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第1章
第7話 名前
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その日、俺は周りの状況に困惑しながら、47階層の闘技場でクリスと対峙していた。
それはエルフちゃんがここに来てしばらく経ってからのことだった。
いつも近くにいるクリスがソワソワしてるように見え、声をかけることにした。
「クリス。どうかしたのか?」
するとクリスはビクッと体を弾ませたあとに声をだした。
『マスター。お願いがある』
「ん?クリスがお願いするなんて珍しいな?ディーネなんて一生のお願いが何度もあるのに」
『マスターはディーネに甘すぎる。それにディーネはポンコツだからしょうがない』
雲行きが怪しい方向に向かうと感じとった俺はすぐに元の話題に戻した。
「そ、それで?俺で出来ることならいいぞ?」
『ほんと?』
「内容によるが・・・。なんだよ。もったいぶって」
『マスター。私と模擬戦して欲しい』
「なんだ。そんなことでいいのか?」
もっと過激なお願いをされると身構えていた俺は内心ホッとなった。
俺を取り込んでコピーするとか言い始めそうだからだ。
さすがにそれはないか・・・?
クリスは続けて言う。
『まだ続きがある。勝つ・・・は無理にしても、マスターが実力を認めてくれたら、武器を作って欲しい』
「模擬戦なんてしなくても作ってやるぞ?その前に俺に作れる範囲の武器になるが。・・・?武器?クリスが使うのか?」
『うん』
「クリスは武器が使えないだろう?魔法の方が合ってると思うが」
『それはダメ。もし魔法が使えない場所があったら、私はただのスライム。近接を覚えといて損はない』
「それもそうだな。魔法が無効果される可能性もあるな。俺も少し考えるか。クリスはどんな武器が欲しいんだ?」
『わからない。それをマスターに決めてもらうための模擬戦』
「なるほどな。やってみないとわからないか。クリスに合う武器が作れればいいが」
『大丈夫。マスターならできる』
「まぁやってみるか。動きとクセを把握するからな。何回も見るぞ?」
『わかった。どこでする?』
「47階層の湖の前でしよう。あそこなら広いし、多少激しくしてもルタが直してくれるだろ」
『わかった。準備してくる』
「準備?何を準備するんだ?」
『それは乙女の秘密』
「そ、そうか」
俺は気にしないことにした。
『2時間後でいい?』
「2時間?そんなにかかるのか?まぁいいが。2時間後だな」
そこで冒頭に至るわけだ。
しかし、いつまにか47階層には闘技場ができ、どういうわけか周りには屋台も出てお祭り騒ぎだ。
昨日はなかった気がするが、2時間で作り上げたということだろうか?
闘技場で10メートル程間をあけ、困惑しながら対峙している俺と、クリスの1段上の周囲にも、ぐるっと階段状の観客席があり、精霊たちがたくさん集まっている。
その中には
「真人様~。クリスなんてやっちゃえ~」
という声も聞こえる。
その聞き覚えがある声の方を見ると、串焼きと飲み物を手に持って、興奮しているディーネがいた。
その横にはアルたち精霊王も揃っている。
クリスの方を見ると、ディーネに向かって触手の手で中指を立てていた。どこで覚えたんだ?
「クリス。これはお前がやったのか?」
『う、うん。マスター。ごめん。怒ってる?』
「いや。怒ってないぞ?むしろ嬉しいぐらいだ!」
俺は少し感動していた。
模擬戦をみんなに見てもらいたかったわけじゃない。
クリスはあんまり自分から周りに関わろうとしていなかった。
そのクリスが自分からこういうことをしてくれたからだ。
『よかった。前から計画してみんな楽しみにしてた』
「そうだな。毎年の行事にしてもいいかもな。いや待てよ。1階層分街を造っても面白そうだな・・・。そうなると商店街やら・・・・・」
ブツブツと考え始めた俺は、クリスの声で現実に引き戻された。
『マ、マスター!その話は今度。早く始めよう』
「す、すまん。そうだな。始めるか」
その瞬間、闘技場が静寂につつまれた。
『マスター。行く』
「よしっ!来いっ!」
クリスがフッと消えた。
「なにっ!?」
気づいた時には、クリスの触手が剣のように変形し、俺の首筋に向かって振りかぶられていた。
「クッ!」
直前でなんとかしゃがみ込んでかわし、拳を振り上げてクリスを下からとらえた。
しかし、ベチャッという音と共に右肘辺りまで取り込まれてしまった。
「おいおいっ!」
『フフッ。マスター。捕まえた』
俺は右肘の存在を消し、クリスから抜け出して右肘を再生させた。
こういう時にこの体は便利だな。
「クリス。転移を使ったな。魔法を使えない場所を想定してるんじゃなかったか?」
『マスター。それはそれ、これはこれ。今は魔法が使える』
「○■※♯*◇!」
観客の精霊たちは盛り上がっているようだ。
特に青い髪をしているポンコツが何かを叫んでいるが、興奮しているせいで何を言ってるかわからない。
「なぁクリス。ディーネが何か叫んでるぞ?」
『ん。アレは元からあんなのだから問題ない』
「・・・そうだな。よし。クリス。今度はこっちから行くぞ!」
そう言いながら一瞬でクリスとの間合いを詰め、蹴りを放った。
貫けると思ったが、ゴンッという鈍い音がしてクリスの触手によって受け止められた。
「むっ!?硬くもなるのか!」
『フフッ。その通り。硬さも粘度も自由自在。こんな風に』
引っ込めようとした俺の脚に、クリスの触手がくっついて伸びてきた。
「おおっ!?なんだこりゃ!?」
引っ張って取ろうとしてもどんどん伸びていく。
まるでゴムのようだ。
俺は転移を使って抜け出し、今度はクリスに向かって風の中級魔法、ウィンドカッターを放った。
しかし、魔法はクリスに取り込まれて無力化されてしまった。
そこからは、転移、格闘術、魔法の繰り返しでキリがなかった。
「なぁ?クリス。物理も魔法も効かないならやっぱり武器はいらないんじゃないか?」
『ダメ。いざという時のために持っときたい。奥の手ってヤツ。普段は収納しとくから大丈夫』
「そうか。なら俺も奥の手やらを使ってみるか」
『えっ?』
俺は空間収納に手を突っ込み、1本の反りが入った木の棒のような物を取り出した。
これは俺が、初めて盗賊をダンジョンに取り込んだ時に得たスキルに剣術があったので、剣の練習をしようと思い創造魔法で作ったのだが、包丁の時と同じように、剣に馴染みがなかった俺は、イメージで刀を作ってしまった物だ。
刀を気に入ったためそれ以来、剣を作ることに挑戦してないが、この刀は俺の魔力を込めに込めて不壊と空間魔法が付与されており、空間そのものを斬る必殺剣となっている。
鞘を抜き去ると、波型の刃文がついた刃長70センチほどの刃が現れた。
木の棒に見えたのは鍔が付いていないからで、銘は鉄幹と名付けてある。
その剣のような武器を初めて見たクリスは、ブルッと身震いしてこう言ってきた。
「マ、マスター。こ、降参する。それはダメっ!それで斬られたら私は再生できない!」
「そ、そうか。まぁ大体動きはわかったから終わりでいいだろう」
『マスター。作ってくれるの?』
