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異世界っぽい現実 第1章

望月愛果あらわるっ!

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 心地いいくらいのそよ風が桜吹雪を生み出し微妙に花びらが回転を作り出している。
 なんてことを思い浮かべながら歩く俺と西田。
 俺って「桜吹雪」って言葉が好きらしいな。ここに来る直前のオシャンティなポエムにも使ってたし。
 しかし俺のテンションがアホみたいに上がっていたおかげで、俺は大声で『アルプス一万尺』を歌いたい気分だった。帰り道に見つけた可愛らしい子猫ちゃんが拾えてテンションが上がらない奴がいるわけが無い。
 さっきまで俺よりもテンションが高かった西田は俺が猫を拾って以来気味悪そうに俺を見ていたわけだが。
「じゃ、じゃあなマスター。また明日会おうぜ」
 少し引いてるのか、遠慮ガチに別れを告げる西田はやや小走りに家に向かっていった。
 ちなみに「マスター」ってのは俺のあだ名だ。中1くらいの時にこのアホにつけられたのだが、何が由来なのかいまいちピンと来ない。なぜマスターなのか。なんのマスターなのか。分かる日は二度と来ないことは分かっているが、なんとなく気になる。それも今となってはどーでもいいくだらん話だ。
 それよりも今の俺はとてつもなく重要な使命があるのだ。
 そう。
 この愛らしい子猫ちゃんの名前を決めなければならない。この子が一生呼ばれ続ける名前なのだ。なんとなく決めたテキトーな名前では絶対にダメだ。毛並みが良くて黒いから「クロ」なんてどうだ?ダメだダメだ。もうちっといい名前にしてやらないと。
  そんなことで頭を悩ませながら家に帰っていた。
  時折子猫ちゃんに微笑み掛けると、子猫ちゃんも微笑を浮かべ返してきた気がした。普通に考えればおかしなことなのだが、テンションが上がっていた俺にそんな判断能力は一切ない。
 家に着いた頃には、俺の顔はにやけ過ぎて醜く歪んでいた。
 ちなみに俺は親の都合で1人暮らしをしている。近所にジジババぐらいしか住んでないような街の一角にあるマンションに、わざわざ俺のために用意した微妙に広い部屋は猫を1匹や2匹くらい飼ったってなんの問題もない。俺が迷わず子猫ちゃんを飼うことを決めた要因の5パーセントくらいはそれだ。
 とりあえず、俺の家の一番の特等席であるふっかふかのソファに猫を寝かせて昼食の準備に取り掛かった。
 今日のメインイベントである入学式は午前で終わったので学校も同じように午前で終わった。
 どうやら子猫ちゃんは俺とじゃれるのに疲れて眠ってしまったらしい。
 子猫ちゃんのために買ったちょっとお高い猫缶を皿に盛り付けておいた。俺は寝息をたてている子猫ちゃんを横目に冷凍チャーハンをたいらげた。いつもより美味しく感じたのは気のせいではないだろう。
 美味しく味わいながら食べた昼飯を終えても、子猫ちゃんは起きる様子を見せなかった。
 しょーがない。
 格闘ゲームでもしながら起きるのを待つことにした。


 全然起きない。
 俺もすこし眠くなってきたのだが、金輪際忘れるようなことが出来ない出来事が起きたせいで俺は目をスッキリと覚醒させまくった。

 ここから先のことは、今すぐその出来事を具体的に表わせと言われたらすぐできるだろう。頭の中に焼き付いたその時の記憶は二度と消えることはないに違いない。忘れるほうがおかしいと思うのだが。現に、ここで具体的に表そうとしているのだからな。

