきます!」」」

 青年は一つのサンドイッチを手に取ると首を傾げた。

「あ、あったかい・・・?な、なんということだ・・・。ま、まさか時間まで止まっていたということか・・・?」

 リンの隣ではベネットがサンドイッチを持って、これでもかと目を見開いている。

「だ、旦那様。この白いのはパンでしょうか・・・?それにしても柔らかすぎなんですが・・・」

 リンは2人の顔を交互に見ながら言った。

「2人共食べないの?あっ!そっか!飲み物だねっ!ちょっと待ってね。主様が色々入れてくれたからいっぱいあるんだぁ~」

 リンは空間収納からカップを3つと細長い筒を取り出しその筒を、ジャーン!と2人に見せつけた。
 2人は口をポカーンと開けてその様子を見ていた。
 リンがカップを並べ、筒の中身を注いでいると青年が呆然としながら問いかけた。

「リ、リン?そ、それは・・・?」

「これは私の大好きなリーンのジュースだよ?」

「い、いや。そ、その筒はなんだ?」

「これ?うーん。わかんない。主様に聞けばわかると思うけど。真ん中のボタン押して傾ければ出てくるんだよ!」

「そ、そうか・・・。とんでもない技術だ・・・。やはり他国からきた可能性が高いか・・・?」

 これは真人が密かに作った水筒の魔道具で、冷たくも温かくも調整できる優れものだ。
 もちろんリン用に、肩から掛けれるようヒモがついてる。
 そうとは知るよしもない2人は、リンから配られたカップをみて、あ、ああ。と軽い返事しかすることができなかった。
  リンは自分用の可愛く装飾がされてあるカップを手に取り、一口飲むと、美味しい!と言って、今度はサンドイッチを手に取り、ハムッと可愛らしく食べた。
 リンの平然とした様子を見て、気にしないことにした2人は、手に持っていたサンドイッチを口に運んだ。
 すると2人同時に目を見開き叫んだ。

「な、なんだこれは!うますぎる!」

「だ、旦那様!これはこの世の物とは思えない美味しさですよ!」

「でしょっ!フフン!」

 リンは鼻息を荒くさせ、自慢気に胸を張った。
 2人はしゃべることも忘れ、瞬く間にサンドイッチを食べ終わった。
 リンも食べ終わると両手を合わせた。
 それを見た2人も同じように両手を合わせて言った。

「「「ごちそうさまでした!」」」

「リン。ありがとう。久しぶりに楽しい食事ができたよ」

「私からも感謝を。こんな美味しい物生まれて初めて食べました」

「どういたしましてっ!」

「さて。リン。今日はリンの親を探しに街に出てみようと思うが、生憎の天気だ。どうする?」

「親?親って何?街に行けるの!?行きたいっ!」

「親を知らない?親と言うのは生んでくれた両親のことだ。いや・・・。リンの場合、主様になるのか?」

「あ、主様・・・?主様に会いたい・・・。早く帰らなきゃ」

 リンは涙を目に浮かべながら答えた。

「そうか・・・。なら早く探さなきゃな。昼前になったら街に向かおう」

「でも主様はラルゴ村にいるよ?だから門まで道がわかれば大丈夫」

「なにっ?ここまで1人できたのか!?」

「そうだよ?走ればすぐだし」

「・・・なぁ?ベネット。ラルゴ村までは馬車で3日はかかると思ってたんだが、俺の気のせいか?」

「いえ。気のせいではないかと」

「だよな。まぁなんにせよ、食事を頂いたんだ。こちらからもお返しせねばならん。リン。街に出たら好きな物を買ってやろう」

「えっ?でも私お金?持ってるよ?これで買ったり出来るんだよね?」

 リンは腕輪の空間収納から白金貨を手のひらに載るだけ取り出した。
 すると2人はギョッとなり、口をパクパクさせた。
 しばらく呆けていた2人だったが、我を取り戻し青年が言った。

「リン。それはしまいなさい。決して人前でむやみに出してはいけないよ。それにこれはお返しだから私がリンに買いたいんだ」

「ん~。そういうことなら。いいのかな?」

 青年は頷くと、御者に馬車を出すように伝えてくれとベネットに言うと、リンにも街に行くから準備するようにと言って部屋を出た。
 しばらくして、ベネットがリンを呼びにきて、青年とベネットとリンは馬車に乗り街へと繰り出すのだった。

 ◇◇◇
 リンたちが弁当を食べている頃、真人たちもラルゴ村のダンジョンで朝食を食べながら、メイグウ市へ向かおうと話しをしていた。
 話し合いの結果、やはりリンはメイグウ市の街の中にいるだろうと結論が出たため、しばらくしてダンジョンの外に出ると、激しい雷雨が降り注いでいた。
 生憎の空模様にアルが空を見上げながら言った。