「ああ。いいぞ。クリスの場合はスピードと手数をいかす方向か、転移と組み合わせでの一撃必殺だな。刀とも相性がよさそうだ」
『い、一撃必殺・・・。か、かっこいい。マスター。楽しみにしとく』
そこにエルフちゃんが現れた。
ルンルン気分になっていたクリスは邪魔されて不服そうだが。
「魔神様。私の話を聞いていただけないでしょうか?」
「どうした?エルフちゃん」
「魔神様。私は強くなろうと思います。そのためにも自分が何者か知りたいです」
「そうか。覚悟は決まったみたいだな。それで強くなった後はどうする?」
「エルフは寿命が長いので、満足するまで強くなったあとは、外の世界を見て回ろうと思います。そして、もう一度精霊樹が何を守っているか見てきたいです。それに残してきた妹の顔も見てこようと思います」
「そうか。目的ができたならそれでいい。調べるなら場所を変えよう。クリス。精霊王たちを呼んできてくれ」
『そんなのディーネを使えばいい』
「なんでよ!」
『ほらきた』
「ちょうどよかったディーネ。他の精霊王たちを呼んできてくれ」
「真人様までっ!」
「会議室に集まるようにな~」
そして、俺、クリス、エルフちゃん、ディーネ、アル、ルタ、サラは会議室に移動してきた。
「あれ?リアとリムは?」
『ん。マスターの後ろ』
「っ!?いつの間に!今日はちゃんと椅子に座れ」
「ブーブー」
「クリスちゃんダメよ。言っちゃ」
なんだか長くなる気がした俺は無視することにした。
「よし。今からエルフちゃんのステータスを調べるぞ!エルフちゃん。こっちに」
「はい。よろしくお願いします。魔神様」
「では、その首飾りを出してもらえるか?」
「えっ?首飾りですか?私がつけてるんですか?」
「ん?わからないのか?」
「主様。エルフちゃんには見えませんわよ。本来なら、15歳のステータス鑑定の儀で出現するはずですわよ」
「えっ?じゃあ私が13歳でステータス鑑定の儀を受けた時、名前以外が見れなかったのはそれが原因ってことですか?」
「ええ。そうなるわね。でもそれは、あなたの身を守るためでもあったはずよ?あなたが精霊樹の巫女だったとしても宰相たちは変わらなかったでしょうし。現にここにくるまでに守ってもらったでしょう?」
「そう・・・ですね。感謝しなくてはいけないですね。」
アルの言葉にハッとさせられたエルフちゃんは、見えない首飾りを優しく撫でていた。
「魔神様」
「ああ。俺の魔力を流して鑑定する。首飾りの魔力を上回ればできるはずだ。いいか?」
「はいっ!」
俺はエルフちゃん首飾り付近に魔力を流し鑑定をかけた。
するとパキッと音をたてて首飾りに付いていた透明な魔石が割れて、首飾りごと地面に落ちた。
そして、エルフちゃんのステータスが現れた。
―――――(ハイエルフ) LV15
HP――― MP―――
称号 魔神の眷属、精霊の加護
「あ、あれっ!?こ、これは!?」
『マスター・・・。これは責任を取るべき』
「???」
精霊王たちもジト目を向けてきた。
エルフちゃんはよくわかってないようだ。
「これはもしかして俺のせいか?」
『もしかしなくてもマスターのせい』
「私はやっぱりハイエルフなのですね。名前が消えてるのは私自身が名前を捨てたからでしょうか?精霊樹の巫女が消えたのも名前を捨てたことに関係があるのでしょうか?それにMPがないということは、魔法も使えないということですよね。私は強くなれないのでしょうか・・・?」
エルフちゃんの目からは涙が溢れ出ようとしていた。
『エルフ!心配しなくていい!名前はマスターが責任取ってくれる!魔法も戦うこともできる!私の次ぐらいには強くなる!』
「そうですわね。HPもMPもないのではなく、膨大すぎて表示されないのでしょう。その辺はクリスと一緒ですわね。何せ、主様の眷属なんですもの」
「な、なんで俺の眷属になってるんだ?」
『それは自分の胸に手を当てて考えればいい』
「・・・魔力を与えて回復したことか?だが、あの時俺の眷属になったのならステータスは見えるはずだろう?」
「ここは主様のダンジョンですのよ?あの時は与えたのが少ない魔力でステータスが見えなかったかもしれませんが、ここの膨大な主様の魔力の中で生活していれば、どんどん取り込んで馴染んでいきますわよ」
「そういうことか。すまんな。エルフちゃん。あの時助けるには、あの方法しか考えつかなかったんだ」
『それはない!マスターならエリクサーでも作れる!』
「気絶してる相手に口移しで飲ませろと?」
『うっ・・・。そ、それはダメ・・・』
「いえ。魔神様。あの時は助けていただき本当に感謝しています。それに私はここに来れて、みなさんに会えてよかったと思っていますのでどうか気にしないで下さい。それより私はどうすれば強くなれるでしょうか?」
「名前をつけるか?」
『それは心配しなくていい。私が鍛えてやる。マスター!名付けは鍛えてから!』
「そ、そうか」
「えっ!?クリス様がですか?」
『うん。これからはクリス姉様と呼ぶがいい』
「お前はそう呼ばれたいだけだろう!」
「わかりました。クリス姉様!」
『フフッ。私の鍛練は厳しいけどついてこれるかな』
「まぁお前らがそれでいいならいいんだが・・・」
ふと周りが静かなことに気が付き、アルたちの方をみた。
アルはクリスとエルフちゃんを見て微笑んでいた。
リアとリムは眠ってる?ようだ。
この2人は相変わらずだ。
しかし、問題児3人組はコソコソ何かを話し合っているようだ。
そこでディーネをジーっと見ていると、俺の視線に気が付き、目が合うとビクッとなった。
「ま、真人様?な、なんでしょう?」
「ディーネ。今何を話していたんだ?」
「い、いえ。何も話してないですよ?」
「聞いてよ!ご主人様!ボクとサラがご主人様の魔力欲しいよねって話してたら、ディーネが夜這いすればいいとか言ってきてさ!」
「ルタ!言ったらダメ!」
「ディーネ!お前はそんなことを考えてたのか?」
「いやですわ。真人様。そんなことこれっぽっちも考えていないですわ。オホホ」
「ディーネはあとから拳骨するとして、今日のところはこれで終わりでいいな?クリスはエルフちゃんに無理させないように!あと何かあったらちゃんと報告するように!」
「真人様!拳骨だけですか?」
『マスター。わかった。エルフはまだ弱いから1階層から始める』
ディーネは何やってもダメなような気がしてきた。無視しておこう。
「待てクリス。昼間は冒険者がいるだろう?どうするつもりだ?」
『その時考える』
「ほ、ほんとに大丈夫か?」
『大丈夫、大丈夫。いざとなったらエルフを取り込んで、隠密でやりすごす』
「「えっ!?」」
俺とエルフちゃんの声が重なった。
クリスは体を弾ませてルンルン気分でどこかに消えていった。
「エルフちゃん。頑張ってな。それと俺の名前は真人だから好きに呼んでくれ」
「私、急に不安になってきましたよ。魔神様、ありがとうございます。でもクリス様に認めてもらうまでは魔神様と呼ばせていただきます」
「そうか。では俺も戻るが何かあったらクリスでもアルにでも言うようにな」
「はい。わかりました」
「あっ!真人様!待って下さいっ!」
「・・・。なんだ?ディーネ?」
「拳骨をっ!」
「・・・。ゴツン!」
「つぅ~。ありがとうございますっ!」
