寵愛バトル外伝~ソフィアの恋の悩み~

高橋 カノン

文字の大きさ
上 下
4 / 5

004 とても言えない

しおりを挟む
私は一人になって、またビアンカとローレンの言った事を思い出していた。私とティムはお互いの気持ちは確かめ合っている。ティムは昔からずっと私に優しくしてくれるし、気遣ってくれる。時々、ティムから贈り物をされる事もある。



でも、私は何も約束していない。



(私に、ティムに何か言う資格なんてないわ……)



***



俺は赤面した。多分、耳の後ろまで赤くなっているに違いない。



俺の耳飾りには、未だにソフィアの声が聞こえる。

お守り代わりにソフィアに渡した時計は、まだ彼女の手元にある。緊急事態に備えて、ソフィアの周辺の音が聞こえるのと、ボタンを押すと転移が出来るあの時計だ。だが、ソフィアはまだ俺が音を聞いているとは、思っていないだろう。

さすがに、いつまでもこんな事をしてはいけないと外そうとしたその時、



「……気になる男性が……」

と聞こえた。聞き捨てならない。俺はボリュームを上げて全部聞いてしまった。



俺とした事が、まさかそんな事になっていたとは。



俺にとってソフィアは、手の届かない憧れの人だった。やがて宮殿に嫁ぐ憧れの公爵令嬢で、俺など気にも留めて貰えるはずがない。そして、実際に彼女は王の妻となり子をもうけた。

もう何もかも諦めて、そして諦め切れなかったその人に、俺への思いを伝えて貰えた。



本当に死んでもいいと思ったんだ。



テルビスにいる時も、片時も心から離れる事がなかった、憧れの人。俺が嫉妬にまみれるのは日常だが、ソフィアが俺の事をそんな風に気にしてくれるなんて、考えた事もなかった。だから、すっかり気を許していたんだ。



ビアンカ嬢が、俺に言うように言ってくれた。

(恩に着ます、ビアンカ嬢)



そうしたら、跪いて許しを請おう。食事など、三日三晩どころか、一か月でも抜いて見せる。ソフィアに全身全霊で詫びて、許しを請うんだ。俺はそう、意気込んでいた。





だが、ソフィアからは俺に何も言って来ない。なぜだ……?



デリスの筆写はまだ続いていたので、教えなければならないところもあるから同席していた。その時は、必ず男の従者を一人付けて、デリスとも距離を取って座るようにした。過剰な接触をしないように、言葉遣いも細心の注意を払っていたんだ。



でも、ソフィアから俺に何か話がある事はなかった。自分から言う訳にはいかない。話を盗聴していた事がバレてしまう……。



ソフィアから図書室に来る事も、宮殿ですれ違う事もなくなってしまった。



俺は焦った。このまま誤解されたままでは、ソフィアに愛想をつかされてしまうのではないか。せっかく愛していると言って貰えたのに、もう嫌いになったと言われてしまうのではないか。



俺は気が気ではなかった。

(頼む!ソフィア……他の女といて不快だったと、俺を罵ってくれ!そして、謝罪するチャンスを俺にくれ!)



俺とソフィアは、ほんのかすかな糸で結ばれたばかりなのだ。それをこんな事で切れてしまうなんて、耐えられない。





***





マイティから聞いた話と、最近のティモシーの態度で、私はかつてないほど落ち込んでいた。



「ロッドランド卿って、元王妃様が好きなんですって。ダービルさんが言ってたよ。子供の頃からの片思いで、王妃様が離婚して、お互いの気持ちを確かめ合ったばかりなんだってー。何か凄くなーい?」

マイティは、伯爵家の豪華なベッドのクッションを抱きしめて、悶え喜んでいる。身近な人の恋物語は楽しいものだ。



「……でも、ソフィア様は王様のお母さんでしょ?」

私はちょっと嫌な言い方をしたと自覚している。でも前の王様が病気で離婚したような人、何だかティモシーに似合うと思えない。



「えー。でもロマンを感じるよおー。子供の頃から一途に思い続けるなんて……なんてロマンチック。ロッドランド卿っぽい」

マイティはぷるぷるしながら、クッションに顔を埋めて悶えている。



「テルビスに来たのも、王妃様を思い切るためだったらしいけど、それでも忘れられなかったんだって」

じゃあ、ティモシーはテルビスでも、ずっとソフィア様を思ってたって事?



