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050 私の生きる道
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『お姉様、お元気ですか?田舎の領地は退屈でしょう。ですから、いいお話をして差し上げます。お姉様の言う通りにしました。毒を盛るのは失敗しましたけれど、ウィリアムは心が壊れてしまって、退位するそうです。
そして、あの、王太后はウィリアムを連れて、あの田舎の貧しい領地に戻るのですって!もう私、胸がスーッといたしました。お母様や私と同じ目に遭わせてやりましたよ。
そうそう、ドット子爵にもお伝えしたら、とても嬉しそうでした。本当にやっと、私たちも気が晴れましたわね。これでエリスも浮かばれますわ。それもこれも、私たちのために我慢して結婚して下さったお姉様のお陰です。
それから、あの側妃には、命は助けてやるから私の事は黙っているように予め言って下さったの、お姉様でしょ?あの娘、本当に黙っててくれました。もうすぐ修道院に行きますけど、どうなるのかしら?どこかで話が漏れないか心配ですから、あの娘がくれた毒を、使ってみたらどうかしら?とても良く効く毒らしいですよ。修道院で何かあっても、どうせ誰も疑いませんもの。お姉様考えて下さる?
とにかく今回は、お母様にもいい報告が出来ましたわ。
お姉様、どうかお元気で。 あなたの妹、リディアより 』
***
海辺の館はあの頃と変わらなかった。エドワードが即位したので、以前より少し大所帯の道中になったけれど、侍女たち四人と、ビアンカとデイジー姫も一緒に来る事が出来た。ビアンカは、私の侍女になる事を、前向きに考えてくれるらしい。
当然、ルイスとティムも一緒だ。
直ぐに来たかったのだが、代替わりの行事と仕事が多忙を極め、あれから三か月経ってしまった。
正直に言うと、ウィリアムと離婚した事で、私は気持ちが本当にすっきりした。もちろん子供の頃から婚約していて、夫婦だった人だ。可哀そうだと思う気持ちはある。
けれど、彼は愛した女性に狂わされたのだ。そこには、私の存在はなかった。二人の子供も彼には心の歯止めにはならなかったのだろう。
(ちょっと冷たいかしら……?)
フローリアの事は考えないようにしている。『時戻し』の魔術の事は秘匿されているから、魔塔と私たちだけの秘密だけど、彼女は三人の王族の殺害をした。ティムのお陰で私は今ここに生きている。
だから、彼女には同情心は起きない。幼い頃からの不遇がそうさせたと言ったけれど、不遇だから王族を殺していい訳がない。ウィリアムにも重篤な麻薬と媚薬の後遺症が残っているらしい。壊れた直接の原因は今回の事件だけど、それらも要因の一つだと、魔塔のダービルが言っていた。
私は、色々あったけれど、もう吹っ切りたいと思っている。
そして、今回は久しぶりに親しい人だけで、楽しい休暇を取る事ができた。
(勧めてくれたティムに感謝しないと……)
部屋のバルコニーで風に吹かれていると、以前ティムがここに訪れた時の事を思い出した。
「ソフィア……」
すると、どこからか、声がした。
「え、ティム、どこにいるの?」
声がするが、姿が見えない。
「ここだよ、ここ」
この部屋のバルコニーの前は海辺で崖だ。どこにいるの?
ティムは隣のバルコニーからこっちに渡って来ようとしている。
「ティム、危ない!」
「しっ!声を出さないで。護衛に聞こえる」
私のバルコニーにたどり着いて、ティムは、やれやれと手や服の汚れを払っている。
「何て事するの?」
「やっぱり、ここじゃ声が聞こえるな……。ソフィア、目を閉じて」
ティムが私の手を取って、いつもの転移の感覚が訪れる。重力が下に落ちる感じがして、着いたそこは、あの入り江だった。
「……もうっ!びっくりするじゃない」
「ふふ。懐かしいよね。まだ、一年も経ってないのにね」
「そうね……それに、あの時とは何もかも環境が違うわね」
「俺が一番嬉しいのは……君が人妻じゃない事」
「……変な言い方しないで」
私は急に恥ずかしくなった。ティムは最近、私への好意を隠さない。確かに人妻ではないけれど、人にはしたないと思われないかは、やっぱり気になる。それに私は何より、エドワードに恥ずかしくない母でいたいのだ。
「聞いて欲しい事があるんだ。もうバレバレだけど、ちゃんと言った事がない。だからどうしても聞いて欲しいんだ」
月が明るい入り江の砂浜、二人の声がかき消されそうな寄せては返す波の音。
ティムが跪いた。
(嘘。ティム、止めて!)
