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本編
21 会いたい
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僕は落ちることを選択していた。
心のどこかで、もしかしたら竜化できるかもしれないって思っていた。
風が僕を包み込んで、息をも奪っている。高度から落ちて行くから、耳も痛い。
竜たちが降りて来る。僕の方に高度を下げて来るのだけれど、僕を受け止めようかどうしようかで迷いが見える。
地面が近づく。王城の屋根にぶつかりそうになる前に、竜が背を使って減速させてくれた。でも屋根への衝撃はかなりのもので、肩から落ちたから、肩が折れたと思う。それから屋根を滑り、低い屋根の上に落ち、さらにもう一段低い屋根に落ち、壁沿いに地面まで落ちた。地面の衝撃は背中で、息が止まる。額から血が流れている。
僕が落ちても生きていることだけ確認した竜たちは、僕が見つかったらいけないと思ったのか、自分たちの保身だったのか、竜の家に戻って行った。
地面に転がって荒い息をついている。肩が痛い、背中が痛い、ズボンも服も擦り切れてぼろぼろになっている。
行かないと。心の中だけが先を見ている。
こんなところで捕まってしまっては意味がない。とにかく隠れる。立ち上がれないから、地面を張って物陰に行く。壁に背を預けて荒い息をついていると、場内が騒がしくなってきたのがわかった。もう見つかってしまったのか。でも捕まるのは嫌だ。
どうしようかと周りを見回していると、頭の中に咆哮が響いた。
竜の咆哮なんて聞いたことがない。でもこれは咆哮だってわかった。
実際に耳に聞こえた訳じゃない。頭の中に響いた。どこから? もしかしたらっていう可能性が僕を奮い立たせる。ヴァイス王子に会いさえすれば、なんとかしてくれる。そういう強い気持ちが胸にある。
声が出ない。
名前を呼びたい。
僕を呼んで欲しい。
井戸があった。古い使われていない井戸だ。上部に木の蓋があり、腐って穴が開いている。
わからない。なぜそこだとわかったのか。もう近くまで足音が聞こえている。衛兵の持つ松明の火が見え始めている。
僕は腐った蓋の上に立ち、体重を掛けた。
また落ちるのかと思った。こんどはどこへ落ちるのかわからない。
腐った水がたまった井戸かもしれない。塞がれて土で埋められていて、思うような場所ではないかもしれない。
でもなぜかそうしろと気持ちがそう言っている。
落ちた。蓋が割れる音がしたから、衛兵が気づいて近づいて来るようだ。
暗い穴に落ちながら上を見ていたら、上部に火が見えた。もう少しためらっていたら、捕まっていたのかもしれない。
穴の下には水があった。流れる水だ。深くて流されて、途中で何かに引っかかった。
呼吸がうまく出来なくて、ぜいぜいと息を吐いている。
暗いから何も見えない。ただ脇に道があったようで、そこに寝転がって痛みに耐えている。
もう立ち上がれないって泣きそうになった。
臭い水に濡れて、いっぱい怪我をして、ぼろぼろになった。でもヴァイス王子を見つけられない。なぜ? 僕と王子は運命の相手じゃないの? たったひとりしかいない、掛け替えのない相手じゃないの?
とても不衛生な場所。あるのは水の流れる音だけ。あとは僕の泣き言を含んだ嗚咽が暗く狭い場所に響いている。
チャリリって音がした。
聞き間違い? って思ったけど、やっぱり聞こえる。鎖の音だ。強く引いて、ガチって止まる音。それから人の抗う声。
僕は声の方に張って行く。
声が出したい。ヴァイス王子だったら良い。ヴァイス王子の気配に惹かれて落ちたっていうのなら、僕はこんな傷も汚れもどうだって良い。
喉を空気を通そうとしてもうまく行かない。どうやって声を出すのか忘れている。でも呼びたい。王子って呼んで返事をしてほしい。
「……ぁ、ぁぁっ」
地面に這って進んでもなかなか近づいて行かない。痛みに耐え、壁に手を這わせて立ち上がる。右手は折れていて動かせない。左の手を壁について体を支え、ゆっくり前に足を出して距離を詰めて行く。
「お、……じ」
クッて喉が詰まる。あと少し、もう少し。
手に鎖が触れる。
ああ、王子。王子でしょ?
