迷宮転生記

こなぴ

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第2章

第12話 メイグウ市

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 精霊湖で朝を迎えた真人、クリス、ヴィア、ジョイナは、重い足取りでメイグウ市へと向かっていた。
 どうやら4人共興奮して寝れなかったようだ。
 メイグウ市の城壁の近くにたどり着くと、真人が立ち止まり両腕を組んで城壁を見上げた。

「マスター?どうしたの?」

「ふむ。人間もなかなか立派な城壁を作るもんだなって思ってな。ダンジョンの街の周りにも作ったが、あまりこだわらなかったからな」

「真人様の街は、門から入ることはありませんからね。転移の方が便利ってのもありますけど」

「真人様~。早く行きましょうよ~」

「ああ。そうだな」

 ジョイナにせがまれた真人は、3人を引き連れて、30人程並んでる城門へと向かった。
 順番がくると、ヴィアとジョイナは冒険者カードを見せ先に進み、クリスは水晶に手をかざし先に行き、真人も水晶に手をかざして、水晶を見ながら門兵に尋ねた。

「なぁ?この水晶で何がわかるんだ?」

「あぁ。これで犯罪歴がないか見てるんだ。身分証をもってないヤツは必ず見ることになっててな」

「そういうことか。ちなみに犯罪があるヤツだとどうなるんだ?」

「水晶の色が犯罪に応じて変わるんだ。窃盗なんかの軽犯罪だと赤、殺人なんかの重犯罪だと黒とかだな」

「へぇ。便利な魔道具なんだな」

「ここの領主様は、代々善政を布いてしいてくださってるからな。治安の良さは街の発展に繋がるってな!他の街なんて身分証がなけりゃ銀貨2枚取られるんだぜ!?まぁダンジョンのおかげってのもあるがな」

「そうか。それなら安心だな。ここで身分証を作ることにするよ」

「あぁ。そうした方がいい。兄ちゃんも安心して街を巡ってくれ」

 真人は門兵に礼を告げ、城門をくぐり広場に出ると、周りをキョロキョロしながら先に入った3人を探した。
 すると、少し先に騒がしい人だかりがあることに気づき、近寄ってみるとどうやら3人が住人と思われる人たちに囲まれているようだ。
 不思議に思いながらその様子を見ていると、困った顔をしたヴィアと目が合い、次の瞬間、ヴィアは地面を踏み込み跳躍して人だかりを飛び越えた。
 ヴィアが真人の横に並ぶと、そのあとからクリスが、住人たちと思われる人たちを軽く威圧して道を開けさせ、ジョイナはその後ろをしれっとついてきていた。

「クリス。あんまり住人を脅かさないようにな」

「わかってる。大分手加減した」

「真人様。また集まって来る前に早く行きましょう」

「そうだな。行くとするか」

 4人は歩き始め、真人は先程のことを聞いた。

「それで、さっきのはなんだったんだ?随分人気物だったみたいだが」

「真人様。どうやら白銀の戦乙女という噂が流れているようなんです。やっぱり私たちのことでしょうか?」

「それは初めて聞いたな。ヴィアとジョイナはよくこの街に来てただろうからわかるが、クリスは人化してからは初めてだろう?たしかに白銀の髪が3人もいれば目立つが・・・」

「マスター。私はヴィアとジョイナの妹って思われてるみたい。やって殺ってきていい?」

「まてまて!クリス!落ち着け!お前が可愛いから住人たちも見惚れてみとれててるんだと思うぞ!」

「マ、マスター。私、可愛い・・・?」

「ああ・・・。可愛いぞ・・・」

「むぅ。真人様!私はどうなんですか!可愛いですか!?」

「真人様!そうです!私のことどう思ってるんですか!?」

「お、おいっ。落ち着け!そんなことより、早く行くぞ!」

 3人に詰め寄られた真人は、結局返事を先送りにすることにした。

「ふふっ。マスター。早く行こう」

「ああっ!真人様!待って下さい!」

「真人様!返事を聞いてませんよっ!」

 真人とクリスが早足で歩き始めると、ヴィアとジョイナは焦って追いかけてきた。
 真人は初めて見るメイグウ市の街並みにキョロキョロしっぱなしだ。

「ふふっ。マスター。子供みたい」

「真人様。そんなに見る所ありませんよ?」

「そうですよ。ダンジョンの街の方が綺麗ですし」

「いいんだよ。生活感が溢れてるっていうのも風情があるだろ?」

「それよりマスター。どこに行くの?」

「真人様。まずは冒険者ギルドに行って冒険者登録しましょう」

「そうね。ジョイナ。あそこのギルドマスターは1回シメたことがあるから大丈夫でしょう。生きてればですが」

「シ、シメた?昭和のヤンキーじゃあるまいし・・・。大丈夫なのか・・・?」

「返り討ちにしただけですよ?しょうわのやんき?真人様なんですかそれ?美味しいんですか?」

「い、いや、食べ物じゃないぞ」

 真人はヴィアとジョイナがディーネに似てきていることをなんとかしなければと思いつつ足を進め、この世界では珍しい黒髪、白銀の髪の一行は、住人たちの注目を浴びながら冒険者ギルドに着いた。
 真人たちが冒険者ギルドの中に入ると、朝一ということもあり、冒険者たちでごった返していた。
 今からダンジョンへと向かうのだろう。
 真人はその様子を見て、腕を組みながらうんうんと頷いていた。
 クリスは、真人の様子を不思議に思い、首を傾げながら横から見上げており、ヴィアとジョイナは、冒険者たちの列を気にすることなく進み、2階に上がる階段の方へと進んでいた。
 そして、階段を上がろうとしたところで、受付から声が飛んできた。

「ちょっとあなたたち!用件があるならちゃんと列に並びなさい!それに2階は許可ない者は立ち入ることができません!」

 他の冒険者からも「そーだ!そーだ!ちゃんと並べ!」「俺たちも急いでるんだぞ!」「なぁ?あれって白銀の髪のエルフじゃあ・・・?」「まさかあの噂の?白銀の戦乙女?」という声が聞こえてきた。
 真人は、最もだ。と思い大人しく列に並び、クリスも真人のあとに続いた。

「クリスお姉様は真人様の前だと大人しいですね」

 ジョイナはそう言いながら渋々並ぼうとした。
 だが、ヴィアは違った。
 いきなり膨大な魔力で殺気を出し威圧し始めたのだ。
 その魔力に冒険者たちはガクガクと震え、膝をついた。
 すると、2階からドタドタと騒がしい音が聞こえ、1人の初老に差し掛かろうと見える男が慌てて階段から降りてきて叫んだ。

「お久しぶりです。オリヴィアの姉御!」

「うん。ガイレン。久しぶり。随分歳取ったね」

「ガイレン!生きてたんだ!」

「ジョイナの姉御もお久しぶりです。2人してひどいですよ!俺は人族ですからそりゃ老けますよ。2人はお変わりないようで。ところでこの状況は?」

「ああ。ちょっとね。嫌な雰囲気だったから黙らせたんだよね」

「ははっ。ヴィアの姉御は相変わらず厳しいですね。俺の若い頃もこんな感じでしたか」

「いや。ガイレンはもっとひどかったよ。いきなり決闘とか言い始めたからね」

「たしかに。あれはひどかったよね!ヴィアの威圧だけで終わったし!」

「そうでしたかね?昔のことなんで忘れました。ははっ」

 そこで、真人と先程声を飛ばしてきた女性が同時に声をあげた。
 冒険者たちは未だに立つことが出来ず、口をポカーンと開けて見ている状態だ。

「ヴィア。知り合いか?」

「ギルドマスター。お知り合いですか?」

「真人様。商会を立ちあげた当時のギルドマスターです」

「ああ。なるほど。その節はどうも」

 真人は会釈程度に頭を下げ、ガイレンは真人のその言葉を訝かしみいぶかしみながら会釈を返した。

「こちらの方たちは・・・」

「ガイレン。ここではダメ」

 ガイレンがヴィアたちをダンジョンの使者と紹介しようとしたが、騒ぎと混乱を避けたいヴィアは、先にガイレンを制した。
 ガイレンもそれに気づいたようで

「こちらの方たちは俺の客人だ。丁重にもてなすように。ギルドマスター室に案内するから飲み物を頼む。みなさんこちらへどうぞ」

 2階ギルドマスターの執務室を訪れた4人に、ガイレンは対面からソファーに座るように促した。
 真人とクリスは並んで座り、ヴィアとジョイナは2人の後ろへ立ち控えた。
 その様子を見てガイレンは目を細めながら問いかけてきた。

「オリヴィアの姉御とジョイナの姉御が後ろに立って、なぜあなたたちが座るのです?」

 そのガイレンの態度にクリスから魔力が漏れ始め、ヴィアは焦り始めた。

「っ!?クリス姉様っ!ガイレン!お前は勘違いしてる!こちらにいる方は私たちの主様、隣は私とジョイナの師匠だから逆らわない方がいい!逆らったら・・・」

「さ、逆らったら・・・?」

「謎の空間に取り込まれる」

「な、謎の空間・・・?」

「まぁ生きて返ってこれるかは運次第ってとこね」

「えっ!?そ、それは穏やかじゃないですね・・・」

「まぁ、ヴィアそのへんで。申し遅れた。俺は真人だ。2人が世話になったようで」

「ん。クリス」

 真人は少し頭を下げながら、クリスはお菓子を食べていたため、口元をヴィアに拭われてぬぐわれている。

「こちらこそ申し遅れました。ギルドマスターのガイレン・ダンパと申します。いえ、2人にはこちらの方がお世話になってしまいまして、感謝しております。それに2人の主様と師匠様となると・・・?」

「そのへんは想像に任せるよ。それで俺とクリスの冒険者登録をしてもらいたいんだが、出来るか?」

「それは出来ますが・・・」

 ガイレンはヴィアとジョイナを方にチラッと目を向けた。
 ヴィアはその意味を把握し

「ガイレン。実力は問題ないよ。なんてったって私たちが手も足も出ないから」

「真人様は優しくて強いんです!クリスお姉様は怖くて強いです・・・」

「ジョイナ。私が怖い・・・?」

 クリスが目を細めてジョイナを見た。
 ジョイナはブルッと体を震わせ背筋を伸ばした。

「いえっ!クリスお姉様も優しいですっ!」

「ん。よろしい」

「そ、そうですか・・・。ですが、規則のためCランクからになりますけどよろしいでしょうか?」

「ガイレン。それで問題ないよ。すぐに上がるから」

「わかりました。では先に登録して帰りに受付でカードを受け取れるようにしておきましょう」

「助かるよ」

 ガイレンは席を外し、すぐに戻ってきた。
 そして、手のひらに収まるサイズのカードを2枚テーブルに置いた。

「こちらのカードに魔力を流して下さい。それで登録は完了です。あとはこちらでランク等を記入しておきますので」

「あっ!クリス姉様!少しで大丈夫ですよ!」

 クリスがカードに魔力を流そうとすると、嫌な予感がしたヴィアが焦って声をあげた。

「ん。わかった」

 クリスが魔力を流すと、今度はガイレンが焦り始めた。

「クリス様!流しすぎ!流しすぎですよ!」

「えっ?少ししか流してないのに」

「あ、あれで少し・・・?」

「ま、まぁ無事登録出来てよかったな。さて俺も流してみるか」

 ガイレン、クリス、ヴィア、ジョイナは真人の真剣な表情にゴクッと喉を鳴らした。
 ただギルドカードに魔力を流すだけのはずなのに、まるで戦場に赴くような空気だ。
 ついに真人がカードに魔力を流した瞬間、カードが眩いまばゆい光りを放ち・・・・・カードがフッと消えた。