「大丈夫だよ。君が困るような事は言わない。ソフィア、僕は君を子供の頃からずっと、ひと時も変わる事なく愛している。王妃になるべく育てられた君に、何を望んでいた訳でもない。でも君が嫁いだ時、気が狂う程苦しかった。エドワード陛下を身ごもった時も、俺はそれを見ている事が出来ずに国を離れた。それでも、忘れられた訳じゃないけどね……」
ティムは跪いて、私の手を取る。
「ティム……」
「でも、君を失って、初めて気づいた。君が……この世に存在して、ここにいてくれる事がどれほど有難い事なのか。だから、言わせてくれ。俺は何も望まない。でも、どうか一生君を守る事を許してくれないか?」
「ティム……私は……」
「ソフィア、君は公爵になりたいんじゃないか?子供の頃、お嫁に行かずにお父様の後を継ぎたいって言っていたじゃないか。俺は公爵様の養子の件は、お受けする事にした。君とエドワード陛下を生涯守ると決めたから。でも君は公爵になる選択肢も……考えたらいいよ」
「ティム……今はエドワードを養育する事で頭がいっぱいだわ」
「ふふ。知ってるよ」
ティムが私の手を取り、鼓動が早くなった私の中にいつもの清らかな魔力を流してくれる。だから、ほんの少し、私も勇気を出してみよう。
「ティム、あの秋の日、あなたが帰って来てくれた時から、ずっとあなたが私の心の支えだったわ。どんなに辛い時も、いつも側で見守られているような気がした。でも幼い頃から、政略結婚するものだと思っていて、他の事なんて考えてなかったの……」
私は一気にしゃべって、ここで言い淀んでしまった。
「いいよ。ゆっくり話して……」
ティムの気持ちのいい魔力を受け入れて、段々体が浮遊しているような感覚になる。
「ティム、私、多分あなたを……愛していると思う」
とうとう言ってしまったという思いと、ティムはどう思ったかが気になって、私を見上げる視線に目を合わせた。実はさっきから、恥ずかしくて、彼のを目を見られないでいる。
ティムは目を見開き、少し頬が紅潮しているように見えた。そして、立ち上がって言った。
「ソフィア……俺、死んでもいい」
「止めて。止めて頂戴。ずっと守ってくれるんでしょ?」
「ああ、もちろんだ」
ティムの手に力が入った。一定の速度で入って来た魔力が不安定になった。
「あ、ごめん。流し過ぎた。俺、落ち着かないと……」
「でもね、ティム。私はまだ離婚したばかりで、まずはエドワードが大切なのと、摂政家として国政を疎かには出来ないの。だから、今すぐ何かを出来る訳じゃないわ……。あなたに待って欲しいとも、それはいつまでとも約束出来ない。でも、あなたみたいな素敵な人を私に縛る事も出来ない。だから、あなたはこれからも、自由でいて欲しいの。誰かを好きになったら、その人を大切にして欲しい」
「はあーっ!喜ばせておいて、俺に死ねって言うの?」
ティムが頭をガシガシとかいて、私にいつものようにおどけて言う。
「違うわ。幸せでいて欲しいの!あなたが言ってくれたように、あなたがいてくれる事がどれほど有難い事か、私も気づかされたのよ」
「じゃあ、分かった。俺は自由に君を好きでい続ける。それが俺の幸せだから」
「……もうっ」
「だけど、これだけは許してくれないか?」
ティムがそっと私に口づけた。耳の後ろの血管が破裂しそうなほど、脈打った。
「……ごめん。俺、実はあの紹介の儀で、死ぬほど魔力を使ったんだ。ここに戻る時はその二倍も。だから、俺に……褒美をくれないか」
すると自分の中から、一番正直な感情が抑えきれずに込み上げてきた。
「ティム、そんなご褒美なら、いつでもあげるわ。だから、ずっと側にいて」
私はもう、思いを隠したり我慢する事ができなくなったみたいだ。ティムの胸に顔を埋めてそう言った。ティムは私の髪を撫でて、子供の頃の様に言った。
「俺のお姫様、愛してるよ……」
(ああ、私。やっぱり、ティムは……誰にも渡さないわ……)
完
そして、あの、王太后はウィリアムを連れて、あの田舎の貧しい領地に戻るのですって!もう私、胸がスーッといたしました。お母様や私と同じ目に遭わせてやりましたよ。
そうそう、ドット子爵にもお伝えしたら、とても嬉しそうでした。本当にやっと、私たちも気が晴れましたわね。これでエリスも浮かばれますわ。それもこれも、私たちのために我慢して結婚して下さったお姉様のお陰です。
それから、あの側妃には、命は助けてやるから私の事は黙っているように予め言って下さったの、お姉様でしょ?あの娘、本当に黙っててくれました。もうすぐ修道院に行きますけど、どうなるのかしら?どこかで話が漏れないか心配ですから、あの娘がくれた毒を、使ってみたらどうかしら?とても良く効く毒らしいですよ。修道院で何かあっても、どうせ誰も疑いませんもの。お姉様考えて下さる?