ディーネは危ない世界に進んでるのではないだろうか?取り返しがつかなくなる前になんとかした方がよさそうだ。
しかし方法が何も思い浮かばない。
そう思いながら、誰にも気付かれないように、地面に落ちていた壊れた首飾りを収納して、50階層の自分の空間に戻ってきた俺だった。
◇◇◇
翌日、気付くとクリスが近くにいた。なぜかいた。
「クリス。なんでここにいるんだ?エルフちゃんを鍛えるんじゃなかったのか?」
『?私はいつもマスターの近くにいる。エルフはまだ弱いから1階層を2号に任せてある』
「そ、そうか」
2号?やっぱり他にもいるのか。
1号はマスコット役をしているアイツだろうな。
心配になった俺は、迷宮掌握でエルフちゃんの様子を見ることにした。
「なぁクリス?エルフちゃんはモンスター部屋の前にいるんだが、何をさせてるんだ?」
『モンスター部屋なんだから、モンスターを倒すためだけど』
「えっ?いきなりか?」
『モンスターはいつどこで襲ってくるかわからないのが普通。だからモンスター部屋に投げ込む』
「鬼かっ!物事には順序ってものがあるだろう!」
『マスター。何言ってる。死ぬ思いしないと強くならない。冒険者もモンスターも命懸け。エルフもそういう覚悟してるし、いざとなれば2号が助ける』
「確かにそうかもしれないが。しかし、戦い方は教えてないんだろう?」
『えっ?戦い方?』
エルフちゃんを見ると、モンスター部屋に入り、ゴブリンが20匹現れたところだった。
顔が青ざめてる気がするな。
そこで正面にいたゴブリンが殴りかかり、なんとかかわしたが、横から接近していたゴブリンに殴られ転倒した。
そこから袋叩きにされたところで2号に救出されていた。
ちなみにこのダンジョンのゴブリンやオークは数が制限されてるため生殖の機能はなく女性をさらったり、クッコロを期待することはない。
2号の視界を共有して見ていたクリスは
『マ、マスター。こ、これはヤバい』
と焦り始めた。
「ん~。こんなもんだと思うぞ?元王女だし、戦ったこともないから戦い方を知らなくて当然だろ。ゴブリン程度だからレベル差と加護のおかげでケガはないだろうが」
『ち、ちょっとエルフを回収してくる』
クリスは戻ってくると、近くにあったソファーにエルフちゃんを寝かせた。
少し落ち込んでいるようだ。
『マ、マスター。ど、どうすればいい?』
「ん?寝かせとけば起きると思うぞ?回復させたんだろ?」
『そうじゃない。どうやって鍛えればいい?』
「それは自分で考えろ。と、言いたいところだが、まぁいいか。クリス。お前も最初から強かったわけじゃないだろう?」
『うん』
「どうやって強くなった?」
『それは少しずつ力をつけていって・・・』
「そうだ。クリスは取り込むという戦い方を持っているが、それがなければどうしていた?」
『そ、それはちょっと思い浮かばない。でも剣の使い方とかは冒険者を見て覚えて、それを何回も繰り返した・・・』
「それで自分より強い相手と戦う時はどうする?」
『勝てるように何度も弱い魔物と戦って力をつけた・・・』
「エルフちゃんにそれをさせたか?」
『させてない・・・。私が間違っていた』
「そうだな。まずは体力や力、戦い方を教えてやるべきだろうな。だが教えすぎるのもダメだぞ?自分で考えさせないと成長に繋がらないからな。その辺は難しいと思う。だからわからなくなったら、俺でもアルたちでもいいから相談しろ。それにただ強くなっても制御出来なきゃ使えないからな」
『うん。わかった。頑張ってみる。マスター。ありがと。わからなくなったらまた聞いてもいい?』
「ああ。もちろんだ」
◇◇◇
翌日俺は、エルフちゃんが目を覚まし、クリスと一緒に47階層にいるのを迷宮掌握を使って様子を見ていた。
『おはようございます。クリス姉様。昨日は申し訳ありませんでした・・・』
『・・・・・』
『クリス姉様?』
『エルフ。ごめんなさい。私は、マスターの眷属だから当然強いと思っていた。でも誰でも最初から強いわけじゃないとマスターに教えてもらった。私も最初は弱かったから知っていたはずなのに。今度からは、エルフに相談しながらやっていきたいと思う・・・。それでどう?』
『ク、クリス姉様!ありがとうございます。私も強くなるために頑張りますので、これからもよろしくお願いします』
その様子を見て安心した俺は、迷宮掌握の効果を切ろうした。
が!エルフちゃんが驚愕なことを話し始めた。
『クリス姉様。聞きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?』
『ん。何?』
『魔神様は時々よくわからないことをおっしゃるんですが、あれはなんなのでしょうか?』
『それはマスターだからしょうがない。マスターは理外の存在だから』
『では、クリス姉様もダンジョンの入口にある模様みたいなのはわからないんですか?』
『うん。でも文字なのは間違いない。前の時も冒険者に手紙を渡そうと何か書いていたけど、念話にした方がいいとやめさせたことがある』
『クリス姉様でもわからないことがあるんですね。古代文字でしょうか?』
『わからない。謎』
「なっ、なんだとっ!」
それを聞いていた真人は開いた口がふさがらなかった。
真人のダンジョンの名前が知られていない理由が発覚した瞬間だった。
「そ、そういうことか。俺は前世の文字を使っていたのか。そういえば、クリスも読めないと言っていたことがあるな。あの時はクリスが文字を知らないものばかりだと思っていたが・・・。しかし、今さら変えるのも気が引けるな。文字に言語理解を付与できればなんとかなるか?」
俺は冒険者がいなくなる夜に作業することにした。
その魔法によって文字が光り輝いているのを街から確認されているとも知らずに・・・。
次の日、珍しく近くにクリスがいなかった。
迷宮掌握を使ってみると、47階層でエルフちゃんと一緒にいるようだ。
今度はしっかりと自分で教えることにしたらしい。
その様子を見ていると、どうやらルタとサラの山を使って体力作りから始めるらしい。
「エルフちゃんは走るとして、クリスはどうするんだ?転移か?」
そのまま様子を伺っていると
「ブッ!」
なんとクリスは触手で足?をはやしてしまった。
なんともシュールな感じだ。
これにはさすがの俺も思わず噴き出してしまった。
「あいつはあのまま走るつもりなのか?しかし、意外と綺麗な足だな。も、もしかして、あいつはあのまま人化できるんじゃないのか!?」
そんなことを考えていると、ダンジョンの入口が騒がしいことに気付いた。
◇◇◇
その日、ダンジョン入口の前は賑やかな喧騒に包まれていた。
一般人、冒険者、関係なく集まり、門付近には屋台も出るほどだ。
理由は言わずもがなで、ダンジョンの名前が読めるようになったからだ。
この街の住人、誰もが嬉しい知らせに何故読めるようになったのか不思議に思う者もいなかった。
冒険者ギルド、商業ギルド、魔術師ギルド、騎士団、領主、総出で喜び合っている。
特に領主の喜びようはすごく、昨晩のダンジョンの異変の報告を受けていたため、安堵の様子も見せていた。
次の日も街全体がお祭りとなった。
これには俺も唖然となったが、同時に嬉しさもこみあげてきた。
