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3章
13 死者の生き場所
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クリスは街宿に泊まり、明日は客船に戻り、今後のスケジュールの打ち合わせがあると言う。
志津木にはリムジンのお迎えが来たが、断ってクリスと同じ宿に宿泊を決めた。
シングルベッドと小さな机と1人掛けソファでいっぱいになる部屋は、狭くて逆に居心地が良い。
久しぶりに夜食として食べたカップ麺もうまく感じた。カップ麺に帰って来たと思うのは、現代人だからか。
ニアからの連絡はない。別になくて当たり前だ。この国では保護法も意味を持たず、ニアは自由だ。しかもアダマス国の王子。本来、志津木とは関わりなどあってはならない天上の存在だ。
すでに異世界が遠く感じている。あの自然の中で暮らした数日はとても充実していて、マティアスとハクとメイと飼獣と、お日様と共に過ごした日々が懐かしい。いっそあのまま暮らして行きたいと思うくらい、馴染んでいた。
マティアスを抱いた。妖艶で美しく淫らな一夜。それが聖気となって志津木を導いた。この現代に。皮肉にもこの国の名はマティアス。マティアスという存在が神に等しいからだろう。忘れられない記憶が国名として刻まれている。
いっそニアのように記憶を失っていれば良かった。ニアだけを保護し、捨て置いてくれた方が良かった。
ニアという存在が遠く離れるのなら、ここにいる意味はカケラもない。
翌日、志津木はクリスと共に日本へ帰る選択をした。といっても志津木は日本で死んだ事になっている。国籍もパスポートもない。
クリスが呼んだ車に志津木も同乗し、翌朝、港まで行く。小型船で客船に渡り、最下層の部屋へ戻った。
クリスは仕事だ。この客船で各国の港を巡り、獣人を保護して獣人国へ運ぶのがこの船の役割らしい。今回は日本から獣人国へ渡る船に保護された形で連れて行かれた。
ベッドに横になり、惰眠に耽っていると、人の気配が近づく。それでニアを思った志津木は、体を起こし、期待した自分に嫌気が差した。未練がましい。早くこの地を去りたいと強く思いながら、顔を出した者を無視して寝転がる。
「なあ、どうすんの? 帰るの?」
現れたのはシェンエンだ。組織絡みで無ければ接点もないし親しくもない。
「無視すんなよ、一応、ボスのお使いなんだぜ?」
志津木の足元に勝手に座ったシェンエンは、怠惰に足を伸ばして気怠げに志津木を見ている。チンピラ風のダルい服装から刺青が見えていて、唇と眉のピアスが痛そうだ。
「うるさい、俺は死人なんだろ? 来るなよ」
志津木がそう言うと、シェンエンはシシシと笑う。舌にもピアスがある。
「上手いこと抜けたよな~でも逃げらんねえよ? ボスはねちっこいからね」
「死人で良いよ」
「ふうん、わかった~報告するけど、あのマンションの部屋、ゴードンが管理してるって~戻る?」
爆破は逃れたか。それはそうか。そんな事が起きれば大事になる。でもあの時は信じていた。ニアを逃すのに必死で——志津木はもう遠い過去だと笑った。
「さあね、戻るかもしれないし、戻らないかもな、なにせ死者だから、俺」
「拗ねてんの? かわいい~」
シェンエンはまたシシシと笑って立ち上がった。去って行く背中を見送って、拗ねている自分を自覚した。
志津木にはリムジンのお迎えが来たが、断ってクリスと同じ宿に宿泊を決めた。
シングルベッドと小さな机と1人掛けソファでいっぱいになる部屋は、狭くて逆に居心地が良い。
久しぶりに夜食として食べたカップ麺もうまく感じた。カップ麺に帰って来たと思うのは、現代人だからか。
ニアからの連絡はない。別になくて当たり前だ。この国では保護法も意味を持たず、ニアは自由だ。しかもアダマス国の王子。本来、志津木とは関わりなどあってはならない天上の存在だ。
すでに異世界が遠く感じている。あの自然の中で暮らした数日はとても充実していて、マティアスとハクとメイと飼獣と、お日様と共に過ごした日々が懐かしい。いっそあのまま暮らして行きたいと思うくらい、馴染んでいた。
マティアスを抱いた。妖艶で美しく淫らな一夜。それが聖気となって志津木を導いた。この現代に。皮肉にもこの国の名はマティアス。マティアスという存在が神に等しいからだろう。忘れられない記憶が国名として刻まれている。
いっそニアのように記憶を失っていれば良かった。ニアだけを保護し、捨て置いてくれた方が良かった。
ニアという存在が遠く離れるのなら、ここにいる意味はカケラもない。
翌日、志津木はクリスと共に日本へ帰る選択をした。といっても志津木は日本で死んだ事になっている。国籍もパスポートもない。
クリスが呼んだ車に志津木も同乗し、翌朝、港まで行く。小型船で客船に渡り、最下層の部屋へ戻った。
クリスは仕事だ。この客船で各国の港を巡り、獣人を保護して獣人国へ運ぶのがこの船の役割らしい。今回は日本から獣人国へ渡る船に保護された形で連れて行かれた。
ベッドに横になり、惰眠に耽っていると、人の気配が近づく。それでニアを思った志津木は、体を起こし、期待した自分に嫌気が差した。未練がましい。早くこの地を去りたいと強く思いながら、顔を出した者を無視して寝転がる。
「なあ、どうすんの? 帰るの?」
現れたのはシェンエンだ。組織絡みで無ければ接点もないし親しくもない。
「無視すんなよ、一応、ボスのお使いなんだぜ?」
志津木の足元に勝手に座ったシェンエンは、怠惰に足を伸ばして気怠げに志津木を見ている。チンピラ風のダルい服装から刺青が見えていて、唇と眉のピアスが痛そうだ。
「うるさい、俺は死人なんだろ? 来るなよ」
志津木がそう言うと、シェンエンはシシシと笑う。舌にもピアスがある。
「上手いこと抜けたよな~でも逃げらんねえよ? ボスはねちっこいからね」
「死人で良いよ」
「ふうん、わかった~報告するけど、あのマンションの部屋、ゴードンが管理してるって~戻る?」
爆破は逃れたか。それはそうか。そんな事が起きれば大事になる。でもあの時は信じていた。ニアを逃すのに必死で——志津木はもう遠い過去だと笑った。
「さあね、戻るかもしれないし、戻らないかもな、なにせ死者だから、俺」
「拗ねてんの? かわいい~」
シェンエンはまたシシシと笑って立ち上がった。去って行く背中を見送って、拗ねている自分を自覚した。
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