 格闘ゲームをやりすぎて疲れた俺は、とりあえず読書でもしようかと本棚から適当に推理もののラノベを1冊引っ張りだして、子猫ちゃんの元へ戻ってすぐそばのソファに腰掛けようとした。その時だった。
 ふと子猫ちゃんを見てみると、驚くべきことに猫のコスプレをした少女が寝息をスウスウとたてていたのだ。
「ふにぁ。寝ちゃったぁ? 」
 独り言のように呟いて辺りを見回し始めた少女はぺたぺたと自分の体を触って顔を赤くし始めた。
「ま、魔法が溶けちゃってるっー? 」
 近所迷惑にならないように祈りたくなるようなでかい悲鳴にも似た叫び声だった。
「どどどうしようっ? こんな所をみられたら大変なことになるのに、ってわぁぁぁぁぁっ! いいいつの間にっ? 」
 肩にギリギリかからないくらいの茶髪をフリフリとしながら慌ただしく俺の方を見た。
 俺の方はというと、情けないことびっくりしすぎて声も出せなかった。
 しばらく俺が少女をじっと見つめていると、慌てたように飛び立ちたがって開き直ったかのように自己紹介を始めた。
「えっと、望月愛果っていいますっ! あなたを守るためにやってきた魔法少女みたいなもんですっ!よろしくお願いしまーすっ! 」
 これまた近所迷惑な自己紹介だった。そしてわけわかめな自己紹介の内容であることは言うまでもない。
 なんだ? なんて言ってたっけ? 魔法少女? 俺を守るためにやってきた?
 どっかで頭でも打ったのか知らんが、俺はそんなショーもない冗談を素直にアハハと笑える人じゃないんだ。イタズラなら他を当たってくれ。
「イタズラなんてとんでもない!  私の言う事、なんで信じてもらえないんですか! 私本気で言ってるんですよ? 」
 元気な奴だ。毎度毎度近所迷惑な声で喋ってくる。隣の脂肪にまみれた香水臭いオバハンから苦情が来ないことを祈ろう。頼むからそうデカイ声で喋らないでくれ。会話する時の声のトーンでいい。
 さて、自称魔法少女こと望月愛果と名乗ったこの少女は、ソファに勝手に腰を掛けてどこからか取り出した1枚の紙を俺に見せてきた。
 何だこりゃ。
 少しデカいランドセルを張り切って背負ってる、若き日の俺の写真が真ん中にでっかく貼っつけられていた。
 さすがにたまげたなぁ。イタズラにしては手が込みすぎている。
「あなたは、あなたの秘められた能力を魔人に狙われています。だから私が守りに来ました」
 肩にかかるかかからないかくらいの茶髪をやっと落ち着かせてまともな音量で話を始めたことには、クレームの心配がなくなったと安心しておこう。しかし、まるでクイズ番組のやや難易度の高い問題に正解した中学生のようなドヤッとした顔をして俺を見つめてくる様子を見ると、どうやら説明は終了したらしい。
 全く何が言いたいか分からんぞ。秘められた能力? 魔人? 俺の頭の中にクエスチョンマークが無駄に増えただけだ。もっと詳細な説明を求める。
「あ、その顔! やっぱりまだ信じてくれてませんね? もぉー! もぉー! しんじてくださーいっ! 」
 あーっ! 頼むから黙ってくれ!
 俺の中の赤ちゃん用靴下よりも小さい堪忍袋の緒が悲鳴をあげようとしていたのだが、そんな俺に気づいた様子もなくやかましい。
 明日隣のオバハンにお詫びのお菓子を用意しておこう。10円の駄菓子でいいかな、とか考え始めた頃に、もう1度現実に引き戻された。
「なんで信じてくれないんですかっ? そんなに私って信じられませんかっ?」
「いや、いきなり初対面の人に自分が魔法少女だとか秘められた能力があるとか魔人にそれを狙われているとか言われても、信じられるわけないだろ? それよりも俺の愛しの子猫ちゃんはどこいった? 」
「あ、それは私が魔法で変身した姿ですのでその愛しの子猫ちゃんは私です。初対面の人に『愛しの』だなんて言われたの初めてで少しドキドキするぅ」
首をフリフリして照れているその姿。
 うーむ。よく見てみると結構な美人じゃないか? 童顔だし。
 だが誰か知らんが『愛しの』なんてことを言った覚えはない。あれは子猫ちゃんに言ったセリフなのだ。
「誤解だ。なにか勘違いしてる。それより、詳しく説明してくれないか? その魔法少女だとかどーとか。俺が秘めたる力を持ってて、そいつを狙われているんだろ? だったらそれについてもう少しちゃんとした説明を加えてくれ。お前の言いたいことが全っ然分からん」
 と、一応言っておいたのだが、はっきり言って全く信じてなどいなかった。こうでも言わないとアイツはきっとまたうるさくなるだろうからな。俺なりの隣のババアに対する配慮だ。
