寵愛バトル~ワンオペ王妃ソフィアの苦悩の日々~

高橋 カノン

文字の大きさ
上 下
35 / 50

035 魔塔の挑戦

しおりを挟む
毎日が怒涛のように過ぎて行った。ソフィアには十日で帰ると言ったが、とても無理だった。だが、預けて来た時計の魔道具が俺の心の支えだった。



 ソフィアには言わなかったが、声が聞こえる。執務や侍女たちとの会話、あの腹立たしい王に虐められている声、今すぐ飛んで行ってやりたかった事は一度や二度じゃなかった。言ったら、きっと手元に置いて貰えないから内緒にする必要があった。ボタンを押せば俺を召喚する魔法陣も仕込んである。



 一人で残すのが心配でならなかった。



 理論上は、命の危険はない。だが、辛い日々を送っている事に変わりはない。一日も早く戻りたいが仕事を片付けてからだ。一日の終わり、俺に語り掛けてくれる声が聞こえる事がある。

(ティム、早く帰ってきて……)

 その声が聞こえた時は、飛んで帰りたいのを必死で堪えた。



 魔塔では俺の話はオープンになった。魔塔独特の連帯関係があり、研究に関連した話や、面白い事案であれば絶対の秘匿が可能だ。魔法協会や外部にバレたら、研究ができない。優先順位が法や常識より、研究の方が上なのだ。そういう変わったやつらの集まりだった。



 ヘルガが言った事は本当だった。

「あ、ティモシーさんに触ると本当に見える!」

「え?本当か??」

「じゃ、じゃ、座標軸を設定してみて」



 次々に研究員たちが俺の体に触れて、時空観察のスコープを覗いている。それぞれ専門があるので、魔法陣の作用を見たい者、時空そのものを知りたい者、時戻しに興味がある者と様々だ。入れ替わり立ち代わり研究員が最奥の間に押しかけてくる。



 この最奥の間は、高出力魔力の耐えられる、魔塔自慢の部屋だ。今は王子の暗殺対策室になっている。



 時空の研究はまだまだだ。時戻しでこっちに戻ったら、元の時間がどうなってしまったのか、今後の行動を変えたら影響が出ないのか?何も分かっていない。だがそれも、今回の研究で明らかになるはずだ。



「ティム、とにかくオートナムを中心に座標軸を設定した。時間はどこまで戻す?」

 デルタが尋ねた。

「陛下がオートナムに通い始めた頃から、フローリアを側室として後宮に上げるまでだ」

「分かった。オートナム周辺の設定は任せて」

「頼む!」



「ティモシー、リンデルだが、ちょっときな臭い事が分かった」

 ダービルが言った。

「どうした?」

「宮殿でリンデルが栽培されているらしい……」

「え?どういう事だ?」



「ルイス医師の所に潜入させてる薬師から報告があった。デイジー姫の投薬で後宮に行った時に、北宮の庭園にリンデルの鉢植えがある事を見つけたらしい。それだけじゃなく、薬草の鉢植えだらけだそうだ。しかもかなりマニアックな」

「なんでだ!」

「俺に聞くな。今薬師に栽培されている草のリストを作らせている」

 ふるふると首を振りながら、ダービルが言う。



「なんで、それが問題にならないんだ?」

「ただの花だと思っているようだぞ……。庭園に咲く美しい花に見えるんだよ、リンデルは」

「媚薬の栽培なんて、宮廷庭師は何してるんだ……」

「北は空き室だから、庭師が入ってないんだそうだ。一時的に西の側室の物置になっているらしい」



 西宮はフローリアの宮だ。まさか、フローリアがリンデルを栽培しているのか!



「ティモシー、オートナムの設定終わった。こっち来て」

 デルタに呼ばれていくと、オートナム地域の座標軸と時間軸を合わせた魔法陣がテーブルに広がっていた。

「この上に座って」

「あ、ああ。これでいいか?」

 俺はテーブルの上の魔法陣の真ん中に胡坐をかいて座った。



「うん。今作動させる。こっちの鏡に、合わせた時間軸の時間のオートナムの景色が映るはずだ。スコープだと皆で見られないから」

「やってくれ」



 俺が座っているテーブルの向かいの壁にかかった鏡に、ぼんやりと風景が映っている。あれがオートナムだろうか。地方の町の景色だ。

「娼館だったよね。中まで見えるかな?娼館の中なんて見るの初めてだ。ティム」

 デルタは、テーブルの端に置いた座標軸を動かす魔道具を使って、細かく場所を設定し直している。いや、しかし!壁のでかい鏡に娼館の娼妓の部屋の風景が映ったら……まずいだろう!!