ダンジョン入口前には大きな祭壇がもうけられ、花に野菜、果物、魔石、装飾品、色々な物が供えられた。
そこに領主と1人の男が祭壇の前に現れ、周りが静かになった。
「私は、セリア王国第一王子レーベスト・フォン・セリアだ。祖父ハイベスト・フォン・セリアの代から長い間名も無きダンジョンとして恩恵を受け心苦しく思っていたが、今日この日に名前が判明したことを大変嬉しく思う。国王ローベスト・フォン・セリアもこの地に来れないことを非常に残念だとおっしゃっていた。ここに迷宮都市「メイグウ」が誕生したことを宣言する!」
住人たちは歓声を上げ、盛り上がりも最高潮に達した。
その様子を見ていた真人は、クリス、エルフちゃん、精霊王たちを呼んだ。
『マスター。何?』
「入口でこのダンジョンの誕生祭がおこなわれるようだ。お前たちはそこに並んできて欲しい。供え物を回収して、こっちからもいろんな物を返してやれ。姿を見せるだけでいいが、一言話してくれ。アル。頼めるか?」
「わかりましたわ。主様」
そこで真人は8人を転移でダンジョン入口まで送った。
宣言を終えた王子と領主が下がろうとしていたところ、設置してある祭壇とダンジョン入口の間が激しく光り輝き始めた。
するとその瞬間、7人の美しい女性と1匹の神々しいスライムが現れた。
クリスは祭壇で隠れるため、エルフちゃんに抱えられていた。
その様子を目にしたここに集まっている全員が呆然と立ち尽くした。
そしてクリスが膨大な魔力を発すると、全員が強制的に膝まずかされた。
アルは一歩前に出て
「面を上げなさい」
と言い、その魔力がこもった美しい声で全員を注目させた。
「私たちは、魔神様の配下一同。お供え物はありがたくちょうだいいたしますわ」
クリスは祭壇に載っていた物を一瞬にして全部取り込んだ。
「こちらは魔神様からの返礼とさせていただきますわ」
次にクリスは、色々な物を取り出した。
精霊たちが作った野菜、果物、米、小麦、薬草、ハチミツ、装飾品、ポーション等祭壇に大量に置いた。
「それではみなさま。ごきげんよう」
転移で戻ろうとしたアルたちだったが、そこに1人の女性が走ってきた。
「クリス!」
『ん?お前はジョイナ?何故姿が変わってない?』
「フフッ。それはクリスのおかげよ。あなたはずいぶん強くなったわね」
「私は変わらない。ジョイナが会ったのは分身、私は本体」
「そ、そう。ところであなたたちの言う魔神様には私でも会うことができるのかしら?」
するとアルが威圧しながらジョイナに近寄った。
「主様に会う?あなた。少し頭が高いんではなくて?」
「うっっ!?」
『アル。何もしなくていい。ジョイナはリーンをくれたから。先に戻ってて』
「クリス。わかりましたわ。でもすぐに戻ることですわよ」
『わかってる。リム。アルたちを送って』
「しょうがないのぅ~」
クリスとエルフちゃんを残して精霊王たちは消えていった。
『ジョイナではマスターに会うことはできない』
「どうしてかしら?」
『正確には会うことはできても、常人にはマスターの魔力が強すぎて立ち上がることさえできない。それに今はエルフを鍛えることで忙しい』
ジョイナはエルフの方を見て
「そちらの方は?」
『ん?エルフ。見ればわかる。私の弟子』
「そ、そう。今回は無理そうかしら」
『でも、エルフはいずれ外の世界に出ていく。いつまでかかるかわかんないけど。それまでジョイナが生きてたら考えてもいい。人間は短命だからすぐいなくなる』
「あなたたちに比べたらそうかもしれないわね。では約束よ?」
『大丈夫。約束は守る』
「わかったわ。じゃあ今回はリーンじゃなくてアレにしようかしら?」
ジョイナは収納袋から手のひら大のオレンジ色の果実を10個取り出した。
『これは何?』
「マールという果実よ。東の国でしか取れない貴重な果物よ」
『いいの?』
「いいわよ。でも半分は魔神様に渡してもらえるかしら?」
『わかった。ジョイナ。ありがと』
クリスとエルフの少女は転移して消えた。
神聖な存在を目にしたその場にいた全員はノロノロと立ち上がり、興奮冷めやらぬ思いで祭りを再開させ三日三晩騒ぎ続けた。
◇◇◇
一方、クリスの方も48階層の会議室にいた真人のところに戻ってきて、上機嫌に真人に詰め寄っていた。
「ク、クリス。落ち着け」
『マスター。ジョイナにもらった』
そう言いながらオレンジ色の果実を9個取り出した。
「こ、これは。マンゴー!?」
『ジョイナはマールと言っていた』
「そ、そうか。マールはこの国にあるんだな」
『ううん。ジョイナは東の国って言ってた。貴重って言い方してたから多分この国じゃないと思う』
「東の国か!やっぱり日本に近い植生なのか!?」
『日本?マスター。行ったことあるの?』
「い、いや。なんとなく思っただけだ。それで何で9個なんだ?1個食べたのか?」
『ううん。1個はエルフにあげた』
「クリス。ダメですわよ。まずは主様に渡して許可をもらわなくては」
近くにいたアルが声をかけてきた。
クリスは気付かなかったが精霊王たちもみんないたようだ。
ディーネはマールの果実に目が釘付けになっていた。
「アル。いいんだ。これはクリスが貰ってきた物だからな。エルフちゃんも遠慮なく食べるといい。俺は食べないから残りはみんなでわけてくれ。それとこれを果樹園で作ればいいんだな?クリス」
『うん。マスター。ありがと』
「あと、クリス。供え物を全部出してくれ」
『わかった』
「アル。精霊たちに頼んで仕分けさせてくれ。ルタとサラはディーネがつまみ食いしないように見張りな」
「真人様っ!?」
「「「わかりましたわ(わかった)」」」
エルフちゃんと出会えたおかげでようやくダンジョンに名前がついたな。
しばらくしたら前よりたくさんの冒険者が訪れそうだ。
少し魔物の数とレベルを上げておくか。
「それにしても、俺以外に転生者はいないってことだろうな。いたら読めてただろうし。勇者や魔王の噂も聞かないしな。いや待てよ。確かローラ聖教国には聖女がいたな。もしかしたら転生者の可能性もあるのか?それに外には時間や曜日があるようだし、すくなくとも転生者がいたことに間違いはないな」
口に出してから気付いたが、今のはフラグのような気がする。
マズイな。言わなければよかった。
頭を抱えながら自分の空間の50階層に戻る真人だった。
それはエルフちゃんがここに来てしばらく経ってからのことだった。
いつも近くにいるクリスがソワソワしてるように見え、声をかけることにした。
「クリス。どうかしたのか?」
するとクリスはビクッと体を弾ませたあとに声をだした。
『マスター。お願いがある』
「ん?クリスがお願いするなんて珍しいな?ディーネなんて一生のお願いが何度もあるのに」
『マスターはディーネに甘すぎる。それにディーネはポンコツだからしょうがない』
雲行きが怪しい方向に向かうと感じとった俺はすぐに元の話題に戻した。
「そ、それで?俺で出来ることならいいぞ?」
『ほんと?』
「内容によるが・・・。なんだよ。もったいぶって」
『マスター。私と模擬戦して欲しい』
「なんだ。そんなことでいいのか?」
もっと過激なお願いをされると身構えていた俺は内心ホッとなった。
俺を取り込んでコピーするとか言い始めそうだからだ。
さすがにそれはないか・・・?