「「「「「えっ?き、消えた?」」」」」

 そして、5人同時に同じ声をあげた。

「ガイレン。どういうこと?」

「い、いえ。私にもわかりません」

「ん。私にはわかった」

 クリスがドヤ顔を決めた。

「クリス姉様。どういうことでしょうか?」

「これは人間が作った魔道具」

「あ~。そういうことですか」

「えっ?ジョイナはわかったの?」

「ヴィア。ほら真人様は神様だから」

 ジョイナはガイレンに聞こえないようにボソッと呟いた。

「あ~。なるほどね。それは仕方ない」

「えっ?どういうことでしょうか?」

「ガイレン。とりあえず王都の冒険者ギルド本部に前例がないか問い合わせてみて。前例があればなにかしら対応してくれると思うんだけど」

「はぁ。わかりました。1ヶ月はかかると思いますよ?」

「それまで街の散策でもしとくから大丈夫よ。真人様もそれでよろしいですか?」

「ああ。俺はかまわないが・・・」

 真人はせっかく憧れの冒険者になれると思っていたところに釘を刺され、落ち込んでいるようだ。

「あっ!血でも登録出来ると思いますよ?あとステータス鑑定球で調べてみますか?」

「面白そうだけど、全部同じだと思う」

「たしかに、目に見えてるよね」

「マスターなら鑑定球ぐらい粉々にできる」

「そ、そうですか・・・」

 ◇◇◇
 一行は、クリスだけギルドカードを受け取り、冒険者ギルドをあとにして、今は街中の大通りを歩いていた。
 真人は先程の出来事を不思議に思いながら問いかけた。

「なぁ?なんでカードが消えたんだ?」

「マスター。神を人間なんかの魔道具で登録できるわけない」

「そうですよ。真人様。神器ならともかく人間程度の魔道具ではダメでしょう」

「真人様。これを機にギルドカードを神器で作ってみてはどうでしょう?」

「あ~。そういうことか。まぁ考えてみるか。
 なくても困るもんじゃないだろう?」

「結構便利だと思いますよ?」

「入国の時にいちいち止められなくて済むしね。それとも隠蔽して入るとか?」

「マスターが神気を出して通ればみんなひれ伏すから簡単に入れる」

「神気?なんだそれは?」

「えっ?真人様。気づいてらっしゃらなかったのですか?真人様のは魔力じゃなくて神気だと思いますよ?」

「そ、そうなのか?俺は普通の魔力だと思ってたんだが・・・。待てよ?ここに入る時に水晶に手を当てたが何もなかったぞ?」

「神が犯罪者のわけない。それにマスターが神気を出すとみんな立ってられないから辞めた方がいい」

「あの水晶はローラ聖教国でかなり昔に作られた物ですから、もしかしたら神器かもしれませんよ?そういえば、クリスお姉様も少し神気が混ざってますよね」

「ふふっ。私はマスターと夫婦めおとだから」

「めおと?クリス姉様。めおとってなんですか?」

「ん。つがいってこと」

「「っ!?」」

 ヴィアとジョイナは真人へ詰め寄った。

「真人様!どういうことですか!?私は2番目でもいいですよ!」

「真人様!私を愛人に!」

「ま、待て!クリスの嘘に決まってるだろう!」

「そ、そんな・・・。マスター。指輪までくれたのに・・・」

「「っ!?」」

「ま、真人様!私には指輪ないんですか!?」

「真人様。私にもお願いしますっ!」

「お、おいっ!あれはクリスが、人化したら収納が使えないから作って欲しいって言ったんだろ!」

 この世界には当然、結婚指輪などの風習はないのだが、クリスたちは色んなことをゼノから聞いていたため、真人も結婚指輪のことを知っていると思っていた。
 しかし、転生してから長い月日が経ち、前世でも結婚していなかった真人は、結婚指輪があることなんぞ当に忘れており、何も考えずクリスに渡していたのだった。
 そんなワーワー、ギャーギャー騒がしくしてる一行は、注目されながらも歩き、宿が立ち並んでる通りにきた。

「そういえば真人様。宿はどうしますか?」

「そうだな。今のうちに取っておくか」

「私のおすすめは水の精霊亭です」

「えっ?ヴィア。風の精霊亭の方がよくない?」

「それはジョイナが魔術師の考えだからでしょ?真人様に魔力回復の効果は必要ないでしょ」

「それもそうか。だったら火の精霊亭にする?」

「なぁ?なんだその精霊亭ってのは?」

「真人様。ダンジョンが出来た当初からある宿らしくて、水の精霊亭は食べ物が美味しくて、風の精霊亭は魔力回復の効果があって、土の精霊亭は体力回復の効果があって、火の精霊亭は温泉宿なんです」

「えっ?まさか、あいつらの加護でもついてるのか?」

「さぁ?そこまではわかりませんが、可能性はありますね。どこも人気なんで早めに取った方がよさそうです」

「そうなのか。光や闇の精霊亭はないのか?」

「「あそこはダメですっ!」」

「な、なんだ?」

 ヴィアとジョイナの2人は真人に聞こえないようにコソコソ話し始めた。

「ジョイナ。あそこに行ったことある?」

「行ったことはないけど、噂は聞いたことあるよ」

「私も噂しか聞いたことないけど、たしか光の誘惑館が女の人が色んなことしてくれるって」

「そうそう。で、闇の束縛館が特殊なことを楽しむ場所だって聞いた」

「ふむ。娼館ってヤツ?」

「「わぁっ!?」」

「クリス姉様!びっくりするじゃないですか!」

「そんなコソコソ話してる方が悪い。マスターにも多分聞こえてる」

「えっ?そんな・・・」

 ヴィアとジョイナが真人の方を向くと、視線を逸らした。
 ヴィアとジョイナはすぐに両脇から真人に抱きつくと

「真人様は私たちがいるから大丈夫ですね!」

「真人様の相手は私たちがしますね!」

 と言い、クリスに叩かれ、引き剥がされていた。

「と、とりあえず水の精霊亭にしよう。ディーネの加護があるなら間違いなく料理はうまいだろう」

「でも真人様。ダンジョンの食事の方が美味しいですよ?」

「まぁそう言うな。その時期で採れる物や味付けなんかで変わるからな。俺も楽しみなんだ」

「では受付は私がしてきます!」

 ジョイナは宿へと走っていき、すぐ戻ってきた。

「一番いい場所が取れましたっ!昼食は出ないそうなので、その辺で何か食べましょう!あと、夕暮れから夜食の提供が始まるとのことなので、それまでに戻ってきてくれということでした」

「ジョイナ。何番の部屋が取れたの?」

「ヴィア!もちろん401だよ!」

「よし!やったね!ジョイナ!」

「え?一部屋だけしか取らなかったのか?」

「真人様。ここは私が改装しましたから気にしないで任せて下さい!」

「そ、そうか。ならいいんだが・・・」

 非常に不安が残る真人であった。

 ◇◇◇
 さておき、4人は市場の通りに顔を出し、露天を巡り、屋台で串焼きや軽食を食べ、飲み物を飲みながら、そろそろ住宅区に入ると思われる通りに差し掛かった。
 すると、4階建ての非常に大きい建物が見えてきた。
 住宅区のはるか先には、貴族区と思われる豪勢な住宅があり、その付近にもこの大きい建物と似たようなのが建っていた。
 真人は、地上で初めて見る4階建ての建物を不思議に思い近づき、入口に掲げられている看板をみると驚いた。

「メイグウ商会!?こんな所にあったのか!」

「そうですよ。真人様。この場所は住宅区からも近く、露天があるので商人たちも行き交い、宿も近く冒険者も来やすいことからここが選ばれたんです」

「真人様!あっちに見えるのは貴族が利用するメイグウ商会なんですよ!」

「それにしても、よく地上にこれだけ高い建物を建てる職人がいたもんだな。せいぜい2階建てがいいとこだと思っていたが・・・」

「それは真人様のおかげですよ!私が以前真人様に高く建てるにはどうしたらいいか聞いたの覚えてませんか?」

「そういえば、教えた気がするな」

「はいっ!基礎を取り入れて、あとはルタ様にお願いして鉄の棒やら補強を追加しました!職人さんたちにも協力してもらいましたが」

「そうか。ジョイナ。よく頑張ったな」

 真人はジョイナの頭を撫でた。
 ジョイナはエヘヘと言いながら満足そうな顔をした。すると

「真人様。ジョイナばっかりずるい!私も頑張りましたよ!」

「そうだな。精霊亭の方はヴィアが手にかけたんだったか」

 その様子を見たクリスは頬を膨らませていた。

「むぅ。2人ばっかりずるい。でもヴィアとジョイナも頑張ったから仕方ないか」

 店先で騒がしくしてる4人は、ついに店員から注意されることとなった。

「そこのあなたたち!店前で騒ぐのは辞めなさい!用がないなら回れ右!」

「回れ右?マスター。どういこと?」

 クリスは右を見ながら言った。

「ん?うーん。帰れってことだろうな。クリス。右を見るんじゃなくて、回れ右は真後ろのことだぞ。しかし誰が教えたんだそんな言葉」

「「・・・・・」」

 真人が静かになった2人を見ると、サッと視線を逸らした。

「まぁ、いいではないですか真人様。それにバーニャに教えたわけですし。店員の教育が行き届いてるということで」

「そうです真人様。私たちもゼノ様に教えてもらいました」

 さらに騒ぎ始めた4人を見て、店員は拳を握り、プルプルと震え始めた。
 するとそこに身なりのいい服を着た茶髪、茶眼の女性が店から出てきた。
 店員の方は右目が開かず見えていないようで、それに右足を引きずっているようだ。
 しかし、出てきた女性と似ている。

