14 / 66
1章
14 死人の人生
しおりを挟む
朝の清々しく晴れ渡った車内で、昨夜の背徳感と1ヶ月前の失態を突き付けられて非難されている面持になりながら、どうしたものかと考えている。
「ニアは前の飼い主に何をされた? どんな暮らしをしていた?」
そう問うと、車の揺れと暖かさでウトウトしていたニアがビクンと覚醒する。
「……言わないとダメですか?」
言いたくない気持ちは分かる。でも聞いておかなければ、今後の扱いに困る。
「一回だけ教えて、後は聞かない」
たぶん、と心の中で呟く。
「初めていた場所は住み込みの学校でした。人の事を学んで、数ヶ国語と計算、あとは人との交尾を学びました。15の時にご主人様を得て、沢山いる子の中のひとりになりました。でも具合が悪かったのか、見目が気に入らなかったのか、捨てられて、野良を数年していました。そこで戦い方を知り、餌を得たり、安全な寝ぐらを探したり、生きる事に必死でいたら、次のご主人様に拾われました。その時、背中と尾の手術を受けました。そこで数年暮らし、ご主人様が船に乗っている時、隙を見て海に飛び込み、死ぬつもりだったけど、別の船に拾われたらしく、あとはご主人様に会うまで施設で暮らしていました」
「最初のご主人は良い人?」
あの女だけがニアを虐めたのか。
「仲間がたくさんいました。尻尾も耳もある子もいたし、小柄な可愛い種族の子もいました。もしかしたら人の言うペットショップだったのかもしれません。良く思い出せない部分がたくさんあります。たぶん、たくさん叩かれて、痛いのいっぱいだったから、忘れてしまったのだと思います」
車の座席の距離がいいのだろう。お互いに動けない状況も良いのかも。家にいた時よりも話してくれている。少し拙い言語は、大陸の言語に慣れていたせいで、この数年話して覚えたこの国の言語だからかもしれない。
「これ、嬉しいです。タグも鎖で、格好良いし。ありがとうございます」
ニアが志津木を見て初めて笑う。首のチョーカーとタグの鎖を気に入ったって、どっちも義務で用意した物だ。気に入ったのなら嬉しいが、渋々用意していた自分が思い出され、苦い思いを抱いた。
「それは良かった。よく似合っているよ」
なんて返して、気持ちに蓋をする。
「俺の事をご主人様って呼ぶのはやめて欲しいな。逃亡生活をする気はないけど、リードは付けたくない。25歳の男の子に呼んでもらってしっくり来る30男の呼び名って何かな?」
うーんと考える。実の弟と一緒に暮らしていた最後は高校3年で、弟は中2だった。ニアと同い年か。その時は兄貴と呼ばれていて、喧嘩をすると呼び捨てにされた。
「ヨウとは呼べない?」
「はい」
おずおずと告げて来る。さん付けも嫌だし、兄貴も嫌だ。どうしたものか。
「ヨウは本名じゃないよ。志津木夜雨は組織が用意した第二の名だよ。だったら呼べない? セフレも友人もみな偽名しか知らない寂しい人生なんだ」
これは事実だ。志津木は本名じゃないので過去や親類を探されてもたどり着かない。上司の纐纈にも無理だ。志津木は一度存在を失っている。本名の男はすでにこの世になく、跡形もなく消え去っている。まるで異世界に転移したように。
「ニアは前の飼い主に何をされた? どんな暮らしをしていた?」
そう問うと、車の揺れと暖かさでウトウトしていたニアがビクンと覚醒する。
「……言わないとダメですか?」
言いたくない気持ちは分かる。でも聞いておかなければ、今後の扱いに困る。
「一回だけ教えて、後は聞かない」
たぶん、と心の中で呟く。