とにかく今回は、お母様にもいい報告が出来ましたわ。
お姉様、どうかお元気で。 あなたの妹、リディアより 』
***
海辺の館はあの頃と変わらなかった。エドワードが即位したので、以前より少し大所帯の道中になったけれど、侍女たち四人と、ビアンカとデイジー姫も一緒に来る事が出来た。ビアンカは、私の侍女になる事を、前向きに考えてくれるらしい。
当然、ルイスとティムも一緒だ。
直ぐに来たかったのだが、代替わりの行事と仕事が多忙を極め、あれから三か月経ってしまった。
正直に言うと、ウィリアムと離婚した事で、私は気持ちが本当にすっきりした。もちろん子供の頃から婚約していて、夫婦だった人だ。可哀そうだと思う気持ちはある。
けれど、彼は愛した女性に狂わされたのだ。そこには、私の存在はなかった。二人の子供も彼には心の歯止めにはならなかったのだろう。
(ちょっと冷たいかしら……?)
フローリアの事は考えないようにしている。『時戻し』の魔術の事は秘匿されているから、魔塔と私たちだけの秘密だけど、彼女は三人の王族の殺害をした。ティムのお陰で私は今ここに生きている。
だから、彼女には同情心は起きない。幼い頃からの不遇がそうさせたと言ったけれど、不遇だから王族を殺していい訳がない。ウィリアムにも重篤な麻薬と媚薬の後遺症が残っているらしい。壊れた直接の原因は今回の事件だけど、それらも要因の一つだと、魔塔のダービルが言っていた。
私は、色々あったけれど、もう吹っ切りたいと思っている。
そして、今回は久しぶりに親しい人だけで、楽しい休暇を取る事ができた。
(勧めてくれたティムに感謝しないと……)
部屋のバルコニーで風に吹かれていると、以前ティムがここに訪れた時の事を思い出した。
「ソフィア……」
すると、どこからか、声がした。
「え、ティム、どこにいるの?」
声がするが、姿が見えない。
「ここだよ、ここ」
この部屋のバルコニーの前は海辺で崖だ。どこにいるの?
ティムは隣のバルコニーからこっちに渡って来ようとしている。
「ティム、危ない!」
「しっ!声を出さないで。護衛に聞こえる」
私のバルコニーにたどり着いて、ティムは、やれやれと手や服の汚れを払っている。
「何て事するの?」
「やっぱり、ここじゃ声が聞こえるな……。ソフィア、目を閉じて」
ティムが私の手を取って、いつもの転移の感覚が訪れる。重力が下に落ちる感じがして、着いたそこは、あの入り江だった。
「……もうっ!びっくりするじゃない」
「ふふ。懐かしいよね。まだ、一年も経ってないのにね」
「そうね……それに、あの時とは何もかも環境が違うわね」
「俺が一番嬉しいのは……君が人妻じゃない事」
「……変な言い方しないで」
私は急に恥ずかしくなった。ティムは最近、私への好意を隠さない。確かに人妻ではないけれど、人にはしたないと思われないかは、やっぱり気になる。それに私は何より、エドワードに恥ずかしくない母でいたいのだ。
「聞いて欲しい事があるんだ。もうバレバレだけど、ちゃんと言った事がない。だからどうしても聞いて欲しいんだ」
月が明るい入り江の砂浜、二人の声がかき消されそうな寄せては返す波の音。
ティムが跪いた。
(嘘。ティム、止めて!)