「支配人!」

「「バーニャ?」」

 店員とヴィアとジョイナの声が重なった。
 しかし、ヴィアとジョイナは疑問を含んだ声だった。

「何を店先で騒いでいるの?早く持ち場に戻りなさい。あなたたちも用がないなら・・・!?」

 支配人と呼ばれる女性は、ヴィアたちの姿が視界にはいると驚愕で目を見開いた。

「支配人!聞いて下さいよ!この方たちが店前で騒いでるんですよ!支配人?どうしました?」

 支配人の女性はハッとなると、店員を無視してヴィアたちに声をかけてきた。

「ヴィア様とジョイナ様と見受けられますが間違いないでしょうか?」

「ええ。そうだけど。あなたはバーニャ?にしては若い気がするけど・・・」

「申し遅れました。私はローニャ・バルと申します。バーニャの娘になります。そこにいるのは私の娘のゼーニャになります」

 ローニャは深々と頭を下げた。

「ゼーニャ。あなたも頭を下げなさい。おばあ様から白銀の髪のエルフ様のお話しは聞いているでしょう?」

「えっ?まさかこの方たちが・・・?」

「ええ。そうよ。ダンジョンの使者様方よ」

 ゼーニャは焦りながら頭をさげた。

「申し訳ございません!ご無礼をお許し下さい!私はゼーニャと申しましゅ!いたっ!」

 そして噛んだ・・・。

「ははっ。俺たちが店前で騒いでいたのが悪いからな。気にしないでくれ。ん?血が出てるな。どれ、回復魔法をかけてやろう」

「「えっ?」」

 困惑の声をあげるローニャとゼーニャだったが、真人はゼーニャに近づき、頭に手を乗せると最上級回復魔法エクストラヒールをかけた。
 ゼーニャが淡く輝き始め、ローニャはそれをポカーンと口が開いたまま眺めていた。
 ゼーニャが姿を現した。
 もちろん血は止まっている。
 そして右目が開いた・・・。
 ゼーニャは呆然としながら、一歩二歩と進んだ。

「お、お母さん・・・。目が見える・・・。足も動くよ・・・」

「ゼ、ゼーニャ!」

 ローニャは呆然としながら涙を流すゼーニャを抱き締めた。

「うわぁぁぁぁぁん!お母さぁぁぁぁん!」

 ゼーニャは声を上げて泣きだした。
 しばらくして落ち着きを取り戻した2人は

「お見苦しいところをお見せしました。ところであなた様は?」

 ローニャが頭を下げながら真人へ問いかけてきた。
 ゼーニャは何もしゃべらず、潤んだ瞳で真人を見つめている。

「俺か?俺は真人だ。3人の保護者ってとこかな?」

「ほ、保護者?」

「真人様・・・真人様・・・真人様・・・」

 ローニャは疑問の声をあげ、ゼーニャは頬を赤く染めながら何回も真人の名前を呟いた。
 真人の後ろにいた3人は、その様子を見てコソコソ話し始めた。

「クリス姉様!どうやら私たちは、真人様に子供扱いされてるようです」

「それにクリスお姉様!あの小娘の様子がおかしいです!ただでさえ競争率が高いのにさらに女性が増えてしまいます!」

「ふむ。このままではいけない。よし。2人共ここはビシッと決めよう」

「「はいっ!」」

 ジョイナは真人の左側についた。
 ヴィアは真人の右側についた。
 クリスは真人の前に移動し、ローニャとゼーニャの正面に構えた。
 クリスは腰に手を当て

「私はのクリス!」

 ヴィアは真人の右腕に抱きつき

「私はのヴィアよ!」

 ジョイナは真人の左腕に抱きつき

「私はのジョイナです!」

 と言い放ち、真人は顔を引きつらせた。
 ゼーニャは未だ真人の名前を呟いており、聞こえていないようだ。

「そ、そうでしたか。娘を治していただきありがとうございました。それでお代の方は・・・」

「いらないぞ?騒いでいたのはこっちだからな。迷惑かけた分の礼だと思ってくれ」

「い、いけません。あのクラスの回復魔法となるとローラ聖教国でも使い手がいるかどうか・・・」

「元を辿れば俺が提案した商会だからな。従業員の安全や体調を考慮するのも仕事のうちだ。それにここには上級ポーション、最上級ポーションがあるはずだろう?少なくとも足の方は上級ポーションを使えば治ったはずだが、なぜ使わなかった?」

「そ、それは・・・」

「命に関わることじゃないと遠慮したか?他にも同じ境遇の人がいるのに自分たちだけと負い目を感じたか?」

「はい・・・。その・・・おっしゃる通りです・・・」

「こういう時に使わないでいつ使うんだ?娘のことを心配しない親がいるわけないだろう?ちゃんと契約書にも書いていたはずだが?そういう人たちにも相談に応じて与えてやるんだ」

 話しを聞いていたヴィアが言った。

「真人様。たしかにアル様が交わした契約書には書かれていたのを覚えています。『上級ポーションや高ランクの魔石、魔道具については相応の理由がある場合のみ販売する』でしたか」

「ゼーニャの怪我は相応な理由だろう?だが私欲のために使わなかったのは尊敬に値する心の持ち主だ。辛かったろう。よく頑張ったな」

「あぁ・・・。真人様・・・ありがとうございますっ・・・ありがとうございますっ」

 ローニャはその場で泣き崩れた。
 それを見たゼーニャはハッとなりローニャに駆け寄り抱きついた。
 その様子を真人が温かい目で見ていると、いつの間にか横に移動してきたクリスが脇腹をつねってきた。

「いたっ!くはないな・・・。なんだ?クリスいきなり」

「むぅ。マスターは女泣かせ」

「えっ?俺が悪いのか?」

 しばらくして真人たちは、落ち着きを取り戻した2人に店舗横の事務所に案内された。

「皆様お座り下さい。今、ゼーニャに飲み物を準備させますので。それでどういった用件で商会に・・・ハッ!?まさか視察というのでしょうか?」

「いや、通りがかっただけなんだが・・・。それにしてもローニャはどうしてこっちの店舗にいるんだ?立場的に貴族の店舗の方にいそうだが」

「そうなんですか。あちらは窮屈で・・・。それに貴族様のお相手はしょうに合わないというか・・・」

「ローニャさん。それは権力を笠に着てるヤツがいるってこと?」

 ヴィアが少し目を細めて問いかけた。

「え、えぇ・・・。1人だけなのだけれど。その方以外は、みんないい人たちで、心配して声をかけて下さりますが、そのことでますます目をつけられてしまって・・・」

「ヴィア。たしかここの貴族たちは権力に意味を持つ者はいないと聞いてたが?」

「ええ。真人様。ローニャさんにそこまでするということは、相当上の立場のようですね。クリス姉様どうしますか?ク、クリス姉様!?」

 真人はクリスの様子を見て、頭に手をやり落ち着かせた。

「クリス。落ち着け。殺気が出てるぞ」

「マスター。私が行く。そういうヤツはやる殺る

「クリス。落ち着けと言っただろう。それでローニャ。相手は?」

「相手は・・・領主様の息子です・・・」

「ふむ。領主の教育不足か。さて、どうしたものか」

「真人様。クリス姉様。私とジョイナが行きます」

「いや、しかしなぁ・・・」

「真人様。そういうやつらは大抵、俺の女になれ!とか言って近づいてくるんですよ!ね!ジョイナ!」

「そうなんです!真人様!女の敵は処分するに限ります」

「経験したことある言い方だな」

「はい。2人で旅してる時に何度もありましたから!それにゼーニャさんの怪我も関係あるんですよね?」

 真人はローニャの目をジッと見た。

「そ、それは・・・。証拠がないのでなんとも言えません・・・」

「何があったか聞いてもいいか?」

「はい・・・。10年程前でしょうか。ある日、ローラ聖教国からマナポーションを譲って欲しいという話しを受け、ローラ聖教国に赴くことになりました。今思えばその話しも罠だったのでしょう。欲しいのであれば買いにこればいいわけですから。それで、ゼーニャは15歳でCランクの冒険者で、私の夫もBランクの冒険者でした。当時ゼーニャは領主様の息子に言い寄られていて、ちょうどいい機会ということでローラ聖教国にしばらく滞在しようという話しになり、ローラ聖教国への道のりは、盗賊等はいないのですが、護衛にはメイグウ商会にいるCランクの冒険者3人、Bランクの冒険者を2人を紹介され、なぜこんな高ランクを?と不思議に思いながらも、同行させることにしました。そしてメイグウ市を発ち、1日程進んだ所で冒険者たちに襲われたのです。ゼーニャを拐おうさらおうとしていました。私の夫が立ちはだかったものの数には叶わず・・・3人を倒してくれましたが、残る2人が私たちに向かってきました。なんとか追い払うことはできましたが、戦う術を持たない私をかばってゼーニャが怪我を負ったのです。そして街に戻ってきた私は、襲ってきた冒険者のことを調べると、領主の息子に雇われていたことがわかったのです。そのことを領主の息子に問い質すも、知らぬ存じぬで通され、泣き寝入りするしかなかったのです・・・私は夫にもゼーニャにも申し訳ない気持ちでいっぱいです・・・。うぅ・・・」

「お母さん・・・。ぐすっ」

 ゼーニャも話しを聞いて泣き始めた。
 真人は空間収納からハンカチを2枚取り出し2人に渡した。
 アルゴンスパイダーの糸から作られた、商会にも売られていない最高級のハンカチだ。
 しかし、2人は受け取ったが、涙を拭こうとしなかった。
 真人は不思議に思いながら2人見ていると、こんなことを言い始めた。

「こんないい物で拭けるわけありません!家宝にします!」

「私も宝物にします!ああっ。真人様の匂いがするぅ。す~は~」

 言うまでもなく、前者がローニャで後者がゼーニャだ。
 真人は背中にゾクッと悪寒を感じるのだった。

「その冒険者たちはもういないだろうな」

「ん。マスター。帝国側のダンジョンに取り込まれてると思う。それにやっぱりそのクズはヤった殺った方がいい」

「そうだな。殺すのはなしにしても、そういうやつらは痛い目みないとわからないからな。まぁ、ヴィアとジョイナに任せてみよう。ダメなら俺たちが出ればいい」

「ん。わかった」

「「真人様!ありがとうございます!」」

「あの・・・。真人様。そこまでご迷惑おかけするわけには・・・。娘も治していただき、これ以上は・・・」

「ローニャ。気にするな。こんなの迷惑のうちにもはいらん。そんなことより、何かあったら次からダンジョンの自警団に言うんだ。あいつらは荒事込みでここに置いてるんだからな」

「はい。ありがとうございます。感謝いたします」

「真人様。怪我を治療していただきありがとうございましたっ!お礼がしたいのですが・・・今夜の予定は開いてないでしょうか・・・?」

「「「開いてない!」」」

 クリス、ヴィア、ジョイナは声を揃えて叫んだ。

「マスター。早く帰ろう」

「真人様。夜の食事に間に合わなくなります」

「真人様。添い寝は任せて下さい!」

 真人は顔を引きつらせながらも、ローニャに明日にまた出直すことを伝え、水の精霊亭へとやってきた。
 ジョイナは宿主に鍵を借りてくると、宿の隣にある一軒家に向かった。
 不思議に思った真人はヴィアに言った。

