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そんなつもりじゃなかった。
本当に、そんなつもりじゃなかったんだ。あんなに泣くなんて思わなかったんだ。
僕の目の前に、鼻をくすぐる真っ赤でふわふわの毛先が左右に揺れた。何だ?これは、髪の毛?
真っ赤なふわふわの正体が、振り向いた。
大きな茶色い瞳、白い肌に散らしたそばかす。ぷくぷしたまあるい頬がほんのりと紅い。頬と同じ色をした花びらみたいな唇がぷはっと開いた。
「だあれ?」
僕を見て、茶色い瞳が輝いた。君こそ誰だ?僕は、少しの間、ポカンとしていたと思う。
「……?ふふ。変なのー」
僕を見てくすくすと、可愛い声をあげて笑った。くそっ!何が変だって言うんだ!
「ふん、変なのはお前だ!この真っ赤なくるくる頭!」
僕はそのふわふわな赤い髪を掴んで、引っ張り上下に揺らして言った。
「へーんだ。この真っ赤っか!」
僕はちょっと意地になって、何か言い返したくて仕方なかった。
その赤いふわふわは大声で泣き出した。こんなに大きな声が出る事に驚いた。
すると、大人たちが集まって来た、
「デューイ坊ちゃま!こんな所にいらしたんですか。もう!先生が探しておられますよ」
乳母に見つかってしまった。
僕は数学の授業が嫌で、抜け出して、庭で木登りをしようとして、隠れていたところだった。
赤いふわふわは泣き続けている。
「まあまあ、リリア。どこに行ったかと思ったら。お庭に出たのね」
ふわふわの母親らしき人が、涙を拭って、ふわふわを慰めている。
「デューイ!お勉強をさぼって何しているの?」
母様が怒った。いつもの事だ。僕は項垂れて、母様の怒りが収まるのをじっと地面を見て待っていた。
ふと見ると、もう、ふわふわは連れて行かれてしまった。
「あの、母様、あの子……」
「リリア・ロードマン令嬢よ。あなたと婚約するのよ」
え?婚約……?母様、僕はまだ八歳ですが……。
「リリア嬢は六歳なので、ちょうどいいの。早く決めておかないと、条件のいいご令嬢はすぐに決まってしまいますからね」
「婚約すると……どうなるの、母様」
「そりゃ、大きくなったら結婚するのよ」
僕とあの、ふわふわが……結婚する……?。
「今日はせっかく後で顔合わせをしようと思ってたのに……。駄目じゃないの、女の子を泣かせて」
僕は母と乳母からこってり絞られて、部屋で反省するように言いつけられた。
僕の頭の中は、「ふわふわと結婚」という言葉がぐるぐると回った。
***
婚約すると、定期的に婚約者と顔合わせをする。幼いうちは、両家の親に連れられて、お茶会に参加する程度なのだが、僕は、しょっぱなからやらかしているので、それから顔合わせは大変な事になった。
僕の顔を見るたびに、ふわふわが泣くのだ……。
そんな事が何年も続いて、僕は十二歳、ふわふわは十歳になった。ふわふわは、どんどん可愛らしくなってくる。でも、僕を見ると、毛虫か何かに遭遇したような顔になり、ぷいっとそっぽを向く。
だから、つい言ってしまうんだ。
「リリア、相変わらず真っ赤な髪だな!」
そうなんだ。ふわふわな赤い髪は背中まで伸びて、風にゆらゆらと揺れる。
「嫌い!」
リリアは言い捨てて、どこかに行ってしまう。ほんの一瞬顔を見るだけになってしまうのだ。
それから、さらに数年が経った。
僕は十八歳、ふわふわは十六歳になった。
ふわふわは、今でも僕を毛嫌いしている。最近は顔を合わせると、すっと表情が消えてなくなり、プイっとそっぽを向く。昔から変わらない。
だが、変わった事がある。
僕はもう、髪の事で彼女に何か言う事ができない。
リリアはびっくりするくらい、きれいな令嬢に成長した。長く伸びた髪は相変わらず、ふわふわできらきらで、そしていつの間にか、そばかすは消えていた。
髪の事が言えないとなると、僕はもうどうやって会話を切り出していいか分からない。
もう幼い子供ではないので、顔合わせでは、僕がロードマン家に出かけて行く。リリアは形だけ「ようこそ」と迎えてくれるがその後のお茶会は悲惨だ。
リリアは黙ってお菓子をつまんで、お茶を飲む。僕は冷や汗をかいて、話す言葉もない。それなのに、僕は毎回自分から、ロードマン家を訪ねて行く。きっと来ないでくれと思われているかもしれない。
でも、リリアが見たい。目の前でお茶を飲み、お菓子をつまむ姿が愛らしい。可愛い唇がお菓子を食べるたびに開くのが、どきどきする。
僕は、リリアが好きだと気づくくらいには、成長していた。
一言も口をきかず、時間になると、すくっと席を立ち、僕の帰宅を促す。「では、ごきげんよう」と型通りの挨拶をして、くるりと踵を返して、部屋に戻ってしまう。
ああ、まずい。このままでは到底結婚生活など出来ない。それに、本当にリリアはうちに来てくれるのだろうか?
だが、両家からこの話が破談になるような話はないし、きっと時が来たら結婚式を挙げられるはずだ。
そのはずだったのだ……。
「デューイ。ちょっと……」
母が険しい顔をして言う。
「何ですか、母上」
「あなた、リリア嬢にデビュタントのエスコートの申し込みはしたの?」
え?デビュタント?申し込み……?
「……してないのね!何でしないの!」
「え?だって、婚約者なんだから……」
「それでも、申し込みはするものなの!リリア嬢、婚約者が申し込みをしないという噂が飛び交って、申し込みが殺到しているそうよ……」
ええーーーー!なぜだ!
婚約者は僕だ。婚約者がいる令嬢に言い寄るとは、何事か!誰だ!誰が申し込んでいるのだ!
「デューイ……確かに幼い頃に決めた縁談ですけど、あなたがそんなに嫌なら、無理強いまでするつもりはないのよ……」
ち、違う!母上!僕は嫌なんかじゃない!
むしろ……その逆です!
ロードマン侯爵家とうちのグレイズナー公爵家は、派閥も同じでどこから見ても良縁だ。僕もそう思う。
だが、結婚しないとどうにかなってしまう訳でもない。
「ロードマン家でも、公子様がそれほどお嫌なら……って、気を使って下さっていてね」
ち、違う!違います、母上!破談になんかしないで!
「母上!します、しますから!エスコート」
「そうなの?……無理はしなくていいのよ?」
「無理なんかしていません!ちょっと、馬車を使います」
僕は慌てて出かけて行った。エスコートの申し込みの花を買いに。確か、夜会のエスコートの申し込みは、花束を添えた手紙とかを贈ると聞いた事がある。多分、そうだ。それでいいはずだ。
僕は赤い髪に似合う、白い花を両手で抱えきれないほど大きな花束にした。
突然の訪問に、ロードマン家の家令は驚いていたが、庭に席を作ってくれた。そして、ほどなく、ふわふわがやって来た。
僕は体温が二度くらい上がったような気がした。今日もふわふわのリリアは美しくて可憐だ。
馬車の中で何回ともなく、口に出して練習した言葉を言わなければ!
僕は跪いた。多分男が令嬢に跪くのは、正面から顔を合わせるのが恥ずかしいからだと、この時気づいた。
「リ、リリア!結婚してくれ。それからデビュタントに僕を連れて行ってくれ!」
ああ、僕は何を言っているんだ。顔がリリアの髪の毛よりも、もっと赤いはずだ。
「公子様……?」
「ち、違うんだ。結婚は婚約してるんだから、必ずしてくれ。それと、デビュタントも、他の男は駄目だ。僕と一緒にいくんだ、リリア」
「……」
ふーっとリリアが息を吐いた。
だ、駄目だったのか?一緒にデビュタントに行けないのか?