「ところで主様?メイグウ市にはみんなで行くんですの?」

「そうだな。みんなでリンを迎えに行った方がいいだろう」

「でも、転移で一気に運べますのそれとも?クリスと二手に別れますの?」

「マスター。ディーネは重いからパス。それに今度は街の外に転移するようにしないと」

「ちょっ!クリス!転移に重さは関係ないでしょう!」

「うっ!?クリスは痛いところをつくな。そうだな。また捕まるわけにはいかないからな。門の近くに転移するか」

「でもこの天気ですわ。転移しても濡れてしまいますわ」

「その辺は考えてある。よし行くか」

 真人は自分と7人の頭上を結界で覆い、そのまま転移を発動させた。
 そして着いた場所は、今は破壊されてなくなったラルゴ村と王都、メイグウダンジョンへと向かう三方向の別れ道のところだった。
 しかし、足元には所々、水溜まりが出来ており、頭上にしか結界がなかったため、不運にもディーネとジョイナは水溜まりにはまっていた。
 ディーネとジョイナは揃って憤慨した。

「「なんで私たちだけ!」」

「あなたたちは昨日仕事をしてないからいい気味だわ!」

「ん。ジョイナはやっぱり水に近づくとロクなことがない」

 真人は、日頃の行いじゃないか?と言いつつ歩き始めた。
 すると、真人が歩くのと同時に、結界がついていくため、結界の範囲から外れたディーネとジョイナはさらに濡れることになった。
 しばらく歩いていると、遠くに門が見えてきた。
 この天気のせいか門には並んでる人の姿もほとんどなかった。
 門に着くと待たされることなく入れた真人たちは門兵に声をかけた。

「なぁ?ちょっと聞きたいんだが。昨日、白髪の小さい少女を見なかったか?」

「ああ。あの子か。子供が1人で現れたからよく覚えてるぞ。たしか貴族様が馬車に乗せて連れて行ったぞ?」

「貴族が・・・?連れ去った・・・?」

 その瞬間、真人から膨大な神気が漏れ、魔力認証の魔道具は砕け、水晶までもが粉々に砕けた。
 ちょうどそこに見回りを終えたベガレット通りかかり、異変を感じたのか慌てた様子で向かってきた。

「おいっ!水晶がっ!?一体何が・・・!?真人殿?なぜここに?」

 ベガレットが混乱していると、真人の姿を目にとらえ、不思議そうな顔をした。
 門兵がベガレットに、昨日の子供のことを真人たちが聞いてきたと伝えると、その門兵はベガレットにも報告していたらしく、すぐに話しが通った。

「あの子供は真人殿のお連れ様ですか。道理で品のいい服装をしていたと報告があるわけですね。その貴族の方なら大丈夫です。権力を振りかざすような方ではありません。強引なのがたまに傷ですが、おそらく善意での保護だと思われます」

 ホッと安心した真人は神気をおさえた。
 心なしか雨脚も弱まったようだ。
 同時にベガレットも安心すると、今度は真人の後ろに尋常じゃない気配を感じて視線を向けた。
 そこにはこの世の者とは思えない7人の美しい女性たちが控えていた。
 ベガレットが唖然としていると真人が言った。

「兵長。面倒かけた。俺たちはリンを迎えにいくよ」

「え、ええ。よろしければ案内しましょうか・・・?貴族街の屋敷になりますし」

「いや。大丈夫だ。貴族街の入口にも門兵がいるだろう?そっちで聞くよ」

「真人殿!頼むから面倒起こさないでくださいよ!」

「ああ。わかってるよ」

 真人が歩き始めると、7人もゾロゾロとあとをついていった。
 その後ろ姿に見とれながら、ベガレットが門兵に問いかけた。

「なぁ?なんで真人殿たちの周りだけ雨が降ってないんだ?」

「知りませんよ。そんなこと!それよりいいんですか?あのまま行かせて」

「だよな。まぁ構わんだろ。一応、ガイレンには報告しておくとしよう」

「では。自分が行ってきます」

「いや。待て。お前はあの方たちの恐ろしさをわかっていない。ガイレンのところには俺が行ってくる」

 真人たちが貴族街へと向かって歩いていると、やはり天気が悪いせいなのか人通りは少なかった。
 しかし、いつも通り屋台は営業しているようだ。
 そんな中ゾロゾロと見目美しい女性を引き連れた真人は非常に目立っていた。
 耳を澄ましてみれば、「ちっ。貴族が。ハーレムかよ」「どこかの国の王族の方かしら?」「なんて美しい人たちだ」「爆発しちまえ」と勝手に騒いでいた。
 真人はハーレムという言葉があることに驚きボソッと呟いた。