「ヴィア。ジョイナはどこに行くんだ?宿はこっちだろう?」

「真人様。401だけは隣の一軒家なんですよ。大人数で泊まれるので人気なんです」

「な、なんだと?部屋は別々にあるんだよな?」

「たしかに別々にありますが、リビング、キッチン、ベッドルーム、トイレだけですよ?お風呂は火の精霊亭に行けばありますから」

「・・・みんなで寝るってことか?」

「真人様。何か不満が?」

「マスター。今更でしょ」

「そういえばそうだな・・・。クリスとはいつも寝てたな」

「「えっ!?」」

「クリス姉様!ずるいです!」

「クリスお姉様!今日は私たちが真人様の隣で寝ます!」

「ふふっ。マスターの隣は譲らない」

「ここは・・・じゃんけんですね!」

「負けないですよ!」

「おーい。お前たち。先に行ってるぞ~」

「・・・・・」

「あっ!クリス姉様が転移使った!反則!」

「クリスお姉様大人げない!」

 クリスが真人の横に並ぶと

「クリス。あんまり人前で転移使うなよ?」

「わかってる。ちゃんと確認した」

 と話しながら家の中に入った。
 家の中は特に変わった様子はないが、一つ気になったことを聞くことにした。

「なぁ、ヴィア?なんでここだけ別棟なんだ?普通はあの宿の4階が401なんじゃないのか?これはこれでコテージみたいでいいと思うが・・・」

「そ、そうですね・・・。向こうは1階が受付、食事する場所、宿主の住居、2階が1人部屋が6室、3階が2人部屋が3室になってます。私も最初、4階に大部屋を2室作ろうとしたんですよ!?でも当時はまだ技量がなくて作れませんでした・・・」

「そ、そうか・・・。そんなに落ち込むな。今のヴィアなら出来るんだろう?」

「それはそうですが・・・」

「なら、今度作ることになったら一緒に作るか」

「はいっ!頑張りますっ!」

 ヴィアが機嫌を取り戻したところで、宿の方に食事をしに行き、そのあと火の精霊亭の温泉に入って戻ってきた真人たちは、明日に備えて寝ることにした。
 ちなみに食事は真人が作る物には劣るものの、ダンジョンで作られる料理と遜色なく、やはりディーネが関係しているかも?と疑う真人であった。
 そして、温泉の方も混浴ということはなく安心した真人だった。
 寝室に入り、真人が布団に入ろうとすると、入口の仕切りに隠れて、3人が真剣な顔で向かい合ってることに気づいた。
 不思議に思い、3人に気づかれないように近づくと

「ついにこの時がきた」

「私は命を懸けてでも勝ってみせます!」

「私はこの日の為に生きてきたと言っても過言ではありません!」

 どうやら、火花を散らしながらケンカ?険悪なムードだ。
 クリスの背後には白い龍が、ジョイナの背後には白い虎が、ヴィアの背後にはディーネが・・・何度か目を擦るものの、幻覚が現れてるようにみえる。
 あ、ヴィアはダメなヤツだ。と思いつつ、何が起こるのかバレないように近くで見ていると、3人は拳を握りしめ

「「「いざ尋常に勝負!」」」

 と叫んだ。そして

「「「最初はグー!じゃ~んけん、ぽん!」」」

 じゃんけんをし始めた。それも1回で勝負がついたみたいだ。

「や、やったぁぁぁぁぁぁ!勝ったぁぁぁぁ!」

「・・・・・」

「くっ。負けました・・・」

 どうやらヴィアが勝ったらしく、すごい喜びようで、ピョンピョン跳ねて叫んでいる。
 真人は一軒家で、さらに防音が付与されていることに安心した。
 負けた2人はコソコソと何か話しているが、真人には聞こえなかった。

「ジョイナ。心配しなくても大丈夫」

「えっ?クリスお姉様?どういうことでしょうか?」

「ん。見てればわかる」

「さぁ!真人様!一緒に寝ましょう!」

「ん?何言ってるだ?ヴィア。ベッドは小さいのが1人1つずつあるぞ?」

 危なかった。やはり添い寝じゃんけんだったらしい。
 ヴィアにディーネの幻覚が見えたのは正しかった。

「えっ!?そ、そんな・・・」

「ぷっ。ヴィア。どんまい」

「そういうことですか」

 どうやら仕切りが邪魔で、ベッドの大きさや数は見えてなかったようだ。

「え~。うぅ・・・。ぐすっ」

「お、おいっ。なにも泣くことないだろう」

「楽しみにしてたのに・・・ぐすっ」

「・・・しょうがない。ベッドをくっつけて寝るか」

 真人の言葉にヴィアがパァァッと笑顔になり抱き付いてきた。

「真人様!大好き!」

「むぅ。ヴィア!それは許してない!」

「あっ!ヴィア!ずるい!」

 しばらく騒がしくしていたが、疲れていたこともあり、すぐに眠りにつく4人であった。

 ◇◇◇
 翌日、日が差し込むと同時に、息苦しさと寝苦しさを感じた真人は、お腹付近に柔らかいモノがある気がして、まどろみながら右手を伸ばしムニムニと揉んだ。
 すると、あ、んんぅ。という、なまめかしい声がして、徐々に意識がはっきりしてきた。
 ま、まさか!と思い目を開け、恐る恐る顔を上げると、なんと!
 スライムに戻ったクリスだった・・・。
 真人は何故かホッとなったが、クリスが乗っているため、体が動かせないことに気づいた。
 そして、何気なく顔を右に向けると、至近距離にヴィアの寝顔があった。
 焦った真人は顔を逸らすため、今度は左側を向いた。
 するとジョイナが左腕に絡みついていた。
 寝苦しさの原因はジョイナのようだ。
 真人はどうやって抜け出そうか悩んだ。
 そしていい案を思いついた。

『ク、クリス。起きろ!』

『むぅ?朝?マスター。何で念話?』

『クリス。人化が解けてるぞ。そんなことより俺を転移で隣のベッドに移してくれ。それか転移するから俺の上からどいてくれ』

『隣のベッドに移せばいい・・・?わかった・・・むにゃ』

『お、おい?ほんとに大丈夫か?』

 クリスは寝ぼけながら転移を使った。
 真人は転移しなかったものの、隣にいたヴィアとジョイナを隣のベッドへ転移させたようだ。
 しかし、なぜか真人の両隣には見慣れたパジャマだけが残っている。
 これも商会には売られていない、アルゴンスパイダーの糸から作られた肌触りのいい最高級のパジャマだ。
 まさかと思い、視線を隣のベッドに向けると、下着姿の2人がいた。
 真人は額に手を当て上を見上げ、空ではなく天井を仰いだ。
 そして、クリスを抱えて無言で寝室をあとにした。

「ふー。朝から心臓に悪いヤツらだ。ま、俺に心臓はないけどな」

 一息ついていると、さらに問題が起きた。
 クリスを連れてリビングにきた真人は、クリスを起こし、人化するよう促した。

「わかった。マスターがそこまで言うなら仕方ない」

 クリスは意味深なことを言いながら人化した。
 真人は首を傾げ、不思議に思いながら見ていると、人化したクリスが現れた。裸で・・・。

「っ!?おいっ!?なんで裸なんだ!?創造魔法で服も同時に作れるだろう!?」

「毎回同じ服になるのは嫌。色んな種類覚えるのもめんどくさいし。それに手の込んだ服の方が可愛い」

「なら、せめて前を隠せ!」

「むぅ。マスターが人化しろって言ったのに!」

「た、たしかに言ったが、裸になるなら隠れるか、何か言ってくれ!」

 そんな騒がしいやりとりをしていると、寝室の方からドタバタと慌ただしい音が聞こえてきた。
 真人もあたふたと慌てた。
 なにせクリスがまだ裸なのだ。
 なんとか誤魔化そうとするも、間に合うわけもなく、ついにヴィアとジョイナが現れた。下着姿で・・・。
 真人は唖然となりながら、声をあげた。

「お、おい。お前たち服を着ろ」

 ヴィアとジョイナは真人の声は聞こえておらず、クリスに目が釘付けだ。

「クリス姉様!なんで裸なんですか!」

「ま、まさか。真人様と・・・」

 クリスは膝から崩れ落ち、顔を手で覆った。

「マ、マスターが・・・。いきなり・・・。ぐすっ」

「お、おいっ!クリス!変な言い方するな!それに泣き真似はやめろ!」

「真人様!どういうことですか!」

「真人様!私たちの服も脱がせたんですか!」

「お、おいっ!話しを聞けっ!」

「ま、まさか脱がせたあとに私たちの胸が小さいことに気づいて・・・。うぅ・・・」

「や、やっぱり胸なんですか・・・?ひどいです・・・。ぐすっ・・・」

「・・・・・」

 さすがの真人も、これにはお手上げ状態となり、転移を使って逃げ出した。

「マ、マスター?ま、まずい・・・。やりすぎたかも・・・」

「真人様?クリス姉様。何があったんですか?」

「真人様がどっかいっちゃいました・・・」

 クリスも寝ぼけていたため、うろ覚えながらも2人を隣のベッドに転移させたことなどを説明した。

「「「・・・・・」」」

「これはかなりまずいですね・・・」

「謝って許してもらえるでしょうか・・・?」

「・・・・・」

 クリスは目に涙を溜めて、今にも泣き出しそうだ。

「クリス姉様。大丈夫ですよ。私たちも一緒に謝ります」

「そうですよ。クリスお姉様。怒られる時も一緒です。真人様は優しいからちゃんと謝れば許してくれますよ」

「ヴィア・・・。ジョイナ・・・。ぐすっ。ありがと」

「クリス姉様。真人様がいるところが探知でわからないんですか?」

「無理。マスターが本気で隠蔽か認識阻害使うと、多分この世界で誰にも見つけることができない」

「そこまでですか・・・。この街じゃ知ってる場所も少ないはずですからね。かといって、出てきてすぐのダンジョンに戻ったっていうのも・・・」

「今日はメイグウ商会と約束した日だからそっちにいるとか?どちらにしろ、私たちに任せて下さったから対応しに行かないと」

「そうだよね。私たちはメイグウ商会に向かいましょう。クリス姉様はどうしますか?」

「わ、私は・・・。ここで待ってる。マスターが来るかもしれないし・・・」

 3人は、気の進まない朝食を真人がいないリビングで取り、二手に別れた。

 ◇◇◇
 一方真人は、ヴィアの予想とは反対にダンジョンの48階層に転移してきた。
 転移魔法陣部屋を出ると、すぐに焦った様子のアルが後ろから現れた。

「主様!どうされました!?何かありましたの!?」

 どうやら問題が起きたと考えたらしい。

「特に問題はないぞ?いや。うーん。問題と言えば問題か?」

「はあ・・・?出てすぐに戻ってきたので何かあったのかと思いましたわ」

「とりあえず、いつもの喫茶店に行こう。朝食もまだ食べてないんだ」

「主様の朝食もまだ・・・?あの3人は一体何してるのよっ!」

「まぁまぁ。あとで話してやるから落ち着け」

 2人は喫茶店に移動してくると、真人はトースト、目玉焼き、コーヒーを頼み、アルは朝食を食べたのか、コーヒーにミルクと砂糖だけだ。
 真人は食べ終わると、冒険者ギルドのこと、メイグウ商会のこと、そして先程起こった出来事をアルに話した。
 冒険者ギルドやメイグウ商会の話しを聞いている時のアルは、ギルドカードが!?月日が経っているからそんなこともありますわ、と穏やかにしていたが、3人の話しを聞くと次第に眉間にシワを寄せ、青筋が立ち始めた。
 そして幽鬼のようにユラッと立ちあがり

