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42 処刑
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その姿はとても美しく、瓦礫と戦火の中にあっても色褪せることはない。
血のように赤い唇。白い肌。白銀の髪の中に見える二本の角。兄でありながら鬼人でもある存在。今では鬼人国の国主となり、他国を率いるこの大陸の覇者となった。
「……にい、さま……」
ティアの処刑台の前で止まったユリウスは、松明を持つアシュを見て、緩く笑むと、表情を引き締め、ティアを見上げた。その瞳に悲しみはなく、あえて表情を消している。
「神の声が聞こえる?」
ユリウスが声を発すると、ティアを糾弾する怒声が止み、静けさが辺りを覆った。
ただ、爆ぜる松明の音だけがある。
「……いいえ、……いいえ、兄さま……」
ティアは首を振る。
ユリウスは元神子だ。神の声を聞いたことがあるはずだ。そして聞こえなくなることも知っている。
それなのにユリウスは笑う。唇の端を上げ、嘲る。
「神国を操り、レアロス国を誑かし、わが国を愚弄した罪は重い」
ユリウスの静かな声に、辺りが沸く。
早く火を放てと方々から声が上がった。
「でも兄さま、僕には本当に神の声が聞こえていたし、告げられたまま報告しただけで、そこに僕の意志はひとつもなかった。兄さまだって知っているでしょう? こんなの、おかしいよ、僕は何もしていないのに」
「その若く美しい体で男を誑かし、見目を偽ってまで神子を演じたのでしょう? ……その姿が本来の姿であるのに」
ユリウスはティアを指差す。
何のことかと思っていると、周りから声が聞こえて来る。
黒髪、黒目であると。
「おまえは姿を偽ってまで神子になりたかったのか……」
アシュがティアを見上げ、悲しみを称えた表情をしている。
「……そんな、……そんなハズない。だって僕の意志じゃない、勝手に、そう、勝手に変わって……アシュだって知っているでしょう? 突然姿が変わったって。あの時、神の啓示だって言ったの、アシュだよ?」
ティアがそう言うと、アシュは驚いた顔をして、その後、ティアを睨みつけると、ユリウスに対して膝を折る。
地面に膝を付き、頭を下げた。
「申し訳ありません、ユリウス様、この者の企みに誑かされてしまった私の罪です。この償いは貴方様への忠誠でお返し致します」
ティアは泣いた。
空を見て、もうこの状況に耐えられなくて、暗くなって行く空を見上げて、子どものように、声を上げて、泣いた。
「……もう良い、もう良いよ、こんなの見たくない、辛い、辛いよぅ」
えっえっと嗚咽を漏らし、天を仰いでも、誰も助けてはくれない。
この戦乱を終わらせる為の道具になることが、ティアが生きて来た意味なのだろうか。
今、ティアが矢面に立つことで、この大陸はひとつになっている。
あれほど嫌い合っていた、獣人も鬼人も、人と同じ位置に立ち、同じようにティアを糾弾している。
まるで初めから仲が良かったように、大陸中がひとつの国であるように、同じ目的の為に立っている。
「思い残すことはないか?」
ユリウスの声だ。
ずっとふたりで生きて来た。
ユリウスだけが家族で、ユリウスに守られ、生きていた。
どこで間違ったのだろう。
いや、初めから神はこうなることを望んでいたのだろう。
神にとって何でもない、ただの道端に落ちている兄弟を、気まぐれで構い、一瞬の退屈しのぎの為に摘まみ上げた。
神にとって結果などどうでも良い。
その過程がいかに楽しく、面白く、見るに堪えるものであるのか、それだけのこと。
何もない。
……もう、何も見たくない。
「火を放て!」
ユリウスの声が天高く響き渡る。
それに次ぐ、民衆の叫び声。
暗く落ちた天へと、白い煙が立ち上って行く。
「……うう、うっうっ……」
泣いても火は迫って来る。
辺りをオレンジ色が取り囲んで来る。
熱い、熱い。
巻きあがる熱い風に囲まれ、服が焼けて落ちる。
皮膚が焼ける。