「大丈夫だよ。君が困るような事は言わない。ソフィア、僕は君を子供の頃からずっと、ひと時も変わる事なく愛している。王妃になるべく育てられた君に、何を望んでいた訳でもない。でも君が嫁いだ時、気が狂う程苦しかった。エドワード陛下を身ごもった時も、俺はそれを見ている事が出来ずに国を離れた。それでも、忘れられた訳じゃないけどね……」
ティムは跪いて、私の手を取る。
「ティム……」
「でも、君を失って、初めて気づいた。君が……この世に存在して、ここにいてくれる事がどれほど有難い事なのか。だから、言わせてくれ。俺は何も望まない。でも、どうか一生君を守る事を許してくれないか?」
「ティム……私は……」
「ソフィア、君は公爵になりたいんじゃないか?子供の頃、お嫁に行かずにお父様の後を継ぎたいって言っていたじゃないか。俺は公爵様の養子の件は、お受けする事にした。君とエドワード陛下を生涯守ると決めたから。でも君は公爵になる選択肢も……考えたらいいよ」
「ティム……今はエドワードを養育する事で頭がいっぱいだわ」
「ふふ。知ってるよ」
ティムが私の手を取り、鼓動が早くなった私の中にいつもの清らかな魔力を流してくれる。だから、ほんの少し、私も勇気を出してみよう。
「ティム、あの秋の日、あなたが帰って来てくれた時から、ずっとあなたが私の心の支えだったわ。どんなに辛い時も、いつも側で見守られているような気がした。でも幼い頃から、政略結婚するものだと思っていて、他の事なんて考えてなかったの……」
私は一気にしゃべって、ここで言い淀んでしまった。
「いいよ。ゆっくり話して……」
ティムの気持ちのいい魔力を受け入れて、段々体が浮遊しているような感覚になる。
「ティム、私、多分あなたを……愛していると思う」
とうとう言ってしまったという思いと、ティムはどう思ったかが気になって、私を見上げる視線に目を合わせた。実はさっきから、恥ずかしくて、彼のを目を見られないでいる。
ティムは目を見開き、少し頬が紅潮しているように見えた。そして、立ち上がって言った。
「ソフィア……俺、死んでもいい」
「止めて。止めて頂戴。ずっと守ってくれるんでしょ?」
「ああ、もちろんだ」
ティムの手に力が入った。一定の速度で入って来た魔力が不安定になった。
「あ、ごめん。流し過ぎた。俺、落ち着かないと……」
「でもね、ティム。私はまだ離婚したばかりで、まずはエドワードが大切なのと、摂政家として国政を疎かには出来ないの。だから、今すぐ何かを出来る訳じゃないわ……。あなたに待って欲しいとも、それはいつまでとも約束出来ない。でも、あなたみたいな素敵な人を私に縛る事も出来ない。だから、あなたはこれからも、自由でいて欲しいの。誰かを好きになったら、その人を大切にして欲しい」
「はあーっ!喜ばせておいて、俺に死ねって言うの?」
ティムが頭をガシガシとかいて、私にいつものようにおどけて言う。
「違うわ。幸せでいて欲しいの!あなたが言ってくれたように、あなたがいてくれる事がどれほど有難い事か、私も気づかされたのよ」
「じゃあ、分かった。俺は自由に君を好きでい続ける。それが俺の幸せだから」
「……もうっ」
「だけど、これだけは許してくれないか?」
ティムがそっと私に口づけた。耳の後ろの血管が破裂しそうなほど、脈打った。
「……ごめん。俺、実はあの紹介の儀で、死ぬほど魔力を使ったんだ。ここに戻る時はその二倍も。だから、俺に……褒美をくれないか」
すると自分の中から、一番正直な感情が抑えきれずに込み上げてきた。
「ティム、そんなご褒美なら、いつでもあげるわ。だから、ずっと側にいて」
私はもう、思いを隠したり我慢する事ができなくなったみたいだ。ティムの胸に顔を埋めてそう言った。ティムは私の髪を撫でて、子供の頃の様に言った。
「俺のお姫様、愛してるよ……」
(ああ、私。やっぱり、ティムは……誰にも渡さないわ……)
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