クリスは続けて言う。
『まだ続きがある。勝つ・・・は無理にしても、マスターが実力を認めてくれたら、武器を作って欲しい』
「模擬戦なんてしなくても作ってやるぞ?その前に俺に作れる範囲の武器になるが。・・・?武器?クリスが使うのか?」
『うん』
「クリスは武器が使えないだろう?魔法の方が合ってると思うが」
『それはダメ。もし魔法が使えない場所があったら、私はただのスライム。近接を覚えといて損はない』
「それもそうだな。魔法が無効果される可能性もあるな。俺も少し考えるか。クリスはどんな武器が欲しいんだ?」
『わからない。それをマスターに決めてもらうための模擬戦』
「なるほどな。やってみないとわからないか。クリスに合う武器が作れればいいが」
『大丈夫。マスターならできる』
「まぁやってみるか。動きとクセを把握するからな。何回も見るぞ?」
『わかった。どこでする?』
「47階層の湖の前でしよう。あそこなら広いし、多少激しくしてもルタが直してくれるだろ」
『わかった。準備してくる』
「準備?何を準備するんだ?」
『それは乙女の秘密』
「そ、そうか」
俺は気にしないことにした。
『2時間後でいい?』
「2時間?そんなにかかるのか?まぁいいが。2時間後だな」
そこで冒頭に至るわけだ。
しかし、いつまにか47階層には闘技場ができ、どういうわけか周りには屋台も出てお祭り騒ぎだ。
昨日はなかった気がするが、2時間で作り上げたということだろうか?
闘技場で10メートル程間をあけ、困惑しながら対峙している俺と、クリスの1段上の周囲にも、ぐるっと階段状の観客席があり、精霊たちがたくさん集まっている。
その中には
「真人様~。クリスなんてやっちゃえ~」
という声も聞こえる。
その聞き覚えがある声の方を見ると、串焼きと飲み物を手に持って、興奮しているディーネがいた。
その横にはアルたち精霊王も揃っている。
クリスの方を見ると、ディーネに向かって触手の手で中指を立てていた。どこで覚えたんだ?
「クリス。これはお前がやったのか?」
『う、うん。マスター。ごめん。怒ってる?』
「いや。怒ってないぞ?むしろ嬉しいぐらいだ!」
俺は少し感動していた。
模擬戦をみんなに見てもらいたかったわけじゃない。
クリスはあんまり自分から周りに関わろうとしていなかった。
そのクリスが自分からこういうことをしてくれたからだ。
『よかった。前から計画してみんな楽しみにしてた』
「そうだな。毎年の行事にしてもいいかもな。いや待てよ。1階層分街を造っても面白そうだな・・・。そうなると商店街やら・・・・・」
ブツブツと考え始めた俺は、クリスの声で現実に引き戻された。
『マ、マスター!その話は今度。早く始めよう』
「す、すまん。そうだな。始めるか」
その瞬間、闘技場が静寂につつまれた。
『マスター。行く』
「よしっ!来いっ!」
クリスがフッと消えた。
「なにっ!?」
気づいた時には、クリスの触手が剣のように変形し、俺の首筋に向かって振りかぶられていた。
「クッ!」
直前でなんとかしゃがみ込んでかわし、拳を振り上げてクリスを下からとらえた。
しかし、ベチャッという音と共に右肘辺りまで取り込まれてしまった。
「おいおいっ!」
『フフッ。マスター。捕まえた』
俺は右肘の存在を消し、クリスから抜け出して右肘を再生させた。
こういう時にこの体は便利だな。
「クリス。転移を使ったな。魔法を使えない場所を想定してるんじゃなかったか?」
『マスター。それはそれ、これはこれ。今は魔法が使える』
「○■※♯*◇!」
観客の精霊たちは盛り上がっているようだ。
特に青い髪をしているポンコツが何かを叫んでいるが、興奮しているせいで何を言ってるかわからない。
「なぁクリス。ディーネが何か叫んでるぞ?」
『ん。アレは元からあんなのだから問題ない』
「・・・そうだな。よし。クリス。今度はこっちから行くぞ!」
そう言いながら一瞬でクリスとの間合いを詰め、蹴りを放った。
貫けると思ったが、ゴンッという鈍い音がしてクリスの触手によって受け止められた。
「むっ!?硬くもなるのか!」
『フフッ。その通り。硬さも粘度も自由自在。こんな風に』
引っ込めようとした俺の脚に、クリスの触手がくっついて伸びてきた。
「おおっ!?なんだこりゃ!?」
引っ張って取ろうとしてもどんどん伸びていく。
まるでゴムのようだ。
俺は転移を使って抜け出し、今度はクリスに向かって風の中級魔法、ウィンドカッターを放った。
しかし、魔法はクリスに取り込まれて無力化されてしまった。
そこからは、転移、格闘術、魔法の繰り返しでキリがなかった。
「なぁ?クリス。物理も魔法も効かないならやっぱり武器はいらないんじゃないか?」
『ダメ。いざという時のために持っときたい。奥の手ってヤツ。普段は収納しとくから大丈夫』
「そうか。なら俺も奥の手やらを使ってみるか」
『えっ?』
俺は空間収納に手を突っ込み、1本の反りが入った木の棒のような物を取り出した。
これは俺が、初めて盗賊をダンジョンに取り込んだ時に得たスキルに剣術があったので、剣の練習をしようと思い創造魔法で作ったのだが、包丁の時と同じように、剣に馴染みがなかった俺は、イメージで刀を作ってしまった物だ。
刀を気に入ったためそれ以来、剣を作ることに挑戦してないが、この刀は俺の魔力を込めに込めて不壊と空間魔法が付与されており、空間そのものを斬る必殺剣となっている。
鞘を抜き去ると、波型の刃文がついた刃長70センチほどの刃が現れた。
木の棒に見えたのは鍔が付いていないからで、銘は鉄幹と名付けてある。
その剣のような武器を初めて見たクリスは、ブルッと身震いしてこう言ってきた。
「マ、マスター。こ、降参する。それはダメっ!それで斬られたら私は再生できない!」
「そ、そうか。まぁ大体動きはわかったから終わりでいいだろう」
『マスター。作ってくれるの?』
「ああ。いいぞ。クリスの場合はスピードと手数をいかす方向か、転移と組み合わせでの一撃必殺だな。刀とも相性がよさそうだ」
『い、一撃必殺・・・。か、かっこいい。マスター。楽しみにしとく』
そこにエルフちゃんが現れた。
ルンルン気分になっていたクリスは邪魔されて不服そうだが。
「魔神様。私の話を聞いていただけないでしょうか?」
「どうした?エルフちゃん」
「魔神様。私は強くなろうと思います。そのためにも自分が何者か知りたいです」
「そうか。覚悟は決まったみたいだな。それで強くなった後はどうする?」
「エルフは寿命が長いので、満足するまで強くなったあとは、外の世界を見て回ろうと思います。そして、もう一度精霊樹が何を守っているか見てきたいです。それに残してきた妹の顔も見てこようと思います」
「そうか。目的ができたならそれでいい。調べるなら場所を変えよう。クリス。精霊王たちを呼んできてくれ」
『そんなのディーネを使えばいい』
「なんでよ!」
『ほらきた』
「ちょうどよかったディーネ。他の精霊王たちを呼んできてくれ」
「真人様までっ!」
「会議室に集まるようにな~」
そして、俺、クリス、エルフちゃん、ディーネ、アル、ルタ、サラは会議室に移動してきた。
「あれ?リアとリムは?」
『ん。マスターの後ろ』
「っ!?いつの間に!今日はちゃんと椅子に座れ」
「ブーブー」
「クリスちゃんダメよ。言っちゃ」
なんだか長くなる気がした俺は無視することにした。
「よし。今からエルフちゃんのステータスを調べるぞ!エルフちゃん。こっちに」
「はい。よろしくお願いします。魔神様」
「では、その首飾りを出してもらえるか?」
「えっ?首飾りですか?私がつけてるんですか?」
「ん?わからないのか?」
「主様。エルフちゃんには見えませんわよ。本来なら、15歳のステータス鑑定の儀で出現するはずですわよ」
「えっ?じゃあ私が13歳でステータス鑑定の儀を受けた時、名前以外が見れなかったのはそれが原因ってことですか?」
「ええ。そうなるわね。でもそれは、あなたの身を守るためでもあったはずよ?あなたが精霊樹の巫女だったとしても宰相たちは変わらなかったでしょうし。現にここにくるまでに守ってもらったでしょう?」
「そう・・・ですね。感謝しなくてはいけないですね。」
アルの言葉にハッとさせられたエルフちゃんは、見えない首飾りを優しく撫でていた。
「魔神様」
「ああ。俺の魔力を流して鑑定する。首飾りの魔力を上回ればできるはずだ。いいか?」
「はいっ!」
俺はエルフちゃん首飾り付近に魔力を流し鑑定をかけた。
するとパキッと音をたてて首飾りに付いていた透明な魔石が割れて、首飾りごと地面に落ちた。
そして、エルフちゃんのステータスが現れた。
―――――(ハイエルフ) LV15
HP――― MP―――
称号 魔神の眷属、精霊の加護
「あ、あれっ!?こ、これは!?」
『マスター・・・。これは責任を取るべき』
「???」
精霊王たちもジト目を向けてきた。
エルフちゃんはよくわかってないようだ。
「これはもしかして俺のせいか?」
『もしかしなくてもマスターのせい』
「私はやっぱりハイエルフなのですね。名前が消えてるのは私自身が名前を捨てたからでしょうか?精霊樹の巫女が消えたのも名前を捨てたことに関係があるのでしょうか?それにMPがないということは、魔法も使えないということですよね。私は強くなれないのでしょうか・・・?」
エルフちゃんの目からは涙が溢れ出ようとしていた。
『エルフ!心配しなくていい!名前はマスターが責任取ってくれる!魔法も戦うこともできる!私の次ぐらいには強くなる!』
「そうですわね。HPもMPもないのではなく、膨大すぎて表示されないのでしょう。その辺はクリスと一緒ですわね。何せ、主様の眷属なんですもの」
「な、なんで俺の眷属になってるんだ?」
『それは自分の胸に手を当てて考えればいい』
「・・・魔力を与えて回復したことか?だが、あの時俺の眷属になったのならステータスは見えるはずだろう?」
「ここは主様のダンジョンですのよ?あの時は与えたのが少ない魔力でステータスが見えなかったかもしれませんが、ここの膨大な主様の魔力の中で生活していれば、どんどん取り込んで馴染んでいきますわよ」
「そういうことか。すまんな。エルフちゃん。あの時助けるには、あの方法しか考えつかなかったんだ」
『それはない!マスターならエリクサーでも作れる!』
「気絶してる相手に口移しで飲ませろと?」
『うっ・・・。そ、それはダメ・・・』
「いえ。魔神様。あの時は助けていただき本当に感謝しています。それに私はここに来れて、みなさんに会えてよかったと思っていますのでどうか気にしないで下さい。それより私はどうすれば強くなれるでしょうか?」
「名前をつけるか?」
『それは心配しなくていい。私が鍛えてやる。マスター!名付けは鍛えてから!』
「そ、そうか」
「えっ!?クリス様がですか?」
『うん。これからはクリス姉様と呼ぶがいい』
「お前はそう呼ばれたいだけだろう!」
「わかりました。クリス姉様!」
『フフッ。私の鍛練は厳しいけどついてこれるかな』
「まぁお前らがそれでいいならいいんだが・・・」
ふと周りが静かなことに気が付き、アルたちの方をみた。
アルはクリスとエルフちゃんを見て微笑んでいた。
リアとリムは眠ってる?ようだ。
この2人は相変わらずだ。
しかし、問題児3人組はコソコソ何かを話し合っているようだ。
そこでディーネをジーっと見ていると、俺の視線に気が付き、目が合うとビクッとなった。
「ま、真人様?な、なんでしょう?」
「ディーネ。今何を話していたんだ?」
「い、いえ。何も話してないですよ?」
「聞いてよ!ご主人様!ボクとサラがご主人様の魔力欲しいよねって話してたら、ディーネが夜這いすればいいとか言ってきてさ!」
「ルタ!言ったらダメ!」
「ディーネ!お前はそんなことを考えてたのか?」
「いやですわ。真人様。そんなことこれっぽっちも考えていないですわ。オホホ」
「ディーネはあとから拳骨するとして、今日のところはこれで終わりでいいな?クリスはエルフちゃんに無理させないように!あと何かあったらちゃんと報告するように!」
「真人様!拳骨だけですか?」
『マスター。わかった。エルフはまだ弱いから1階層から始める』
ディーネは何やってもダメなような気がしてきた。無視しておこう。
「待てクリス。昼間は冒険者がいるだろう?どうするつもりだ?」
『その時考える』
「ほ、ほんとに大丈夫か?」
『大丈夫、大丈夫。いざとなったらエルフを取り込んで、隠密でやりすごす』
「「えっ!?」」
俺とエルフちゃんの声が重なった。
クリスは体を弾ませてルンルン気分でどこかに消えていった。
「エルフちゃん。頑張ってな。それと俺の名前は真人だから好きに呼んでくれ」
「私、急に不安になってきましたよ。魔神様、ありがとうございます。でもクリス様に認めてもらうまでは魔神様と呼ばせていただきます」
「そうか。では俺も戻るが何かあったらクリスでもアルにでも言うようにな」
「はい。わかりました」
「あっ!真人様!待って下さいっ!」
「・・・。なんだ?ディーネ?」
「拳骨をっ!」
「・・・。ゴツン!」
「つぅ~。ありがとうございますっ!」
ディーネは危ない世界に進んでるのではないだろうか?取り返しがつかなくなる前になんとかした方がよさそうだ。
しかし方法が何も思い浮かばない。
そう思いながら、誰にも気付かれないように、地面に落ちていた壊れた首飾りを収納して、50階層の自分の空間に戻ってきた俺だった。
◇◇◇
翌日、気付くとクリスが近くにいた。なぜかいた。
「クリス。なんでここにいるんだ?エルフちゃんを鍛えるんじゃなかったのか?」
『?私はいつもマスターの近くにいる。エルフはまだ弱いから1階層を2号に任せてある』
「そ、そうか」
2号?やっぱり他にもいるのか。
1号はマスコット役をしているアイツだろうな。
心配になった俺は、迷宮掌握でエルフちゃんの様子を見ることにした。
「なぁクリス?エルフちゃんはモンスター部屋の前にいるんだが、何をさせてるんだ?」
『モンスター部屋なんだから、モンスターを倒すためだけど』
「えっ?いきなりか?」
『モンスターはいつどこで襲ってくるかわからないのが普通。だからモンスター部屋に投げ込む』
「鬼かっ!物事には順序ってものがあるだろう!」
『マスター。何言ってる。死ぬ思いしないと強くならない。冒険者もモンスターも命懸け。エルフもそういう覚悟してるし、いざとなれば2号が助ける』
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『えっ?戦い方?』
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『マ、マスター。こ、これはヤバい』
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クリスは戻ってくると、近くにあったソファーにエルフちゃんを寝かせた。
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『そうじゃない。どうやって鍛えればいい?』
「それは自分で考えろ。と、言いたいところだが、まぁいいか。クリス。お前も最初から強かったわけじゃないだろう?」
『うん』
「どうやって強くなった?」
『それは少しずつ力をつけていって・・・』
「そうだ。クリスは取り込むという戦い方を持っているが、それがなければどうしていた?」
『そ、それはちょっと思い浮かばない。でも剣の使い方とかは冒険者を見て覚えて、それを何回も繰り返した・・・』
「それで自分より強い相手と戦う時はどうする?」
『勝てるように何度も弱い魔物と戦って力をつけた・・・』
「エルフちゃんにそれをさせたか?」
『させてない・・・。私が間違っていた』
「そうだな。まずは体力や力、戦い方を教えてやるべきだろうな。だが教えすぎるのもダメだぞ?自分で考えさせないと成長に繋がらないからな。その辺は難しいと思う。だからわからなくなったら、俺でもアルたちでもいいから相談しろ。それにただ強くなっても制御出来なきゃ使えないからな」
『うん。わかった。頑張ってみる。マスター。ありがと。わからなくなったらまた聞いてもいい?』
「ああ。もちろんだ」
◇◇◇
翌日俺は、エルフちゃんが目を覚まし、クリスと一緒に47階層にいるのを迷宮掌握を使って様子を見ていた。
『おはようございます。クリス姉様。昨日は申し訳ありませんでした・・・』
『・・・・・』
『クリス姉様?』
『エルフ。ごめんなさい。私は、マスターの眷属だから当然強いと思っていた。でも誰でも最初から強いわけじゃないとマスターに教えてもらった。私も最初は弱かったから知っていたはずなのに。今度からは、エルフに相談しながらやっていきたいと思う・・・。それでどう?』
『ク、クリス姉様!ありがとうございます。私も強くなるために頑張りますので、これからもよろしくお願いします』
その様子を見て安心した俺は、迷宮掌握の効果を切ろうした。
が!エルフちゃんが驚愕なことを話し始めた。
『クリス姉様。聞きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?』
『ん。何?』
『魔神様は時々よくわからないことをおっしゃるんですが、あれはなんなのでしょうか?』
『それはマスターだからしょうがない。マスターは理外の存在だから』
『では、クリス姉様もダンジョンの入口にある模様みたいなのはわからないんですか?』
『うん。でも文字なのは間違いない。前の時も冒険者に手紙を渡そうと何か書いていたけど、念話にした方がいいとやめさせたことがある』
『クリス姉様でもわからないことがあるんですね。古代文字でしょうか?』
『わからない。謎』
「なっ、なんだとっ!」
それを聞いていた真人は開いた口がふさがらなかった。
真人のダンジョンの名前が知られていない理由が発覚した瞬間だった。
「そ、そういうことか。俺は前世の文字を使っていたのか。そういえば、クリスも読めないと言っていたことがあるな。あの時はクリスが文字を知らないものばかりだと思っていたが・・・。しかし、今さら変えるのも気が引けるな。文字に言語理解を付与できればなんとかなるか?」
俺は冒険者がいなくなる夜に作業することにした。
その魔法によって文字が光り輝いているのを街から確認されているとも知らずに・・・。
次の日、珍しく近くにクリスがいなかった。
迷宮掌握を使ってみると、47階層でエルフちゃんと一緒にいるようだ。
今度はしっかりと自分で教えることにしたらしい。
その様子を見ていると、どうやらルタとサラの山を使って体力作りから始めるらしい。
「エルフちゃんは走るとして、クリスはどうするんだ?転移か?」
そのまま様子を伺っていると
「ブッ!」
なんとクリスは触手で足?をはやしてしまった。
なんともシュールな感じだ。
これにはさすがの俺も思わず噴き出してしまった。
「あいつはあのまま走るつもりなのか?しかし、意外と綺麗な足だな。も、もしかして、あいつはあのまま人化できるんじゃないのか!?」
そんなことを考えていると、ダンジョンの入口が騒がしいことに気付いた。
◇◇◇
その日、ダンジョン入口の前は賑やかな喧騒に包まれていた。
一般人、冒険者、関係なく集まり、門付近には屋台も出るほどだ。
理由は言わずもがなで、ダンジョンの名前が読めるようになったからだ。
この街の住人、誰もが嬉しい知らせに何故読めるようになったのか不思議に思う者もいなかった。
冒険者ギルド、商業ギルド、魔術師ギルド、騎士団、領主、総出で喜び合っている。
特に領主の喜びようはすごく、昨晩のダンジョンの異変の報告を受けていたため、安堵の様子も見せていた。