祈るような気持ちで、手を伸ばして誰かに触れる。
「おまえ、どうやってここに来た」
声を聞いて涙が溢れた。
ヴァイス王子の胸に縋りついて、嗚咽を漏らす。
「お、じ……」
王子の顔がどこにあるのかわからなくて、手で探って頬に触れる。顔を近づけても見えない闇。でもヴァイス王子がいる。触れている。
手で探れば、王子は両手を鎖で縛られ、中腰の状態で腰を壁に繋がれている。
「怪我しただろ、おまえの痛みが伝わっていた」
「う、ううっ……」
何を言われても涙が溢れて来て、話したいのに思ったように話せない。もう少しで話せそうなのに。
ヴァイス王子を見上げれば、触れ合う距離に唇がある。触れたいって思った。
ゆるく唇を重ねると、ヴァイス王子が鎖を強く引いたのがわかった。僕に触れたいって思ってくれたのだろうか。
「もっと」
緩く唇を重ねて、すぐに離したら、王子が身を乗り出して来た。
もっとって言われて、嬉しくて、また唇を重ねる。こんどはヴァイス王子の舌が僕の唇に触れたから、びっくりして逃げてしまった。
「逃げるな、口を開けろ」
たぶん強い眼差しで見つめられている。そう感じて背中がゾクッてなった。
また唇を触れ合わせると、言われた通り、唇を開く。
ヴァイス王子の舌が僕の口の中に入って来て、僕の舌を絡め取る。
「ん、んん……」
びっくりして少し顔を引いてしまったけど、もう一度、近づいて舌を受け入れる。涙が頬を伝う。口の中をなめられて、舌を絡められて、よだれが滴る。そのうち立っていられなくて地面に尻もちをついた。
「大丈夫か?」
言われて頷いたけど、見えないからわからないだろうな。そのうち気が遠くなって、倒れてしまった。
心のどこかで、もしかしたら竜化できるかもしれないって思っていた。
風が僕を包み込んで、息をも奪っている。高度から落ちて行くから、耳も痛い。
竜たちが降りて来る。僕の方に高度を下げて来るのだけれど、僕を受け止めようかどうしようかで迷いが見える。
地面が近づく。王城の屋根にぶつかりそうになる前に、竜が背を使って減速させてくれた。でも屋根への衝撃はかなりのもので、肩から落ちたから、肩が折れたと思う。それから屋根を滑り、低い屋根の上に落ち、さらにもう一段低い屋根に落ち、壁沿いに地面まで落ちた。地面の衝撃は背中で、息が止まる。額から血が流れている。
僕が落ちても生きていることだけ確認した竜たちは、僕が見つかったらいけないと思ったのか、自分たちの保身だったのか、竜の家に戻って行った。
地面に転がって荒い息をついている。肩が痛い、背中が痛い、ズボンも服も擦り切れてぼろぼろになっている。
行かないと。心の中だけが先を見ている。
こんなところで捕まってしまっては意味がない。とにかく隠れる。立ち上がれないから、地面を張って物陰に行く。壁に背を預けて荒い息をついていると、場内が騒がしくなってきたのがわかった。もう見つかってしまったのか。でも捕まるのは嫌だ。
どうしようかと周りを見回していると、頭の中に咆哮が響いた。
竜の咆哮なんて聞いたことがない。でもこれは咆哮だってわかった。
実際に耳に聞こえた訳じゃない。頭の中に響いた。どこから? もしかしたらっていう可能性が僕を奮い立たせる。ヴァイス王子に会いさえすれば、なんとかしてくれる。そういう強い気持ちが胸にある。
声が出ない。
名前を呼びたい。
僕を呼んで欲しい。
井戸があった。古い使われていない井戸だ。上部に木の蓋があり、腐って穴が開いている。
わからない。なぜそこだとわかったのか。もう近くまで足音が聞こえている。衛兵の持つ松明の火が見え始めている。
僕は腐った蓋の上に立ち、体重を掛けた。
また落ちるのかと思った。こんどはどこへ落ちるのかわからない。
腐った水がたまった井戸かもしれない。塞がれて土で埋められていて、思うような場所ではないかもしれない。
でもなぜかそうしろと気持ちがそう言っている。
落ちた。蓋が割れる音がしたから、衛兵が気づいて近づいて来るようだ。
暗い穴に落ちながら上を見ていたら、上部に火が見えた。もう少しためらっていたら、捕まっていたのかもしれない。
穴の下には水があった。流れる水だ。深くて流されて、途中で何かに引っかかった。
呼吸がうまく出来なくて、ぜいぜいと息を吐いている。
暗いから何も見えない。ただ脇に道があったようで、そこに寝転がって痛みに耐えている。
もう立ち上がれないって泣きそうになった。
臭い水に濡れて、いっぱい怪我をして、ぼろぼろになった。でもヴァイス王子を見つけられない。なぜ? 僕と王子は運命の相手じゃないの? たったひとりしかいない、掛け替えのない相手じゃないの?