「主様!あの3人には説教が必要ですわ!」

「お、落ち着け。アル」

「真人様は甘過ぎますわ!ビシッと言ってやりませんと!」

「ま、まぁ、あいつらも久しぶりに一緒にいれて嬉しかったんだろう。毎回こうだと困るが・・・」

「たしかに、ヴィアとジョイナは戻ってきたばかりでしたわね。それにしてもクリスまで一緒になって悪ふざけはありえませんわ!」

「そ、そうだな。今度からは別々の部屋にしてもら・・・」

「主様!お願いしますわよ!ったく!あの3人は!3人寄ればなんとかと言いますが、ずる賢いことばっかり覚えていきますわ!」

「ア、アルは怒らせると怖いな・・・」

「何か文句がありますか!?主様!」

「い、いや!なんでもないです・・・」

 ◇◇◇
 これは後日談だが・・・
 クリス、ヴィア、ジョイナは自警団を使ってダンジョンへと、アルに呼び戻された。
 3人が48階層の広場に着くと、鬼の形相をしたアルが、仁王立ちして待ち構えていた。

「「「・・・・・」」」

 アルは3人を睨むと、広げた春風で口元を隠しながら言った。

「3人共!そこに正座!」

「「「は、はい・・・」」」

 そして春風をピシャッと音をたてながら閉じると

「クリス!あなたまで一緒になってどうするんですの!」

「め、面目ない・・・」

「ヴィア!ジョイナ!あなたたちはまだ目的を達成してないでしょ!そんな夢うつつな気持ちで主様と一緒にいるなんて千年早いわ!」

「「も、申し訳ありません!」」

「クリス!あなたがしっかりしないと、この2人はあなたを見て成長していくんですのよ!クリス!聞いてますのっ!?」

「は、はいっ!聞いてますっ!ううっ。アルを怒らせると怖い・・・」

「ヴィア!嬉しいのはわかるけど、度が過ぎると嫌われるわよ!わかってるの!?」

「は、はいぃっ!」

「ジョイナ!あの2人を真似しないように!怪しいと思ったら注意しなさい!」

「わ、わかりましたっ!」

 そのあともアルの説教は長々と続き、3人は足がしびれて立ち上がれなくなったのは言うまでもない。
 そしてアルを怒らせてはいけないと心に刻んだ3人だった。

 ◇◇◇
 気の進まない朝食を終えたヴィアとジョイナは、メイグウ商会へと向かっていた。
 昨日は真人が一緒だったため、すぐに着いたが、今日は中々前に足が進んでくれないようだ。

「はぁ。真人様戻ってきてくれるかなぁ?ヴィア」

「真人様は優しいから許してくれるとは思うけど・・・。どこに行ったかわからないから謝ろうにも謝れないよ」

「そうだよね。まずどこに行ったか探さなきゃ」

「そうだね!早く終わらせて真人様を探しに行こう!ジョイナ」

「だね!あんなヤツに手を取られてる場合じゃない!」

「もしかして、早く終わらせたら誉めてくれるかも?」

「そ、それだ!さっさと終わらせて誉めてもらおう!そうと決まれば走るよ!ヴィア!」

 2人は全力で走りメイグウ商会に着いた。
 しかし、メイグウ商会の入口には準備中とかかれた看板が立っており、扉も閉まっていた。

「あ、あれ?休み?」

「昨日は今日のこと休みとか言ってなかったけど・・・」

 2人が店の前で立ち呆けていると、扉が開きほうきを持った店員と思われる女性が出てきて、店の前を掃き始めた。
 2人は女性店員に近づき尋ねた。

「すいませーん。ローニャさんかゼーニャさんはいらっしゃいませんか?」

「ああ。支配人とゼーニャは隣の事務所か、裏の倉庫にいると思いますよ。案内しましょうか?」

「いえ。大丈夫です。昨日も訪れたので場所はわかります」

 2人は事務所へと向かい、扉をノックするも出てこず、裏の倉庫に向かった。
 倉庫につくと馬車が横付けされ、数人の男たちが騒がしくしていた。
 急いで駆け寄ると、ゼーニャが一生懸命荷卸ししていた。
 どうやら仕入れた商品の荷馬車だったようだ。
 それに騒いでる連中を見ると、ダンジョンで見たことあるようなないような顔だ。
 2人に気づいたその連中は、一列に並び始め、両膝に手をあて少し屈み挨拶してきた。

「お勤めご苦労様です!ヴィアの姉貴!ジョイナの姉貴」

「「「「「「ちぃーすっ!」」」」」」

 やはり自警団だったようで、2人は顔をひきつらせながら挨拶を返した。
 すると奥からローニャが現れた。

「あっ。ヴィア様、ジョイナ様おはようございます」

「おはようございます。ローニャさん。それでこの騒ぎは?」

「いえ。なんでもないですよ。足が動くようになったゼーニャが、張り切って荷卸ししてるだけです。みんなゼーニャの姿を見て驚いてしまって」

「そういえばゼーニャさんは昔、冒険者と言ってましたね」

「はい。昔もあんな風に手伝ってくれて、目と足を怪我してからは元気がなくなってましたが、久しぶりにあんな生き生きとした姿を見ました。もっと早く上級ポーションでも使ってやるべきでした・・・」

 2人に気づいたゼーニャも駆け寄ってきた。

「おはようございます!ヴィア様!ジョイナ様!」

 ゼーニャは挨拶をすると、キョロキョロと周りを見渡し始めた。

「どうしたの?ゼーニャ」

「支配人。真人様はどこでしょうか?」

 ヴィアとジョイナは顔を見合わせた。

「真人様は忙しいから今日は来ないよ」

「そ、そんな・・・」

「ゼーニャ。あなたは仕事に戻りなさい」

 ゼーニャは項垂れてトボトボと歩いていった。

「娘が申し訳ありません。あの子は大分はしゃいでしまって」

「いえ。それより今日は店舗は休みなんですか?」

「今日は仕入れ日になってますので、営業は昼からになります」

「えっ?それは貴族の店舗もですか?」

「そうなります」

「「そ、そんなぁ~」」

 一刻も早く真人を探しに行きたい2人は、がっくりと肩を落とした。

「ど、どうされました?向こうの店舗にはヴィア様とジョイナ様が来店するのを伝えてはありますが・・・」

「しょうがない。行くだけ行ってみるか・・・」

「そうだね・・・」

 しかし、そんな2人の元に騒がしい声が聞こえてきた。
 店舗の入口の方で誰かが怒鳴っているようだ。
 2人がローニャの方を見ると、ローニャは、ま、まさか・・・。と顔が青くなっていた。
 これにピンッときた2人は、ニヤリとしてすぐに駆け出した。

「ジョイナ!行くよ!」

「ヴィア!わかってる」

 店舗の入口に着くと、そこには準備中の看板は倒され、先程箒で掃いていた女性店員が尻もちを付いていた。
 その先には、身なりのいい服を着た、太った男が店舗の入口の扉を何回も蹴っていた。
 少し離れたところには、その男の護衛と思われる者が5人程いる。
 その男は、ゼーニャを出せ!怪我が治ったってのは本当か!と叫びながらさらに激しく扉を蹴った。
 ジョイナはその男を見ながら言った。

「ちょうどよかったね」

「何が?」

「だってゼーニャを治して、はい終わりじゃまた拐おうとしただろうし、私たちがいる時に対処した方がローニャたちも安心できるし」

「それもそうだね。なにより・・・」

「「真人様に誉めて貰える!」」

 誉めて貰えるかはわからないが、2人が息ぴったりと叫んだため、その男が気づいて顔を2人の方に向けた。
 今度はヴィアがその男を見ながら言った。

「あれ?ジョイナ?豚獣人なんていたっけ?」

「ぷっ!豚獣人はいないけど、オークじゃない?」

「ああ。そっかぁ。オークかぁ。でも美味しくなさそう」

 2人の声が聞こえたのか、男がプルプルと震えだし、ズンズンと聞こえそうな足取りで近づいてきた。
 そこに、ローニャとゼーニャ、自警団も駆けつけ、離れたところから様子を窺っている。
 今度はちゃんと自警団に頼ったようだ。
 ヴィアは、近づいてこようとする男に手のひらを向けた。
 それを見た男は、魔法が飛んでくるのかと思い足をとめた。
 ジョイナはヴィアと男の間で尻もちをついていた女性店員に駆け寄り、手を差しのべ立ち上がらせた。

「大丈夫?怪我はない?」

「あ、あなた方は先程の・・・。ありがとうございます。押されて倒れただけですので怪我はありません」

「歩ける?ローニャさんのところに行こう」

 ジョイナは女性店員を離れたところのローニャの元へ連れて行き、ヴィアの隣へと戻った。

「あなた。女性の扱いがなってないんじゃなくて?そんなことだから周りから嫌われるんですわよ?」

「あ。ヴィアがキレてる。ヴィアはキレるとアル様口調になるんだよね~。これは私の出番はないかな」

 ヴィアの言葉にようやく男は声をだした。

「うるさい!黙れ!誰だ貴様は!ゼーニャを出せ!」

 男はさらに近づいてきて、2人の顔をはっきりと見た男は目を見開き、ニチャリとした笑みを浮かべた。

「むっ?よく見たら2人共美しい女ではないかぁ。よし!決めたぞ!2人共俺の女になれ!これは命令だ!」

「「・・・お、オークがしゃべった!?」」

 後ろでは自警団が必死に笑いを堪えてるようだ。

「貴様ら!なんて無礼な!もう許さん!奴隷にして飼ってやる!む!そこにいるのはゼーニャか!ほんとに治ってるではないか!よし!3人共俺の女にしてやる!ウハハハハハ!」

 ヴィアとジョイナが声をあげると、男はさらに激怒し、少し離れたところにいた男の護衛たちが前に出てきた。

「奴隷・・・?飼う・・・?」

 イルムド帝国の現状を見てきて、人一倍、いや二倍、三倍も奴隷という言葉に嫌悪してるヴィアは、小さな声で呟きながら震え、魔力が高ぶり始めた。
 ジョイナはこれはマズイと判断し、急いでローニャたちの元へ向かった。

「ローニャぁ!もっと下がれ!巻き込まれるよ!」

「「「えっ?」」」

 ジョイナに叫ばれ、呆けていたローニャ、ゼーニャ、女性店員は自警団たちによってすぐに下がらされた。
 ジョイナは、ローニャたちの元へたどり着くと自身のレイピア、白百合を収納から取り出し、地面に突き刺してすぐに結界を張った。
 すると次の瞬間、ヴィアから膨大な魔力が噴き上がった。
 その魔力は、ダンジョンでのんびりしていた真人にさえ伝わるものだった。
 メイグウ商会は、真人が作った状態保存の魔道具が設置してあるので無事だが、周りの建物は倒壊し始め、住人たちも外に飛び出してきた。
 ジョイナの結界もビリビリと震えるほどだ。
 白百合がなければ耐えきれなかったかもしれないとジョイナは安堵し、同時に白百合を作ってくれた真人に感謝した。