焼ける匂いが鼻につく。
美しく彩られた空が穢されて行く。
喜びの歓声を呪う。
神を、呪う。
血のように赤い唇。白い肌。白銀の髪の中に見える二本の角。兄でありながら鬼人でもある存在。今では鬼人国の国主となり、他国を率いるこの大陸の覇者となった。
「……にい、さま……」
ティアの処刑台の前で止まったユリウスは、松明を持つアシュを見て、緩く笑むと、表情を引き締め、ティアを見上げた。その瞳に悲しみはなく、あえて表情を消している。
「神の声が聞こえる?」
ユリウスが声を発すると、ティアを糾弾する怒声が止み、静けさが辺りを覆った。
ただ、爆ぜる松明の音だけがある。
「……いいえ、……いいえ、兄さま……」
ティアは首を振る。
ユリウスは元神子だ。神の声を聞いたことがあるはずだ。そして聞こえなくなることも知っている。
それなのにユリウスは笑う。唇の端を上げ、嘲る。
「神国を操り、レアロス国を誑かし、わが国を愚弄した罪は重い」
ユリウスの静かな声に、辺りが沸く。
早く火を放てと方々から声が上がった。
「でも兄さま、僕には本当に神の声が聞こえていたし、告げられたまま報告しただけで、そこに僕の意志はひとつもなかった。兄さまだって知っているでしょう? こんなの、おかしいよ、僕は何もしていないのに」
「その若く美しい体で男を誑かし、見目を偽ってまで神子を演じたのでしょう? ……その姿が本来の姿であるのに」
ユリウスはティアを指差す。
何のことかと思っていると、周りから声が聞こえて来る。
黒髪、黒目であると。
「おまえは姿を偽ってまで神子になりたかったのか……」
アシュがティアを見上げ、悲しみを称えた表情をしている。
「……そんな、……そんなハズない。だって僕の意志じゃない、勝手に、そう、勝手に変わって……アシュだって知っているでしょう? 突然姿が変わったって。あの時、神の啓示だって言ったの、アシュだよ?」
ティアがそう言うと、アシュは驚いた顔をして、その後、ティアを睨みつけると、ユリウスに対して膝を折る。
地面に膝を付き、頭を下げた。
「申し訳ありません、ユリウス様、この者の企みに誑かされてしまった私の罪です。この償いは貴方様への忠誠でお返し致します」
ティアは泣いた。
空を見て、もうこの状況に耐えられなくて、暗くなって行く空を見上げて、子どものように、声を上げて、泣いた。
「……もう良い、もう良いよ、こんなの見たくない、辛い、辛いよぅ」
えっえっと嗚咽を漏らし、天を仰いでも、誰も助けてはくれない。
この戦乱を終わらせる為の道具になることが、ティアが生きて来た意味なのだろうか。
今、ティアが矢面に立つことで、この大陸はひとつになっている。
あれほど嫌い合っていた、獣人も鬼人も、人と同じ位置に立ち、同じようにティアを糾弾している。
まるで初めから仲が良かったように、大陸中がひとつの国であるように、同じ目的の為に立っている。
「思い残すことはないか?」
ユリウスの声だ。
ずっとふたりで生きて来た。
ユリウスだけが家族で、ユリウスに守られ、生きていた。
どこで間違ったのだろう。
いや、初めから神はこうなることを望んでいたのだろう。
神にとって何でもない、ただの道端に落ちている兄弟を、気まぐれで構い、一瞬の退屈しのぎの為に摘まみ上げた。
神にとって結果などどうでも良い。
その過程がいかに楽しく、面白く、見るに堪えるものであるのか、それだけのこと。
何もない。
……もう、何も見たくない。
「火を放て!」
ユリウスの声が天高く響き渡る。
それに次ぐ、民衆の叫び声。
暗く落ちた天へと、白い煙が立ち上って行く。
「……うう、うっうっ……」
泣いても火は迫って来る。
辺りをオレンジ色が取り囲んで来る。
熱い、熱い。
巻きあがる熱い風に囲まれ、服が焼けて落ちる。
皮膚が焼ける。
焼ける匂いが鼻につく。
美しく彩られた空が穢されて行く。
喜びの歓声を呪う。
神を、呪う。
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