「やっと信じてくれました? よかったぁ。えっと。私もあまり詳しいことは聞かされてないので話せないところもあるのですが、私はこの世界で言うところの魔法少女です。『天界』と呼ばれる世界から来ました。えっと。よろしくお願いします」
 はい。よろしくお願いします。
 それで?
「えっと。あなたは私たちとも、あなたたちとも違う世界である『魔界』と呼ばれる世界の住人の『魔人』にあなたの能力を狙われています」
 それはついさっき聞いた。
 一体『天界』とか『魔界』ってのはなんなんだ?
「パラレルワールドって知ってますか?『天界』や『魔界』はそのパラレルワールドのなれはてなんです。『天界』は、人間のポジティブな気持ちの、『魔界』は、人間のネガティブな気持ちを具体化させた世界みたいなもんです。それぞれの世界の住人は、あなたたちの言う『魔法』みたいなものが使えます。そしてこの世界が、人間のあらゆる気持ち全てを具体化させた世界。色んな感情が混ざりすぎたために、中和してしまったのです。その世界にある魔力が」
 ふむ。なるほど。さっぱり分からん。
「お前の話を信じるなら、その3つの世界は誰が作ったんだ? まさか神だなんて言い出すわけないよな?」
「パンドラの箱って話を知ってますか? パンドラから絶対に開けてはならない箱を開けてしまったせいで、この世にはネガティブな感情が生まれてしまったという話です。そこから世界は3つに別れたんです。『天界』は、パンドラが箱を開ける前にできた世界。ポジティブな心を持つ人たちが、こんな世界あったらいいなぁと想像した世界です。そして箱を開けてしまった後に生まれたのが『魔界』です。原因は分かりませんが、人の想像力が結集し、その想像の世界が生まれてしまったのだと考えられています。そして生まれた私たちは、魔法を持たないこの世界を見て憧れを抱いたのです。羨望と言ってもいいかも知れません。『天界』も『魔界』も、この世界を監視し始めました。羨望の眼差しっていうやつです。そうしてずっとこの世界を見つめていると、本来この世界ではありえないことが発生しました。魔力を持つ人が現れたのです。それも強力過ぎるパワーを持って」
「もしかしてそれは俺のことか? 」
「はい。あなたのことです。『魔人』たちはすっかり興味を示していました。その原因を調査したいとまで望むようになりました。そして彼らはどんな手を使ってでも、その原因を解明してついでに強大なそのパワーを自分のものにしようとし始めたのです。私たち『天界人』も興味を引きました。だからこそ、なるべくあなたには静かに過ごして欲しかった。でもそうはいかなかったのです。もしも『魔人』たちがあなたの強大なパワーを手に入れてしまうと私たち『天界人』はたちまち滅ぼされてしまいます。だからあなたを守ることを『天界人』たちは決めたのです」
 なるほど。それが俺が狙われている理由であり、守られる理由なのか。
 やたら『』を使う長い説明に、なんとなく暇つぶしするために耳を傾けていた俺の最初の感想が今のだった。
 にわかには信じ難い話だな。実際信じてないわけだが。
 話が一息ついたので、俺は休憩を兼ねてお茶でも飲もうかと席を立ったまさにその瞬間だった。
 ガチャん!
 金属と金属がぶつかった時に出る高い音が部屋に響き渡った。
 この部屋には俺とこの自称魔法少女の望月しかいないはずなのに、なんでそんな音がしたのだろうか。
 考え込もうとして、ふと自称魔法少女の顔を見てみると少し青くなっていた。さっきまでありまくってた血の気が少し失せてきている。
「まさか。もう来たの?」
 その尋常じゃない怯え方に、なにかあったのかと察することの出来ない奴はよっぽどのアホだ。俺はどうやらそのよっぽどのアホではないらしい。
「おい、どうした? なんかあったのか? 」
 望月の口はきゅっと締まり、拳は固く握られている。
「私の元から離れないで」
 さっきまでのテンションが高い声は跡形もなく消え失せ、まるで別人かのような冷静でいて緊張した声で言われた俺は、1歩も動けなかった。
「来る! 」
 望月の視線の先を見ると、そこには中華鍋の上に中華鍋を被せたようなバケモノがいた。
 その奇っ怪な状況にも驚いたが、やはり俺が一番驚いたのはその微妙な見た目だった。
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