「初めていた場所は住み込みの学校でした。人の事を学んで、数ヶ国語と計算、あとは人との交尾を学びました。15の時にご主人様を得て、沢山いる子の中のひとりになりました。でも具合が悪かったのか、見目が気に入らなかったのか、捨てられて、野良を数年していました。そこで戦い方を知り、餌を得たり、安全な寝ぐらを探したり、生きる事に必死でいたら、次のご主人様に拾われました。その時、背中と尾の手術を受けました。そこで数年暮らし、ご主人様が船に乗っている時、隙を見て海に飛び込み、死ぬつもりだったけど、別の船に拾われたらしく、あとはご主人様に会うまで施設で暮らしていました」
「最初のご主人は良い人?」
あの女だけがニアを虐めたのか。
「仲間がたくさんいました。尻尾も耳もある子もいたし、小柄な可愛い種族の子もいました。もしかしたら人の言うペットショップだったのかもしれません。良く思い出せない部分がたくさんあります。たぶん、たくさん叩かれて、痛いのいっぱいだったから、忘れてしまったのだと思います」
車の座席の距離がいいのだろう。お互いに動けない状況も良いのかも。家にいた時よりも話してくれている。少し拙い言語は、大陸の言語に慣れていたせいで、この数年話して覚えたこの国の言語だからかもしれない。
「これ、嬉しいです。タグも鎖で、格好良いし。ありがとうございます」
ニアが志津木を見て初めて笑う。首のチョーカーとタグの鎖を気に入ったって、どっちも義務で用意した物だ。気に入ったのなら嬉しいが、渋々用意していた自分が思い出され、苦い思いを抱いた。
「それは良かった。よく似合っているよ」
なんて返して、気持ちに蓋をする。
「俺の事をご主人様って呼ぶのはやめて欲しいな。逃亡生活をする気はないけど、リードは付けたくない。25歳の男の子に呼んでもらってしっくり来る30男の呼び名って何かな?」
うーんと考える。実の弟と一緒に暮らしていた最後は高校3年で、弟は中2だった。ニアと同い年か。その時は兄貴と呼ばれていて、喧嘩をすると呼び捨てにされた。
「ヨウとは呼べない?」
「はい」
おずおずと告げて来る。さん付けも嫌だし、兄貴も嫌だ。どうしたものか。
「ヨウは本名じゃないよ。志津木夜雨は組織が用意した第二の名だよ。だったら呼べない? セフレも友人もみな偽名しか知らない寂しい人生なんだ」
これは事実だ。志津木は本名じゃないので過去や親類を探されてもたどり着かない。上司の纐纈にも無理だ。志津木は一度存在を失っている。本名の男はすでにこの世になく、跡形もなく消え去っている。まるで異世界に転移したように。
0
お気に入りに追加
88
あなたにおすすめの小説
深刻にならないのが取り柄なオレが異世界をちょっとだけ救う物語
左側
BL
自宅で風呂に入ってたのに、気付いたら異世界にいた。
異世界には様々な種族が住んでる。
異世界には男しかいないようだ。
異世界ではなかなか子供が出来ないらしい。
うまくヤレば、イイ思いをした上に異世界をちょっとだけ救えるかも知れない。
※ ※ ※ ※ ※ ※
妊娠・出産率の低い異世界で、攻め主人公が種付けするだけの話です。
種族はたくさんありますが、性別は男しかありません。
主人公は貞操観念が乏しいです。
攻めですが尻を弄られることへの抵抗感も乏しいです。
苦手な人はご注意ください。
インバーション・カース 〜異世界へ飛ばされた僕が獣人彼氏に堕ちるまでの話〜
月咲やまな
BL
ルプス王国に、王子として“孕み子(繁栄を内に孕む者)”と呼ばれる者が産まれた。孕み子は内に秘めた強大な魔力と、大いなる者からの祝福をもって国に繁栄をもたらす事が約束されている。だがその者は、同時に呪われてもいた。
呪いを克服しなければ、繁栄は訪れない。
呪いを封じ込める事が出来る者は、この世界には居ない。そう、この世界には——
アルバイトの帰り道。九十九柊也(つくもとうや)は公園でキツネみたいな姿をしたおかしな生き物を拾った。「腹が減ったから何か寄越せ」とせっつかれ、家まで連れて行き、食べ物をあげたらあげたで今度は「お礼をしてあげる」と、柊也は望まずして異世界へ飛ばされてしまった。