「お、お母さん・・・」

「ローニャ・・・。こ、こんなに離れてるのに・・・」

「こ、これは魔力だけで・・・?」

「「「「「さっすがヴィアの姉貴!」」」」」

「軽口叩いてないで、この結界から出ないこと!」

 しばらくすると、ヴィアの魔力がおさまりを見せ始め、ジョイナはホッとなった。
 ジョイナは結界を解き、ヴィアの元へ向かった。
 あとに残ったのは五つの血溜まり、尻もちをつき水溜まりを作って茫然自失としている男だった。
 どうやら男にだけは手加減したらしい

「ヴィア。ちゃんと手加減したんだね」

「こんなところで殺ってやって楽にさせるわけにはいかないからね。もっと苦しめないと」

「たしかに。死んだ方がマシと思わせないとね。もしかしたら他にも被害に合った人がいるんじゃない?」

「あとで調査しないと。でも、さすが真人様が作った魔道具ね。メイグウ商会の建物だけはビクともしなかった」

 ヴィアはメイグウ商会を見ながら言い、ジョイナは周りの被害を確認した。
「怪我した人はいなさそう。建物も4軒程度ならまだマシだね。それに魔力でというより振動で崩れたって感じ。元々古かったのかも」

「わるいことをしたわ。あとで謝って、新築を建てて許してもらいましょ」

 2人が話してると、ローニャが近づいてきた。

「ヴィア様、その方をどうするつもりでしょうか・・・?」

「ローニャさん?欲しいの?悪いけど渡せないよ?」

「いりませんよ!しかるべき所でしっかりと注意して欲しくて・・・。その方に注意出来る方は限られてますので・・・」

「その辺は任せて下さい。領主のところに持っていって、再教育して、二度と発情できないようにしてやるわ」

「よ、よろしくお願いします・・・」

 ヴィアの言葉にブルッと体を震わせたローニャは、とある場所というのが気になったものの、聞いてはいけない気がして諦めた。
 すると、ゼーニャがキラキラした目でヴィアに近寄ってきた。

「ヴィア様!すごかったです!一瞬の出来事でした!」

「ゼ、ゼーニャさん!落ち着いて!ただの魔力を放出しただけだわ」

「魔力だけであんなに・・・?すごいっ!」

 興奮しているゼーニャにヴィアもたじたじとなり、女性店員はジョイナにお礼を言ってきた。

「あ、あのっ・・・。助けていただきありがとうございます!」

「礼には及ばないよ。真人様も言ってたけど、従業員の安全や体調を考慮するのも仕事のうちだから気にしないで。それよりも何かあったら自警団に頼ること」

「はいっ!わかりました!」

 女性店員はジョイナの言葉を不思議そうに首を傾げながら、自警団に頼ることに納得したようだ。
 そして、ジョイナはあることに気づいた。

「・・・ヴィア。問題が発生した」

「えっ?なに?ジョイナ」

「こいつどうする?早く真人様探しに行きたいのに」

「そ、そうだね。どうしようか・・・。ここに預けるわけにもいかないし・・・。その前に触りたくないし」

「うーん。いっそのこと、このままあそこに送りこむ?自警団が荷馬車で戻るだろうし」

「でも領主の息子を何も連絡なしに拉致するのは怒られる気がする」

「それもそうか。とりあえずクリスお姉様に相談する?」

 そこにタイミングよく、クリスが現れた。
 それも真人と手を繋いで、今にも踊り出しそうなほど上機嫌だ。
 これにはさすがの2人も口をあけて唖然となった。
 そして、気を取り戻すと、クリスに詰め寄った。

「クリス姉様!なんで自分ばっかり真人様と手を繋いでるんですか!」

「そうです!クリスお姉様!ずるいです!私たちが頑張ってる間に何してるんですか!」

 クリスは真人から離れると、2人の前でピタッと立ち止まった。

「2人共!私に文句言う前に言うことがあるはず!私はちゃんと言った!」

 ヴィアとジョイナは顔を見合わせてハッとなると、真人の前にピシッと整列した。

「「真人様!申し訳ありませんでした!」」

 2人は深く頭をさげた。

「ふむ。まぁ悪ふざけもほどほどにな。それで何があった?怪我はなかったか?」

 真人はダンジョンでヴィアの魔力を感じると、すぐにヴィアたちの居場所を探知で探した。
 メイグウ商会にいるとわかったが、直接転移するわけにもいかず、クリスがいたリビングに転移することにしたのだ。
 転移すると、真人を見た瞬間に、クリスが涙目で土下座して謝ってきた。
 真人に許してもらったクリスは上機嫌となり、今に至るわけだ。
 2人は真人から許しを得るとパァッと笑顔になった。

「真人様!心配してきて下さったんですね!」

「真人様!疲れました!早く戻りましょう!」

 ヴィアは真人の右手を取り、ジョイナは真人の左手を取った。
 クリスは渋々と2人に真人を譲って、4人はその場をあとにした。
 後ろから「えっ!?あのっ・・・?」「真人様ぁ・・・」という声も聞こえずに・・・。

 ◇◇◇
 翌日、4人が宿の方で朝食を取っていると、領主の代理の代理を名乗る使者が訪ねてきた。
 ちなみに昨日寝た時は、部屋は同じだが、ベッドの配置を変えて、3人が奥の壁側、真人が入口の窓際という離れた状態に落ち着いた。
 真人は代理の代理?それはただのパシりでは?と思いつつ応じることにした。
 ヴィアとジョイナに視線をやると、目が合ったことにエヘヘ。とはにかんでいたが、あっ!っと何かに気づくと顔を青ざめさせた。
 代理の使者の話しによると、昨日あの場に放置された領主の息子は、メイグウ商会の自警団が領主の屋敷に運んだそうだ。
 そのひどい状態を見て、領主の代理が憤慨し、真人たちを呼んでこいと言われたみたいだ。
 代理の使者も、領主の代理を恐れているようで、ビクビクしながら必死に出向くよう懇願してきたため、すぐに向かうことを伝え、代理の使者を戻らせた。

「真人様。申し訳ありません。そういえば昨日真人様に会えた喜びで、あの場に放置してきたようです」

「真人様。私もすっかり忘れていました。申し訳ありません」

「いや。それはいいんだが、どうせ自分が今までしてきた行いが返ってきただけだろう。自業自得ってやつだ。それより領主の代理ってのが気になるな。領主は何をしてるんだ?」

「マスター。見に行けばわかる。場合によっちゃ消せばいい」

「真人様。領主の代理が領主の息子の面倒や教育をしているんじゃないでしょうか?」

「領主の息子の状態を見て憤慨したということはそうかもしれませんね」

「そうだなぁ。まぁ行ってみればわかるか。あとヴィアとジョイナは急いでローニャをここに連れてきてくれ」

「「わかりました」」

 ◇◇◇
 しばらくしてローニャと合流した4人は、領主の屋敷の門についた。
 真人は衛兵に、領主の代理に呼ばれて来たことを告げると、すぐに門の中へと通された。
 やはり衛兵もビクビクしているようだ。
 屋敷の中へ入り、案内係のあとをついていくと、廊下には豪華な装飾品が飾られ、床に敷いてある絨毯も高級品であることがわかる。
 ヴィアは不思議に思い首を傾げた。

「私が昔、アル様と晩餐会に招待されて訪れた時はこんな豪華な物はなかったはずですが・・・」

「そうなのか?」

「ヴィア!いつの間に!」

「はい。どちらかというと、庶民に近い質素な感じでした。もちろん最低限の装飾品はありましたし、貴族にしては、という感じですが。クリス姉様は、ジョイナの修行が忙しいと、たしか言ってましたよ?単にめんどくさかっただけだと思いますが」

「・・・たしかにめんどくさかっただけかも」

「ふむ。やはり領主の代理ってのが怪しいな。住人は普通に生活しているから圧政を布いてるわけではなさそうだが」

「街には最低限の税を回して、残りは溜め込んでるか、使い込んでるかですかね?」

「そんなとこだろう。そんなのが近くにいれば影響が出てくるヤツがいるだろうな」

「・・・真人様。領主様は病に伏せっていると聞いております。メイグウ商会も領主様の代理を名乗る方としかお会い出来ておりません」

「そういうことか。領主は病で動けないから、領主の代理が牛耳ってるということか。その病も仕掛けられた可能性があるな」

 話しながら歩いていると、一際、豪華で大きな扉の前に着いた。

「なっ!?ここは領主様の執務室ですよね?いくら代理だからと言って、領主様の執務室を使用することは許されていないはずです!」

 ローニャが叫ぶも、案内係は平然と扉をノックした。
 すると部屋の中から、いらだった声が聞こえた。

「おせぇ!早くはいりやがれ!」

 案内係が扉を開け、5人が部屋に入ると、執務室の机の上に足を載せてふんぞり返っている、金髪、碧眼、40代程の男がいた。
 その男は、5人を見ると値踏みするように視線をさまよわせ、クリス、ヴィア、ジョイナを見てニヤリと笑った。
 嫌な予感がした真人はこっそりと部屋全体を囲うように結界を張った。
 男はクリス、ヴィア、ジョイナを見ながら言った。

「中々の上物だな。そこの野郎とメイグウ商会のばばあは帰っていいぞ。冒険者風情が俺に手を煩わせわずらわせやがって」

「「「なっ!?」」」

 クリス、ヴィア、ジョイナの3人は、その言葉に目を見開き、次第にワナワナと震え、魔力が漏れ始めた。
 真人は結界を張って正解だったなと思いつつ4人の前に一歩出て言った。

「領主の代理。何の用で俺たちを呼んだんだ?」

「おい!口の聞き方に気をつけろ!冒険者に言っても無駄か。ふん。まぁいい。そんで理由だったか。昨日、俺の駒がボロボロになって連れてこられてな。回復してやるとこの世の者とは思えない美しい女がいると言いやがったんだ」

「それで?」

「それで?おいおい!言わなくてもわかるだろ?装飾品は手元に置いておくに限るだろ?金目の物も飽きてきたしな」

「装飾品?」

「わからねぇ野郎だな。そこの3人の女を俺が引き立つように装飾品として使ってやるって言ってんだよ!光栄なことだろ?わかったんなら3人を置いてさっさと帰れ!」

 これにはさすがの5人も口を開けてあんぐりとなった。
 真人が呆れて黙っていると、何を勘違いしたのか

「おいおい!光栄過ぎて声も出ないってか!?ハハハ!おもしれぇ野郎だな。よし。望む物をくれてやろう。宝石か金か?いくら欲しいんだ?お前みたいな薄汚ねぇバカ面した冒険者にゃ一生お目にかかれない額だぞ」

「・・・」

「薄汚ない・・・?」

「・・・バカ面?」

 すると、3人の目から光が消え、薄暗い笑みを浮かべた。
 真人はその雰囲気にゾッとなり、ローニャと共に後ろに下がった。
 次の瞬間、クリスの姿が消え、気づいた時には背後から男の首に白蘭が突き付けられていた。
 同時にヴィアが白桜で机を粉々に切り刻み、ジョイナの白百合は男の顔の1センチ程横に突き刺さっていた。
 男は足を載せていた机が失くなり、前のめりになると、クリスの白蘭が食い込み、プシュと血が出てきた。

