寵愛バトル~ワンオペ王妃ソフィアの苦悩の日々~

高橋 カノン

文字の大きさ
上 下
39 / 50

039 オードリー・ガーランド伯爵夫人

しおりを挟む
私はフローリアの出自を最初から疑っていた。初めて会った時、どこか普通の令嬢とは違う感覚があった。町娘が子爵の養女になったのだから、それはもちろん違うはずだ。だが、そういう話ではない。



 何と言えばいいのか、この娘には普通の若い娘が持っている基本的な羞恥心のようなものが感じられなかった。例えば、真っすぐ人の目を見る時の視線がそうだ。それでいて、慎ましやかな身のこなし。何ともアンバランスだ。



 それが男を惹きつけるという事に、私はすぐに気づいた。



 夫のガーランド伯爵がフローリアを見る視線、ドット子爵とフローリアの間の何か微妙な空気感。そのどちらもが、弟の王、ウィリアムがフローリアを見る目と通じるものがあった。



(清らかな乙女とは、到底言い難いものがあるわね……)



「あれは、町娘ではなかったぞ」

 私が介添え人シャペロンに指名されてから暫くして、夫が言った。

「お調べになったのですか?」

「ああ、聞いて驚くなよ。……娼妓だ!」

 夫のこういう時の顔が大嫌いだ。狡猾な表情に、下卑た好奇心が露骨に混ざって、醜悪のこの上ない。



「まあ……!何て事!」

 私は塩らしく驚いて見せた。



「王も大したものだな!どこで拾ってきたのかと思ったが、調べるのに随分金を使ったぞ。宿屋の娘に偽装して、子爵の養女にしたのだ。ドット子爵は知っているのかな?いや、当然知っているだろうなあ」

 面白い獲物でも見つけたように、頭の中の情報を反芻しているのがわかる。



(やっぱり、そういうカラクリがあったのね。なるほど、娼妓なら……)



「ウィリアム王が心配ですわ……。困った事になりませんでしょうか?」



「なあに、所詮は下位の側室だ。どうという事もあるまい。寵愛が深くても、どうせ王太子は王妃の子がなるのだ。だが、さすが貧乏男爵の娘の子だな。高貴な公爵令嬢が妻じゃ、気後れするんだろうさ。はっはっは」



 夫は高笑いした。きっと、王の弱みを握った嬉しさでいっぱいなのだろう。金儲けと人の足を引っ張る事にしか興味のない男だ。貴族とはいえ、新興でまだ三代しか歴史がない伯爵家だ。



 こんな男に嫁がされると決まった時は、怒りで身が震えた。金はあるが、品位がない。たかだか新興の伯爵家が王女の私を娶るというのに、この男の父親は恩着せがましく私に言った。



「姫のご体面を守れるのは、今は我が家くらいでしょうなあ……」

 あの親にしてこの子ありとは、よく言ったものだ。



 妹のエリスは、歴史はあるが金のない伯爵家へ嫁ぐ事が決まり、世をはかなんで毒をあおった。私と妹のどちらの結婚も地獄への切符のようで、妹の気持ちが分かりすぎる程分かったものだ。



 母は心を捨てて、もう何も分からなくなってしまった。高貴な夫人であったのに、今は見る影もない。末の妹は母について婚期を逃した。



「姫様方の行く末は、この王妃が請け合いますとも」

 あの女の言葉が嘘だという事に、なぜ母は気付いてくれなかったか。なぜもっと私たちを守るために戦ってくれなかったのか。



(過去を悔いても仕方がないけれど、本当は私が王太子となり王位を継ぐはずだったのに……)



 父の王妃が亡くなった後、第一側室の母が立后するはずだった。侯爵令嬢である母が王妃となるのに、何の不都合もない。



「産まれた子は、男子でした」

 あの女が誇らしげに言ったのを、まだ幼かったがよく覚えている。弟のウィリアムの誕生だった。そのために母の立后は見送られ、果たして母に新しい王子が出来るのか、ウィリアム王子が無事に育つのか、行く末を見守る事になってしまった。



 その後も、母が王妃代行をしていたが、父の病で全ての方向性が変わった。あの女がフォースリア公爵と密約を交わし、ウィリアムの王太子の指名と同時に王妃になった。側室となっても深窓の令嬢の様だった母は、結局あの貧しい男爵令嬢になすすべもなく、負けたのだ。



 その時私は学んだ。

(身分が全てではない。うかうかしていたら、誰かに足元を掬われるのよ)



 立后するまでの間、ムーンガーデンに移る時のあの女の顔も、私は絶対に忘れない。



 弟からフローリアの介添え人シャペロンを命じられた時は、とても違和感があった。今まで私に個人的に接触してきた事などなかったからだ。



「姉上、姉上にしかお願いできません。どうか、フローリアをお導き下さい。王妃や他の側室から守ってやって下さい」



 私は耳を疑った。盤石だと思っていたフォースリアの後ろ盾の象徴である王妃ソフィア。彼女から側室を守りたいとは?これはひょっとしたら、ひょっとする。



「私がお役に立てますかしら……」

「姉上は元王女です。姉上がフローリアの後ろ盾になって下されば、彼女の格も上げるでしょう。このままでは、王妃に疎まれて潰されてしまいます」



「まあ。では、ガーランド伯爵家共々、誠心誠意フローリア妃にお仕えし、お支えしなければなりませんね」



「そうおっしゃって頂けると心強い」



(ああ、ウィリアム。あなたは今自分が何を言っているのか分かっている?あなたを王位につけたフォースリア家を、こんな側室のために敵に回すのよ?)



 弟を憎いとも可愛いとも思った事はないが、この考えなしの王が、この先きっと私の役に立つ事は間違いない。今、自分が夫と同じ表情をしている自覚はある。だが、この心の高揚感は鎮めようもない。



(お母様、エリス、あなた方の仇を打つ事ができるかもしれませんわ……)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!

ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。 前世では犬の獣人だった私。 私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。 そんな時、とある出来事で命を落とした私。 彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

愛人をつくればと夫に言われたので。

まめまめ
恋愛
 "氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。  初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。  仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。  傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。 「君も愛人をつくればいい。」  …ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!  あなたのことなんてちっとも愛しておりません!  横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。 ※感想欄では読者様がせっかく気を遣ってネタバレ抑えてくれているのに、作者がネタバレ返信しているので閲覧注意でお願いします…

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...