次の日も街全体がお祭りとなった。
これには俺も唖然となったが、同時に嬉しさもこみあげてきた。
ダンジョン入口前には大きな祭壇がもうけられ、花に野菜、果物、魔石、装飾品、色々な物が供えられた。
そこに領主と1人の男が祭壇の前に現れ、周りが静かになった。
「私は、セリア王国第一王子レーベスト・フォン・セリアだ。祖父ハイベスト・フォン・セリアの代から長い間名も無きダンジョンとして恩恵を受け心苦しく思っていたが、今日この日に名前が判明したことを大変嬉しく思う。国王ローベスト・フォン・セリアもこの地に来れないことを非常に残念だとおっしゃっていた。ここに迷宮都市「メイグウ」が誕生したことを宣言する!」
住人たちは歓声を上げ、盛り上がりも最高潮に達した。
その様子を見ていた真人は、クリス、エルフちゃん、精霊王たちを呼んだ。
『マスター。何?』
「入口でこのダンジョンの誕生祭がおこなわれるようだ。お前たちはそこに並んできて欲しい。供え物を回収して、こっちからもいろんな物を返してやれ。姿を見せるだけでいいが、一言話してくれ。アル。頼めるか?」
「わかりましたわ。主様」
そこで真人は8人を転移でダンジョン入口まで送った。
宣言を終えた王子と領主が下がろうとしていたところ、設置してある祭壇とダンジョン入口の間が激しく光り輝き始めた。
するとその瞬間、7人の美しい女性と1匹の神々しいスライムが現れた。
クリスは祭壇で隠れるため、エルフちゃんに抱えられていた。
その様子を目にしたここに集まっている全員が呆然と立ち尽くした。
そしてクリスが膨大な魔力を発すると、全員が強制的に膝まずかされた。
アルは一歩前に出て
「面を上げなさい」
と言い、その魔力がこもった美しい声で全員を注目させた。
「私たちは、魔神様の配下一同。お供え物はありがたくちょうだいいたしますわ」
クリスは祭壇に載っていた物を一瞬にして全部取り込んだ。
「こちらは魔神様からの返礼とさせていただきますわ」
次にクリスは、色々な物を取り出した。
精霊たちが作った野菜、果物、米、小麦、薬草、ハチミツ、装飾品、ポーション等祭壇に大量に置いた。
「それではみなさま。ごきげんよう」
転移で戻ろうとしたアルたちだったが、そこに1人の女性が走ってきた。
「クリス!」
『ん?お前はジョイナ?何故姿が変わってない?』
「フフッ。それはクリスのおかげよ。あなたはずいぶん強くなったわね」
「私は変わらない。ジョイナが会ったのは分身、私は本体」
「そ、そう。ところであなたたちの言う魔神様には私でも会うことができるのかしら?」
するとアルが威圧しながらジョイナに近寄った。
「主様に会う?あなた。少し頭が高いんではなくて?」
「うっっ!?」
『アル。何もしなくていい。ジョイナはリーンをくれたから。先に戻ってて』
「クリス。わかりましたわ。でもすぐに戻ることですわよ」
『わかってる。リム。アルたちを送って』
「しょうがないのぅ~」
クリスとエルフちゃんを残して精霊王たちは消えていった。
『ジョイナではマスターに会うことはできない』
「どうしてかしら?」
『正確には会うことはできても、常人にはマスターの魔力が強すぎて立ち上がることさえできない。それに今はエルフを鍛えることで忙しい』
ジョイナはエルフの方を見て
「そちらの方は?」
『ん?エルフ。見ればわかる。私の弟子』
「そ、そう。今回は無理そうかしら」
『でも、エルフはいずれ外の世界に出ていく。いつまでかかるかわかんないけど。それまでジョイナが生きてたら考えてもいい。人間は短命だからすぐいなくなる』
「あなたたちに比べたらそうかもしれないわね。では約束よ?」
『大丈夫。約束は守る』
「わかったわ。じゃあ今回はリーンじゃなくてアレにしようかしら?」
ジョイナは収納袋から手のひら大のオレンジ色の果実を10個取り出した。
『これは何?』
「マールという果実よ。東の国でしか取れない貴重な果物よ」
『いいの?』
「いいわよ。でも半分は魔神様に渡してもらえるかしら?」
『わかった。ジョイナ。ありがと』
クリスとエルフの少女は転移して消えた。
神聖な存在を目にしたその場にいた全員はノロノロと立ち上がり、興奮冷めやらぬ思いで祭りを再開させ三日三晩騒ぎ続けた。
◇◇◇
一方、クリスの方も48階層の会議室にいた真人のところに戻ってきて、上機嫌に真人に詰め寄っていた。
「ク、クリス。落ち着け」
『マスター。ジョイナにもらった』
そう言いながらオレンジ色の果実を9個取り出した。
「こ、これは。マンゴー!?」
『ジョイナはマールと言っていた』
「そ、そうか。マールはこの国にあるんだな」
『ううん。ジョイナは東の国って言ってた。貴重って言い方してたから多分この国じゃないと思う』
「東の国か!やっぱり日本に近い植生なのか!?」
『日本?マスター。行ったことあるの?』
「い、いや。なんとなく思っただけだ。それで何で9個なんだ?1個食べたのか?」
『ううん。1個はエルフにあげた』
「クリス。ダメですわよ。まずは主様に渡して許可をもらわなくては」
近くにいたアルが声をかけてきた。
クリスは気付かなかったが精霊王たちもみんないたようだ。
ディーネはマールの果実に目が釘付けになっていた。
「アル。いいんだ。これはクリスが貰ってきた物だからな。エルフちゃんも遠慮なく食べるといい。俺は食べないから残りはみんなでわけてくれ。それとこれを果樹園で作ればいいんだな?クリス」
『うん。マスター。ありがと』
「あと、クリス。供え物を全部出してくれ」
『わかった』
「アル。精霊たちに頼んで仕分けさせてくれ。ルタとサラはディーネがつまみ食いしないように見張りな」
「真人様っ!?」
「「「わかりましたわ(わかった)」」」
エルフちゃんと出会えたおかげでようやくダンジョンに名前がついたな。
しばらくしたら前よりたくさんの冒険者が訪れそうだ。
少し魔物の数とレベルを上げておくか。
「それにしても、俺以外に転生者はいないってことだろうな。いたら読めてただろうし。勇者や魔王の噂も聞かないしな。いや待てよ。確かローラ聖教国には聖女がいたな。もしかしたら転生者の可能性もあるのか?それに外には時間や曜日があるようだし、すくなくとも転生者がいたことに間違いはないな」
口に出してから気付いたが、今のはフラグのような気がする。
マズイな。言わなければよかった。
頭を抱えながら自分の空間の50階層に戻る真人だった。
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