「無理です!能無しの僕に世界なんか救えませんって!ゲームじゃあるまいし!」
言いたい事は山の様にあれども、柊也はルプス王国の領土内にある森で助けてくれた狐耳の生えた獣人・ルナールという青年と共に、逢った事も無い王子の呪いを解除する為、時々モブキャラ化しながらも奔走することとなるのだった。
○獣耳ありお兄さんと、異世界転移者のお話です。
○執着系・体格差・BL作品
【R18】作品ですのでご注意下さい。
【関連作品】
『古書店の精霊』
【第7回BL小説大賞:397位】
※2019/11/10にタイトルを『インバーション・カース』から変更しました。
獣人辺境伯と白い花嫁~転化オメガは地上の楽園で愛でられる~
佐藤紗良
BL
***
「ミア。いい加減、オメガに転化したって認めちゃいなよ」
「何度も申し上げますが、私はアルファです」
「夕べはアンアン言ってたのに?こんなに僕が愛してるのに??」
「記憶にございません。先ほどから、黙れと申し上げております。獣人に不当な扱いを受けた、と派遣規定に沿って上に報告せねばなりませんがよろしいですか」
***
※独自解釈を加えたオメガバースBLファンタジーです。
※獣姦シーンがあるため、自己責任でお願いします。
※素敵な表紙はrimei様(https://twitter.com/rimei1226 )に描いて頂きました。転載等は固くお断りいたします。
[あらすじ]
温暖化、砂漠化、食糧難……。
人間が劣悪になった地上を捨て、地下へと入り込んで九百年。地上は浄化され、獣人と獣の住む楽園となっていた。
八十年ほど前から、地上回帰を狙う人間の調査派遣が行われるようになり、試験に15歳で合格したアルファのミアは一年の研修を経て、地上へ向かった。
順風満帆だった調査や研究。
二年の任期満了を目前に幼い頃、昔のネイチャー雑誌で見たホッキョクギツネが今も生息しているか確認するため、北への移動申請をだした。
そこで強いアルファ性をもつ獣人シャノンと出会い、転化してしまう。追い討ちを掛けるように現実を受け止め切れないミアが引き金となる事件が起こってしまいーー。
ツンドラの大地で紡がれるホッキョクギツネ獣人シャノン(性に奔放アルファ)×アルビノ人間ミア(隠れモフモフ大好き転化オメガ)の最果ての恋物語。
異世界で大切なモノを見つけました【完結】
Toys
BL
突然異世界へ召喚されてしまった少年ソウ
お世話係として来たのは同じ身長くらいの中性的な少年だった
だがこの少年少しどころか物凄く規格外の人物で!?
召喚されてしまった俺、望月爽は耳に尻尾のある奴らに監禁されてしまった!
なんでも、もうすぐ復活する魔王的な奴を退治して欲しいらしい。
しかしだ…一緒に退治するメンバーの力量じゃ退治できる見込みがないらしい。
………逃げよう。
そうしよう。死にたくねぇもん。
爽が召喚された事によって運命の歯車が動き出す
オトナの玩具
希京
BL
12歳のカオルは塾に行く途中、自転車がパンクしてしまい、立ち往生しているとき車から女に声をかけられる。
塾まで送ると言ってカオルを車に乗せた女は人身売買組織の人間だった。
売られてしまったカオルは薬漬けにされて快楽を与えられているうちに親や教師に怒られるという強迫観念がだんだん消えて自我が無くなっていく。
オタク眼鏡が救世主として異世界に召喚され、ケダモノな森の番人に拾われてツガイにされる話。
篠崎笙
BL
薬学部に通う理人は植物採集に山に行った際、救世主として異世界に召喚されるが、熊の獣人に拾われてツガイにされてしまい、もう元の世界には帰れない身体になったと言われる。そして、世界の終わりの原因は伝染病だと判明し……。
ぼくは男なのにイケメンの獣人から愛されてヤバい!!【完結】
ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる