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西の果てに

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行き先は決めていなかった。でも何だか清々しい気持ちだ。しかしこれから何処へ行こう。

ーーあ。

その時ふと思い出した。死の森がまだ賑やかだった頃、最初は野生の獣並に警戒していたのが次第に仲良くなって途中からはまるで昔から友達だったかの様にティナへとついて回ったある天使の様な少年の事を。強制浄化のあの日に姿は見てはいない気がするが無我夢中だったので分からない。だがあの日が来る前にちゃんと神様の元へ上がって行けていればいいなと思う。

ーーそう言えば

彼が一度だけティナが居た森とは違う森の事を話していた。普段とは違う、まるで何かを懐かしむ様な表情だったので印象に残っていた。

「確か、西の最果てにあるんだっけ………」

どうせ行く宛なんて無いしそこ目指す事にした。そうして始まった旅の道中聞いた話では西の最果てに『この世の終わり』が存在するらしい。恐らく私の目指している森はそれではないか、と。

「そんな場所に行くのなんて後ろ暗い事をして行き場所が無くなった奴か自殺願望者くらいだよ。あんた、悪い事は言わないからそんな所に行くのはやめておきな」

そう言って心配をしてくれた親切そうなお爺さんにお礼を言って別れてから随分経った。路銀は幻姿の浄化を引き受ける事で細々と稼いだ。余り目立ちたくは無かったのだが旅をする以上路銀は必須だった。が、何せ金を生み出す方法が他に思い付かなかった。しかし驚いた事に幻姿の浄化は身近な悩みの割に高額な為「力不足故にその場での浄化は出来ないが問題の幻姿は共に連れて出て行くので相場の半額でどうか」と言うティナに依頼は幾つも舞い込んだ。

そんなこんなで現在ティナには5人の幻姿の同行者がいる。みんな西の最果てに行く事については同意してくれている。

「ねえ!そこの薄汚いお前!いつまでこのわたくしを歩かせるつもり?!」

彼女はアイリット・サーカイツ。生前は魔法がとても盛んな(らしい)隣国の第一王女だったがインモール国へ旅行中暗殺されたらしい。今ではだいぶ打ち解けて……

「ちょっとやだ信じられないわ!お前こんな所で寝るつもり?!わたくしは嫌よ!!」

きっと、きっと、打ち解けているのだと信じている。少なくとももうティナのことを呪い殺そうとはして来ない。

✳︎✳︎✳︎


「どうやらここがそう・・みたいだな」

同行者の1人の幻姿が言う。どうやら『西の最果て』に着いたらしい。ティナは18歳なっていた。

「これは………」

そして目の前には凄まじい程の断崖絶壁。1年かけて歩んで来た旅の終わりが断崖絶壁。うんまあ、文字だけ見ればなんか格好良くていい感じだ。しかし現実は

ーーこれはどうしろと

別に誰に強制されている訳でもないのだが、ちょっと思っても見なかった感じの雰囲気なのでティナは戸惑った。

ーーさて、どうしようかな

「見事な崖だねー!ティナはこれまさか降りるとか言わないよね?」

ケラケラと笑いながら話す同行者に「流石に無理だねぇ」と返していれば別の同行者に疲れただろうからとりあえず休んではどうかと提案を受ける。

「疲れ……うん、そうだね。確かに疲れたしちょっと休もうかな」

幸い崖までの道は確かに森と言っても差し支えない程に自然豊かなので寝床と、贅沢を言わなければ食事にもありつけるだろう。

「ここが言ってた森なのかな……でも何となく違う気がするんだよね」

自生していた果物や食べられる葉っぱをすり潰してペーストにした物を口へと運びながらティナが呟く。

「まあ、時間はたっぷりあるんだし。僕らもできる所までティナについていくから寂しくないよ。だから今日はもう寝ちゃいな。大丈夫、これだけ幻姿がいれば見張りはばっちりだから!」