「公子様は……赤い髪がお嫌いで、口もききたくないのでは?」
ち、違う、違うんだ、リリア!全然違うんだ!
「……母がこの結婚は、無理にする必要はないと……」
「違う!違うんだ!結婚はしないと駄目なんだ。僕は君が大好きなんだ!赤いふわふわの髪が大好きだ。子供の頃からずっと、ずっと君だけが大好きなんだ!」
……言ってしまった。
リリアが茶色い目を、子供の頃のように大きく見開いた。ああ、僕はあの瞬間から、ふわふわのリリアが大好きだったのだ。
「本当に……?」
「本当だ!」
「でも、髪を掴んで虐めました。それに真っ赤っかって……」
「違う。きれいなふわふわでびっくりして、後は何て言っていいか分からなくて……」
「公子様は私を……」
「愛している……」
***
僕はリリアの心を掴んで、デビュタントでエスコートの任を得た。周りの男たちの羨望の眼差しの中、リリアのファーストダンスの相手になれた。
これ以上の幸せはそうない。僕が二十歳になったら、結婚できる。うちにリリアが来てくれる。ロードマン家を訪ねても、以前のように冷たくされる事はなく、リリアも僕に笑いかけてくれるようになった。
好きなものを好きと言うのが、こんなに楽しい事だと知らなかった。可愛いリリアを遠慮なく褒めて、惜しみなく贈り物が出来る。
婚約者の特権だ。何で今までそうしなかったのか。男に大切なのは、愛を告げる勇気だ。
息子が出来たら、ぜひ教えてやろうと思う。
***
「さすがでございますわ。グレイズナー夫人。最近よく、公子様がお見えになりますの。うちのリリアも、デューイ様がいらっしゃるって、楽しみにしておりますわ」
「ほほほ。良かった事。うちのデューイも、あんなに分かりやすいのに、不甲斐ないものだから、ご令嬢にもやきもきさせてしまって」
「男というものは、気が弱いものですからねえ……。背中を押してやりませんと、動きませんのよ」
「夫と同じですわー」
「うちもですのー、ほほほ」
完
本当に、そんなつもりじゃなかったんだ。あんなに泣くなんて思わなかったんだ。
僕の目の前に、鼻をくすぐる真っ赤でふわふわの毛先が左右に揺れた。何だ?これは、髪の毛?
真っ赤なふわふわの正体が、振り向いた。
大きな茶色い瞳、白い肌に散らしたそばかす。ぷくぷしたまあるい頬がほんのりと紅い。頬と同じ色をした花びらみたいな唇がぷはっと開いた。
「だあれ?」
僕を見て、茶色い瞳が輝いた。君こそ誰だ?僕は、少しの間、ポカンとしていたと思う。
「……?ふふ。変なのー」
僕を見てくすくすと、可愛い声をあげて笑った。くそっ!何が変だって言うんだ!
「ふん、変なのはお前だ!この真っ赤なくるくる頭!」
僕はそのふわふわな赤い髪を掴んで、引っ張り上下に揺らして言った。
「へーんだ。この真っ赤っか!」
僕はちょっと意地になって、何か言い返したくて仕方なかった。
その赤いふわふわは大声で泣き出した。こんなに大きな声が出る事に驚いた。
すると、大人たちが集まって来た、
「デューイ坊ちゃま!こんな所にいらしたんですか。もう!先生が探しておられますよ」
乳母に見つかってしまった。
僕は数学の授業が嫌で、抜け出して、庭で木登りをしようとして、隠れていたところだった。
赤いふわふわは泣き続けている。
「まあまあ、リリア。どこに行ったかと思ったら。お庭に出たのね」
ふわふわの母親らしき人が、涙を拭って、ふわふわを慰めている。
「デューイ!お勉強をさぼって何しているの?」
母様が怒った。いつもの事だ。僕は項垂れて、母様の怒りが収まるのをじっと地面を見て待っていた。
ふと見ると、もう、ふわふわは連れて行かれてしまった。
「あの、母様、あの子……」
「リリア・ロードマン令嬢よ。あなたと婚約するのよ」
え?婚約……?母様、僕はまだ八歳ですが……。
「リリア嬢は六歳なので、ちょうどいいの。早く決めておかないと、条件のいいご令嬢はすぐに決まってしまいますからね」
「婚約すると……どうなるの、母様」
「そりゃ、大きくなったら結婚するのよ」
僕とあの、ふわふわが……結婚する……?。
「今日はせっかく後で顔合わせをしようと思ってたのに……。駄目じゃないの、女の子を泣かせて」
僕は母と乳母からこってり絞られて、部屋で反省するように言いつけられた。
僕の頭の中は、「ふわふわと結婚」という言葉がぐるぐると回った。
***
婚約すると、定期的に婚約者と顔合わせをする。幼いうちは、両家の親に連れられて、お茶会に参加する程度なのだが、僕は、しょっぱなからやらかしているので、それから顔合わせは大変な事になった。
僕の顔を見るたびに、ふわふわが泣くのだ……。
そんな事が何年も続いて、僕は十二歳、ふわふわは十歳になった。ふわふわは、どんどん可愛らしくなってくる。でも、僕を見ると、毛虫か何かに遭遇したような顔になり、ぷいっとそっぽを向く。
だから、つい言ってしまうんだ。
「リリア、相変わらず真っ赤な髪だな!」
そうなんだ。ふわふわな赤い髪は背中まで伸びて、風にゆらゆらと揺れる。
「嫌い!」
リリアは言い捨てて、どこかに行ってしまう。ほんの一瞬顔を見るだけになってしまうのだ。
それから、さらに数年が経った。
僕は十八歳、ふわふわは十六歳になった。
ふわふわは、今でも僕を毛嫌いしている。最近は顔を合わせると、すっと表情が消えてなくなり、プイっとそっぽを向く。昔から変わらない。
だが、変わった事がある。
僕はもう、髪の事で彼女に何か言う事ができない。
リリアはびっくりするくらい、きれいな令嬢に成長した。長く伸びた髪は相変わらず、ふわふわできらきらで、そしていつの間にか、そばかすは消えていた。
髪の事が言えないとなると、僕はもうどうやって会話を切り出していいか分からない。
もう幼い子供ではないので、顔合わせでは、僕がロードマン家に出かけて行く。リリアは形だけ「ようこそ」と迎えてくれるがその後のお茶会は悲惨だ。
リリアは黙ってお菓子をつまんで、お茶を飲む。僕は冷や汗をかいて、話す言葉もない。それなのに、僕は毎回自分から、ロードマン家を訪ねて行く。きっと来ないでくれと思われているかもしれない。
でも、リリアが見たい。目の前でお茶を飲み、お菓子をつまむ姿が愛らしい。可愛い唇がお菓子を食べるたびに開くのが、どきどきする。
僕は、リリアが好きだと気づくくらいには、成長していた。
一言も口をきかず、時間になると、すくっと席を立ち、僕の帰宅を促す。「では、ごきげんよう」と型通りの挨拶をして、くるりと踵を返して、部屋に戻ってしまう。
ああ、まずい。このままでは到底結婚生活など出来ない。それに、本当にリリアはうちに来てくれるのだろうか?
だが、両家からこの話が破談になるような話はないし、きっと時が来たら結婚式を挙げられるはずだ。
そのはずだったのだ……。
「デューイ。ちょっと……」
母が険しい顔をして言う。
「何ですか、母上」
「あなた、リリア嬢にデビュタントのエスコートの申し込みはしたの?」
え?デビュタント?申し込み……?
「……してないのね!何でしないの!」
「え?だって、婚約者なんだから……」
「それでも、申し込みはするものなの!リリア嬢、婚約者が申し込みをしないという噂が飛び交って、申し込みが殺到しているそうよ……」
ええーーーー!なぜだ!
婚約者は僕だ。婚約者がいる令嬢に言い寄るとは、何事か!誰だ!誰が申し込んでいるのだ!