「ハーレムなんて言葉誰が広めたんだ?」

 すると、一番離れていたはずの、水溜まりで足元がビショビショに濡れたジョイナが突然言った。

「あっ。真人様。広めたわけじゃないですが、それは多分私が言いました」

「ジョイナは耳ざといな。聞こえてたか。なにっ?どこでなんて言ったんだ?」

「うんと確か・・・冒険者ギルドで、私は真人様のハーレムの一員だ!と言った気がします。ねぇ?ヴィア?」

「あ~。確かに私も言ったかも。これ以上増えられても困りますし」

「2人共!変なことを言わないように!」

「「いたっ!冷たいっ!」」

 真人は水魔法で小さな水の塊を作りだし、2人の顔めがけて飛ばした。
 するとクリスがニヤニヤしながら言った。

「ぷっ。2人共コソコソしてるから。私みたいに堂々と言わないと!あっ!?しまった」

「クリス。お前もか・・・」

 真人が呆れた顔で3人を見ているとアルが話しに入ってきた。

「3人は相変わらず主様に迷惑ばっかりかけてますわね。そうだ!主様。これを機に3人はダンジョンに置いて、私と旅はいかがかしら?」

「ふむ。それもありかもな」

「「「えっ!?そんなっ!?」」」

 アルは3人を見て勝ち誇った顔をした。
 そして3人は地面が濡れてるのにもかかわらず真人の腰にすがりついた。

「マ、マスター!そんなのダメッ!」

「真人様!冗談ですよねっ!?ねっ!?ねっ!?」

「真人様!おいてかないでっ!」

「お、おお・・・。わかったから離れてくれ」

「マスター!約束!」

「真人様!絶対ですからねっ!」

「真人様!どこまでもついていきますっ!」

「あ、ああ・・・」

 真人は3人のあまりの勢いに軽い返事しか返すことができずに、雨脚が強まる中歩いているとメイグウ商会が見えてきた。
 そして以前真人たちが購入したロックワームの1本串を売っている屋台を見つけると、ジョイナが真っ先に駆け出した。

「「「「「「「あっ・・・」」」」」」」

 それを見たジョイナ以外の全員が揃って声を上げた。

「ひゃぁぁぁぁぁぁぁ!なんでっ!?」

 ジョイナは結界の外に出たため、全身ずぶ濡れになった。
 そこにクリスが呟いた。

「やっぱりジョイナと雨の日にでかけない方がいい」

 みんながなんとも言えない顔をしていると、屋台のおばちゃんが声をかけてきた。

「あら。ジョイナちゃん。いらっしゃい。また来てくれたの。今日は随分大所帯ね。それにヴィアちゃんと、クリスちゃんにヴィアちゃんの旦那様ね」

 ジョイナはすぐに結界の範囲へと戻り、ブルブルッと体を揺さぶると、アルが顔をしかめながら言った。

「ジョイナ!ディーネみたいなことするのやめなさい!」

「えっ!?私そんなことしないっ!」

 ディーネが地団駄を踏んでいると、おばちゃんの言葉を聞いたクリスが顔色を変えて屋台の方に詰め寄った。

「「「「「「あっ・・・」」」」」」

 みんながクリスが珍しくドジったと期待するも、クリスが濡れることはなかった。
 どうやら自分で結界を展開したようだ。

「フフン。私はジョイナとは違う。そんなことより!おばちゃん!前も言ったけど私がせ・い・さ・い!ヴィアとジョイナは付き人!」

「あら。そうなのね。正妻にふさわしいクリスちゃんならロックワームの1本串買って行くわよね?」

「フフッ。私は正妻にふさわしいからね。もちろん買う!」

「「「「「「・・・・・」」」」」」

「クリス・・・・。意外とチョロいな・・・」

 みんながジト目で見ているのに気づかず、クリスは上機嫌に大量のロックワームの1本串を買っていった。
 真人たちが屋台をあとにして歩き始めると、3人は雨に濡れようがおかまいなしに言い争い始めた。
 いや、クリスだけはちゃっかり自分にだけ結界を使用していた。

「クリス姉様!付き人ってなんですか!私は側室ですよ!」

「そうです!クリスお姉様!私は愛人なのに付き人って!」

 2人にも譲れないこだわりがあるらしい。
 結局3人は言い争いをしながらついてきた。
 真人がその様子に苦笑していると、馬車から降りて、メイグウ商会に入る3人組の姿が目に入った。
 先頭は金髪の身なりのいい男、次に長い白髪の小さな子供、最後に茶髪でメイド服を着ている女性だ。
 その見覚えある後ろ姿が目に入った真人は思わず叫んだ。

