筋肉が好きすぎて騎士を目指したのに僕ってそうなの?

サクラギ

文字の大きさ
上 下
21 / 25
本編

21 会いたい

しおりを挟む
 僕は落ちることを選択していた。
 心のどこかで、もしかしたら竜化できるかもしれないって思っていた。

 風が僕を包み込んで、息をも奪っている。高度から落ちて行くから、耳も痛い。
 竜たちが降りて来る。僕の方に高度を下げて来るのだけれど、僕を受け止めようかどうしようかで迷いが見える。

 地面が近づく。王城の屋根にぶつかりそうになる前に、竜が背を使って減速させてくれた。でも屋根への衝撃はかなりのもので、肩から落ちたから、肩が折れたと思う。それから屋根を滑り、低い屋根の上に落ち、さらにもう一段低い屋根に落ち、壁沿いに地面まで落ちた。地面の衝撃は背中で、息が止まる。額から血が流れている。

 僕が落ちても生きていることだけ確認した竜たちは、僕が見つかったらいけないと思ったのか、自分たちの保身だったのか、竜の家に戻って行った。

 地面に転がって荒い息をついている。肩が痛い、背中が痛い、ズボンも服も擦り切れてぼろぼろになっている。

 行かないと。心の中だけが先を見ている。
 こんなところで捕まってしまっては意味がない。とにかく隠れる。立ち上がれないから、地面を張って物陰に行く。壁に背を預けて荒い息をついていると、場内が騒がしくなってきたのがわかった。もう見つかってしまったのか。でも捕まるのは嫌だ。

 どうしようかと周りを見回していると、頭の中に咆哮が響いた。
 竜の咆哮なんて聞いたことがない。でもこれは咆哮だってわかった。
 実際に耳に聞こえた訳じゃない。頭の中に響いた。どこから? もしかしたらっていう可能性が僕を奮い立たせる。ヴァイス王子に会いさえすれば、なんとかしてくれる。そういう強い気持ちが胸にある。

 声が出ない。
 名前を呼びたい。
 僕を呼んで欲しい。

 井戸があった。古い使われていない井戸だ。上部に木の蓋があり、腐って穴が開いている。
 わからない。なぜそこだとわかったのか。もう近くまで足音が聞こえている。衛兵の持つ松明の火が見え始めている。

 僕は腐った蓋の上に立ち、体重を掛けた。
 また落ちるのかと思った。こんどはどこへ落ちるのかわからない。
 腐った水がたまった井戸かもしれない。塞がれて土で埋められていて、思うような場所ではないかもしれない。
 でもなぜかそうしろと気持ちがそう言っている。

 落ちた。蓋が割れる音がしたから、衛兵が気づいて近づいて来るようだ。
 暗い穴に落ちながら上を見ていたら、上部に火が見えた。もう少しためらっていたら、捕まっていたのかもしれない。
 穴の下には水があった。流れる水だ。深くて流されて、途中で何かに引っかかった。
 呼吸がうまく出来なくて、ぜいぜいと息を吐いている。

 暗いから何も見えない。ただ脇に道があったようで、そこに寝転がって痛みに耐えている。
 もう立ち上がれないって泣きそうになった。
 臭い水に濡れて、いっぱい怪我をして、ぼろぼろになった。でもヴァイス王子を見つけられない。なぜ? 僕と王子は運命の相手じゃないの? たったひとりしかいない、掛け替えのない相手じゃないの?

 とても不衛生な場所。あるのは水の流れる音だけ。あとは僕の泣き言を含んだ嗚咽が暗く狭い場所に響いている。

 チャリリって音がした。
 聞き間違い? って思ったけど、やっぱり聞こえる。鎖の音だ。強く引いて、ガチって止まる音。それから人の抗う声。

 僕は声の方に張って行く。
 声が出したい。ヴァイス王子だったら良い。ヴァイス王子の気配に惹かれて落ちたっていうのなら、僕はこんな傷も汚れもどうだって良い。

 喉を空気を通そうとしてもうまく行かない。どうやって声を出すのか忘れている。でも呼びたい。王子って呼んで返事をしてほしい。

「……ぁ、ぁぁっ」

 地面に這って進んでもなかなか近づいて行かない。痛みに耐え、壁に手を這わせて立ち上がる。右手は折れていて動かせない。左の手を壁について体を支え、ゆっくり前に足を出して距離を詰めて行く。

「お、……じ」

 クッて喉が詰まる。あと少し、もう少し。

 手に鎖が触れる。
 ああ、王子。王子でしょ?
 祈るような気持ちで、手を伸ばして誰かに触れる。

「おまえ、どうやってここに来た」

 声を聞いて涙が溢れた。
 ヴァイス王子の胸に縋りついて、嗚咽を漏らす。

「お、じ……」

 王子の顔がどこにあるのかわからなくて、手で探って頬に触れる。顔を近づけても見えない闇。でもヴァイス王子がいる。触れている。

 手で探れば、王子は両手を鎖で縛られ、中腰の状態で腰を壁に繋がれている。

「怪我しただろ、おまえの痛みが伝わっていた」

「う、ううっ……」

 何を言われても涙が溢れて来て、話したいのに思ったように話せない。もう少しで話せそうなのに。

 ヴァイス王子を見上げれば、触れ合う距離に唇がある。触れたいって思った。
 ゆるく唇を重ねると、ヴァイス王子が鎖を強く引いたのがわかった。僕に触れたいって思ってくれたのだろうか。

「もっと」

 緩く唇を重ねて、すぐに離したら、王子が身を乗り出して来た。
 もっとって言われて、嬉しくて、また唇を重ねる。こんどはヴァイス王子の舌が僕の唇に触れたから、びっくりして逃げてしまった。

「逃げるな、口を開けろ」

 たぶん強い眼差しで見つめられている。そう感じて背中がゾクッてなった。
 また唇を触れ合わせると、言われた通り、唇を開く。
 ヴァイス王子の舌が僕の口の中に入って来て、僕の舌を絡め取る。

「ん、んん……」

 びっくりして少し顔を引いてしまったけど、もう一度、近づいて舌を受け入れる。涙が頬を伝う。口の中をなめられて、舌を絡められて、よだれが滴る。そのうち立っていられなくて地面に尻もちをついた。

「大丈夫か?」

 言われて頷いたけど、見えないからわからないだろうな。そのうち気が遠くなって、倒れてしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜 ・話の流れが遅い ・作者が話の進行悩み過ぎてる

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

僕のダーリンがパーティーから追放宣言されて飼い猫の僕の奪い合いに発展

ミクリ21 (新)
BL
パスカルの飼い猫の僕をパーティーリーダーのモーリスが奪おうとしたけど………?

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

処理中です...