「ありがとう。じゃあそうしようかな」

やっぱり生きてる人間なんかより幻姿達の方が優しい。開きかけた昔の傷を塞ぐ様に、ティナは胸の前で手をギュッと握り締めて眠りについた。

「おやすみティナ。良い夢を」 




次の日の朝、昨日収穫しておいた木の実をひたすら炒って食べられる様にしていた。

ーーこれは生だと冗談みたいにお腹壊すって昔教わったから念入りに………

ガサリ

「?」

木の実を炒る香ばしい香りにつられたのだろうか。ふらふらと一匹の子狐が草の茂みから現れ、ティナの近くで倒れた。

「あっ」

しかし幻姿なのだろうか。身体が浮いているし黒いモヤが出ている。

ーー動物ってなんだかんだすぐに天に登るのに珍しいな

人や物を強く怨んでいればすぐに天には召されず、そのまま恨みに飲まれてモヤや淀になるとは聞いた事がある。なのでモヤを纏ったまま動いている動物は初めて見た。

「幻姿なのかな」

すると同行者の1人がやや警戒した様に私と子狐の間に立つ

「ティナ、あれは多分呪いじゃないかと思う」

「え、呪い?そんなのあるの?」

「ああ」

そうか。彼が言うのならそうなのかもしれない。

「ディルディロ、生きてた時はインモール国の魔法使いだったって言ってたもんね」

「下っ端だけどな」

しかしそうか、呪い。なら可哀想だが私にしてあげられる事はないだろう。そう思っていたのだが

「これ多分ティナならどうにかできると思うぞ。どうする?」

「え、そうなの?……なら治してあげたいかな」

狐は森でティナの命を繋いでくれたものの一つでもあるし、この狐が関係ないとしても恩返しだと思って助けてあげたい。という事でディルディロの指示に従って呪いとやらを消した(というか霧散した)

「ちなみになんだけど、今ぶわっと消えたあの呪いのモヤは放っておいて大丈夫なの?」

生きてる人間の事が嫌いだとは言っても流石に子狐を助ける為に大勢の人間を巻き込むのはティナのなけなしの良心が痛む。

「ああ、大丈夫だ。あのやり方なら問題ない」

「そっか。ならいいや」

「呪いをかけた奴らに還っていっただけだ」

「………へーぇ」

それなら尚更良かった。するとぐったりとしていた子狐がゆっくりと顔を持ち上げる。

「元気になったね。木の実炒ったの食べるかな」

「どうだろうな」

どうやら懐かれた様でしきりに私の手をぺろぺろと舐めている。可愛いがそろそろ木の実を食べたい。

「さて、どうしようかなー。目的地の最果てもこんな感じだったし……最後に一目見たらとりあえず元きた道を帰るしかないかな」

するとそれまで私に身体を擦り付けていた子狐の耳がピコピコと動き出す。

「ん?チビ(仮)も来る?でも来てもいいけどそこまでね。その後は私流石に飼えないし」

そうして私達は「ちょっとまたあんな崖に行きますの?!危ないじゃない!私が落ちたらどうしてくれるの!」と騒ぐアイリットも含め最後に一目崖を見に行く事にした。

「お、おお………昨日も思ったけどやっぱり凄い断崖絶壁。落ちたら死ぬかなぁ」

そして私の隣にはアイリット

「まぁ!高貴なわたくしとお前の様な愚図が同じ物になるだなんて許される事ではないわ。全く、冗談はその頭だけにしておきなさい」

今日も絶好調である。ふと服の裾が突っ張りそちらを向けばなんとチビ(仮)が私の服を咥えて引っ張っている。そしてその方向が

「ちょ、ちょっとそっち崖!崖だから!落ちるよチビ(仮)!!待って待って引っ張らないで私服これとあと一つしか持ってな……あああ本当に待って力つよ……ぃ………」

ぐらり

その瞬間、今までに無い速度で私は沢山のことを考えた。

ーーえ?子狐ってこんなに力強かったっけ?あれ、待ってそもそもチビ(仮)の事を最初に幻姿だと思ったのって地面から足が浮いてたからじゃなかったっけ?狐って地面から浮いてる?いやいや浮かない浮かない。と、いうか幻姿って生きてる私や草に触れないはず…………

そして私の身体はまるで冗談みたいにぽーんと崖側に飛び出した。

「無理無理無理落ちる落ちる落ちるからーーーー!」

アイリットに「落ちたら死ぬかなぁ」とは聞いたがあれば別に落ちてみたいなー、やってみたいなー的な事では無い。どうやら人の言葉が分かっているのかいないのか知らないが、子狐が余計な気を回した様だ。

ーーもう!狐なんて助けなければよかった!