とても不衛生な場所。あるのは水の流れる音だけ。あとは僕の泣き言を含んだ嗚咽が暗く狭い場所に響いている。
チャリリって音がした。
聞き間違い? って思ったけど、やっぱり聞こえる。鎖の音だ。強く引いて、ガチって止まる音。それから人の抗う声。
僕は声の方に張って行く。
声が出したい。ヴァイス王子だったら良い。ヴァイス王子の気配に惹かれて落ちたっていうのなら、僕はこんな傷も汚れもどうだって良い。
喉を空気を通そうとしてもうまく行かない。どうやって声を出すのか忘れている。でも呼びたい。王子って呼んで返事をしてほしい。
「……ぁ、ぁぁっ」
地面に這って進んでもなかなか近づいて行かない。痛みに耐え、壁に手を這わせて立ち上がる。右手は折れていて動かせない。左の手を壁について体を支え、ゆっくり前に足を出して距離を詰めて行く。
「お、……じ」
クッて喉が詰まる。あと少し、もう少し。
手に鎖が触れる。
ああ、王子。王子でしょ?
祈るような気持ちで、手を伸ばして誰かに触れる。
「おまえ、どうやってここに来た」
声を聞いて涙が溢れた。
ヴァイス王子の胸に縋りついて、嗚咽を漏らす。
「お、じ……」
王子の顔がどこにあるのかわからなくて、手で探って頬に触れる。顔を近づけても見えない闇。でもヴァイス王子がいる。触れている。
手で探れば、王子は両手を鎖で縛られ、中腰の状態で腰を壁に繋がれている。
「怪我しただろ、おまえの痛みが伝わっていた」
「う、ううっ……」
何を言われても涙が溢れて来て、話したいのに思ったように話せない。もう少しで話せそうなのに。
ヴァイス王子を見上げれば、触れ合う距離に唇がある。触れたいって思った。
ゆるく唇を重ねると、ヴァイス王子が鎖を強く引いたのがわかった。僕に触れたいって思ってくれたのだろうか。
「もっと」
緩く唇を重ねて、すぐに離したら、王子が身を乗り出して来た。
もっとって言われて、嬉しくて、また唇を重ねる。こんどはヴァイス王子の舌が僕の唇に触れたから、びっくりして逃げてしまった。
「逃げるな、口を開けろ」
たぶん強い眼差しで見つめられている。そう感じて背中がゾクッてなった。
また唇を触れ合わせると、言われた通り、唇を開く。
ヴァイス王子の舌が僕の口の中に入って来て、僕の舌を絡め取る。
「ん、んん……」
びっくりして少し顔を引いてしまったけど、もう一度、近づいて舌を受け入れる。涙が頬を伝う。口の中をなめられて、舌を絡められて、よだれが滴る。そのうち立っていられなくて地面に尻もちをついた。
「大丈夫か?」
言われて頷いたけど、見えないからわからないだろうな。そのうち気が遠くなって、倒れてしまった。
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