「デューイ……確かに幼い頃に決めた縁談ですけど、あなたがそんなに嫌なら、無理強いまでするつもりはないのよ……」
ち、違う!母上!僕は嫌なんかじゃない!
むしろ……その逆です!
ロードマン侯爵家とうちのグレイズナー公爵家は、派閥も同じでどこから見ても良縁だ。僕もそう思う。
だが、結婚しないとどうにかなってしまう訳でもない。
「ロードマン家でも、公子様がそれほどお嫌なら……って、気を使って下さっていてね」
ち、違う!違います、母上!破談になんかしないで!
「母上!します、しますから!エスコート」
「そうなの?……無理はしなくていいのよ?」
「無理なんかしていません!ちょっと、馬車を使います」
僕は慌てて出かけて行った。エスコートの申し込みの花を買いに。確か、夜会のエスコートの申し込みは、花束を添えた手紙とかを贈ると聞いた事がある。多分、そうだ。それでいいはずだ。
僕は赤い髪に似合う、白い花を両手で抱えきれないほど大きな花束にした。
突然の訪問に、ロードマン家の家令は驚いていたが、庭に席を作ってくれた。そして、ほどなく、ふわふわがやって来た。
僕は体温が二度くらい上がったような気がした。今日もふわふわのリリアは美しくて可憐だ。
馬車の中で何回ともなく、口に出して練習した言葉を言わなければ!
僕は跪いた。多分男が令嬢に跪くのは、正面から顔を合わせるのが恥ずかしいからだと、この時気づいた。
「リ、リリア!結婚してくれ。それからデビュタントに僕を連れて行ってくれ!」
ああ、僕は何を言っているんだ。顔がリリアの髪の毛よりも、もっと赤いはずだ。
「公子様……?」
「ち、違うんだ。結婚は婚約してるんだから、必ずしてくれ。それと、デビュタントも、他の男は駄目だ。僕と一緒にいくんだ、リリア」
「……」
ふーっとリリアが息を吐いた。
だ、駄目だったのか?一緒にデビュタントに行けないのか?
「公子様は……赤い髪がお嫌いで、口もききたくないのでは?」
ち、違う、違うんだ、リリア!全然違うんだ!
「……母がこの結婚は、無理にする必要はないと……」
「違う!違うんだ!結婚はしないと駄目なんだ。僕は君が大好きなんだ!赤いふわふわの髪が大好きだ。子供の頃からずっと、ずっと君だけが大好きなんだ!」
……言ってしまった。
リリアが茶色い目を、子供の頃のように大きく見開いた。ああ、僕はあの瞬間から、ふわふわのリリアが大好きだったのだ。
「本当に……?」
「本当だ!」
「でも、髪を掴んで虐めました。それに真っ赤っかって……」
「違う。きれいなふわふわでびっくりして、後は何て言っていいか分からなくて……」
「公子様は私を……」
「愛している……」
***
僕はリリアの心を掴んで、デビュタントでエスコートの任を得た。周りの男たちの羨望の眼差しの中、リリアのファーストダンスの相手になれた。
これ以上の幸せはそうない。僕が二十歳になったら、結婚できる。うちにリリアが来てくれる。ロードマン家を訪ねても、以前のように冷たくされる事はなく、リリアも僕に笑いかけてくれるようになった。
好きなものを好きと言うのが、こんなに楽しい事だと知らなかった。可愛いリリアを遠慮なく褒めて、惜しみなく贈り物が出来る。
婚約者の特権だ。何で今までそうしなかったのか。男に大切なのは、愛を告げる勇気だ。
息子が出来たら、ぜひ教えてやろうと思う。
***
「さすがでございますわ。グレイズナー夫人。最近よく、公子様がお見えになりますの。うちのリリアも、デューイ様がいらっしゃるって、楽しみにしておりますわ」
「ほほほ。良かった事。うちのデューイも、あんなに分かりやすいのに、不甲斐ないものだから、ご令嬢にもやきもきさせてしまって」
「男というものは、気が弱いものですからねえ……。背中を押してやりませんと、動きませんのよ」
「夫と同じですわー」
「うちもですのー、ほほほ」
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