「リン!」

 その声に振り向き、真人たちの姿を見たリンは、目を見開いて叫んだ。

「主様ぁっ!」

 そして一目散に真人に駆け寄り、思い切り抱きつくと、泣き出してしまった。

「うわぁぁぁぁぁぁん。主様ぁ~。寂しかったよぉぉぉぉぁ」

 知らない人の前では気丈に振る舞っていたが、まだまだ子供で本当は我慢していたようだ。
 リンの変わり様に、貴族の青年とベネットは驚いていた。
 そして真人たちに目をやり、さらに驚愕の表情となった。
 そこには雨が降っているにもかかわらず、一切濡れていない真人と、人間とは思えない7人の美しい女性たちが後ろに控えていたからだ。
 リンの声が聞こえたのか、いつの間にかクリスは真人の横に控えており、ヴィアとジョイナもキリッとした表情で立っていた。
 お姉ちゃんの威厳を保つためだろう。
 そこに恐る恐る青年が近づいてきた。

「貴殿がリンの・・・?」

「ああ。そうだが。あんたは?」

 真人の言い方にベネットがピクッと眉を吊り上げると、それを感じた青年は手を上げ制止させた。

「私はルファード・トルアンだ。この街では男爵の位を授かっている」

「そうか。少し待っていてくれ」

 さすがのルファードも真人のそっけない言葉に口元をヒクつかせた。
 真人はリンを下ろすと、しゃがみこみ視線を合わせて少し強い口調で叱った。

「ダメじゃないかリン!1人で街に入ったら!それに知らない人についていかないように!」

「ぐずんっ。ごべんなざいっ!」

 リンが目に涙を溜めながら謝ると、真人はリンを抱き締めて、頭を撫でながら問いかけた。

「リン。楽しかったか?」

 リンはパッと笑顔になり答えた。

「うんっ!楽しかった!」

「そうか。よかったな。少し大人しくしていてくれ」

 真人はリンを抱えて立ち上がり、ルファードに向き合った。
 そして軽く頭を下げた。

「リンを保護してくれて感謝する。俺は真人だ」

「あ、ああ。貴殿はどこかの王族なのか・・・?貴族に物怖じしない態度に、身なりといい。ましてや子供にあんな国宝級の魔道具を与えるなどとてもじゃないが考えられんのだが・・・」

 ルファードは声に出してから失態に気づいた。
 王族なら言葉遣いを改めた方がよかったか?と。

「いや。俺は王族でも貴族でもないぞ?ただの・・・人だ」

「ぷっ!マスター!それはない!」

 あまりの見当違いな真人の発言に、クリスが噴き出していた。
 そしてルファードは真人の言葉にホッとなったが新たな疑問が現れた。

「人?平民ってことか?だが身なりといい魔道具といい・・・説明がつかんな。メイグウ商会の関係者か?たしかあそこは不思議な魔道具やらを取り扱っていたな」

「なぁ?一人ごちてるとこ悪いがちょっといいか?」

「ん?ああ。なんだ?」

「今日のところは帰らせてもらおう。どうやらリンがお疲れのようだ。お礼は後日伺わせてもらう」

 リンは安心したのか泣き疲れたのか真人に抱き付きながら眠っていた。

「あ、ああ。慣れない環境に寝れなかったのかもしれん。配慮が足りなかったようだ。すまない」

「いや。いいんだ。リン自信も興味本位でついていっただろうし、体力のことまで気にしてなかったのだろう。ルファード殿が良い御仁で助かったよ。では。また会おう」

 真人はみんなの方を向き転移を発動させた。

「「き、消えたっ!?」」

 ルファードとベネットが驚いた声を上げる中、ラルゴ村のダンジョンの入口へとついた真人たち一行は、リンの寝ている姿をみて安堵の表情を浮かべた。
 するとクリスが、そういえば。といった感じで声を出した。

「マスター。転移で出てよかったの?まためんどいことになるんじゃ?」

「いや。大丈夫だろう。門の魔道具は壊れたはずだからな。明日ローニャの所に取り換えてもらうように行ってこよう。ついでにあの貴族の所にも寄ってくるか。礼は早い方がいいだろうしな」

「ん。お礼参り?奇襲でもかける?みんな集めなきゃ!」

「待て・・・。クリス。それは違うお礼参りだ!」

 真人はクリスに呆れた視線を向けながら、ダンジョンの中へ転移し、リンの家へ入り、リンを自分のベッドへ寝かせた。
 リンの初めての冒険は幕を閉じた。
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