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1章

1 現実的措置

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 冬のくせにやけに暖かく、桜が騙されて花を咲かせた年の今日、志津木 夜雨しづき ようは、30回目の記念すべき誕生日を迎えた。

「クリス、今日が俺の誕生日だって理解してる? なにも当日呼び出して面倒毎を言わなくても」

 10年間も着続けて生地の薄くなった化繊のコートが程よい気候の今日、志津木は大学からの友人で、お役所に勤めているクリスに呼び出され、本来なら吹き荒ぶ冬の吹雪に晒されていなければならない、オープンテラスの真ん中で、春が近いのか? と惑う陽気の中、背筋が凍るような書面を見せられて、内心動揺している。

「おまえが悪い」

 クリスの一言に書面より顔を上げた志津木は、どうにか書面の内容から逃げられないか、うかがいの視線を向ける。なのにクリスは堅い顔付きのままだ。

「30歳独身、ある程度の年収のある者の義務だ。おまえの年収だと二人は養える。二人でも良いぞ。良い人材を見繕ってやる」

「馬鹿な……なぜ俺がこの歳まで独り身でいるのか、おまえなら理解できるだろ?」

「できるが、獣人保護法に触れないよう、偽造でも良いから結婚しろと散々言って来ただろう? それ用の相手も紹介した。なのにグズグズしてまんまと30歳の誕生日を迎えたおまえにやる同情心はない」

 現在のこの国の法律の中に“獣人保護法”がある。主な項目は虐待禁止、夜間の連れ出し禁止、年1の健康診断など、多岐にわたっているが、中でも志津木に直結している項目は、“獣人保護要請法”で、30歳を迎えて独身である者、養える収入のある者の義務として要請される。もちろん回避方法もある。婚姻を望まない者同士が偽装で書類上のみの婚姻をする、収入をある一定額より稼がないなどだ。

「なぜ偽装結婚しなかった。相手を斡旋してやっただろう。しかもクビ覚悟でだぞ」

「……忙しかったんだ」

「面倒だっただけだろ」

 わかっているのなら聞くなと志津木は思い、なおも抜け道を探ろうとクリスを見る。

「言っただろ、クビ覚悟の斡旋だったと。もう無理だ。大人しく覚悟を決めろ。マッチングは一度目が良い。二度目からは一度目に選ばれなかった者が用意される。まぁこれも相性だからな。婚姻相手を選ぶよりは従順なぶんマシだと思え」

「やっぱり無理か」

 引き取らない方向でお願いしたかった志津木は頭を抱えた。なぜ偽装結婚を拒んだかと言えば、戸籍うんぬんを探られるからだ。偽装とはいえ戸籍上は家族となる。それはやはり後々面倒くさい。例えば離婚する前に死んでしまったら? 見知らぬ婚姻相手に個人情報を好き勝手され、頑張って貯めた財産も取られてしまうのだ。それは獣人と暮らすより遥かに恐ろしい。

「悪友のよしみで住居検めは勘弁してやる。まだ非公開だが今回のエントリーを先に見せてやる。おススメはこの子——」

 小型のモバイルを取り出したクリスは、顔写真、全身写真、身長体重、目の色、髪色、癖、獣箇所など、獣人を文章化した紹介ページを開いている。

「その子で」

 クリスがページを送るのを遠巻きに眺め、適当な場所でストップを掛けた。これも運命と言えようか。まともに見てしまえば恐れが生まれる。そういう否定的な気持ちだったのかも。

「良いのか? そんな適当で」

「良いよ、1週間暮らしてダメだったら交換アリなんだろ?」

「だから聞いたか? 二度目は一度目よりも質が悪い」

「良いよ、その子で。どうせ二人目もって言うんだろ? わかった、わかった。一人目のヤツが面倒見れそうなヤツを選ぶとするよ。それで良いだろ? あー孤児から選ぶのもアリだっけ? そっちも考えておくから、今日はもう勘弁してくれ」

 頭が痛い。額を押さえて不調をアピールした志津木は、椅子から立ち上がり、飲んだコーヒー分の金を電子決済し、手をヒラヒラさせてテーブルの間を抜ける。見れば首輪を付けた獣人が人の横に、半歩後ろに着いて歩いている様が見受けられる。今までさして気にも留めなかった光景が、ここに来てやっと現実味を帯びて志津木を襲っていた。
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