異世界めぐりの白と黒

小望月 白

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第二の世界

王族の役目

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その日はとても天気が良く、目覚めた瞬間今日の脱走日課で向かう先を決めた。

すぐに着替えて昨日の内に部屋に運び込ませてある公務をさっさと済ます。
仕事が済んだら煩いシナールお目付役が来る前に窓から部屋を出る。
途中厨房へ忍び込みいくつか朝食用にパンとワインを拝借し愛馬が待っている馬小屋へと向かう。

「おはようスティン!今日も美人だな。よく眠れたか?」

足音で僕が来るのを察していた愛馬はこちらをじっと見つめながら早く出して欲しそうに前足をカタカタと動かしていた。

「よしよし。いい子だ」

スティンにひらりと飛び乗り裏門から城を出る。正門に繋がるのは城下町だが裏門は森へと続く。


「今日は何だかいつもより気分がいいんだ。だからあそこへ行こうと思うんだけどどうだい?」

僕の問いかけにスティン彼女はヒヒンと鼻を鳴らし嬉しそうに少し足を早める


「はは、そうかそうか。お前も賛成か?あそこの馬草はお前のお気に入りだもんな」


軽やかな足取りで森を進む。ある程度進んだらスティンを置いて歩いて進む。まだ早朝だというのに燦々と降り注ぐ陽光。そしてそれを程よく遮る木々の葉一枚一枚が風で揺らめき、足元ではまるで光の妖精が踊っているかの様な景色が広がる。


ーーああ、やはりここは天気のいい日に限るな


幼い頃偶然見つけたこの道。城から抜け出し目印らしい目印が無い森の中を進んで行くと辿り着くことのできるこの場所。ここへ来るといつも良い事が起こる。しかしただ何も無い時に来るのではない。目が覚めた瞬間「今日だ」という啓示の様なものが自らの中で起こるのだ。
そしてそれが今日だった。


「ここへ来たのはいつぶりかな」


一歩踏み出す毎に違う情景を見せてくれるこの道はどこを切り取っても美しい絵画の様だ。


ーーさて、この辺りでいいか


適当な石を見つけ腰掛けると拝借したパンをワインで流し込む。
朝食が終わった後はダラダラと惰眠を貪るのも良いが今日は少し歩きたい気分だ。

ーーもう少し行けば開けた場所があった筈だな。きっと今日も帰れば目付役のシナールが煩いだろうし、オルトスへ薬草の賄賂でも渡して適当に協力して貰おう。


シナールの息子であるオルトスとは幼馴染だ。彼の母親が僕の乳母で1歳違いの僕達はまるで兄弟の様に育った。
今は僕の補佐として働いているが少々度が過ぎた研究愛好家なので薬草等を準備すれば簡単にこちら側へついてくれる悪友でもある。


「えーっと。確かこの辺りにあいつが喜んだ薬草があったはず……」

背の高い草を掻き分けながら茂みへと入って行けばあっという間に前が見えなくなる。


ーーまずい。こっちだったか?


道を見失い最早勘で進んで行くと突然茂みが終わり開けた場所へと出た。


「ふぅ、何とか出られたな。随分と遠回りを………」


すると少し離れた場所に誰か女性がうつ伏せに倒れている。


「!」


慌てて駆け寄り抱き上げて呼吸を確認する。目立った外傷もなさそうだ。


ーー気を失っているだけか?


とにかく意識が戻るかどうかだけでも確認しなければ。そう思い彼女の事を改めて眺める。
目が覚める様な夜明け前の群青の空の色のドレス。こんなに素晴らしい発色は母上のドレスでも見た事がない。それに形も少し変わっている気がする。そして何より目を引くのはその髪色だ。


「漆黒……」


まるで月のない闇夜の様に深く、全てを飲み込むかの様な色。そしてその髪色とは対照的に透き通る様な白い肌。


ーー母上が興奮しそうな風貌の女性だ


まるで絵画や空想の世界から飛び出してきた様な彼女の姿は恐らく、母上だけではなくこの世界の全ての人間の目を惹くだろう。


無意識に彼女の髪を一房取り、その艶やかさに見惚れていたがふと我にかえる


「こんな事をしている場合ではない。君!大丈夫か君!しっかり!しっかりするんだ」


軽く肩を叩いて反応を見る。初めは反応が無かったものの暫く呼び掛けていると眉を顰め出した。


ーー意識が戻りそうだな


「だれ……」


ゆっくりと目を開けた彼女の瞳はまるで宝石の様な赤から漆黒へと移り変わる夕暮れ時の色だった。
瞳まで初めて見る色彩である事にかなり驚いたがなるべく動揺を出さぬ様に女性へいくつか質問をする。
しかし彼女は何故この様な場所にいたのかもわからないと言う。
名を聞くと少し考えてから『レイチェル』と言った。そして僕はとにかく彼女を一度城へ連れて行く事にした。

どうやら記憶を無くしている様子の彼女には騙し討ちの様で悪いが、彼女からはかつて出会った事の無い様な『能力』を感じる。なので今どこかへ行かれる訳にはいかない。




この世界に度々生まれてくる『能力持ち』の人間。
その人間の保護、支援の為に早期発見する事こそ我ら王族の持つ『能力発見の能力』の使い方なのだから。




スティンへ彼女を乗せ城へ向かう。無いとは思うが正妃の座を狙ったどこかの貴族の娘の可能性もあったので反応を見ていたが、僕が王子だと知った時の反応はどうやら本物そうだ。


案の定城の橋を渡っている時にシナールが出迎えにきたがどうやらレイチェルの姿を見て怒りがどこかへと飛んで行ったらしい。


ーーこれはいつかレイチェルにお礼をしなければいけないな


歩かせるとふらつく彼女の手を取り部屋へ案内した。それが後々面倒な噂を呼ぶとはあの時思ってもみなかったが。



「さて、父上と母上の所へ報告をしに行かなければ」


ドアの向こうへとその姿が隠れてしまえば、それは夢だったのではないかと思うくらいの珍しい見た目だった。
両親に何と説明するかを考えながら僕はレイチェルの部屋を後にした。
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