「だ、だめだ。デルタ、お前はまだ未成年だ!」

「何言ってるんだよ。王子様が危ないんだよ?」

「だめだ、お前、ダービルと代われ」

「僕じゃないと、座標が狂うって」



 そうこうしているうちに、娼館から男が出てくる姿が見えた。マクレガーと……陛下だ!商人に身をやつしているが、貴族が平民のふりをするのは、平民が貴族になるより難しい。生まれ持った高貴な気配は消しようがない。どこから見ても、貴族のお坊ちゃまだ。



 陛下が娼館の二階の窓を見上げた。

「二階に座標を移動しろ、デルタ」

「OK!」

 デルタは魔法陣に位置を書き込んで、調整している。鏡に女の姿が映った。



 そこには、長い髪を風に吹かせて窓辺に腰かけ、下に向かって手をふるフローリアがいた。素朴な化粧と洗いざらしの髪。今の貴族然とした装いや髪型とは違う。

(同じ人物には見えないな……。素朴な美しい町娘の風情だ)



 そして、いきなり、ダービルが大声を出した。



「リンデルだ!」

 どれが?



「あの、窓辺の鉢植えの黄色い花、大輪の。あれがリンデルだ。根は麻薬になり、花は媚薬になる。娼館にピッタリと言えばぴったりだが……」

 二階の窓辺に腰かけるフローリアの隣に、大輪の花の鉢植えが置いてある。



「あれが、側室のフローリアなの?さすが……美人だね」

 デルタが言った。



 フローリアは、階下の陛下に向かって、清楚な笑みを浮かべまだ手を振っている。恋しい男を見送る少女のようだ。だが、次の瞬間、俺たちはあの女の顔から、笑みがかき消されるのを目撃した。清楚な少女が、娼婦になる瞬間だ。唇の端が少し上がり、ため息をついたかと思ったら部屋に戻り、窓を音を立てて閉めた。



「側室が媚薬を使って、陛下をたらしこんでいたって事?」

 ヘルガが言った。

「たらし込んで奥さんになって、子供を王位につかせようと企んだのかな?ダービル、どう思う?」

「デルタ、お前子供がそんな事言うもんじゃない。それより、あの側室の目、菫色だ。髪色は違うが、ドルテア族じゃないのか?」



「確かに。オートナムは北方に近いからな。戦の後、難民がオートナムに流れても不思議じゃない」

 ヘルガも同意した。



 フローリアは、ドルテアの生き残りなのか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

君のためだと言われても、少しも嬉しくありません

みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は……    暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓

気高き薔薇は微笑む 〜捨てられ令嬢の華麗なる逆転劇〜

ゆる
恋愛
「君とは釣り合わない。だから、僕は王女殿下を選ぶ」 婚約者アルバート・ロンズデールに冷たく告げられた瞬間、エミリア・ウィンスレットの人生は暗転した。 王都一の名門公爵令嬢として慎ましくも誠実に彼を支えてきたというのに、待っていたのは無慈悲な婚約破棄――しかも相手は王女クラリッサ。 アルバートと王女の華やかな婚約発表の裏で、エミリアは社交界から冷遇され、"捨てられた哀れな令嬢"と嘲笑される日々が始まる。 だが、彼女は決して屈しない。 「ならば、貴方たちが後悔するような未来を作るわ」 そう決意したエミリアは、ある人物から手を差し伸べられる。 ――それは、冷静沈着にして王国の正統な後継者、皇太子アレクシス・フォルベルト。 彼は告げる。「私と共に来い。……君の聡明さと誇りが、この国には必要だ」

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし

さき
恋愛
愛のない結婚と冷遇生活の末、六年目の結婚記念日に夫に殺されたプリシラ。 だが目を覚ました彼女は結婚した日の夜に戻っていた。 魔女が行った『六年間の時戻し』、それに巻き込まれたプリシラは、同じ人生は歩まないと決めて再び六年間に挑む。 変わらず横暴な夫、今度の人生では慕ってくれる継子。前回の人生では得られなかった味方。 二度目の人生を少しずつ変えていく中、プリシラは前回の人生では現れなかった青年オリバーと出会い……。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

処理中です...