上 下
42 / 43

42 処刑

しおりを挟む
 その姿はとても美しく、瓦礫と戦火の中にあっても色褪せることはない。
 血のように赤い唇。白い肌。白銀の髪の中に見える二本の角。兄でありながら鬼人でもある存在。今では鬼人国の国主となり、他国を率いるこの大陸の覇者となった。

「……にい、さま……」

 ティアの処刑台の前で止まったユリウスは、松明を持つアシュを見て、緩く笑むと、表情を引き締め、ティアを見上げた。その瞳に悲しみはなく、あえて表情を消している。

「神の声が聞こえる?」

 ユリウスが声を発すると、ティアを糾弾する怒声が止み、静けさが辺りを覆った。
 ただ、爆ぜる松明の音だけがある。

「……いいえ、……いいえ、兄さま……」

 ティアは首を振る。
 ユリウスは元神子だ。神の声を聞いたことがあるはずだ。そして聞こえなくなることも知っている。
 それなのにユリウスは笑う。唇の端を上げ、嘲る。

「神国を操り、レアロス国を誑かし、わが国を愚弄した罪は重い」

 ユリウスの静かな声に、辺りが沸く。
 早く火を放てと方々から声が上がった。

「でも兄さま、僕には本当に神の声が聞こえていたし、告げられたまま報告しただけで、そこに僕の意志はひとつもなかった。兄さまだって知っているでしょう? こんなの、おかしいよ、僕は何もしていないのに」

「その若く美しい体で男を誑かし、見目を偽ってまで神子を演じたのでしょう? ……その姿が本来の姿であるのに」

 ユリウスはティアを指差す。
 何のことかと思っていると、周りから声が聞こえて来る。
 黒髪、黒目であると。

「おまえは姿を偽ってまで神子になりたかったのか……」

 アシュがティアを見上げ、悲しみを称えた表情をしている。

「……そんな、……そんなハズない。だって僕の意志じゃない、勝手に、そう、勝手に変わって……アシュだって知っているでしょう? 突然姿が変わったって。あの時、神の啓示だって言ったの、アシュだよ?」

 ティアがそう言うと、アシュは驚いた顔をして、その後、ティアを睨みつけると、ユリウスに対して膝を折る。
 地面に膝を付き、頭を下げた。

「申し訳ありません、ユリウス様、この者の企みに誑かされてしまった私の罪です。この償いは貴方様への忠誠でお返し致します」

 ティアは泣いた。
 空を見て、もうこの状況に耐えられなくて、暗くなって行く空を見上げて、子どものように、声を上げて、泣いた。

「……もう良い、もう良いよ、こんなの見たくない、辛い、辛いよぅ」

 えっえっと嗚咽を漏らし、天を仰いでも、誰も助けてはくれない。
 この戦乱を終わらせる為の道具になることが、ティアが生きて来た意味なのだろうか。

 今、ティアが矢面に立つことで、この大陸はひとつになっている。
 あれほど嫌い合っていた、獣人も鬼人も、人と同じ位置に立ち、同じようにティアを糾弾している。
 まるで初めから仲が良かったように、大陸中がひとつの国であるように、同じ目的の為に立っている。

「思い残すことはないか?」

 ユリウスの声だ。
 ずっとふたりで生きて来た。
 ユリウスだけが家族で、ユリウスに守られ、生きていた。

 どこで間違ったのだろう。
 いや、初めから神はこうなることを望んでいたのだろう。

 神にとって何でもない、ただの道端に落ちている兄弟を、気まぐれで構い、一瞬の退屈しのぎの為に摘まみ上げた。

 神にとって結果などどうでも良い。
 その過程がいかに楽しく、面白く、見るに堪えるものであるのか、それだけのこと。

 何もない。
 ……もう、何も見たくない。

「火を放て!」

 ユリウスの声が天高く響き渡る。
 それに次ぐ、民衆の叫び声。

 暗く落ちた天へと、白い煙が立ち上って行く。

「……うう、うっうっ……」

 泣いても火は迫って来る。
 辺りをオレンジ色が取り囲んで来る。

 熱い、熱い。

 巻きあがる熱い風に囲まれ、服が焼けて落ちる。
 皮膚が焼ける。
 焼ける匂いが鼻につく。

 美しく彩られた空が穢されて行く。

 喜びの歓声を呪う。

 神を、呪う。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

宰相閣下の絢爛たる日常

猫宮乾
BL
 クロックストーン王国の若き宰相フェルは、眉目秀麗で卓越した頭脳を持っている――と評判だったが、それは全て努力の結果だった! 完璧主義である僕は、魔術の腕も超一流。ということでそれなりに平穏だったはずが、王道勇者が召喚されたことで、大変な事態に……というファンタジーで、宰相総受け方向です。

俺は好きな乙女ゲームの世界に転生してしまったらしい

綾里 ハスミ
BL
騎士のジオ = マイズナー(主人公)は、前世の記憶を思い出す。自分は、どうやら大好きな乙女ゲーム『白百合の騎士』の世界に転生してしまったらしい。そして思い出したと同時に、衝動的に最推しのルーク団長に告白してしまい……!?  ルーク団長の事が大好きな主人公と、戦争から帰って来て心に傷を抱えた年上の男の恋愛です。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

愛する者の腕に抱かれ、獣は甘い声を上げる

すいかちゃん
BL
獣の血を受け継ぐ一族。人間のままでいるためには・・・。 第一章 「優しい兄達の腕に抱かれ、弟は初めての発情期を迎える」 一族の中でも獣の血が濃く残ってしまった颯真。一族から疎まれる存在でしかなかった弟を、兄の亜蘭と玖蘭は密かに連れ出し育てる。3人だけで暮らすなか、颯真は初めての発情期を迎える。亜蘭と玖蘭は、颯真が獣にならないようにその身体を抱き締め支配する。 2人のイケメン兄達が、とにかく弟を可愛がるという話です。 第二章「孤独に育った獣は、愛する男の腕に抱かれ甘く啼く」 獣の血が濃い護は、幼い頃から家族から離されて暮らしていた。世話係りをしていた柳沢が引退する事となり、代わりに彼の孫である誠司がやってくる。真面目で優しい誠司に、護は次第に心を開いていく。やがて、2人は恋人同士となったが・・・。 第三章「獣と化した幼馴染みに、青年は変わらぬ愛を注ぎ続ける」 幼馴染み同士の凛と夏陽。成長しても、ずっと一緒だった。凛に片思いしている事に気が付き、夏陽は思い切って告白。凛も同じ気持ちだと言ってくれた。 だが、成人式の数日前。夏陽は、凛から別れを告げられる。そして、凛の兄である靖から彼の中に獣の血が流れている事を知らされる。発情期を迎えた凛の元に向かえば、靖がいきなり夏陽を羽交い締めにする。 獣が攻めとなる話です。また、時代もかなり現代に近くなっています。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

処理中です...