「クソ狐め!!」

死ぬ前に悪態でもついてやろうと叫びながらギュッと目を閉じていたが暫く待っても想像している様な衝撃は来ず、なんなら落ちている時の叩きつけられる様な風も感じなかった。

「あれ………落ちてない…………?」

死ぬのって思ったよりも痛く無いのかな、そう思って恐る恐る目を開ければそこには向こう側が透けるくらい薄い女性もののドレスと男性ものの服だった。

「ん?」

そこで漸く理解した。今私は同行者である幻姿の皆んなから守る様に囲まれている。そして私の頭部を抱え込む様にしてくっついているこの派手なドレスはまさか。

「アイリット……?」

私の声に素早く離れたアイリットは真っ青な表情で私の周りをぐるぐると回り出した。

「あ、アイリット………」

どうやら私が怪我をしていないかをチェックしてくれている様だ。他の幻姿達も皆一様にほっとした様子で泣きそうになる。きっと、咄嗟の事だったのだ。

【幻姿は生身の人間に触れない】

それはこの世界では当然のルールだ。しかしここにいる彼等はそのルールが頭から抜け落ちる程ティナの事を守ろうとしてくれた。本当に、昔からティナの心を救ってくれるのはいつだって幻姿だ。

「ありがとうみんな……」

そして未だにティナの身体検査をしているアイリット以外と共にしんみりしていると、なんとも場違いな声が聞こえて来る。

「おいでませ、妖精の国~」

それは、まるで幼い子供の様に高くてどこか甘える様な舌ったらずにも聞こえる声。全員が慌ててそちらを振り向き、アイリットは再びティナの事を守る様に抱きしめた。そこにいたのは地面から高く浮かび上がる子狐だった。あまりにも沢山の事が起こり、頭がぐるぐるしてきた。頭上ではアイリットがティナの頭を抱え込む様にしながら今度は顔を真っ赤にさせて「何を考えていますの!馬鹿ですの!!」と怒り、ヘラヘラと笑うチビ(仮)と口喧嘩をし始めた。

ーーお姫様アイリット動物が喋ってる事に気が付いて!

アイリットと子狐の喧嘩がひと段落ついた後改めて周りを見渡してみたが先程とは違う森だった。いつの間に妖精の国とやらに来たのかは分からないがこの森、何だか全体的に元気がない。萎れている、といったイメージだ。木々の葉には潤いが無くカサつき、空気は淀んで何だか少し薄暗い。思わず3年前の事を思い出すが必死に平静を装う。そしてメヴィと名乗った子狐は妖精の一種で、身体は小さいものの彼はもう立派に成獣なのだという。

ーー子供どころか、狐ですら無かった……

メヴィが言うには数年前に妖精の王族同士の権力争いが勃発。それ自体は既に敵対していた王族が捕われ幽閉されているので収束はしているものの、敗れた王族サイドの残党が現在もよからぬ画策をしている。そして運悪く数日前に残党に捕まったのが目の前にいる哀れで可哀想な狐、メヴィだそうだ。そしてそんなか弱く守ってあげなければいけないメヴィは事の次第を現国王に報告したい。

「で、それを手伝えって?」

「うん!」

「いやだ」

「えぇー」

これである。

「なんで?なんで?ティナは心優しい聖女なんじゃないの?」

「そんな訳ないでしょ。私があなたを助けたのは私が今まで糧として獲ってきた狐や小動物へのちょっとした恩返しのつもりだったのよ。そもそも私は国でも育成機関でもとりあえず偉い奴らは嫌いなの」

「えぇー」

しかし全然納得してくれなさそうなメヴィはふと、にやりと笑って言い放った。

「でもティナ、いいの?ここさっきも言ったけど『妖精の国』なんだよ?ティナ、1人で帰れるの?」

その言葉に思わず口元がひくつく

「こんのクソ狐……」

「ね?手伝ってくれたら悪い様にはしないよ?」

「そこで素直に『元の場所に帰す』って言わない所が信用できない」

「えぇー傷付くなー。よし、まあそれはそれとして。こっちだよ」

「…………」

後ろを振り向けば幻姿の皆んなは何とも言えない顔をしていた。

「妖精ってなんかイメージと違うわ………」

辛うじて、アイリットがそう呟くだけだった。私もそう思う。

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