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3章

9 屋上の楽園

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 そこはまるで暖かな日差しの中の楽園の様で、一瞬、また異世界へ引き込まれたのかと疑った。
 緑豊かな温室がその正体で、良く見れば天井から壁、床へ、半円を描くガラスが続いている。
 鳥の鳴き声と水の落ちる音。甘い花の香りに包まれた温室は、程よい温度管理がされている。
 エレベーター横にバトラーがいて、慣れた態度で志津木とニアを先導する。
 奥に開けた空間があり、一段高くなっている場所に景観を損なわない絨毯が敷かれ、周りにくつろぐ為のクッションが並ぶ。
 サリーを思わせる衣装を付け、顔を布で隠した女が接待をしている。皆、動物の耳と尾があり、獣人だと分かる。
 奥にふたりの男がいて、ゆったりと半身を横たえた姿勢で、近づいて行く志津木とニアを見遣っている。

「ヨウ、右がヴォルフだよ」

 ニアが視線で示した相手は、ニアよりも体格が良く、程よい筋肉のついた男らしい男で、ニアの異世界の姿に似ている。尾も耳も狼のもの。ただニアは黒だがヴォルフは銀だ。
 内緒話の体勢のふたりの姿は、志津木に不快を与えている。どうせ悪口を言っているのだろうと、眇めた視線で笑む口元が特に癇に触る。

「ニア」

 ふたりの秘密の会話が終わったのか、絨毯へ上がる手前で止まった志津木とニアが靴を脱ぐのを躊躇った為か、ヴォルフが立ち上がって向かって来る。手を広げてハグの格好をしたヴォルフと同様、ニアも靴を脱いでハグを受ける格好で向かって行き、絨毯の真ん中辺りで重なり合う。

「無事に会えて良かった」

 ニアを抱きしめながら言ったヴォルフの言葉を聞き、志津木は嫌な気分を深くした。
 志津木の思いはニアに沿っている。ニアは大変な思いをして時空を渡り、辛い目に合って来たのに、このヴォルフという獣人は、こんな高級な、何でも手に入る豊かな場所で、ゆったり暮らして来たのかと思うと、ふたりの境遇の違いに怒りが湧く。それが王子としてのニアの運命だと思っても、どうしても拭えない不信感が募る。

「会えて良かった、ヴォルフ。これで僕たちの任務は完了だよね?」

「うん、ニアの受けた命令通り、順調に仲間を受け入れているよ。そうだ、ニア、紹介するね、こちらは獣人国マティアスの主(あるじ)、纐纈 翠(コウケツスイ)だ」

 志津木は彼の名を聞いて嫌な予感に心臓が跳ねた。思わずまだ距離のある男を食い入る様に見遣り、見知った男との共通点を探した。しかし分からない。どちらも胡散臭いと思うくらいか。しかも国名がマティアス。国の発表では国名まで報道されていなかった。獣人の国で事足りるからだろう。マティアスという名をここで聞き、異世界との繋がりを感じずにはいられないが、そう思えばこの暮らしぶりはずいぶんと軽薄に思える。

「どうぞ、あちらへ」

 バトラーに促され、絨毯へ上がる。給仕の女に導かれ、翠と紹介された男の横へ行く。しかし、距離は取る。信用出来る訳がない。纐纈という姓を名乗る者だ。組織の人間以外にいないだろう。
 嫌な笑みを含んだ視線で見上げられている。視線が外せないのは警戒からだ。
 反対側の席にはニアとヴォルフが仲良さげに座り、楽しそうに話している。
 こここいる意味があるのか? 保護の必要がなくなったニアは、志津木の元にいる必要はない。居心地が悪いのはそのせいだろう。
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