「あのさ、デリス。やっぱ、あなた、ロッドランド卿が好きなんじゃないの?」

「……」



「……友達の恋は応援したいよ。でもさ、ここに来て思ったけど、身分が違い過ぎるよ。こうして、たまに特別にお友達待遇して貰うのが、丁度いいと思わない?」

「……わかってる」

「デリス……ごめん。でも、傷ついて欲しくないんだ……」

私は涙がぽろぽろ溢れてきた。



(やっぱり、諦めないといけないのかなあ……)

上を向いて涙を堪えようとすると、もっともっと溢れてくる。

結局私は、声を上げて大泣きして、マイティに背中をさすって貰って余計に泣いた。



一晩中泣き続けて、マイティに迷惑をかけてしまった。寝不足と泣いた顔を悟られないようにして、今日も宮殿に筆写に出かけた。今日で終わる予定だ。

寂しいような、ほっとするような、苦しくて切ない気持ちで、もはや何を筆写しているかわからなかった。



(ああ、どうしても諦めなくちゃいけないのかなあ……)



昨日からそればかりを、頭の中で繰り返している。正直言って、一度結婚して子供がいるソフィア様とティモシーが結婚するというのが、私としては許せなかった。私の許しなんていらないだろうけど、好きになった一人として、何か反対する権利くらいあってもいいのではないかと思う。



それに、あの二人はそんな風に見えなかった。もしそうなら、あのお茶の時に、恋人だって紹介してくれたんじゃないかと思ってしまう。



どうにかして、二人がくっつかない理由を考えてしまうのだ。



(せめて、思いを伝えたら駄目……?そうしたら、ひょっとして……)





そのチャンスは唐突に訪れた。



私は書棚の上の方にある書籍を取ろうと、梯子を探していた。すると、ティモシーが取ってくれようとする。ちょうど、その角度が、いつもいる従者の人の死角になっていたのだ!最近必ずいる邪魔な人。私は、今だ!と思った。



「ティ、ティモシー、私、ティモシーにどうしても会いたくて来たの。手紙をくれなくて、凄く寂しかった。でも一日も忘れた日はなかったの。私、私、ティモシーが大好き!」

もの凄い早口でまくし立てた。いつも心の中にあった言葉で、するするっと出てしまった。



「デリス……」

でも、言ってすぐに後悔した。ティモシーが今まで見た事がないような、困った顔をしたからだ。いつもみたいに、からかうように調子よく何かを言ってくれるかも、とちょっと期待していた。「仕方ないなあ」って言って、おでこをつついてくれそうな気がしていたのだ。



そうしたら、私は大好きって言って、抱き付いたりしたかったのだ。



「デリス、ごめん。本当にごめん。俺はソフィアが好きなんだ」



その時、カタンと物音がした。振り返ると、ソフィア様がいた。



ティモシーがびっくりして言った。

「ソフィア、違う、違うんだ!」



ソフィア様は何も言わずにくるりと向きを変えて、図書室を出て行った。表情が抜け落ちていて、ほんとに人形のように冷たいきれいな顔だった。



ティモシーは慌てていた。血相を変えるって、こういう事なのかと思った。ティモシーは調子よく振舞う人だけど、冷静で慌てたりする事がない。それなのに、ばたばたと転がり出るように、ソフィア様の後を追って行った。私は一人そこに残された。



(告白した女を、何も言わずに置いていくんだ……)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

平民から貴族令嬢に。それはお断りできますか?

しゃーりん
恋愛
母親が亡くなり一人になった平民のナターシャは、魔力が多いため、母の遺言通りに領主に保護を求めた。 領主にはナターシャのような領民を保護してもらえることになっている。 メイドとして働き始めるが、魔力の多いナターシャは重宝され可愛がられる。 領主の息子ルーズベルトもナターシャに優しくしてくれたが、彼は学園に通うために王都で暮らすことになった。 領地に帰ってくるのは学園の長期休暇のときだけ。 王都に遊びにおいでと誘われたがナターシャは断った。 しかし、急遽、王都に来るようにと連絡が来てナターシャは王都へと向かう。 「君の亡くなった両親は本当の両親ではないかもしれない」 ルーズベルトの言葉の意味をナターシャは理解できなかった。 今更両親が誰とか知る必要ある?貴族令嬢かもしれない?それはお断りしたい。というお話です。

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。 ※他サイトに自立も掲載しております 21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

もう何も信じられない

ミカン♬
恋愛
ウェンディは同じ学年の恋人がいる。彼は伯爵令息のエドアルト。1年生の時に学園の図書室で出会って二人は友達になり、仲を育んで恋人に発展し今は卒業後の婚約を待っていた。 ウェンディは平民なのでエドアルトの家からは反対されていたが、卒業して互いに気持ちが変わらなければ婚約を認めると約束されたのだ。 その彼が他の令嬢に恋をしてしまったようだ。彼女はソーニア様。ウェンディよりも遥かに可憐で天使のような男爵令嬢。 「すまないけど、今だけ自由にさせてくれないか」 あんなに愛を囁いてくれたのに、もう彼の全てが信じられなくなった。 【お詫び】読んで頂いて本当に有難うございます。短編予定だったのですが5万字を越えて長くなってしまいました。申し訳ありません長編に変更させて頂きました。2025/02/21

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。

かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。 ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。 二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。 だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。 罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。 そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。 切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

伯爵令嬢の苦悩

夕鈴
恋愛
伯爵令嬢ライラの婚約者の趣味は婚約破棄だった。 婚約破棄してほしいと願う婚約者を宥めることが面倒になった。10回目の申し出のときに了承することにした。ただ二人の中で婚約破棄の認識の違いがあった・・・。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

処理中です...