上 下
44 / 50

044 控えの間の秘密

しおりを挟む
俺は魔塔に戻った。大事な事を見逃していたのかもしれない。最初から乳母がエドワード様の側にいない事に違和感があった。だのに、なぜそれを放置してしまったのか。フローリアに意識が集中し過ぎたかもしれない。



 前後の時間軸に乳母の姿が見つからないのだ。だから、犯人でもない乳母の捜索を諦めたのだ。



「デルタ、エドワード王子の乳母を探してくれ」

「え、ティム、乳母は犯行現場にはいなかったんだよ?」

「頼む、いいから探してくれ。遡って、乳母に焦点を合わせてくれ」



「……分かった!任せて」



 エドワード王子の身辺はいずれも公爵家が手配した人材なので、問題がある人物はいないはずだ。だが、公子がおっしゃった王子危篤の時の乳母の顔、正直顔に覚えはないが、髪色が……違ったような気もするし。



 俺は自分の耳たぶの耳飾りに手をやった。ソフィアの声が囁くように聞こえた。ソフィアに渡した時計の音声器だ。映像の解析と打ち合わせ以外の時間はほぼ、付けっぱなしで稼働させている。



(ティム、いつ帰ってくるの……)

 ソフィアの声に、俺の心臓がぎゅっと掴まれたような気がした。



 公爵様の話によると、ソフィアは独自の調査でフローリアの正体に気づいているようだし、前回とフローリアの行動が違う可能性も否めない。早く側に戻ってやりたい。



 デルタが画像をもう一度壁の鏡に投影して、前後の時間を調査している。王妃宮の王子の寝室周辺に焦点を当てている。



「うーん、別に変な動きはないなあ」

「何にもか?」

「うん。まだ王子様は幼児だからねえ、一人でどこかに行く事もないし、いつも誰かに付き添われているし、乳母らしき人と他のお世話係が二、三人いるくらいだよ」



「ふーむ……。夜会の式典の前はどうだ?」

「部屋に、乳母と王子様と陛下が入って行ったよ。これは、何度も見たとこだよねー?」



 ヘルガは今回の『時戻し』で、新しい時間軸に変化が出ないかを研究してくれている。彼女曰く、『時戻し』編んだ糸をほぐすようなものらしく、残滓は解かれた糸の後を読み取るようなものらしい。だから、完全に映像化出来る所もあれば、その陰になり読み取れないものもあるそうだ。



 入って行った後、二人になった経緯が、見えないのだ。その部分の時間がぽっかり抜けている可能性がある。



「ただ、部屋の中では陛下と王子様が二人である事は事実だし、陛下が何か食べさせていたでしょ?どっからお菓子なんか出したかは不明だけど……陛下が実行犯だよ。それで良くない?」



(それでもいいかもしれないが、良くない……!俺が気になって仕方がないから良くないんだ!)



「あ、ティモシー。あれは?陛下の後ろの壁に、上着をかける場所があるよね?前はあんまり気にしてなかったけど、陛下は上着を脱がれてないよね……」

 確かにそうだ。上着をかけるポールがあり、ウィリアム王とエドワード王子の上着が数着、数種類かかっている。二人は、ソファに腰かけたままだ。



「デルタ、入室すると所からもう一度見せてくれ」



 扉の両脇に兵士がいて、部屋に控えていた召使いが中から扉をあける。召使いが外に出て、入れ替わりにウィリアム王と、王子を抱いた乳母が入室して部屋が閉じられた。次の場面は入って来た所からだ。その時、乳母が抱いていた王子を下ろし、陛下が進んで行き、ソファに腰かける。



 すると、隣に王子がウィリアム王の助けを借りて腰かける。周りを見渡しても、誰もいない。



「止めて、ちょっと周りをみせてくれ」



 周りには誰もいない。ソファの前にテーブルがあるだけだ。後ろには衣装……。まてよ。衣装?