「おい!お前!私たちのことはいい。でもマスターのことを悪く言うのは万死に値する!死ねっ!」

「・・・・・」

 クリスは男の正面に立つと、白蘭を振り上げ、そのまま両断しようとすると、真人が転移で現れ、鉄幹で白蘭を受け止め、激しい火花が散った。

「マスター。なんで止める。こんなヤツかばう必要ない」

「それは俺も同感なんだが・・・。まぁ、なんだ。俺はお前たちにそんな顔して欲しくないだけだ」

 真人はチラッと男の方を見ると、3人の殺気により、大分前から泡を吹いて気絶していた。
 次にクリス、ヴィア、ジョイナの順に見ていくと、真人の言葉を聞いて、目に光が戻っていた。
 3人は武器を仕舞い、真人へと抱きつき、真人も1人ずつ頭を撫でていった。
 3人は落ち着くと真人から離れ、真人は尻もちをついてへたり込んでいたローニャのところへ行き、手を差しのべて立ち上がらせた。

「大丈夫か?」

「あっ・・・。真人様。ありがとうございます。す、すごすぎて何が起こったかわかりませんでした・・・」

「やっぱり私を受け止めてくれるのは、マスターしかいない」

「いいなぁ。クリス姉様。真人様の受け止め方かっこよかったです!」

「クリスお姉様!羨ましいです!火花が散った時なんか最高でした!」

 3人はガヤガヤとその場で騒ぎ始めた。
 すると、クリスが気絶してる男に気づいた。
 どうやら眼中になかったようだ。

「マスター。こいつどうする?」

「生きててもろくなことしませんよ?きっと」

「とりあえず手足ぐらいは切り落としますか?」

「結局名前すらわからなかったな。ただ情報は欲しいからな。ダンジョンに取り込ませるか。こんなヤツのためにお前たちが手を汚す必要はない」

「ふふっ。マスター。ありがと。取り込むなら任せて」

 クリスは左の手のひらを上に向けて魔法陣を出現させた。
 真人は初めて見る魔法陣に感心しながら様子を見ていると、魔法陣から50センチ程の黒い塊が出てきて、ボトッと床に落ちた。

「「「「うっ!?」」」」

 そのあまりにも禍々しい姿に、4人は息をのんだ。
 そしてモゾモゾと動き始めた。

「ク、クリス。そ、それはなんだ?う、動いてるんだが?」

「うん?3号だけど?マスターも知ってるでしょ?」

「い、いや。知らないんだが・・・」

「うーん。最初はもっと青かった気がするんだけど、いつの間にか進化したみたい」

「負の感情をもった奴らばかり取り込んでるからじゃないのか?明らかに良くない気がするんだが・・・」

「え?そんなことないと思うけど。普通に聖属性も使えるし」

「も、もしかして邪神になるとかじゃないよな?」

「マスター。それはない。ちゃんと私が管理してる」

「な、ならいいんだが。さっきのは召喚魔法か?」

「うん。でもなんでもは召喚出来ない。分身体だけ」

 真人が気づいた時には、クリスの禍々しい分身体によって、男はすでに取り込まれていた。
 クリスは分身体を撫でながら言った。

「マスター。このヴィアが作った残骸どうする?ヴィアに弁償させる?」

「えっ!?ま、真人様!申し訳ありません!」

 真人は、クリスに撫でられ喜んでいるのか、黒いオーラを漂わせている分身体に、顔をひきつらせながら答えた。

「いや、被害がこれだけでよかった。必要経費だろう。俺が結界を張ってなきゃ、屋敷ごと吹っ飛ばす可能性もあったからな。残骸だけ掃除しとこう」

「真人様。あのクズもどこかにいるはずです。見つけてダンジョンに取り込ませましょう」

「私もそれがいいと思います」

「ん。賛成」

「うーん。さすがに無断はまずいだろう。それに一応、領主の跡継ぎだからな、ダンジョンで自警団と一緒に教育してやるか。よし!領主を探してさっさと帰ろう」

 クリスの分身体に残骸の掃除を任せ、真人たちが部屋を出て行こうとすると、話しについていけず、ぼーっとしていたローニャはハッとなった。

「あっ!真人様。置いていかないで下さい!あの黒いのと一緒にいるのは怖すぎますぅ!」

「失礼な。悪いことしなければ何もしない。掃除が終わったら勝手に送還される」

「そ、そうなんですか。早く領主様を探しに行きましょう!」

 ローニャは部屋を出てどこかへ走って行ってしまった。

「なぁ?ローニャが走ってどこか行ったんだが?領主の居る場所を知ってるのか?」

「さぁ?お花でも摘みに行ったんじゃない?」

「えっ?どういうことだ?」

「ん。トイレってこと」

「そういうことか。なら俺たちだけで探すか。といっても探知で人がいる部屋を片っ端から見て行くしかないがな」

「ところで、誰か領主の顔知ってる?」

「えっ?私は知りませんが・・・。ジョイナは?」

「私も知らないけど・・・」

「ローニャが病に伏せっていると言っていたからな。歳もそこそこだろうし、その辺で判断しよう」

 その後、屋敷を探したが、領主は見つからず、なぜか案内係も消えていた。

「ん?クリス。何か悲鳴みたいなのが聞こえなかったか?」

「さぁ?何も聞こえなかったけど」

「気のせいか」

 真人がどこかで聞いたような声だったな。と不思議に思い、しばらくすると、突然どこからか息を切らした領主の息子が現れ、お前ら!何しにきやがった!と言って向かってきたため、クリスの黒いスライムに、喚きながら取り込まれていった。
 真人たちは、屋敷の門の衛兵のところに向かうと、どうやら領主は離れた所にある小さな屋敷に隔離されているとのことで、衛兵に案内させることにした。
 衛兵の話しによると、領主の代理の男は領主の甥にあたるらしく、10年程前にいきなり来て、そこから領主の体調が悪くなっていったらしい。
 領主の代理は乱暴で金遣いも荒く、次々と雇われていた人たちは辞めていったそうだ。
 衛兵についていき、5分程歩くと小さな屋敷につき、入口の扉をノックすると、白髪の老人がでてきた。
 衛兵が老人に小さな声で何か話し、衛兵は真人たちに会釈してそのまま去っていった。
 老人は外に出て扉を閉めると、真人たちを見て、丁寧なお辞儀をしながら言った。

「これはこれはお客様。このような場所にご訪問いただきありがとうございます。しかしながら領主様は病を患っておりまして、お会いすることはできません」

「ふむ。俺たちなら治せると思うぞ?会わせてもらえないだろうか?」

「・・・治せる?お客様は何をおっしゃっているのでしょうか?ローラ聖教国の神官様ですら投げ出したというのに」

「お前こそ何を言ってる。頭が高い。このお方はこの地を支配する我々の主、『魔神様』だ」

 クリスは痺れを切らしたのか、魔力を込めた言霊を使った。

「っ!?あなた方は・・・まさか、かつての先代領主様と交流があったという・・・。おおっ・・・もしや・・・本当に・・・」

 老人は目を見開いて涙を流し始め、ゆっくりと片膝をつき頭を垂れた。

「ご無礼をお許し下さい。不躾ですがどうか領主様をお救い下さい。このような命であれば喜んで差し出します故」

「『頭を上げてくれご老人。命を粗末にするな。出来ることなら領主を支え、これからも街の発展の為に尽力して欲しい』」

 真人はクリスが魔神と紹介したために、魔神としての言葉を発した。
 真人の神気が込められた言霊は、老人にとって神託と捉えられたことだろう。

「お・・・おぉ・・・。神よ。感謝いたします」

 老人は両膝をつき両手を地面つけて頭をさげた。
 しばらくすると立ち上がり、今度は軽く頭をさげて名乗った。

「申し遅れました。私は領主様の執事のエバンスと申します」

「俺は真人だ」

「ん。クリス」

「ヴィアです」

「ジョイナと申します」

「それで早速だが、領主の元へ案内してくれ」

「畏まりました」

 エバンスのあとをついていき、廊下を進みながら周りを観察すると、特に装飾品の類いはなく、やはり堅実家のようだ。
 エバンスは一際大きな扉の前に着くと、ノックもすることなく扉を開け、真人たちに入室を促した。
 そこには1人の痩せ細った男性がベッドに寝かされていた。
 金髪で年齢は60代ぐらいだろうか。
 エバンスより若い。
 真人は部屋に入った瞬間に、領主の容態を把握した。

「この、少し甘い匂いは・・・。エバンス。これは病ではない。ヒュドラの毒だな」

「ヒ、ヒュドラの毒?ど、どうしてそんな物に・・・?まさか、見ただけでわかるなんて・・・。さすが魔神様です」

「まぁ、ダンジョンでもヒュドラを飼ってるからな。この毒は大量に摂取すると死に至るが、少量で薄めて服用されるとまず気づくことはない。徐々に衰弱していって昏睡状態になるんだ」

「しかし私も、執事という仕事柄、毒味もしますし、毒耐性も持っておりますが・・・。えっ?ヒ、ヒュドラを飼ってる・・・?私の聞き間違いでしょうか?」

「エバンスがSランク級のヒュドラの毒を感知できるならわかったんじゃないか?」
「エバンス。ヒュドラとケルベロスの戦いは見物。一度見てみるといい」

「そ、そんな・・・。Sランク級の毒などどうやって手に入れたのでしょうか・・・。い、いえ。クリス様。遠慮しておきます・・・。ケ、ケルベロス・・・?現れたら国が滅ぶという伝説の・・・?」

「まぁSランクのヒュドラと言っても2本首は弱いぞ?エンシャントヒュドラは6本首になるからな。2本首程度なら素材として手に入れることが出来るかもしれん」

「そ、それは想像もつかない世界でございます。それで領主様は治せるのでしょうか?」

「ああ。任せろ。問題ない」

 真人は領主の横に立つと手をかざし、エクストラヒールをかけた。
 すると領主の青みがかった顔はみるみるうちに赤みを取り戻し、うっすらと目を開け呟いた。

「お、お・・・神よ・・・」

 領主は再び目を閉じた。
 領主にとって神気を帯びた真人はまさに神に見えたのだろう。

「だ、旦那様!」

「大丈夫だ。しばらくしたら目を覚ますから、水分と栄養を取らせてやるんだ」

「魔神様!感謝いたします!」

 エバンスは深々と頭を下げた。

「ところでエバンス。相談なんだが・・・」

「なんでしょうか?なんなりとお申し付け下さい」

「領主の甥と息子の話しは知ってるか?」

「・・・はい。噂には聞いておりますが、私共も手が回らず・・・」

 真人は、今に至るまでの領主の甥と息子の話しをした。

「やはり状況を見るに、あの者が領主様に毒を盛ったのでしょう。それに自らは手にかけていないものの、人を使って命のやりとりをしている可能性もあります。あの者の処遇は真人様にお任せいたします。ですが・・・エルガント様は・・・」

