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 大学から上りと下り、3駅離れた場所に行きつけの店を作っている。

 離れた場所にしているのは、身近な人にゲイだとバレない為だ。

 ……なのに。

「———ごめん」

 カウンター席に見知った顔を見つけ、ここはお互い無視をするのがマナーだよなと思っていたのに、彼、一ノ瀬 紅綺(いちのせ こうき)の隣の席に知り合いがいて、手を振られた。

「別に良いよ、俺、おまえがそうなの、気づいてたし」

 知り合いが席を譲ってくれて、なぜか一ノ瀬と話すことになってしまった。

「そう? 俺はわかんなかったよ」

 ゲイは何となく出会ってすぐに察するって言うけど、俺にはそんな能力はない。だからわかりやすくこの手の店で相手を探す。でも一ノ瀬はタチだ。俺は相手によってどっちでもするけど、一ノ瀬はプライド高そう。

「よく来る? この店」

「たまに。今日も3ヶ月ぶりくらい。……君は?」

 名前を呼ぼうとして躊躇う。本名は語らない。一般的には。

「俺、コウって言ってる」

「コウ、俺はシンな」

 藤城 真夜(ふじしろ しんや)、俺の名前。

「俺はけっこう来てるよ。週1くらい」

「あーじゃあ、俺が邪魔したね、ごめん」

 俺がそう言うと、一ノ瀬は小さく笑った。少しドキッとする。

 一ノ瀬紅綺は大学でも有名なイケメンだ。男女共に友人が多くて、でも恋人の存在は聞いたことがない。別の大学にいるらしいという噂はあるが、信憑性は薄かった。

「別に、俺の店じゃねえし。謝る必要はねえよ」

「ああ、だね」

 大学の3回生。同じ学部で良くすれ違ってはいるけど、話したことはない。

 ビールを注文すると、一ノ瀬も同じ物を注文した。

 大学ですれ違っていた時は特に気にしたこともなかったけど、同じ性癖かと思うと妙に意識する。

 さっき席を譲ってくれた子は、可愛い系の小柄な子で、実は俺も抱いたことがある。さっきの店に入った時に見た光景からすると、一ノ瀬も抱いてると思う。

 こういうの、知ると気まずい。
 あの子の中で一ノ瀬と比べられているのかと思うと居た堪れない。

「ハナと友達?」

 ハナはさっき席を譲ってくれた子の名前だ。

「……ああ、まあ」

 歯切れの悪い返事をしながらテレた。店が暗くて良かった。こういうの自慢するような性格じゃないし、触れられたくない。

「シンって抱くんだ」

 肩が触れる。軽く、意味ありげに。

「うん、まあ」

「抱かれる方だと思ってた」

 覗き込まれて、視線が合う。
 フッと笑まれて、心臓が跳ねる。

「……からかうの、なしで、」

 ビールが来たから、飲む。

「酒、強い?」

 半分飲んで、息をつく。

「ふつう」

 一ノ瀬の指が、ビールグラスの表面を撫でる。一ノ瀬の行動の全てが意味深に見える。

「ねえ、僕、この後、空いてるけど」

 背中に衝撃がある。
 俺と一ノ瀬の間にハナが立って、俺と一ノ瀬を誘っている。

「ハナはどっちがいいの?」

 一ノ瀬のセリフに溜まった熱が一気に冷めた。

「俺、今日はそういう気分じゃないから、ごめんね」

 残りのビールを置き去りにして、席を立つ。一ノ瀬と比べられた恥ずかしさが足元から這い上がって来て、その場にいることさえ辛い。

 空けた席にハナが座ったことを背中で感じながら、振り返らずに店を出た。
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