 まさか、ここは……クローゼットの中か!



(陛下は、クローゼットの中にいるんだ!)



 俺は慌てて宮殿の見取図を出して広げた。



「どうしたの?ティモシー、何か分かったの?」

 控えの間の場所を確認した。夜会がある場合は、必ず控えの間を用意する。招待客用にも必要だ。令嬢や夫人たちの衣装を整えたり、ちょっとした休憩、密かな密会に使われる場合もある。



 控えの間には、夜会で衣装にトラブルがあった場合のために、予備の衣装を用意しているものだ。



 王と王子の控えの間なのだから、彼らの予備の衣装があるのは当たり前だ。そして、その衣装がかけられている場所は……クローゼットだ。室内に仕切られた場所があり、召使いや侍女と入り衣装を整えるために広いスペースが取られている。



 一見壁が続いているので、部屋の中央に進んだようにも見えたのだが、王子と二人でクローゼットの中に入って行ったのか?乳母は外に残しているのか?それなら、周りに姿がなくても頷ける。



 でもなぜだ?なぜクローゼットの中などに?



 見取図を確認すると、扉のすぐ脇にかなり広いクローゼットスペースがある。



「デルタ、この部屋の扉を三時間前から早送りで見せてくれ」

「了解!」



 鏡に画像が早送りで投影される。扉の両脇に兵士が二人いる光景は変わらない。同じ画像がずっと続く。もう何もないかと思った頃に、一人の召使いの女がワゴンを持って中に入って行った。部屋の中の支度に訪れたようだ。



 その後すぐに兵士の交代があり、暫くしてウィリアム王たちが部屋に来た。そこからはさっきと同じだ。今度は、さっきウィリアム王たちが来た時に扉を開けた召使いが、ワゴンにお茶を準備して戻って来た。これも何度も見た光景だ。お茶を置いてまた出てくるはずだ。



 待てよ。先に一人召使いが入っている。扉を開けた召使いは違う女だ。その召使いは最終的にお茶を出して出ていった。



 先に入った召使いの女はどうした?映像では中で姿は見えなかった。しかも部屋から出ていない。



「デルタ、一番最初に部屋に入って行った召使いの映像、拡大出来るか?」

「うーん、やってみる」

 デルタが、魔法陣に数式を書き足している。それに伴い少しずつ画像が大きくなる。横顔しか見えないが、あれは!

 髪は召使いのメイドキャップに隠れて見えないが、間違いない。



「ティモシー!あれ、側室のフローリアじゃない!」



 ウィリアム王と王子が入室した時には、フローリアが中にいた事になる。出て行ったのは、扉を開けた召使いだけだ。



(あの女、中で何をしていたんだ?あの時に、毒を持ち込んだのか?)



「フローリア、中に隠れていたんじゃないの?」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうして私にこだわるんですか!?

風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。 それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから! 婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。 え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!? おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。 ※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

愛を求めることはやめましたので、ご安心いただけますと幸いです!

風見ゆうみ
恋愛
わたしの婚約者はレンジロード・ブロフコス侯爵令息。彼に愛されたくて、自分なりに努力してきたつもりだった。でも、彼には昔から好きな人がいた。 結婚式当日、レンジロード様から「君も知っていると思うが、私には愛する女性がいる。君と結婚しても、彼女のことを忘れたくないから忘れない。そして、私と君の結婚式を彼女に見られたくない」と言われ、結婚式を中止にするためにと階段から突き落とされてしまう。 レンジロード様に突き落とされたと訴えても、信じてくれる人は少数だけ。レンジロード様はわたしが階段を踏み外したと言う上に、わたしには話を合わせろと言う。 こんな人のどこが良かったのかしら??? 家族に相談し、離婚に向けて動き出すわたしだったが、わたしの変化に気がついたレンジロード様が、なぜかわたしにかまうようになり――

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話

みっしー
恋愛
 病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。 *番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

処理中です...