「ん?息子の名前はエルガントというのか」

「はい。そして領主様のお名前はガーネット・メイグウとなります」

「そのエルガントはこちらで預かっても大丈夫か?」

「あ、預かるというのは・・・?」

「まぁ、教育ってヤツだ。武術、学問、マナーとやらを叩き込んでやろうと思ってな」

「そ、それは私共も願ってもないことですが・・・」

「大丈夫だ。3年もあればある程度仕上がるだろう。そしたらここに届けよう」

「わかりました。お願いいたします。領主様の方には私から言っておきます。それでお代の方ですが・・・」

「ふむ。そうだな。金はいらん。その代わり街をもっと発展させてくれ。その足掛かりとして、商業区を作ろう。いずれエルフ、ドワーフ、獣人、他の種族も暮らせるようにしていくんだ」

「ま、魔神様はそこまで考えていらっしゃるのですね。わかりました。誠心誠意取り組ませていただきます」

 こうして領主の件を終え、4人は無事に帰路についたのだった。
 1人の存在を忘れて・・・。

 ◇◇◇
 時は遡り、廊下を走り出して1人になったローニャは、案の定迷子になっていた。

「ううっ。ここはどこでしょう?どうして貴族の屋敷というのは、どこも似たような廊下なのでしょうか?戻る道がわからなくなってしまいました・・・」

 すると遠くからドゴン!ドンッ!という何かを叩くような音が聞こえた気がした。

「ひゃぁっ!?」

 ローニャはびっくりして飛び上がった。
 しかし、音がするということは人がいる?と思い、音がする場所を探すことにした。
 恐る恐る進み、次第に音が近くなってくると、恐怖からか、足がすくみ動きが鈍くなってきた。
 それでも少しずつ前に進み、廊下の角の先から音が聞こえることに気づいた。
 ローニャは角に身を隠し、顔を半分だけ出して先を確認すると、そこには下りくだり階段があり、地下に行けるようだった。
 近づくにつれ、段々と大きくなっている音も地下の方から聞こえており、意を決して階段を下りることにした。
 階段を|下っていくと、次第に暗くなりついには、蝋燭ろうそくで照らすわずかな光だけとなった。
 ローニャは身震いしながら、静かな階段を1段ずつカツーン、カツーンと音を立てて下りると階段は終わり地下へと着いた。
 その場所を見渡すと、2メートル程の通路の両側に小屋のような扉がない部屋があり、その先は鉄格子がある。
 どうやら牢屋になっているようだ。
 暗くて牢屋の広さは見えないが6部屋はあるかもしれない。
 地下のひんやりとした空気のせいか、ブルッと震えると、ローニャは音がしないことに気づいた。
 口に溜まった唾を呑むと、喉がゴクッと鳴り、冷や汗が垂れてきた。
 そのままゆっくりと周りを見渡すと・・・部屋にいた何かと目が合った。次の瞬間!

「誰だっ!?」

「ふゃ!?へひゃぁぁぁぁ!ふぁぁぁぁぁ!」

 ローニャは声にならない声を上げて一目散に駆け出した。

「な、なんでアンデッドがこんなところにぃぃぃぃ!」

「俺はアンデッドじゃねぇ!誰だ貴様!待ちやがれ!」

 暗いことで蝋燭の火が目に映り赤く光っているように見えたようだ。

「えっ!?なんでアンデッドが階段を上がれるんですか!!ひぇぇぇぇ!真人さまぁ~」

 ローニャは一心不乱に階段を駆け上がり、進んで来た方向とは逆の方向に走りだした。

「はぁはぁ。つ、疲れました。どうやら追いかけてこないみたいですね。でもさらに迷子になってしまいました・・・。こうなったら外に出る場所を探してみましょう」

 ローニャを追いかけて階段を駆け上がってきたは、ローニャが進んで来た方向へと走り、真人たちと鉢合わせ、クリスの黒いスライムに取り込まれることとなった。
 ようやく外に出れたローニャは、門にいる衛兵に声をかけた。

「すみません。ここに男性1人と女性3人の4人組がきませんでしたか?」

「ああ。あなたは幾程か前に案内した方々のお連れ様ですね。お連れ様方はとうの昔に戻られましたが・・・」

「えっ!?そ、そんな・・・」

 ローニャは涙をこらえながらトボトボとメイグウ商会に戻ったのだった。

 ◇◇◇
 時は進み、領主の件を終え、1日の休みを挟んで真人、クリス、ヴィア、ジョイナの4人はイルムド帝国側のダンジョンの4階にきていた。
 ここの4階はSランクで、クリスの足元にはあの黒いスライム、3号がいる。
 嬉しいのかポヨンポヨン弾んでいる。
 まるで最初の時のクリスのようだ。
 すると、クリスの指示により、3号は2人を吐き出した。
 領主の息子エルガントと領主の甥だ。
 2人は目を開け、真人たちが視界にはいると、性懲りなく叫び始めた。

「お前ら領主の代理である俺にこんなことしてただで済むと思うなよ!」

「貴様らはあの時の!よくもやってくれやがったな!」

 すると2人は薄暗いことに疑問を感じたのか周りをキョロキョロと見渡し始めた。

「な、なんだここは・・・?」

「ア、アニキ・・・」

 エルガントは領主の甥の服を引っ張り、領主の甥はエルガントの方を向いた。

「あん?なんだエルガント。上?お前一体どこ向いて・・・。っ!?」

 領主の甥がエルガントの視線を辿るとそこには、6本首の巨大なエンシャントヒュドラ、地獄の番犬と言われ、頭が3つあるインフェルノケルベロス、島のように見えるジェネシスタートル、九尾の狐エルダーフォックス、アンデッド系最上位エルダーリッチ、いずれも1体だけで国が滅ぼせる程の力を持つ、Sランクを超える伝説の魔物がいた。
 もちろん2人はヒュドラぐらいしか知らない。
 それも話しで聞く程度のものだ。
 2人はその魔物たちの姿を見ると叫んだ。

「う、うぁぁぁぁぁぁ!た、助けてくれぇ!」

「お、おいっ!なんだこいつら!なんで魔物がこんなとこにいやがんだ!」

「『黙れ』」

「「・・・・・!?」」

 真人が神気を込めて言葉を発し、強制的に2人を黙らせた。

「いいか。領主の代理だったか。お前は見せしめだ。エルガント。お前はそいつがどうなるか見ていろ。そのあとに自分の道を決めろ」

「「っ!?」」

 真人の言葉を聞いて、エンシャントヒュドラの6本の頭が領主の甥の元へと伸び、フシューと荒々しい息を吹きかけ、口元からはボタボタッと紫の液体が地面落ちた。

「お前はたしかヒュドラの毒が好きだったな?お前に選ばせてやる。毒でドロドロになるか。食い千切られるか。さぁ!どっちが望みだ?」

「「・・・・・」」

「そういえば言霊を解除してなかったな」

 真人はパチンと指を鳴らした。
 すると領主の甥は、涙を流し、ガタガタと震え始めて尻もちをつき、絞り出すように小さな声をあげた。

「た、たのむ・・・。た、たたた、たすけてくれぇぇ」

「な、なんで俺がこんな目に・・・。う、うわぁぁぁぁぁ!」

 エルガントは領主の甥を見て死を感じ、逃げ出した。

「『止まれ』おい。エルガント。何度も言わせるな。そこで見ていろ」

 エルガントはその場でピタッと止まり、ガタガタ震え始めた。
 そして、エンシャントヒュドラの1本の頭がついに、領主の甥の片足を食い千切った。

「ぎゃああああああ!やめろぉ!やめてくれぇ!たのむぅ!金ならいくらでもやる!助けてくれ!」

「見ろエルガント!お前は金をもらってまでこいつを助けたいと思うか!?」

「い、いや。思わない・・・」

「な、なんだと!助けろエルガントぉぉぉぉ!」

「そうだ。覚えとけ。金じゃ信頼は買えないんだ。信頼ってのは常日頃、お互い助けあって築いていくんだ。それを心に刻め!」

「・・・・・」

 エルガントは黙り込み、エンシャントヒュドラの違う頭が、さらに残っていた領主の甥の足を食い千切った。

「ぎえぁぁぁぁぁぁ!エルガントぉぉぉぉ!」

「さぁ。エルガント!選択の時間だ!今までの行いを命で精算するか?それとも街の発展のために命を尽くすか?」

「お、俺は・・・。その前に一つ聞きたい・・・」

「なんだ?」

「親父はどうなった?」

「領主は俺が治した。もう歩けるようになってるはずだ」

「そうか・・・。俺はさっき死を覚悟した時、俺が幼少の時に親父が嬉しそうに夢を語ってくれた顔を見た気がした。街を発展させるために頑張るぞ!ってな。親父が元気だった頃は、門の前にいつも住人たちが野菜やその日取れた物を、笑顔で持ってきてくれたんだ・・・。俺もほんとはわかってたんだ。このままじゃいけないって。親父が病で寝たきりになって誰を頼っていいかわからなくて・・・。でも今は・・・街のために住人ために尽くしたいと思う!」

 真人はエルガントの目を見ると、真剣な眼差しで見返してきた。
 エルガントは領主の甥が来る前は街のことをちゃんと思っていた。
 しかし、領主の甥が現れ、領主が病に倒れ、誰も頼る者がいないことにつけこまれ、流されるままに行動したのだった。

「よし!エルガント!よくぞ言った!その言葉を努々ゆめゆめ忘れず、神に誓え!」

 エルガントは嘘偽りのない思いを伝えるため、言霊に抗いながら真人の前に片膝をついた。

「はいっ!私、エルガント・メイグウは街の発展、住人の安全を守ることを神に誓います!」

 真人は再度パチンと指を鳴らした。
 すると、領主の甥が20メートル程上空に飛ばされ、それをエンシャントヒュドラの6対の目が一斉に捉えた。
 そして、エンシャントヒュドラの6本の頭の口に魔力が集まり始めた。
 領主の甥はその様子を見て、絶望した顔になり叫び始めたが、もはやなんと言ってるかわからない。
 ついに、エンシャントヒュドラの口から、風、水、土、火、光、闇、全属性の高密度の魔力のブレスが打ち出され、領主の甥の姿は跡形もなく消え去り、あっけなく幕を閉じた。

 ◇◇◇
 あの日、エルガントはイルムド帝国のダンジョン5階層に送られ、自警団と共に必死になって自分を鍛えた。
 そして3年後、領主の屋敷に一人の男が訪れた。
 そこには精悍せいかんな顔つきで驚くほど逞しくなったエルガントがいた。
 あの頃の傲慢な態度で、太っていた面影は全くない。

「父上。只今戻りました」

「おおっ。エルガントか・・・?元気だったか!?」

「はいっ。父上、私は街の方を見回ってきます。それではまた後程」

 エルガントは街の発展に尽力し、住人のために走り周り、良好な関係を築き、信頼を得ていった。
 その5年後、たくさんの住人に見守られる中、エルガントは領主となった。
 その中には真人たちの姿も見え、感動で泣き出してしまう新領主がいたのであった・・・。
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